第2話 おもてなし

 ホームセンターから車で数分。

 俺が今住んでいる見慣れたアパートが見えて来る。


「咲子。そろそろ着くよ。あの右側に見えるのがそう…」


「あのアパート? もっと古そうに聞いていたけど、そうでも無さそうだね!」


「見かけはまあまあだけど、あれでも築24年だからね!」


「築24年!? そう聞くとやはりオンボロに聞こえるね!!」


 築24年と聞いて、びっくりする咲子。

 まあ、それもそうだ。まだ、咲子は生まれても居ないんだから。


「あはは……オンボロか!」

「でも、入居前にリフォームはしてくれたから、中は、まあまあだぞ!」


「お父さん。住めば都ってやつだね」


「良い言葉知ってるね。正にそうだな。さあ、着いたぞ!」


 アパートの駐車場の定位置に車を止めて、俺と咲子は部屋に向かい、俺は玄関の鍵を開け、咲子を招き入れる。


「さあ、どうぞ」


「お邪魔しま~す!」


 咲子は玄関で靴を脱いで部屋の中に入って行く。早速、咲子は部屋の中を見て回っているようだ。


「あっ、咲子の荷物。奥の部屋に置いて有るから」


 俺はさっき買って来た荷物の片付けをしながら、風呂場を覗いている咲子に声を掛ける。


「ありがと~。中身見た?」


「見てないよ」


「そう……」


「なぁ咲子」

「ちょっと、気には成っていたけど……あの荷物って何? 着替えなんだよね?」


「そうだよ! 服とか私が普段使っている物が色々入っているの!!」


「そうか……。俺はてっきり、旅行カバンが来るかなと思っていたら、引っ越しに使うような段ボールが来たからびっくりしたよ!」


「丁度、お父さんが使っていたのが余っていたからね!」


 荷物を片付けた俺は、夏の日差しの当たる、南側の蒸された部屋のエアコンのスイッチを入れて、同時に軽く部屋の整頓をする。

 しばらくすると咲子がこちらにやって来る。部屋の探索は終了したようだ。


「内装はやっぱりアパートって感じだね!」

「カラフルな部分、全然無いし」

 

「まぁ、会社が借りてくれているアパートだから、文句は言えないよ」

「でも、父さんはやっぱり、普通の白い壁の方が落ち着くな」


「え~~。私は多少でも模様が入っていた方が良いな……。これだと学校見たいだもん!」


「あはは、学校か!」

「まあ、たしかに、人によっては落ち着かないかもな。長く住むなら色々考えるけど、もうすぐ帰れるはずだからな!」


「……」


 すると、咲子は急に黙ってしまう。


「台所も文句は言えないけど少し狭いし…」


「……」


「どうした咲子? 急に黙って……」


 俺は咲子の異変に気付き声を掛ける。


「あっ、うん……。此所来るまでに結構汗かいちゃったし、シャワー使っても良い?」


「あ~~。今日も蒸し暑いからな」


「じゃあ、早速シャワー浴びてくるね!」


「あっ、うん…」


 そう言って、逃げるように咲子は、シャワーを浴びに行ってしまった。


(俺、何か変なこと言ったかな?)


 どうしたもんかなと思っていると、俺のスマートフォンから着信音が鳴る。どうやら電話みたいだ。


(んっ、誰だろう?)


 スマートフォンのディスプレイを見ると、そこには母さん(妻)と表示されていた。


『ピッ!』


「はい。もしもし…」


「あっ、お父さん。咲子そっちに着いた?」


「着いたよ。咲子は今シャワー浴びている」


「そう。無事着いたんだね…」


「うん。無事着いた!」


「じゃあ、用事はそれだけだから~♪」


「えっ、もう切るの!?」


「切るよ! 私も色々忙しいから~~♪」


「母さん、折角だし、少し話そうよ!」


「ダメだよ~~。本当に忙しいから」

「あっ、くれぐれも咲子に変な事しちゃ駄目だからね!」


 俺を信用していないのか、そんな事を言ってくる母さん。


「おいおい。何処の世界に、娘に手を出す父親がおるんだい?」


「実際居るからね~♪」

「恐いね~~♪」


 陽気な声で喋る母さん。悪意は無いはずだ!


