第5話 死の遊園地
鼠は小さな隙間から、するりと容易に敷地に
『ボコッ!』
「ん、なんだ?」「床に穴が..」
遊園地の硬く平らなコンクリの床に、洞穴のような欠陥が突然発生する。
『ボコ、ボコボコボコボコッ...!』
穴をぐんぐんと掘り進み、下側から徐々に土が地上へと盛り上がるのがわかる。確実に何かがこちらへ近付いている。
「警戒しなさい、何か来る」
「わかってるよ、見りゃあわかる」
案の定音は近く大きくなり、安寧を崩しては脅威を昂らせていく。
『ん、ん〜、んうぅ〜..ホイ!
ハ、ハ、ハイドア〜ンドシィ〜クッ!!』
「……。」「‥何よ、コレ」
愉快なバンザイで穴から顔を出したのは、危機とはほど遠い元気なピエロ。
「みんな、ハッピーしてる?」
「‥おいおい、熱心なスタッフだな。」
「本気でお姉さんの演出?」
冷めた反応にも動じず全身を穴から取り出し完全に地上に到達したピエロは意外に高身長
マスコットと呼ぶには人間が過ぎる。
「今日はお客さんが少ないね、当たり前か!
...ボクが君たちを招いたんだからね。」
口調と顔つきが一変する。
愉快は狂気へと変わり、元気は絶望に。
「アナタ、何者..?」
「聞く必要があるカナ?
ボクたちは共鳴している筈だよネ、君たちの存在ナンテすぐにわかっタヨ。」
「お前も神憑きって訳か..。」
「ソウダヨ!
ココはもうボクの城、ヘルメースのヤカタ!」
ピエロに宿るヘルメース。
何を失ったかは定かでないが、神の名は知れた。知ったところで徳など無いが。
「勘違いすんなよ..ここは姉ちゃんのモンだ。
お前が住む家じゃねぇよ」
「ザンネン、もうボクのモノ♪」
右腕は既に輝いている。だが漠然とした怒りには靡きにくく、形を変える事は無い。
「神と神のお遊びだ
人がイナクてよかったネ。邪魔だし、キヒ!」
「嫌な奴ね、アンタ..。」
「どうとデモ!」
悪態と共に見えないヴェールで身を隠し、二人の前から姿を消した。
「どこ行ったアイツ!」
『これからボクとカクレンボしようカ!
園内のドコかにあるボックスの中にボクがかくれているヨ!』
「‥なんか、思ってた楽しいと違うわね。」
「楽しみにしてたのか?」
「..だって、来たことないもん。」
神様が普通を好む筈もなく、再び危険に巻き込まれる。相手はあくまで遊びらしいが。
「さっさと見つけましょう。
私もお姉さん好きだし、ここがあんな奴の城になるのはイヤだしね。」
「
..箱一つ見つけるのにどれだけかかんだよ」
「手間はとらせないわよ、そりゃ..。」
くげが掌を天にかざす。すると瞳の色が赤く変わり、暫くすると元に戻る。
「アポローンの予言..」
「アポ..なに?」
くげに宿る二つ目の神アポローンは予言、医療の神。遊園地内の道筋を一つのマップとし、ボックスの場所を把握する。
「ここに何度も来たことあるのよね?」
「ああ、元々俺の遊び場だからな」
「なら案内されるのは私の方ね。好きな所を歩いて、近くにあれば指示をする」
言葉から察するにボックスの数は一つではなさそうだ。一人は遊園地の地図がわからず箱の在処を知っている、もう一人は箱の在処を知らないが遊園地の中を知り尽くしている。
「隠れ切れると思うなよピエ郎、久々に思いっきり人をブン殴ってやる..!」
「その後息の根を止めるから生かしておいて着物、汚れないといいけど。」
神の鉄槌、もしくは終焉のラグナロク。
どちらにせよ痛い目は見るわけだ、南無三。
『さぁ早く冒険に出かけて!
