第3話 めぐり合い3

「もういいよ。それより、これはどういう状況なんだ?」


 顔を上げた少年は遠慮がちに、「ありがとう」、そう言うと物憂げな面持ちで語りだした。


「ここから一日ほどの所に村があったんだが、そこにウイズが現れた。この人は、その討伐に派遣されたペアの一人。もう一人もすでにウイズと化していた為、ここに着く前にボクが対処してきた。応援要請を受けて駆けつけたんだけど、……残念だ」

「村があった、か。なるほどな。一般人よりも免疫力の高いハンターを変質させたとなると、元凶のウイズは二級以上の個体か。そんで、お前の他には?」

「他?」

「予想される討伐レートが二級以上の個体だ。それを相手どるのに応援が一人って事はないだろ? まさか、みんなやられたのか?」

「ボクは、……ボク一人で充分だ。足手まといは必要ない」


 言葉を詰まらせた少年は、苦虫を嚙み潰したような顔で言ってからバツが悪そうに視線を逸らせた。

 その反応だけでもゼネカには充分であったが、垣間見えた悲壮な眼差しが、確信に近いものを抱かせる。


(規定では、二人一組のペアで任務に当たるはず。二級相手なら複数のペアで。それをソロでの対応が許されている? それだけの力は持ち合わせているんだろうが……嫌な予感がする。面倒事に巻き込まれる前に、さっさと退散した方が良さそうだ)


「確かにな。それじゃ、俺もお前の足手まといにならないうちに――」

「待て、アストラだ」

「あすとら?」

「さっきからキミが、お前、お前と言っている、ボクの名だ」

「ああ、はいはい、名前ね。覚えとくよ……」


 立ち去るきっかけをくじかれたゼネカは、まじまじと見つめてくるアストラの視線に縫いとめられてしまう。

 もちろん、その視線の意味する所は理解しているはずだが、気付かないふりをしている――つもりなのか、あからさま過ぎて反感を買うレベルであった。


 ある意味そう仕向けられたアストラが、これ見よがしに口を尖らせ、地面をつま先で打ち鳴らし始めた。不満を表現する単純かつ明確な方法だ。

 そしてすぐに地面を叩く音を加速させると、「ボクが名乗ったんだから、次はそっちの番だろ?」、と直接催促するに至った。

 どうやら導火線が短いらしい。


 対するゼネカは、「さっきまでのしおらしさは?」とか「聞いてもいないのに勝手に名乗ったんだろ」とか、果ては「新手の売名行為か」などと、わざと聞こえるように愚痴を並べた挙句あげく、とっておきの作り笑いをアストラに向けると、


「名乗るほどの者じゃない」

「そういうのはいい」


 間髪をいれずばっさりと、言葉で斬り伏せられてしまう。

 当然の如く、そこで終わるはずもない。


「じゃあ、ジョンソンで」

「じゃあ、ってキミ。息をするようにぬけぬけと……。それ絶対に偽名だろ。何か名乗れない、後ろめたい理由でもあるのか? そういう態度をキミがとるなら、こっちも相応の対応をさせてもらうぞ?」


 半眼になったアストラに詰め寄られたゼネカは、心底面倒そうな面持ちで、


「ちっ、ゼネカだよ。すぐに忘れてくれていいぞ。やっぱり、今から三つ数えたら忘れろ。いくぞ? いち、さんっ」

「舌打ち! それに忘れろって……。しかも今の、【二】が抜けていたじゃないか。そんな事をされて忘れられると?」


 アストラのこめかみに浮き出た青筋が、ぴくぴくと脈打っている。ゼネカのぞんざいな態度に破裂する一歩手前といった様子だ。

 そんなアストラを前にしてもゼネカはといえば、『こいつ、本当にからかい甲斐のある奴だな』などと、本人が聞いたなら間違いなく最後の一線を越えるであろう事を考えていたりする。

 それから、『らしくない』、と自分自身に呆れて鼻白はなじろむのだった。


(いつもなら、とっくに姿をくらませている。どうしてこうなっているのか……)


 普段から他人との関わりを避けているゼネカであるが、それは彼の置かれている立場に起因している。中には、それらの事情を知った上でちょっかいをかけてくる、なんともはた迷惑で面倒な連中もいたのだが。

 アストラとのやり取りで掘り起こされた古い記憶に、我知らず苦笑を浮かべていると、

 

「ちょっと、キミ?」

「あ? なんだ?」

 

 現実に引き戻されたゼネカの前には、両手を腰に当て、不満げに頬を膨らませて覗き込むアストラの顔があった。


「やっぱり聞いていなかったか。キミは、なんでこんな所にいたのかって」


 呆れ顔で溜め息をつくアストラに、『溜め息をつきたいのはこっちの方だ』、とゼネカは胸中で愚痴る。

 声を大にして言いたいのは山々だが、これ以上の面倒は避けたいという思いが勝ったのだ。


「旅の途中だよ。ここには薪を拾いに来たんだ。今夜は野宿決定だからな」


 振り返った先では太陽がすでに半分ほど、どっぷりと稜線に浸かっている。忌々しい夜が迫っていた。


「ここにいた二体とも、お前が倒してくれたならもう安心だな。まあ、元はお前の同僚だった訳だが。そうなると、元凶のウイズはとっくにどこかへ行ってしまったんだろ。さっさと薪を拾わないといけないんでな、それじゃお疲れさん」


 ゼネカは今度こそ背を向けて歩き出したが、十歩も歩かないうちに「ちょっと待て」、と掛けられた声に再び足を止めてしまう。


(まいったな。今日の俺は本当にどうかしている)


「なんでございましょうか、アストラ様」


 仰々しいまでに丁寧な物言いとは裏腹に、向き直ったゼネカは不機嫌そうにしかめっ面をしていた。しかし、それは決してアストラへの不満を表したものではない。

 そうとは知るはずもないアストラは眉をひそめるが、一旦、目をつむってから短く息を吐き出すと、冷静な声音で問いかけた。


「キミはさっき、ここにいた二体、と言ったな。なぜ、やつらの数を知っていた? どこからの情報だ?」

「言ったか? そんな事。聞き間違えじゃないのか?」

「確かに言った」

「なら、勘だよ、単なる勘だ」

「……まあ、いい。それなら良いんだ。ボクがここで倒したのは、この一体だけだからな」


 アストラの告げた言葉に、今度はゼネカが眉をひそめる番であった。


「もう一体も対処したって、そう言わなかったか?」

「安心してくれて良いよ、聞き間違えなんかじゃない。確かに、ボクはそう言った。けどそれは、一昨日の事だ」

「一昨日? ちっ、俺とした事――が」


 ゼネカが自嘲気味に洩らした言葉を不自然に途切れさせ、銀色の双眸そうぼうを見開いた。

 その様子をいぶかしんでアストラの反応が遅れてしまったのも、ここまでのゼネカの態度を考えれば責められるものではないだろう。

 アストラの背後で首の無い体が、糸で操られた人形のように音もなく起き上がっていた。

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