第3話 神器覚醒
「空が、暗い..。」
いつの間にか夜になっていた
いや、夜に〝ならされた〟と言うべきか。
「大丈夫?
駐車場の外へは出ないように、数が増える可能性があるから。」
「んな事言ったって!
俺にどうしろってんだよぉっ..!」
足がすくみ、腰を落として怯えるアトムの様は単純な〝みっともなさ〟を表現していた。
「使いもんにならないわね..。まぁ徐々にでいいわ、一先ず私が手を貸してあげる。」
呆れた溜息を吐くと、くげは左の掌から矛のような三叉の刃物を出現させ、患者の一人を叩き斬る。
「うわぁっ!
何すんだお前、病院の患者だぞ!」
「よく見なさい、皆霊安室の死体よ。
正確には元患者ね。初めから死んでるのよ」
人を叩き潰す事には抵抗は無いようだ。
江戸の時代にモラルなどあらず、慣れたものだ
「アナタも早く発動させなさいよ、じゃないと右腕以外が跡形も無くなるわよ?」
「みんな同じに出来ると思うなよ!?
それこそ200年掛かるっての!」
そんな事をお構いなしに、死体で作られたゾンビもどきは襲いかかって来る。その度にくげが対処をするが、ゾンビの数は一向に減少を見せない。
「..おかしい、数が多いといっても安置されている死体には限りがある筈。」
「神の仕業なんだろ!
だったら数も増やせるんじゃないのか!」
次々と病院内から溢れ出るゾンビの群れ、それと合わせて答えを出すように建物の上の方から声が聴こえる。
「御名答っ!」
「屋上からかしら?
..目立つのが好きなようね。」
「とうっ!」
宙で一度回転をしながら駐車場のコンクリへ着地したのは若い白髪の男。
「白衣..こいつ医者か!」
「‥成程、勤務医なら確かに細工は容易ね」
男が手を広げると、ゾンビも動きを止めた
操るのも容易という事だ。
「いい夜だ。
まったく良い力を手に入れた..。」
「アナタ..神憑きね。
いつから神器を使えるの?」
「神器...」
名称を聞くのは初めてだが、それが何を意味するのかは直ぐにわかった。くげはこれを、アトムに使わせようとしているのだ。
「ああ、君もそうなのか。
道理でしぶといと思った、成程ね。
..目を失ったときはどうしようかと絶望したが今は前より良く見える。死も、性もね..。」
「医者がケガするなんて笑えないわね」
「知らないのかい?
健全な身体というものは、壊れたものを治さないと宿らないものなんだよ。正規では無く創り治さないといけないんだよね」
「……バカじゃないの?」
200年もの間生きていると、様々な人に遭う。その中で突然に大きな力を得る者が幾人か居た。多くのそれは勘違いをするか強大過ぎる力に恐れをなし怯えるかの2択だったが、この男はそのどちらでも無く、自らの力に多大な『自惚れ』を再認識する3択目。
「勘違いの向こう側..初めてみたわ。」
「勘違い?
違うよ、元々僕は完璧だったのさっ!」
ゾンビが一斉に襲い来る。未だ神器を持たないアトムを庇いながらの戦闘になるが、余りにも数が多過ぎる。
「立ちなさい、アナタも戦うの」
「無理だろ!
あんなイカれた力持ってる奴!」
「アナタも同じよ。
..認めたくないだろうけど、境遇は一緒」
「……!..」
〝一緒にするな〟と言いたいが、正しかった
己の右腕には同じものが憑いている。
意図はしないが、とうに自らもイカれている。
「行きたくもなかった成人式の祝いがコレか?
大人なんて何にも良い事無ぇな..。」
「はぁ、どれだけ湧くのよこの死体!」
斬っても斬ってもキリが無い、夜が明ける頃には刃が擦り切れてしまいそうだ。
「死体を造るのは簡単だ。包帯で巻いて..締めてほどけばすぐ完成、息耐えたゾンビを元に戻す事だって出来る。」
くげの手前に倒れたゾンビに袖から伸ばした包帯を巻き、蘇生して見せた。
「ほらね♪」
「悪趣味な能力ね..!」
「悪趣味だなんて言わないでくれよ。
偉大なるアヌビス神の力なんだからさぁ!」
ミイラ製造工場の工場長と謳われたエジプトの犬の神アヌビスの力によって視力を取り戻したようだ。しかしその眼には以前よりも余計なものが見えてしまっている。
「‥なんだ、ただの犬コロなら先に言っておきなさい。焦ってソンした」
「なんだと..?」
「最大限出しなさいよ、アンタのくだらない人形劇なんて叩き沈めてあげるから!」
矛を振り回し構え直す、立つ位置は変わらずアトムの前。言葉に恐れは無い、寧ろ好都合。
「お前に全力?
出すまでもない、ナメてんのかぁっ!?」
病室内から大量のゾンビが飛び出す。
倒れたゾンビも息を吹き返し、襲ってくる。
「うあぁぁぁっ!!」
「アトム、発動しなさい。
思い出すのよ、あの子を助けたときの事」
「あの子...カレンの事か⁉︎」
「名前まで知らないわよっ!」
無数のゾンビを一人で捌く。神器を持ってすれば一つ一つは強くは無いが、簡単な事といったら嘘になる。
「さっきよりキツくなってきたか?