でないと足元すくわれちゃうかもよ〜!?』
「うるせぇよっ!」
常に無気力な青年がいつになく血気盛んに怒っている。箱を開けるには力があり過ぎる。
「小さい頃に巡ってた順番で回ってやる..!」
先ずは上下に大きく傾くボートへ向かう。
幼い頃のアトムはここで先ず脳を揺らしてから自らを洗脳にかける。世界観への原始的な没入である。
「ここにはあるか?」
「..ある、一つ。
だけど難しいわね、ボートの中に入ってる」
「よし、じゃあ行ってきてくれ。俺は外で待っている。」
「‥わかったわよ、ったく。」
念の為一人外に残る。
いらない一応を作り出し安全圏を確保する。
「よいしょ..あった、これがボックス?」
ボートの中へ乗り込むと、綺麗に包装された小さなプレゼントボックスが。ボックスは鎖で繋がれて、中心には赤く『Lock』の文字。
「固定されてて取り外せない、どうすれば..
仕方ない、もう一度アポローンの力を」
神器を発動し予言する。
頭に映像を浮かばせ、仕掛けを解読する。
「なるほど、ボートを起動させなきゃいけなきのね。アトム!」
「ん、なんだ?」
「スイッチを押して、ボートを動かすの」
「きをつけろよ、中。」
他人事のように呟いて、電話ボックスのような形の操作室に入りボタンを押した。
「‥外れた。」
Lockの文字がOpenとなりボックスは取り出せたが、大きく動くボートから出る事は難しい。
仕方なく揺れが止むまで居座る事にした。
「結構揺れるわね..」
「箱見つけたか〜?」
操作室から出たアトムが声を掛ける。
「見つけた、今開けてみるわね」
包装を雑に破り箱を開けると、ピエロの顔をしたバネの人形が飛び出しくげを馬鹿にする
『バァーカ、ヴァーカッ!』
「なんなのよコレ‥。」
『ザーンネン、ハズレだね♪
ハズした子には罰を受けてもらうよ?』
アナウンスが追加でバカにする、どうやらハズレを引くとペナルティを受けるようだ。
「罰ですって?
..何するっていうのよ」
狭い空間で冷や汗をかいていると、外で悲鳴が聞こえる。ボートの隙間から目をやると、大きな車輪に乗った大柄な怪物が鎌を床へ引きずりながらアトムを追いかけている。
「なんで俺なんだよっ!?」
「アトム..!!」
『よかった、君は当たりだよ。
ボートに乗った方が助かるんだ』
人形が喋り祝福する。くげは力任せにそれを握り潰し首をへし折るが、ボートが動いたままで助けにはいけず追いかけられて小さくなるアトムを目で追うしかなかった。
「ここから出ないと..!」
『無駄だヨ、このボートは動き出すと10分は止まらない。無理矢理出ようとすれば身体のドコカが吹っ飛ぶだろうシネ!』
折れたピエロの頭がケタケタと笑う。
ボートを破壊する事は容易だがここはスズカの長年の夢であり理想、勝手な行動は出来ない。アトムならまだしも他人では無理だ。
「なんとか生き延びなさい、アトム..!」
無責任かつ理不尽な重役を担わされる不運な男は吐く息が粉になるほど園内を走り逃げ惑い続ける。
『ウオォォォッ!!』
「唸るな怖ぇから!」
足に車輪が括り付けられているのか、足そのものが車輪なのか、滑りのある肉体を唸らせながら高速で襲ってくる。
「うあぁもうっダメだ!
何でもいいから力貸せカミサマ!」
逃げるのを諦め怪物に向き直り右手を構える
焦るアトムの闘争心に呼応し、光に包まれた腕は銃火器のような形状に変わる。
「いい加減止まれモンスター!」
銃口で光をチャージした後、複数の光弾が一斉に連射され怪物の胴体へ直撃。怪物は唸り声を上げ痛がるも倒れる事なく頑強を保つ。
「ビクともしねぇか、クソー!」
『ウー...』
車輪を強く回転させる、再度追う為のギアを深く踏み込む合図だ。しかしもう息が切れている、これ以上走り回るのは御免だ。
「‥車輪で動いてるのなら、地面を抉れば動けなくなるよな。だけどそうすりゃ遊び場が傷む、だったら方法は..」
再びの形状変化。形は大筒のようで大砲にも見えるが、単発のみの銃弾が大して効かない事は理解している。
「新たにオープン前よりテーマパークだ、派手に祝ってやろうじゃねぇの。」
大筒の銃口を向ける、怪物は徐々に速さを増し車輪を回し勢い良くこちらへ駆け向かう。
『ウオォォォッ!!』
「お前をオープニングアクトにしてやる」
高速のモンスターに弾が飛ぶ、大きく丸い重たい弾が。弾は腹に食い込みながら弧を描き天高く舞い上がり、化物を巻き込み空に一瞬留まり停止した。
『ウ…⁉︎』
「たーまやー!」
弾は音を立て大きく弾け、怪物と共に派手で快活な花火を打ち上げた。
「..ん?
