第4話 変わった日

 「ゆっくりしていきなさい姫さまっ!」


 マンションの小さな部屋で座る時代錯誤とその横によそよそしく佇む弟。通常ならば自宅の構図は逆であるが、来客にそこまでの遠慮は無いようだ。


「..なぁ、なんで姉ちゃん普通にしてんだ?

俺仮にも一度腕無くなったんだぞ」


「あら、これが普通なのかしら。

江戸時代にはいないタイプね」

200年も生きていれば大概の問題は解決出来る器量が備わる、取り憑く神も一つじゃない


「それにしてもアンタが逆連れてくるとはねそれも女の子、やるじゃん成人!」


「成人式行った事は覚えてんのか。つーか連れて来てねぇよ、勝手に来たんだウチに!」


「照れんなドアホゥ!

今何か作ってやる、腹減らしとけぃ!」

 派手な金色の長髪を結い、台所へ駆け込む。アトムは文句を言っているが、姉の作る飯は驚く程に美味い。


「勢いの良いお姉さんね、二人暮らしか。

...あの人元ヤン?」


「見た目で決めんな!

..ああ見えても女社長なんだよ。ホントはもっと良い家住めんのに、俺と普通のマンション住んでる。金持ちの男の誘い全部断ってな」


「シスコンね、キモっ..!」


「文句言うなって、俺も苦手だけど。

..一応俺の姉ちゃんだ。」

他人が苦手意識を持つのも充分解るが成人式の件以外は弟としての感謝がある。


「苦手なものか、彼奴はいい奴だ。

そのくらい目を見ればわかる、馬鹿者め」


「..話し方が200年前に戻ってんぞ。」

当たり前だ、美味い飯を作ってくれる女を嫌いな筈が無い。ただいつも、姉への評価として言われる事が多いので予防線を張ったのだ


「ほれ、出来た。

食え弟と謎の女、おそらく彼女」


「彼女じゃねぇ!」「それは間違いないわ」


「なんだよ口揃えて〜、んな事よりさ!

お前ら二人で今から遊園地行けよ!」


「何言ってんだ?」「断る。」


「今さっき貸し切ったんだ、まぁ元々買い取るつもりの場所だったから殆どあたしの持ち物みたいなもんなんだけどな」


フライパンの上でチャーハンを炒めながら電話一つで遊園地を完璧に抑えた。そこが数週後には自身のテーマパークとなる予定だ。


「中々やるわね、そんなに権力があるの?」


「あたし結構偉いんだよ?

肩書きこそ〝実業家〟って自由なもんだけど」

 自由は規模に縛られない。昼間から家でチャーハンを食べる事だって出来る。


「飯食ったら直ぐに家出なよー?

今すぐ行くって言っちゃったからさぁ」


「めちゃくちゃだなオイ、成人式の次は貸し切り遊園地デートかよ..。」

アトムは食べ終えた皿を片付け服を着替える

一応は着飾りたいらしい。


「行くぞー、飯食い終わったかー?」


「ちょっと待ちなさいよ。何で行くことになってんのよ、私嫌よ?」


「いいから来いって、ほら」

くげの着物の襟を引っ張り、無理矢理に玄関へ連れ出す。その間も何やら口先で言っていたが頑なに無視をし続けた。


「いってくるわー」

軽い挨拶を済ませ玄関の扉を閉め外を歩き始める、嫌に素直が不自然だ。


「マスク付けなくていいのか?

..ウィルスにも耐性があんだな、凄ぇ女。」


「そんな事どうでもいいわ、何なの?

私行きたいっていってわよね!」


「わかんないよな..そりゃ。

たまにあんだよ、俺に外へ出ろって言うときは姉ちゃんが一人になりたいときだ」


「……思ったより繊細なのね、あの人。」

理由は毎回聞かないが、構わない

家に帰ってくる頃は、いつもの調子を戻してくれている。それで充分だろう


「場所はわかってるの?」


「‥ああ、もう行き慣れたよ。

まさか買収してるとはな、この時期に。」

 アトムが小さい頃から言っていた

「あれはいずれ私の物、アトムだけが遊べるようにしてあげる」

実現したら楽しいだろうと思っていたが、手に入れた後は公園同然、気分転換には余りにも広過ぎる。


「姉ちゃん以外と行くのは初めてだな」


「..私だって初めてよ。」

軽い日常へ戻ると、危機を忘れてしまう。

不覚にもそれは月日や生きた時間などを無視して錯覚させた。


「ホントにがらんどうなのね..。」


「客いないと図書館と一緒だな。」


廃園したような静けさ、ウィルスのせいではない。それよりも万能な力によるものだ。


『..ようこそ、ハッピーランドへ...』

ノイズ混じりのアナウンスが園内へ響く

機材が古いのか、上手く話せていない。言い訳のように愉快な音楽が流れ始めた。


「雰囲気出たわね、これで遊園地よ。」


「…おかしい..」 「どうしたのよ?」

アトムの顔が青冷める。

スズカは過去にも幾つか施設を買収した事があるが、全てを根こそぎ買い取るのが特徴だ

それは中に点在する売店や従業員に至るまで一つ残らず取りこぼし無く。


「ここが姉の持ち物なら、一体どこの誰がアナウンスしてんだ?」


「誰かと話を付けたとか言ってなかった?」


「それが従業員だとしてもここにはいない筈

貸し切りってのは姉ちゃんの場合は誰もいない事を意味してる。従業員も客も」


完全な無人、徹底した0人が貸し切りだ。

スズカは弟の為にそこまでこだわる女、従業員の手でアナウンスが鳴ることはあり得ない。


「なら一体誰が..?」




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