第11話 霧

 女剣士はそのまま吹っ飛んでいくかと思うと空中で一回転周り、地面に着地した。


「痛いなあ。おでこの形が変わっちゃうよ。なかなかいい物を持ってるみたいだね」


 血が滲んだ額を擦って心底痛そうな顔をすると、犬歯を剥き出しにしたどう猛な笑みを口に称えた。

 僕は相手が言い訳のしようのない生粋の戦闘狂であることをその様子から悟った。

 どう能力を勘定しても格上。

 だというのに、あちらは一切の手心を加えるということは一切ない。

 理不尽だと感じる一方で、自分の頬が引きつった感覚に襲われ、自分の頬に触れてみると自分もまた満面の笑みを浮かべていることに気づいた。


 どうやら『最適化』の効用が働いて、戦闘を楽しむように仕向けられているようだ。

 僕はここから出たら緩い感じの宿屋をしようと考えているのに、戦闘狂の宿屋に宗旨替えなどぞっとしない。


「久しぶりの威勢のいい奴」


 歓喜に震えた声が聞こえると剣を最上段に構える不思議な構えを取ると女剣士は姿勢を低くした。

 彼女から距離をとろうと思うと鮮血が飛ぶのを眼が捉える。

 出所を探ると自分の胸が裂け、血が出ているのがわかった。


 今の一瞬で斬られたことを僕は理解した。

 すると怖気と共に周りの景色の流れが遅くなるのを感じた。


 本格的に追い詰められたと体が感じた時出る生理反応だ。

 この反応が出た冒険者の結末は二つに一つ。

 窮地から脱して生還するか、窮地に飲まれそのまま路傍に散るか。

 そのどちらかだ。


 空気を切って迫る刃。

 振られる途上だというのにどんどんと速度が上昇していく。

 見えていたはずの刀身が消えた。

 緊迫に脳が冷え、ほぼ反射で言葉を紡ぐ。


構成クリエイト!」


 絶叫に応えて、ベースキャンプを顕現する。


「!?」


 僕と女剣士を覆うようにベースキャンプが作られ始め、女剣士が動揺する。

 ここを逃してはならない。

 魂の奥深くに刻み込まれた本能がそう告げていた。

 この状況で生じた隙にベースキャンプを構成しつつ、一気に踏み込む。


 ――効能

  「全体強化」「光速化」


 こちらに反応して迫る刃を超えて、顎に向けて再度打ち込む。

 ゴリっと今まで聞いたことのない拳の炸裂音が聞こえた。

 確実に脳まで確実に響くだろうインパクトが入った。


 そう確信するとそれを裏切るように女剣士がこちらに向けて刃を薙いできた。

 すんでで反応し、白刃を避けるが回避が間に合っていなかったようで、腹に刃が通った。

 深い。

 本来なら内臓を周りにまき散らせるような厄介極まりないものだが、再生がかかり、ふさがっていく。


「どうして動ける?」


「君と同じスキルだよ。どうしてそんな当たり前のことを聞くんだい」

                                                                                                   

 女は尋ねるこちらに対して飄々とした感じで答える。

 女にとってごく当たり前のことで在っても僕には初めてのことだ。

 普通の戦いでも対人ではなく、対モンスターの相手が多く、滅多に人となどとは争わないというのに、そんなスキルを発動できるなんて思いも及ばなかった。

 

 相手の様子からしてそれも想定して戦いに挑んでいるようだが。

 そのことで少なくとも目の前の相手はそうした諸ルールをわかっていない自分よりよほど対人戦で戦っていることが分かった。

 最近刻み付けたつけ焼き刃の技術だけではこの人から勝ちを取るのはかなり難しいと認識を改めて修正した。


 読みの深さや技術で及ばないならばこちらは効用によるステータスアップで対応するしかない。


 ――効用「怪力」「最適化」


 即時にベースキャンプを組み立てて強化を施す。

 速さに力が備わった。

 五分だった力の拮抗がこれで壊れる。

 ここまで来れば流石に技術と読みが深かろうが対応するのは難しいはずだ。


 拳を突き出す。

 怪力によって強化された踏み込みにより、速さによりブーストがかかったこの拳に、それでも相手は追いついた。

 おそらくもうすでに相手の目は追いついていない。

 圧倒的なまでの戦いの積み重ねの中で獲得しただろう先見によって、この人は対応している。


 拳と刃がぶつかる。

 両者の間で空気が逃れきれずに圧縮された。

 行き場を行きそこなったそれは僕の拳の表面を削って飛び、一方の剣の刃を削り散る。


 愚直な応酬と衝撃に弾かれたことで僕は気付いた。

 僕とこの人の間に違いなどない。

 お互いに獲得したものをぶつけ、己が欲するものを手に入れようとする。

 ただ僕とこの人はその獲得したものを出す手段方法が違っただけなのだ。

 何も引け目、不利を感じる必要性がない。


 拮抗は一瞬。

 瞬きの間、多重強化された拳が止まり、だがそのまま刃を折って女剣士に対してめり込んだ。

 衝撃が拳に伝わると同時に彼女は靄となってこの世界から消滅した。


「ハア、ハア、ハア」



 消えた女剣士の跡には剣だけが残された。


 朽ちた勇者の剣

 ……500年前に魔王領征伐に大きく躍進させた立役者リミゾ・アルクイックが使用したとされる聖剣。経年劣化がひどく元の性能よりも大幅に劣る。

 効能:成長補正(中)


「なんとか倒せた……。 解体リリース!」


 剣をインベントリにしまうと大きなベースキャンプを解体する。

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