第6話 上と下の攻防

 ハッピーランド地上

 ファーストステージプレイヤーくげ。

ボートから降りたらそこは別世界、共に来た男は消え武器を持たなければ歩くことすら出来ない修羅場と化していた。


「取り敢えずピエロは後回しよ、目に付いた箱を片っ端から開ける。」

広大な園内だが場所は筒抜け、案内人がいない分不便だが仕方ない。箱の在処をしらみ潰しに巡っていく。


「牛のマークの近くに箱がある。

..どこかしら、近いと思うんだけど」

頭に表示させるのは主に箱の位置だけ。断片的に近くの景色が紛れ込むが、殆どは手探りの役に立たないヒントになり下がる。


「パンフレットとか置いてないのかしら?

観覧車のときはわかりやすかったのに」

ゴンドラの中に箱があったがまんまとハズレ、てっぺんまで登ると嫌な幻覚を見せられた。


「生憎恐怖には強いのよ」

くげには大して刺さらなかったようだが。


「牛のマーク、牛乳...飲む..。」

僅かなヒントから連想を繋げる、全て勘でのワードだが連結させていくとそこそこの結論に達する事が出来る。


「..グラス...コップ..コーヒーカップ!」

くげは直ぐに当たりを見渡す、すると直ぐに目に飛び込んできた。大きなカップが並ぶ場所、手前には牛らしき配色の看板が。直ぐに駆け寄り確認をすると、正式な名称はコーヒーカップではなく『ミルク・ウェルカム‼︎』


「‥ダッサいわね、まぁいいわ。

箱さえ手に入ればコンセプトは無視よ」

カップを回す必要さえ無い、中を確認し箱を拾うだけ。鎖で繋がれている可能性もあるが、その時は箱のみを壊して中を奪う。


「って言ってもどこにあるかはわかってるんだけどね。中心のカップよ」

アポローンの神器によりすぐに発見、有難い事に鎖で繋がれてもいない。


「いただいていくわ、早く終わらせたいの」

雑に包装を破くと中の箱は硬く重たい。

他のものと質量は変わらないのだが開かない


「..何よコレ?」


『ザーンネン、そのままじゃ開かナイヨ!

マワリのカップを止めて脱出しテネ!』

周囲のカップが回転する。カップの腹には車輪状の刃が付いており、他のカップとすれ違う度に回転しながら火花を散らしている。


「当たればコマ切れって訳ね」

避けようにも隙の間隔が狭すぎるだとすれば破壊という結論にてを延ばしたくなるが持っての他、何も動かさずの方法を、考える。


「反射神経でもムリかしら?」

200年の月日を得て獲得した運動能力

自らのそれを〝くげステップ〟と呼ぶ。


「刃車の僅かな機微を観察し..脚を捻る。」

流動的な動きは刃の振動をすり抜け舞い踊るようにくげの身体を運ぶ。


「造作も無い事じゃ、何年生きてると思っているのだ。想像も出来ぬか?」

敷居の柵を超え脱出に成功、刃車の振動が止み箱が弾けて中身が飛び出す。


「なによこれ?」

半分に割れたバッチのような薄い板。何かの鍵なのか、黄色と赤で配色された稲妻のような形をしている。


『オメデトー!それはハッピーチップ!

一つではカケラだけど二つに合わせて揃えルトなんとサードステージへ進むキーアイテムとなりマース♪』


「..片割れはどこにあるのかしら?」


『サァッ!?

探せばドコカにあるカモネ、アルカポネッ!

ナーンテ! キヒヒヒヒヒヒッ!』

不快な笑い声の余韻を残し、アナウンスは消えた。奴はとことんプレイヤーを帰すつもりが無いようだ、とんだ寂しがり屋である。


「‥言うこと聞くしか無い状況が本気で腹立たしいわね。あのピエロ、見つけたら叩き斬ってやる、限界留めなくなるまでね。」

煽られ小馬鹿にされるのはもうたくさんだ。

遠くではしゃぎ続けるピエロを表へあぶり出し、跡形も無く葬り去る。タネも仕掛けも把握して逃げ場の無い状態で粛清する。


「現代で戦の恐怖を教えてあげるわ..!」


➖➖➖➖➖➖


 「暫く外出れない気がするぜ……。」

逃げに逃げ、左側の真ん中、二つ目の部屋に入り内側から扉越しに外の音に耳を澄ます。

金属が擦れる音、鎧の兵団が外を歩く音が鈍く低く響いているのがわかる。


「中には入って来ねぇのか?

あくまで外の見張りってわけか、成る程な」

暫く様子を見たが中へ入る様子は無い。目で追っている訳では無いのか?

もしかすれば音や気配の類い、それらの別の五感を使って動いているのかもしれない。


「さて、と。

..中を探索するか、変な部屋だけどな」

 分厚い本棚が幾つも並び、隙間なく本が敷き詰められている。テーマパークの地下に何故書庫がひつようなのだろう、過去の歴史や構想が記録でもされているのか。


「見つけた鍵がここに繋がったって事は、ランダムじゃなく決まって導かれたってことだよな。‥って事ァこの本棚のどこかに箱があるかもしれねぇわな、マジかよ。」

もし詰められた本のいずれかがなりすました箱であった場合、致死量の時間を要する。


「ナイトに斬られた方がラクかもなぁ..。」

読書も物探しも嫌いだ、死ぬ事も。

改めて己のスキル不足を恥じた。しかしそれと同時に思い出した、己以外のスキルが近くに存在しているという事を。


「カミサマカミサマ…神風を吹かせろ。

なんか..すごい...強めの奴を、頼む......な?」


箱を見つける力を直接想像すればいいものを、無数の本を風で巻き上げ観察する事を選んだ


「出来ればページぶち切ってくれ。姉ちゃんも本は読まねぇだろうし、てか思ったより強いな風。..神風って言わなきゃよかった」

 不思議なものだが、強い風を間近で受けると嫌な顔より無表情になる。感情が途中で抵抗を諦めるのだ、寒さも感じない。


「ん〜殆ど切れるなぁ..箱なくね?」

四角い形が減少していく、一つ大事な事を忘れていた。箱の強度が神風に耐えうるかどうか。只の箱で作られていた場合、とうに形を無くしている。今更遅いが、既に失敗している可能性が高い。