「俺はそんな事しないよ。母さんが一番だからな!」


「あはは、1番ね。ありがと、じゃあね~♪」


「あっ、ちょっ……」


『ツ~、ツ~』


 母さんは本当に忙しいのか、一方的に切られてしまった。

 その時丁度、シャワーを浴び終えた咲子が戻ってくる。


「お父さん」

「話し声が聞こえたけど誰から電話?」


「母さんからだよ。咲子が無事着いたかって?」


「そう……」


 何故か、さっきから妙な違和感を感じる。


「なあ、咲子。母さんと喧嘩でもしたか?」


「別にしてないよ」


 素っ気なく返す咲子。


「なら、良いんだが」


 これ以上詮索しても意味が無さそうだから、ここで止める事にする。


「ねぇ、お父さん。テレビ付けて良い?」


「良いよ。それに、一々断らなくても良いよ!」


「まぁ、一応お邪魔している訳だし…」


「娘なんだから、遠慮しなくても良いよ!」


「娘ね…」

 

 何か言いたそうに呟く咲子。

 しかし、直ぐにリモコンを操作して、クッションに座りテレビの方に顔を向ける。

 テレビ画面は、お昼過ぎにやっているワイドショーが流れていた。


「咲子もワイドショーなんか見るんだ」


「うん。たまにね!」


「今の子達は、てっきりネットばかりだと思っていたよ」


「必要な情報はネットで十分だけど、芸能関係や流行物はテレビの方が良い時も有るんだよ!」


「ふ~ん。なるほどね…」


 2人でエアコンの効きかけた部屋でテレビを見る。

 咲子を迎え行く前に家事は全て終わらせてしまったので、夕方までやることは特に無い。

 普段のこの時間は昼寝をしている時が多いが、今日は咲子が居るので昼寝するのも気が引ける。

 折角、咲子が来ているんだから、麦茶でも入れようと思い声を掛ける。


「咲子。麦茶飲む?」


「うん、飲む!」


 俺は台所に向かい、2人分の麦茶を注いで、咲子の座っている前に置く。


「ありがと!」


「どういたしまして」


 俺も咲子の横に座って、麦茶を飲みながら、再びテレビを見るというか眺める。

 ナレーターが言う言葉や、CMに反応して、お互い会話をしていく……


(そう言えば、咲子の真横に座るなんて最近無かったな……)


 そんなことを考えながら、咲子の横顔を見つめる。

 髪がまだ乾ききって無くて、しっとりしている。そこからほのかに香るリンスの匂い……。真横に座ると、咲子の瞳の大きさも更に大きく感じる。


(3人の中では、咲子が一番母さんに似ているな。だけど、性格は少々勝ち気だからな……)


「どうしたの? 私の事さっきからジロジロ見て」

 

「あっ、いや。髪がまだ乾いて無いなと……」


「気になるんだ!」


「いや。そうじゃないけど……」


「じゃあ、何で見るの?」

「もしかして、私の事が可愛いとか!」


 咲子は『にやっ』としながら話す。


「……まあ、たしかに、父さんの中では可愛い部類に入ると思うよ」


「あっ、やっぱり可愛いと思ってくれているんだ!」


 嬉しそうに話す咲子。


「まあな。やっぱり娘だし…」


「ねぇ?」

「可愛いと言ってくれたお礼に、キスして上げようか?」


 真横にいた咲子が身を近づけてくる。


「えっ、ちょっと、咲子。それは―――」


「ふふ、冗談だよ……」


 直ぐに身を戻す咲子。 


「じょ、冗談だよな。あはは……」


 何となく残念だと感じるのは気のせいか。


「でも、本当にして欲しかったらして上げるよ」


 咲子はぼそっと静かに呟く。


「えっ?」


「何でもないよ!」

「それより、お父さん。今夜の晩ご飯は何の予定?」


「今夜は、焼肉でも食べに行こうかと考えてはいるんだが」


「え~、焼肉」

「焼肉なんか、何時でも食べられるじゃん!」


 何故か焼き肉を嫌がる咲子。

 咲子は、焼き肉が好物のはずなのに……


「そうか……じゃあ、咲子は何が食べたい?」


「お父さんのカレーが食べたい!」


「えっ、俺のカレー!?」


「うん。最近食べていないし。作ってもくれないし……」


「カレーか。う~ん、そうすると買い物行かないとな…」


「なら、買い物行こうよ!」


「まぁ、咲子が食べたいと言うんだから、今夜はカレーにするか!」


「やった!」


 夕方近くまでテレビを鑑賞して、今夜のカレーに必要な材料を買いに行く事にする。

 カレーの材料を買いに、何時も利用している、近所のスーパーに咲子と向かう事にした。

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