ヤベ、車輪落ちてくるな」
散り散りになった怪物の身体から外れた二つの車輪が園内へ落下する。放置すれば施設に多大な被害を及びかねない。
「スナイパー降臨」
腕を大口径のショットガンへ変化、落下する車輪にタイミングを合わせ発泡し車輪に打ち当て、園内へ出す事に成功する。
「いっ痛..神に憑かれてて良かったな。生身でこの反動は相当キツイぞ、多分。」
見様見真似で神器を使ったが、なんとなく呼応させるコツを掴めている気がした。少なくとも腕に痛みを少し共鳴させる程度には。
「‥随分遠くまで来たな、ボートのとこまでまた戻んのか。」
道中で他のボックスを探してみようかと思ったが、ハズレであった場合の事を考えると簡単に行動する事は出来ない。
「取り敢えず戻って合流して....ん?」
二、三歩踏み込んだところでつま先に何かが触れる。目をやると開いた小さな四角い箱からピエロのバネがぐりぐりと顔を出し上下に跳ねて笑っている。
「おい、これって..」
『ザーンネン、ハッズレー♪』
足元の床が開き暗く深い穴が覗く。アトムの叫び声は下へ下へと呑み込まれていった。
『言ったデショ?
はやく動かないと足元スクワレル!』
有言実行、からかっても嘘は付かない。
それがハッピーピエロのエンターテイメント
➖➖➖➖➖➖
「‥なんか大きな音したわね、花火の後に」
音源が誰なのかは直ぐにわかったが、不安か希望かの判断が難しい。
「そろそろ十分。
..多分それより経ってるわよね、ピエ郎の奴私に平気で嘘ついたわね。」
実際に経っているのか、意図して時間を誤魔化されたのか体感ではわからない。しかし仮にも道化師が人に素直な言伝をするとも思えない。信用しないのが吉だ。
「.,揺れが弱まった、これなら降りれるかも」
緩やかになったボートの隙間から、タイミングを見計らい降りる事に成功する。
後はアトムを追うのみだが、音から察するに何がしか生じた後だ。行動に警戒を強いり、慎重にならざるを得ない。
「いくら破壊を避けるといっても、武器無しで動ける程平然としてられないわ」
右の掌を広げ横に延ばす。
「イシス、出てきて」
掌の中心から矛を取り出し握る。
狙うのはあくまで相手の身体、施設を壊さないように工夫して振るつもりだ。
「単独で箱を探す、道中でアトムを見つければそこで合流する。アポローンの力は箱の在処に特化して、人は自力で探し出す。」
アポローンが一度に予言を与えられる概念は一つだけ、どこにリソースを絞るのかが鍵となる。神といえど限界はある。
「次は…観覧車、よく乗らされるわね。」
次は何分のストロークがあるのだろうか?
➖➖➖➖➖➖
「痛ってて....なんだ、ここ?」
薄暗い廃墟のような建物の中に落とされたアトムの手元には、何故か懐中電灯が握られていた。何処かで細工をされたのだろうか、しかし今の状況下では有難い仕様だ。
「薄気味悪りぃなぁ〜ここ..」
『あ、着いた?
おめでとう、セカンドステージに到達だよ』
「セカンドステージ?
そんなもんより早く出口を出してくれ」
地下室はスズカの敷地だろうか?
抜け目無いとしつつも知らない可能性がある
『ダメダメ、出口は自分で探さナイト!
