第13話 日曜日 その4

 夕方にの割には殆ど人が通らない住宅街を2人で歩く。

 家を出てから数分位経った頃だろうか?


「おとうさん!」


「どうした?」


「えへへ!」


 俺の右腕に咲子の腕を絡ませてくる。


「あっ、もう、仕方無いな…」


 俺は振り払う事無く、そのままにさせる。


「あれ? 解かないの?」


「まあ、良いのかなと思って」


「ふ~ん!」


 咲子はにやけ顔をする。


「ついに認めたんだね! 私が好きという事を!!」


 人通りの少ない住宅街とはいえ、咲子は普段通りの声で喋る。


「こっ、こら。そう言った事は小声で言いなさい」

「親子でも勘違いされたら大変なんだから…」


 他人からの視線で見れば、今の時代、恐らく仲の良い親子とは見て貰えないだろう。

 運が良くて○○活。最悪だと援○に見られるかも知れない。咲子の幼い体型上、一番最悪な展開に成る可能性も否定出来ない。


「大丈夫だよ! 周りに人居ないし!!」


「いっ、いや、家の中の人に聞かれているかも知れないぞ」

「で、その人が警察とかに通報して、数分後にはお巡りさんが来るかも知れんぞ?」

「そうなったら母さんの方にも連絡は絶対入るし、そうなると咲子は母さんと一緒に帰る事に成るぞ!」


 脅し掛けるつもりは無いが、ここ最近、子どもや若い女性の事件が多発している。自分らは親子でも、他人からをそう見て貰えるとは限らない。


「うっ…」


 段々、咲子の顔が青ざめて『やりすぎた』の顔をする。


「お父さん…私、少しはしゃぎ過ぎた……」


 咲子は謝りながら腕を解く。しかし、俺を解いた腕を再び絡ます。


「えっ!」


「これ位で通報する人も居ないとは思うが、その時はその時だ!」


「おとうさん…」


「でも、スーパーまでだぞ。さすがに店内は動きにくいから」


「うん! ありがとう!!」


 咲子は、さっきよりも力強く腕を絡ませてくる。あまり力強くされると痛い。


(仲が良いのは超した事には無いが、何処までかの線引きが難しい)

(咲子にとっては、恋人ごっこの気分なんだろうが、俺にとっては何なんだろう?)