お前が下手な挑発をするからだ、ソイツらは数を増せば増すほど強くなる。力の少ない奴が余計な事をするからそうなるのさ!」
「やっぱりアンタ馬鹿ね。」
「なに?」
「数が多ければって、結局は一人で何も出来ないって事じゃない。完璧だとか言ってたけど人の力なのね、確かに力は少ないわ。」
「ふっざけるなよ..てめぇコラァッ!!」
プライドの高さか沸点の低さか簡単な挑発に血を上らせゾンビの数を更に増やす。
言われた通り皮肉にも他力が際立ってしまう
言葉の強いくげもまた数の多さに対応しきれず群れに呑まれてしまった。アトムを守る壁も無くなり、姿を晒す。そんな事はお構いなしにゾンビはより数を増し、裸一貫のアトムの元へ襲い来る。
「来るな、来るなぁっ!」
「噛み砕け、アンデッド達ぃ!」
武器を持たないアトムはいとも簡単にくげと同様呑まれてしまう。
死体の群れの中でアトムは考える。
変な女はやられちまった。
どうすればいい?
..力を分けろ、神とやら。
どうすればいい..
どうすれば..俺は...
「あの女を救える?」
不思議なものだ、己の命が危ういというのに
考えているのは人の身の危険。
それは偶然にもあのときと
そう、少女を助けて腕を失ったときと同じ感情が生じていたのだった。
「…なんだ?」
ゾンビの群れの内側から光が差し込む。
光は大きくなりながら爆散し囲む死体を勢いよく一斉に吹き飛ばした。
「‥おい、なんだそれは?」
光は徐々に小さくなりやがて右腕に収束する。
光の在処はアトムの右腕、それはかつて人のものであり、今は神の器と化した。
「くげから離れろ、死に損ない共」
光る右の拳をアンデッドの群れに突き出すと、爆散する光に吹き飛ばされ中からくげが姿を現す。くげは内側から残りの死体を吹き飛ばし、身体の自由を完全に取り戻した。
「漸く覚醒?
随分待たせてくれたわね、危なかったわ。」
「嘘つけ、中で様子伺ってたんだろ?
死なない奴ってのは死ぬ奴より性格悪いな」
「それってどっちに言ってるの?」
己と転がる死体を指差し問いかける。
「どっちもだよっ!」
間髪を入れずにそう答えた
武器はお互いに、白衣の鬼がいる方へ
「出来たてのカミサマか!
そんなもので僕が死ぬとでも!?」
アンデッドは止まるところを知らない。限界を知らず溢れ返り、斬ろうが殴ろうが数はまるで減る事は無い。
「キリがないわね..」
「発動しても意味ないじゃねぇか。」
当然だ、彼らは完全な不死。
死を迎えその向こう側に辿り着いた生者、殺す方法などありはしない。
「何かやり方は無ぇのか?」
「どうだか、相手は神だからね。
..ていってまぁ完璧では無い、どんなものでも弱点はある。それは神だって同じでしょ?」
「本体を殺すか。」
「あれだけの群れの向こう側を?
手が届く前に喰い殺されるわよ、きっと。」
数の利には物理的に敵わない。
本体を殺したとして、死体が動かなくなるかも定かでは無い。どちらにせよ、怪我を被るのは確実にこちら側だ。
「何か手掛かりは無いか..」
アトムは辺りを見渡した。違和感を探したが周囲にはそれが有り過ぎて、細かい所には目がいきにくい。空は夜、目の前には動く死体狂気じみた医者が考える緻密な事の殆どは、大きすぎる違和感に隠されてしまっている。
「腕が光りだしても人は人だな。...ん、光?」
一つ疑問があった。空は暗く闇が広がっているのに、目はよく見え敵もはっきり確認する事が出来た。それは神器が発動し、右腕が輝き出すよりも前、ただの人のときからだ。
「俺達を照らす他の光....月か!」
空を再度見上げると、煌々とした金色の月がこちらを見下ろし光を放っている。
「夜空に月なんて当たり前の事気付くか!」
違和感の中の大きな通常。隠れてはいない、最初からそこに単純に存り続けた。
「あれをブッ壊してみるか...どうやんだ。」
右腕が強く輝き出す。
月の光に魅せられているのか?
「..ん?
腕がなんか、グニャついてんな」
蠢く腕を暫く放置し見つめていると、光を手首の付近へ集中的に集め、拳の部分を大きな弓へと変形させた。
「これで月を壊せって事か?
...弓はいいけど矢はどこにあんだよ。」
「これを使いなさい」
傍らでゾンビを牽制していたくげが握り締めていた矛を投げ渡す。
「壊れてくれりゃいいけどな」
「その為の神器でしょ?