というコトでナイトをトウニュウ!』
「は⁉︎」
背後から鎧の騎士が二体、剣を振るって追いかけてくる。
「お前いい加減にしろよっ!」
『キヒヒ!
そのナイトから逃げたママ部屋のどこかにあるカモしれないアタリボックスを見つけてネ!
そしたらソトに出れるカモ!』
「また追いかけっこかよ!」
鬼から逃げつつ箱を探せと、捕まれば終わりのデスゲーム。息つく暇はまるで無い。
「次は穏やかな彼女と図書館行こう..」
カフェオレを飲みながら優しい絵本をゆっくり読むと心に決めた。
地下室の作りは廊下が三本、右端、左端が壁となり右の壁から廊下を挟んだ向かいに三つの扉、左の壁から廊下を挟んだ向かいに四つの扉、計七つの部屋がある。今アトムが居るのは右側の廊下。
「しらみ潰しに開けてくか、だが警戒しねぇとナイトと鉢合わせになる。」
扉に手を触れたとしても部屋へ入れるとは限らない、鍵が掛けられていれば多大なリスクとなりナイトに襲われる危険も高まる。
「だとすりゃ最初にやる事は、彷徨う鎧の厄介モンをぶっ倒す事か。」
相手が騎士なら武器は刀か、それとも距離を取り余裕を持たせて銃で攻めるか
「間をとってボウガンってとこかね?」
語りかけた分応えてくれる、素直な形代だ。
弓のような形状に矢が取り付けられている、威力は鎧を壊す相当の強度を想像した。
「出てこい、鎧。」
立ち止まり通路に姿を現すのを待つ。
見つからないように逃げたつもりだが、結局は相対する事になる、理不尽なものだ。
「……来たか」
前方の角から、ぬるりとナイトの一体が右側の通路へと入り込む。
「おい!」 『……!』
こちらに気付き剣を振り上げるもクロスボウにより頭を一撃されてしまう。アトムが様子を伺いに近付くと、ひび割れ砕けた頭の鎧の隙間から固形的な硬さのある何かを落とした。
「これは..鍵か?」
この状況で鍵が落ちるという事はやはり捨て身で挑む事は不可能だったという事だ。
「‥もしかしておい、ナイトを倒さねぇと扉の部屋に入れねぇ仕組みか?」
嫌な予感を胸にしまい、一旦ナイトの傍らの剣を握る。そのまま裏拳の如く回転斬りをさせ、背後にて息を潜める二体目のナイトの胴体を切断、見事に真っ二つに。
「油断大敵って言っても卑怯者だねぇ..合図もしないで不意打ちしようなんてよ。」
二つになったナイトの上半身にくっ付いた頭を剣先で砕き中を探るも特に何も見当たらず、使えそうな道具や鍵の類も無い。
「さぁて、どこの扉にが開くかね。」
鎧の亡骸を飛び越え鍵の合う扉を探す、ここからようやく箱探しが始まる。
「……ん?」
背後より違和感を覚える。
なにかの蠢く気配、揺れ動く音、生物が新たに誕生するような斬新な感覚。
「..おい、嘘だろ‥?」
破壊したナイトが再び剣を構え、二本の足で立っている。しかも4体、数を増やして。
「二体増えてる..どういう事だよ!」
『セイカーイ!
ナイトが鍵を持ってる事によくキガツイタ!
だけどナイトはどんどん強くなるヨ、ハズレのボックスを開けると更に強化サレルから気をつけてシンでネ!』
「死んでねってなんだオイッ!」
やる事がいくつも増えた。
ナイトから鍵を奪い、扉を開けおそらく中にあるだろうボックスを開ける。それがハズレの場合より強固な追いかけっこが待っている、そもそも当たりがあるのだろうか?
「この野郎、ピエ郎!
ぜってぇ見つけてブン殴ってやる...!」
そのときの右腕の形状は迷う事なく小節の形、一番力の篭る渾身の形である。
「何がハッピーランドだ!
こちとら成人式からアンハッピーなんだよ!」
成人の抱負は『平和と安定』に限る。
「追ってくんなよ鎧共ぉっ!」
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