第14話 日曜日 その5

 買い物から帰宅して、俺と咲子は早速晩ご飯の準備をする。

 今日のメニューは麻婆豆腐、春巻き、箸休めにきゅうりの中華風浅漬け。


 きゅうりの中華風浅漬けと言っても、適当に切ったきゅうりに、塩、うまみ調味料、ごま油、唐辛子をそれぞれ適量入れて、振るようにして混ぜて完成である。きゅうりとゴマ油の相性と風味が個人的に好きだ。


 豆腐は湯通しをして置くと、麻婆豆腐のタレと絡ませる時に崩れにくく成るが、面倒いのでしない。豆腐をサイの目に切って、後はレシピ通り作るだけだ。

 俺が豆腐を切ったり、きゅうりを切っている間に、横に有るガスコンロでは咲子が春巻きを揚げている。


『ジュー、ぱち、パチ、ぱち……』


 アパートの狭い台所だから、モデルハウスのキッチンみたいに横幅は広くは無い。

 どうしても一緒の共同作業はしにくい。個別作業に成ってしまう。


「ねぇ、お父さん。春巻きって、皮がきつね色に成れば大丈夫だよね?」


 調理中、不安なのか咲子が聞いてくる。


「うん。皮がきつね色に成っていれば良いと思うよ」


「なら、まあ……良いか」


 何時もみたいの自信ありげの口調では無く『言われたから、そのようにやった』の口調で咲子は話す。

 フライパンから揚がった春巻きを上げて、その春巻きをお皿に盛り付ける。


「ねぇ……出来たけど大丈夫かな?」


 咲子は少し不安の口調で言いながら、春巻きが乗ったお皿を俺に見せてくる。


「見た感じ、皮もきつね色だし大丈夫だよ!」


「でも、何かベットリしているんだよね……」


「まあ、揚げ焼きだからな。どうしても油たっぷりで揚げる春巻きと比べるとそうなるよ」


 少量の油で揚げる揚げ焼き。

 油の消費も少なくて済むし、油を捨てる量(廃棄)も少ないので経済的で有る。しかし、ひっくり返しながら揚げる(揚げ焼き)をするため、カラッと揚げるのは難しい。


「しかし、お父さん。揚げ物は上手に揚げるね、お母さん!」


「母さん、揚げ物大好きだからな!」


 母さん(妻)が揚げ物する時は、天ぷら油みたいな専用の鍋を使い、油もたっぷり使う。

 普段は手抜き料理が大好きな母さんだが、揚げ物だけはしっかり準備して揚げる。


『いくら、オーブンや惣菜の味が良くなっても、手作りの味には叶わないよ!』


 自信満々の笑顔で何時も言う母さん。あの無邪気に笑う顔が思い浮かぶ……

 惣菜の温め直しより、手作りの揚げたての方が絶対に旨い。時々、焦がす時も有るが、十分食べれるしそれも愛嬌だ。豚カツや鳥の唐揚げ、天ぷらなども自らの手で手作りして揚げていく……


「だけど、揚げ物は私に揚げさせてくれないんだよね」


 咲子はため息をつきながら言う。


「そうなの?」


 俺にとっては初耳だ。

 何せ、家の中で一番母さんと料理をしているのは咲子だからだ。


「うん。『油が跳ねて危険だから、そばで見てなさい』と言うの!」

「『いずれ教えて上げる!』とは何時も言うけど……」


「そうなんだ」


「だから、今日揚げたのが実は初めてなの!」


 気合いの入った顔をしながら言う咲子。


「そうか。それは意外だったな。てっきり揚げ物を揚げた事、有るの前提で咲子にお願いしたから…」

「でも、学校の調理実習で揚げ物とか作らなかった?」


「調理実習?」

「……無いはずだよ」

「お父さん。今の時代、そんな危ないことさせないから」


「今の時代か……」


 学校教育でも安全性が重視されている。怪我をする恐れの有る事や、問題が起きそうな事はさせない様に成ってきている。


「まあたしかに、調理実習で揚げ物やったら、誰かが絶対に天ぷら鍋に水を入れたり、ひっくり返したりしそうだもんな」


「無いとは言い切れないからね。お父さん!」


「でも、綺麗に揚がっていると思うよ!」


 俺は咲子を褒める。


「うん。ありがと!!」


 咲子はにかんだ笑顔をする。


「よし!」

「じゃあ、今度は父さんの番だな!!」


 春巻きを揚げるのに使っていたフライパンをそのまま利用するが、余分な油はキッチンペーパーに吸わせる。

 油が適量になったフライパンに、豚のひき肉(ミンチ)を入れて炒める。ひき肉が有る程度炒まったら、麻婆豆腐の素(ソース)を入れて、さっき切っておいた豆腐も同時に入れる。

 後は、なるべく豆腐を崩さぬように、竹べらでかき混ぜながら煮込む。

 最後に刻みネギを入れて、少し煮込めば完成だ!


「よし! これで良いだろう!!」


 麻婆豆腐の完成で有る。

 深い大皿は今の家には無いので、フライパンを大皿代わりにする。食事にも使う座卓には、春巻きや小皿などの準備は整っていた。

 座卓の適当な位置に麻婆豆腐の入ったフライパンを置く。鍋敷きは無いので週刊誌で代用だ!


「完成だね。お父さん!」


「ああ、細かい準備ありがとう」


「ふふん。今日で3日目だからね。食器とかの位置も覚えたし!」


「そうか、そうか。なら食べるか!」


「温かい内に食べないとね!」


 早速、晩ご飯の開始である。

 一緒に『いただきます!』をして、俺は春巻き。咲子は麻婆豆腐を小皿に移し、それぞれ口に入れる。


『パリッ』と軽い歯触りの後、皮の中のこってりとした餡が口中に広がる。竹の子、ひき肉、その他野菜のうま味が一つに纏まって美味しい。


「うん。春巻き美味しく揚がっているよ!」


「そう!」

「こっちの麻婆豆腐も美味しいよ!!」


 咲子が麻婆豆腐をスプーンで頬張りながら言う。


「美味しいか! 沢山有るからな!!」


「うん!!」


 咲子はご満悦な顔で食べ進めていく。

 麻婆豆腐を食べて、ご飯を食べて、時々、春巻きをかじって……今日も美味しそうに食べている。俺はその光景を見ながらビールを流し込む。


(このメニューなら外食と殆ど変わらないが、これで良かったんだろう…)


 今日も楽しい夕食と成った。

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