「…外出てみるか、な。」

神器を閉じ、部屋の扉を開ける。

ナイトの姿は見えないが、動けばまた近付いてくる。緊張を走らせながら、通路に立ち止まり様子を見る。


「‥神器、ボウガン頼む。」

戦闘態勢を整えながら、右か左か方向を探る。


「....音が近いな、こりゃあ左か?」

方向を左へ絞りボウガンを構える。やはり音は左側から近くなる。徐々に徐々に近寄る音は、物理的な姿を現した瞬間、イメージを覆し新たな概念として世界に君臨する。


『………!』


「..ボウガンじゃ無理だろ!」

肥大した頑強な腕、拳は大きな鉛の槌となり脆く砕けていた筈の頭は鬼瓦の如く厳つく強靭な面と化していた。


『ザーンネン、ハッズレー!

開けた箱はナイトの〝耐久〟を上げたネ〜!

あ、それとドウジにパワーも物理的にアガッてるカラきをつけテネ〜!』

危機に拍車をかける不快なアナウンス、当たりを引かせるつもりは果たしてあるのか?


「‥待てよ?

そうか、逃げても意味ねぇじゃん!

俺コイツら全員倒すのか⁉︎」

重機のような威圧感を誇る四体の金属に自ら向かって行くのは勇気ではなく無謀というものだ、バカバカしいが死ぬよりマシか?


「死んだほうがマシだ‥‥!」

神器のレパートリーが増えそうだ、幾つの形を試す事になるのだろうか。


➖➖➖➖➖➖


 「..ふぅ、罠にも慣れたわね。」

 血濡れた矛の背後にはこれでもかと死体の山、どれも殆どが人にあらずの化け物ばかり。


「ていうより飽きた、舐め過ぎよ。

肩の凝りが多少ほぐれたくらいかしらね」

労力に対して当たりの箱は見つからず、どれも外れを引いた不運の産物である。


『ヤッテくれるネー!

ボクのともだちミーンナ死んジャッタ!

ありがとネー!バーイバーイ!!』

死体が溶けて消えていく、跡形も残さず園内を汚さないところは礼儀が正しい。しかしモラルに欠けている、特別期待はしないが。


「‥もういいでしょ、早く出てきなさい!

終わらせてあげる。」


『ダメだヨ〜、順序は守らなキャッ♪

ボクとの戦闘はサードステージでネ!』


「怖いの?

面と向かってじゃ敵わないのねきっと。」


『……アァ?』

ピエロに挑発をかます、しらばっくれて誤魔化すと思っていたが意外にも食い付いた。あとは簡単、引きずり出すだけだ。


「疑問に思っていたの、何故表に顔を出さないのかってね。怖くて仕方なかったんだ、初めに顔を見せたときも、本当は震えて怯えて大変だったんでしょ?」


『…アンマリふざけてるト、お前の首を掻っ切るケド〜..いいノカナ?』


「よく勇気出して言ったわね、偉いわよ!

やればできるじゃない。」


『てめぇ殺スッ!』


床に円い血溜まりが出来る。そこからゆっくりとピエロが顔を出し、やがて身体全体が姿を現した。


「出てきたわね、ハッピー野郎..。」


『イノチハ既ニ無いとオモエ…!』

右掌は鎌となり、首を斬り落とす格好の準備を整えて息荒くはつらつとしている。


「..なんか、ホラー映画みたいね。

かわいくないわ、アナタ。」


『シルカヨッ....!』

初めて動くのを見る。予想外の速さ、だが避けられない事は無い。鎌を執拗に振り回すことは無く、一撃の活殺を狙っているのか。


『ウシロ、ガラ空キッ!』

リーチの長い矛は小回りが効かず、どうしても隙は大きくなる。手前に突き出せば当然背後は隙が広い、狙われぬ筈も無い。


「そんな事、補ってないと思う?」

三叉の先端が背後へ変わる、テクニックで回転させたとは思えない。尻と頭が、一瞬で差が変わる、そんな変形の仕方に見えた。


「神の向く方向は神が決める。

イシスに隙なんかないわよ、残念だけど」


『イッ!』

三叉に腹を射抜かれる。結局のところ鎌を振る事は出来ず、一本釣りの宙ぶらりんだ。


「これで終わり?」


『…そっ..』

声がアナウンスに切り替わる。

『そうだと思った〜!?

残念、ただの人形でした〜!

本体はまだ一度も外に出た事ありませ〜ん!』


「…なんなのよ、一体..!」

先ほどより若く艶のある印象の声が定位置から声を上げる。真の戦いはここからのようだ


「出てきなさいよ!

誰だか知らないけど卑怯じゃないかしら?」


『卑怯じゃない、戦術だよ〝戦術〟わかる?

大体出て行ったら痛い事するじゃんか。』

姿をロクに出さず、傍観が好みらしい

代わりに顔を出したのは再びの化け物、時間稼ぎには丁度いい。強度や耐久は関係無い。


「…力ずくで引きずり出してやるわ..。」






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