 モヤモヤした気持ち中でも平静さを保って、娘と近所のスーパーに向かった。


 ……


 俺と咲子は近所のスーパーに到着する。

 ここの店は地域密着型のスーパーで、野菜類等はショッピングモールと比べて安く買える場合が多い。しかし、日用品等はショッピングモールの方が安い。

 食品がメインの時は近所のスーパーを利用し、日用品を買いたい時はショッピングモールの方を利用する。


「ここに来るのは2回目だけど、何か普段行っているスーパーと良く似てるね!」


 そんな事を言い出す咲子。


「まあ、スーパーなんて基本的に何処も一緒だからな!」


 店内の配列何かはパターン化されている場合が殆どだ。

 正面から入れば大体野菜コーナーが目の前に来る。特売品を正面に置く店も有るが、肉や魚を正面に持ってくる店は、今まで俺はまだ見たことは無い。

 入口に置いてある買い物かごを取って、一緒に野菜コーナーから見て回る。もちろん組んでいた腕はきちんと解いてある。


「野菜類は、買い置きがまだ十分有るから、今日は良いな…」


 きゅうりやレタス、トマト等の季節物の野菜を軽く見ながら歩いて行く。


「ところで、咲子は今日何を食べたい?」


 昨日と同じようにリクエストを聞いてみる。


「私?」

「私のリクエストばかり聞いているけど、お父さんは食べたいの無いの?」


 逆に咲子は聞いてきた。


「食べたい物がピンと来ないのだよ」


 単身赴任中は基本的に好きな物を食べられる。監視役(母さん)が居ないからだ。

 健康を考えてヘルシーな食べ物も時々考えるが、結局、欲に負けてしまう……

 そのため、食の欲求は単身赴任前と比べて低いので有った。


「ねぇ、前から聞こうと思っていたんだけど、普段は何を食べているの?」


 咲子に普段(単身赴任中)の食生活を聞かれる。


「普段?」

「まあ、平日はコンビニ弁当か、スーパーの惣菜かチルド食品が中心だね」

「休日の時間が有る時は、肉焼いたり、餃子焼いたり、インスタントラーメン作ったりの簡単な料理が中心だね」


「うぁ~。それはダメだね」

「お母さんが聞いたら、絶対怒るよ」


 思いっきりダメ出しをしてくる咲子。

 母さんの作る料理は、羽目を外す時(脂の多い料理)も有るが、普段の料理はバランスを考えて作っている。


「じゃあ、私が居なかったら今日は何にしているの?」


「えっ、そうだな……」


 普段の俺なら、この時間から料理はあまり作らない。

 料理(自炊)は一応節約のためでも有るが、後片付けとかを考えると、作る気は起きない。


「まあパック入りの刺身と冷ややっこかな。手間も掛らないし……」


「……」


 咲子は微妙な顔をしていた。



「悪くない取り合わせだけど、何かね~~」

「体には良さそうだけど、何か違うよね~~」


「まあ、特にリクエストが無ければ、刺身と冷ややっこにするが…」


「ちょ、ちょっと待って!!」


 咲子に待ったを掛けられる。


「う~んと、やっこ……豆腐か。豆腐なら……!!」


『あっ、そうだ!』の顔をする咲子。


「ねぇ、お父さん。同じ豆腐料理なら麻婆豆腐はどう!」


「麻婆豆腐か…」


「あれなら、麻婆豆腐の素を使えば直ぐじゃん!」

「簡単料理だよ!!」


「う~ん」


 確かに市販の素を使えば、簡単で直ぐ出来るがお店の味には及ばない。俺もその素を使って麻婆豆腐は良く作るが、アレで人を持て成す料理として見て良いのか?


「今日は麻婆豆腐食べたいな~~!」


 ワザとか咲子は少し大きめの声で言ってくる。


「分かった。しょうが無いな。麻婆豆腐をメインにして、後は……」


「あっ、お父さん。丁度良いのが有るよ!」


 咲子はそう言って、少し離れた冷蔵ケースから、パックに入った何かを持ってくる。


「加工品だけど、揚げるだけで美味しい春巻きだよ!」

「春巻きならお野菜も取れるし、ばっちりだよ!!」


「麻婆豆腐と春巻きか。うん、悪くは無いな!」


 渋々だった自分も、春巻きで考え方が変わる。春巻きも店で食べた方が美味しいに決まっては居るが、自分で揚げるなら、それもそれで良いだろうと思った。


「じゃあ、決まりだね!」


 咲子は嬉しそうに言う。


(なんだかんだ、俺は甘いな。咲子は甘え上手というか……やはりなのかな?)


 前も感じたが、3人の娘の中では、咲子が一番母さんに似ている。

 宮子も一応明るい子だが、何となく計算して振る舞っている気がする。

 3女の真央も明るいが、やや引っ込み思案で咲子ほどの勢いは無い。しかし、この子も計算高く、ずる賢い所が有る。


(まあ、言い換えれば、咲子が一番無邪気と言うべきなのか)


「……お父さん。後は何か買う物の有るの?」


「えっ?」

「あぁ…」


 気づくといつの間にか、麻婆豆腐の材料とチルドの春巻きが買い物カゴに入っていた。


「だって、お父さんまた考え事していたもん」


 咲子は少し口を尖らせながら言う。


「水物コーナーから動こうとしないから、どうせ考え事してるんだなと思ったから、持って来た!」


 咲子は『エヘン!』と言いそうな顔だ。


(いかんな。考え事をすると、どうしても立ち止まってしまう。仕事の時は作業しながら出来るのに…)

「ありがと咲子」


「どういたしまして!」


 咲子はにっこり微笑む。その微笑で、俺の胸が『トクン』と跳ねる。


(俺はやっぱり咲子のことが……いや、いや。娘だぞ、娘! 落ち着け!!)


 俺は心の中で落ち着かせて、買い物の続きに戻る。

 明日の朝ご飯の足りない材料や、目玉商品をカゴに入れて精算してスーパーを出る。


 ……


「なんだかんだで、結構買ったね!」


 咲子はそんな事言いながら、2袋分に成った買い物袋を俺と咲子で1袋ずつ持つ。もちろん重たそうな袋は俺が持つ。


「帰りも、お父さんの腕組もうかなと思ったけど、流石にこの状態では危ないね!」


 咲子は苦笑いをしながら話す。


「たしかにな。残念だが止めよう…」


 お互い腕を組んで、お互いの片方の手には買い物袋。何か有ったら怪我をする危険性が非常に高い。


「あれ? お父さん残念って言ったね!」


「えっ、聞き間違いだよ…」


「じゃ、そう言う事にしてあげる!」


 軽そうな足取りで歩く咲子。

 俺より前に少し歩いて振り返る。


「今日のご飯も楽しみだね!」


 にっこり笑う咲子。


「ああ、美味しく出来ると良いな!」


 空が赤く染まる夕日の住宅街。

 夕日に照らされる中、その時見た咲子の影は、子どもでは無く大人の身長に為っていた。

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