第2話 遅れて来た災厄

 目を開ければ薄暗い部屋にいた。

ベッドに寝かされ、壁は白く、偉く殺風景な四角い部屋は噂に聞いていたあの世とも錯覚する出来栄えの異質さ。


「‥痛く、ない..。」

頭を抑えても、血は出ていない。


「腕が..!

....治ってる..⁉︎」

根本近くから切断された筈の右腕が綺麗に生え揃っている。頭を抑えたのも右腕だ。


「どういう事だ..?」


「神憑きよ。」 「!?」

しっとりとした、少し冷たい声が響く。

顔を上げると直ぐ側で女がこちらを見ていた


「..何してんだよ、ここ多分病院だろ?

どうやって入った...つーか誰だっ!」

感情の無い眼でアトムを見つめる和服の女。

成人式の振り袖にも似ているが、それにしては気慣れている。借り物ではなさそうだ。


「..くげ、私の名前よ。

アナタの姉だと名乗ったら直ぐに中に入れたそもそも病室じゃないしね、ここ。

…私はアナタを探していた。アナタの様な人」


「いっぺんに全部答えやがった..。

それに..俺を探してた? 病室じゃない?」

疑問を解明した後、更なる疑問を投げ掛ける。


「‥アナタの腕は正確には、無くなった。

今は代わりの形代がくっ付いて保持している状態に過ぎない。」


「さっき言ってた〝神憑き〟ってやつか?」


「神憑きは悪しき人間の為、神々が200年に一度だけ起こす儀式。人々の身体、肉体の部位の一部を欠損させて神を宿す。..アナタの右腕は、今神に奪われている。」


 神は予め部位を欠損させる〝災厄〟を決められる。中には面倒がって自ら趣き捥ぎ取る者もいるが、アトムの場合は車両による事故の被害を設定された。不慮の事故は、起きるべくして起きているのだ。


「..神に奪われた?

俺が誰だかわかってんのかよ、何でも無ぇ普通の男だぞ。なんで俺が選ばれるんだよ!」


「神が一々人を見るものか、彼奴等は気まぐれに生かしも殺しもする。我儘な奴等じゃ」


「‥あんたは、神なのか?」


「..馬鹿を云え。

あんな者らと一緒にするな」

古臭くゆったりとした口調で神への冒涜を口にする。どうやら『こちら側』のようだ。


わしは中をやられた。

粗方の臓腑、心臓をな。お陰で200年もロクに死ねてない。時代遅れもいいとこじゃ」


「200年..⁉︎

あんたもしかして前の儀式の犠牲者か!」


「..お陰サマで現代の話し方を覚えてしまったわい、見た目も昔と変わらんしの。」

心臓に神が憑いた事で老いるという人間の尊厳を奪われた。彼女の身体に流れる指令は既に、己の意思とは別離の理。


「しかしデメリットばかりではない..」


「はあっ!」

くげが言いかけたとき、高い女性の叫びと共に部屋の扉が音を立てて開いた。


「こんなところに居た雛藤さん!」


「な、なんだ⁉︎」

勢い良く入ってきたのは病院の看護師、病室から姿を消したアトムを探して部屋に入って来たようだ。


「なんでこんな所にいるんですか!?

..誰ですかこの人?」

患者としてはあまりにも異質、病院の中に和服の女がいれば疑問を持つのも当然だ。


「‥見ていろ、神憑き」

 看護師の顔に掌をかざす。ぼんやりとしたひかりがゆっくりと看護師の頭を包み、少し経つと掌に戻って消えた。


「雛藤は元気だ、病人ではない。」


「病人では‥‥無い。」

ふわふわとした口調で虚な目をしながら部屋を出ていく、看護師は何も知らない。


「何ださっきの?」


「暗示をかけた。

アナタは元気に退院する、私は付き添い」


「それがメリットかよ。」


「ええ、皮肉にも..神の能力よ」


それからは実に簡単だった。

部屋を出て、病院内を歩き振り向く人間がいる度に暗示を掛ける。抜けるのは容易、愚かな人間なら平然と自惚れする程に。


「で、この後俺は何すんの?

家帰っていいならラクなんだけど」


「神憑き同士は共鳴し合う、家に帰ったら家族ごと喰い殺される事になるけど。」


「..おっかね。

じゃどうすりゃいいのさ?」


「手伝いをして貰うわ、どうしても殺したい神がいるの。その為に使えそうな神憑きを探してたんだから」


「ハナから所有物にする気だったのかよ..。」


「アナタの腕も治るかもしれないわよ?

送信者を殺せば腕の神は取れる。」


「送信者?」


神に選ばれる人間はランダムだが、神は自ら憑く人間を選べない。他の者の推薦、もしくは選択によって人の部位に送信される。


「何の為にしてんだ?」


「自壊させない為よ。

選択した送信者を上に残しておけば、憑かれた人間が部位を壊しても神は剥がれない」

 異様な力を宿すならと自ら断つ危険性を考慮し編み出された仕様、人の愚かさを知ってこその段取りだろう。


「最近漸く私に神を送った奴が人に憑いたらしいのよ。そいつを殺せば、私は死ねる。」


「..死ぬ為の戦いかよ、意味あんのかそれ」


「アナタも200年生きてみなさい。

じれったくて直ぐに死にたくなるから」


「いぃ〜...俺もはやく送信者を見つけよ。」


と言いつつも身体を取り戻す為の具体的な行動がわからない。


「俺は何をすればいいんだ?」


「言ったでしょ、神憑き同士は共鳴し合う」

病院の駐車場にワラワラと人が彷徨う。

こちらに徐々に近付いているのか?


「なんだ、コリャあ..!?」


「病院の患者の様ね。

見れば分かると思うけど、神の仕業よ」


ゆっくりと眼を光らせて近付く患者達。不思議と外に他の人々は無く、騒ぎ立てる者もいない。神の仕業にしては意地が悪過ぎる。


「..さっき、何をすればいいかって聞いた?」


「聞いたけど何っ!?」


「簡単、死なない事よ..!」



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