持ち主に呼応して姿を変える神器、珍しい物をもらったわね。」
「そうか、俺の考えに反応して..。」
神が応えているのか、近しいものに敏感な反応を示しているだけか、しかし少なくとも身体に宿るうちは味方であるという訳だ。
「だったらもう一度こたえてくれ、あの月..」
弦を後ろへ強く引く。
深くしなり、激しく軋む。
「神の力でブッ壊せっ!!」
矢と化した矛が光を帯びて飛んでいく。
空中で勢いを増し、真っ直ぐに月へと刺さる
「テーメェッ!
月を狙いやがったなゴミカスがぁ!」
「..口悪いわね、だけどもう無駄よ?
神器二個分の力の矢で無事な訳がないもの」
案の定月は刺された箇所からひびが割れ、脆く岩のように崩れていった。
周囲のゾンビはその場に倒れ消滅し、空にも青が立ち戻る。
「ホントに解けた..!」
「盲点ね。生き物は死ぬけど、無機物は初めから生きてない。それじゃ施しようがないわ」
くげの手元には飛んでいった矛が一本。
知らぬ間に戻ってきたようだ、まるで生きているかのように。
「お前らぁっ!
僕の世界を壊したなぁ!」
「..覚悟はいい?」
最早落武者と化した男に対して容赦の無い息の根を止める勝者の宣告。男はくげの迫力に腰を抜かし無様な掠れ声を漏らす。
「もういいよ、やめようぜ。」
「..何?」
アトムが冷めた口調でさらりと呟く。
「アナタ、何されたかわかってんの?
殆どコイツに殺されかけたのよ」
怯える男に矛の先を向けアトムを睨む。
「ひ、ひいっ!」
「でも生きてるし、俺。」
「また絶対襲われる、神が憑いてる限りアナタは延々と追われ続ける。」
「ならそんときにまた考えるよ。神が憑いてたって、死ぬのは人間だろ?
..第一医者を殺してどうすんだよ、怪我したとき誰も治せねぇじゃねぇか。」
病院で人が死ぬなど、不幸を映像化したようなものである。そんな映画は撮りたくない。
「....行きなさい!」「ひ、ひぃっ〜!」
渋々男を見逃し、矛を下げた。
一瞬反撃を警戒したが、こちらへは目もくれず一目散に駆け出し消えていってしまった。
「…腕が元に戻ったな。
じゃあ俺帰るわ、姉ちゃんうるせぇから」
両親が長らく不在のアトムの家は、姉のスズカが大黒柱だ。逆らうとそれこそ殺される
「..待ちなさいよ。」
「なんだよ、もう終わったろ?」
俯き罰の悪そうに下を向いてぼそりと言った
一連の現象に巻き込んだ事を一応は気に留めてくれているのだろうか。
「私も連れてってよ。
....今晩宿が無いから..」
「.....はぁ!?」
➖➖➖➖➖➖
廃ビル、会社跡地
「今の見たぁ?」
双眼鏡を目に擦り付け、四角くく窓の無い空洞から外を眺めるだらけた青年。サイズの合わないだるだるのトレーナーからなんとか手首を出し双眼鏡を支えている。
「見えていましたよ
面白い能力だ。それにあの傍の女、随分とご苦労をされているみたいですね」
「そこまで見えてんの?
やっぱ目ぇ良いなヴェイジャア、便利〜。」
振る舞いも格好も紳士的な男
名をヴェイジャアというらしい。
「...ん、なんか暗くね?
おっかしいな、眼球潰れちゃったかな」
「貴方のせいではありませんよ。
..それはもう既に〝観察済み〟です」
青年の背後に迫るアンデッドをヴェイジャアが蹴り飛ばす。
「‥ん〜、あれこれって?」
「そう、当たりです。
..貴方ですよね、『ベルゴマ』さん」
息を荒げた白衣の男が鋭く睨みつけている
「ベルゴマ・イシュザーグ..君もまぁまぁ面白い能力だけど、もう充分見たよ。」
「憑き神はアヌビス、死者を蘇らせ操る力。
包帯を巻けば量産が可能で壊された死者の蘇生も可能。死者の蘇生とは滑稽ですね」
「うるせぇよっ!
てめぇら今までずっとここで見てたのか!?」
見下し鼻で笑う連中に血を上らせる。
戦闘を遠くで傍観し、力の確認をされるなど、敗北に値する屈辱である。
「..ふざけてんなよっ、僕は神だぞ?
侮辱するのはこちらの役目だぁ!」
力の〝最大限〟を発揮する。
アンデッドの力量は先程の比じゃない、逃げるという選択肢は、完全に断たれた。
「うじゃうじゃ..いますね。」
「も〜怒らないでよ、めんどくさいなぁ..。
それにハナシ聞いてた?
君の能力は、もう充分〝見た〟んだよ」
「なん...なんだよその力っ..!」
一種の出来事、威勢は数分後には断ち消えて床に突っ伏し絶命していた。
この世のものとは思えない、と呼ばれる力が稀にある。そんなものは、あの世で見てもわからないだろうが。
「‥はぁ、これじゃないか。
まぁわかってたけどね〜、普通に」
「他に目星は?」
「そんなの、決まってんじゃん。
あの男、アトムとかいうヤツの力だよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます