ts魔法少女のアイデンティティー

@YoshidaYukihiro

プロローグ

 

 ――ボクッ娘はイタい。

 

 これが、雨宮リンネが齢十五歳まで生きて痛感した事実。

 ボクッ娘は二次元でしか生きることを許されない存在なのだ。

 もし許されているのであれば、ボクッ娘はもっと繁栄しているはず。

 しかし生憎、リンネは自分以外に、一人称が「僕」の女性、いわゆるボクッ娘を見かけたことがない。

 

 マイノリティとは、ただそれだけで排斥される存在。

 キモい。イタい。何を考えているのか分からない。

 少なくとも、世間はそう認識している。

 リンネも分かっている。その事実をちゃんと理解している。

 

 でも、それでもリンネは一人称を「私」に変えるつもりはない。

 だって、自分は「男」だから。

 身体上の性別は、確かに「女」だ。けれども、心は変わらず「男」。

 

 リンネは、後天性トランスセクシャルと呼ばれる人間だった。

 

 前世は、男。死んで生まれ変わって女になった。

 転生。生まれ変わり。

 それが、リンネの身に起こった奇跡。

 

 リンネの前世は、何の変哲もない男子高校生だった。

 しかし、私道で猛スピードのトラックに跳ねられ、親より先に死ぬ親不孝を悔いる間もなく即死。

 そして、生まれ変わっていた。女に。

 一人称が「僕」であることが痛いのは、リンネにも分かっている。

 身体が「女」であることは仕方がない。

 けれども、心まで「女」になることは受け入れられない。

 

 これは、リンネのせめてもの抵抗なのだ。

 どうしようもなく情けない、理不尽な世界への弱々しい反抗。

 それが、リンネがイタいと認識していても、一人称を変えない理由。

 

 別に、前世での一人称が「僕」だった訳ではない。

 

 けれど、前世と同じ一人称である「俺」を貫くほどの覚悟はリンネにはなく、かといって「私」と言えるほど今の境遇を受け入れることもできず、今日もリンネは宙ぶらりんの毎日を生きている。

 あぁ、でも……。

 

 

 一人称が「僕」の『魔法少女』は、もはやイタいという侮蔑を通り越している気がする。そんな気がする。

 

 

「――であるからして、皆さんには『魔法少女』として、人類の存続のためにダンジョンを攻略して頂きたいのです」

 

 日本の防衛省のトップであるところの防衛大臣(名前は忘れた)は、感情が籠っていない演説を長々と続けている。

 

「過去、人類はダンジョンから溢れるモンスターの侵略により、滅亡の危機に立たされました。

 現代武器を無効化するモンスターに真っ向から立ち向かい、モンスターを再びダンジョンに抑え込み、人類を滅亡の危機から救った存在こそが、皆さんの遠い先輩となる『始まりの魔法少女』である訳です」

 

 『始まりの魔法少女』と聞いて、目をキラキラと輝かせる少女たちの、なんと多いことか。

 始まりの魔法少女は、全人類の憧れの対象だ。

 しかし、その正体は、謎という名のベールに包まれている。

 人々は、始まりの魔法少女の本当の名前すら、誰も知らない。

 世界が救われた直後に、その姿を眩ましたので、生死すら定かではない。

 けれど、誰もが感謝している。誰もが尊敬している。

 

 リンネは、魔法少女とか現実味が無さすぎて、今いち実感が湧いてこない。

 別にその存在を疑っている訳ではないけれど、「魔法少女に救われる世界ってどうなの?」と思ってしまうので、感謝も尊敬もしづらい。

 

 まぁ、そんな魔法少女にリンネは、これからなる訳なのだが。

 

「始まりの魔法少女は、モンスターをダンジョンに閉じ込めました。

 しかし、元凶であるダンジョンを滅ぼすことはできませんでした。

 ダンジョンがある限り、人類はモンスターの脅威に晒され続けます。

 ――なので、これから魔法少女になられる皆さんには、ダンジョンを攻略し、モンスターを駆除し、果てにはダンジョンの秘密を暴き――ダンジョンを滅ぼして頂きたいのです」

 

 これから三年間、花の女子高生たちは魔法を操る魔法少女となって、ダンジョンを探索する。

 命の危険は、勿論ある。

 故に、キャッキャウフフな、少女向けアニメに登場する『魔法少女』を、人々は見ることはない。

 

 ある者は、使命のため。

 ある者は、好奇心のため。

 ある者は、人には言えない理由のため。

 

「魔法少女の使命は、ダンジョンの完全攻略。

 我々は、そのための労力を惜しむつもりはありません。

 どうか皆さんが、誇りある魔法少女となられることを願っています」

 

 血を流し、時には涙を流し、肉が裂け、骨は砕け、それでもダンジョンの攻略を諦めることはない。

 これは、そんな『魔法少女』の物語。

 

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