第8話 解呪
白い雲と温かい日差しが降り注ぐこの場所はおそらくこの階層の最後のエリア。
ボスの間だ。
一見、門もなく変わらない景色が広がっているようにみえるが、その実ここの周りには薄い膜――結界が施されているのがその証だ。
確信を強めているとそれを裏付けるようにして、大きな雲が一つ目の前で動き出した。
その雲は空に向けて恐ろしく大きな翼を広げると大きく空に向けて首を持ち上げた。
自分を飲み込むように作られた途方もなく大きな影。
そしてそれを覆いつぶすように存在する絶対的強者特有の存在感。
神々しい白龍が相を表していた。
「大きい……」
さすがに最強格のモンスターと言われるだけあって威圧感が段違いだ。
ここのモンスターとの戦闘を通してある程度の自信はつけたつもりだったが彼の前ではそんなものは仮初で、本当の戦闘というものを自分はまだしたことがないのではないかという気にさせられる。
まだ戦闘をする前だというのにこの龍は他のモンスターは違うということを意識せざる負えない何かがある。
ベースキャンプでの幾重にもかけられた強化でも安心できないような何かが。
念のため近くに設置したベースキャンプに入り、もう一度効用による強化を掛けなおす。
しっかりかかったと確信すると俺は再び外に出る。
本当に行けるのだろうか?
ボスの領域に向かう途中、パーティーメンバーに愚図と罵られた時の記憶が蘇り、臆病風に吹かれた。
僕に出来るのだろうか?
「気難しい顔してるわね。そんなに肩ひじを張らなくっても大丈夫よ。いつも通りやればいいだけ。鱗のおかげで軽減されてるし、あたしも魔法での出来るだけの支援をするんだから大船に乗った気持ちで良いわ」
自問自答のさなかリラさんがこちらの緊張をほぐすようにフランクに助言をくれた。
そのエールを聞くと心の中で生じていた怖気のようなものが霧散していた。
代わりにしっかりと何かに支えられるような感じが、確かに胸のうちに生じた。
もう大丈夫だ。
心の中に去来していた不安はもうすでに心の中から外に抜けていた。
後は結界の中に入り、ボスと戦闘を行い勝利すればいいだけだ。
ベースキャンプから距離を取ると結界を潜って白龍が反応を示す地点まで体を運んでいく。
結界に入ってしばらく進み、距離が目と鼻の先となると、龍は体を立たせてこちらを見下ろした。
どんな攻撃をしてくるのかとこちらが警戒しているとおもむろに龍は口の中を光らせ始める。
狙いを定めたまま撃たれては困るので、狙いがずれるように咄嗟にその場から離脱する。
間を置かずに光弾が射出されて僕が先ほどいた場所に落ちた。
視界の隅でそれを確認するとジャンプをして相手の顎に向けてカウンターブローを叩きつける。
「GYAAAA!」
ゴリっと骨が砕ける感覚と共に周りが閃光で埋め尽くされた。
いきなりの事に目が瞑ることが出来ず、視界がホワイトアウトする。
それから数舜を置かずに大きな衝撃が体の中で響いた。
鈍い痛みが体の前面に走るかと思うと、いくつかの小さな衝撃が体を打ち据える。
床の圧迫感を腹で感じると、自分が吹き飛ばされ仰向けに倒されたことを感じた。
起き上がると痛みが鈍くなり、白んだ視界がクリアになっていく。
付与されていた「再生」の効果で回復されたのだろう。
回復した目で相手を見やると牙が折れており、口の端から血を流していた。
相応のダメージが入ったようだが、まだまだ健在のようだ。
ベースキャンプの効用には時間制限が設けられているので僕は出来るだけ早く終わらせたいのだが。
僕を脅威と認めたのか龍はこちらの様子を伺うように見下ろしている。
やっと『鑑定眼』を掛けるチャンスが訪れた。
白龍に向けて『鑑定眼』を掛ける。
光龍バルトサリアス
……大陸に存在する五大竜の一匹。愚かな国の滅亡の陰に必ずこの竜の影があると言われる。
スキル『光速化』
『後光』
『シャイニングフォース』
鑑定の結果、目の前に居る龍はあまり多くのスキルを持ちえていないとは言え、かなり有名な龍であることが分かった。
五大竜と言えば遥か昔から現存する竜で存在自体が伝説のようなものだ。
曰く、世界の始まりから形を変えずに居る竜。
曰く、モンスターを生み出した大本。
曰く、神の現身。
そんな噂がまことしやかに呟かれるほど巷の人には恐れられている。
僕も大物の龍だとは予測はしていたが、これははるかにその予想を超えている。
こんな大物になぜこうまで善戦出来ているというのか?
そう疑問がもたげると光龍が輝き、宙に浮かび始めた。
すると何故か体の周りに何か大きなものを連続でぶつけられたような衝撃が走り、黄色い残光が幾筋も現れた。
一拍の間に五度こちらに攻撃を……!?
こちらが気付きカウンターブローを喰らわせようと思ったが、空中にいる上に素早さの上がった光龍に避けられた。
このままではじり貧だ。
素早さはいかんともしがたいがせめて、空に浮くというアドバンテージだけはどうにかしなければ。
「
俺は一度外に置いてあるベースキャンプを解体して、浮遊輪と尾根だけで再構成する。
クラウドベースキャンプ
レア度:星四☆☆☆☆
効用:浮遊、全属性耐性
耐久値6000/6000
出来るだけ構成する素材を減らして、軽く頑丈になるように作ったが、果たしてどこまで通用するだろうか。
こちらに向けて浮遊してきたベースキャンプに乗り込むと竜に空に居る竜と同じ高度まで上昇させる。
だがやはり竜はそれを見逃さずに攻撃をかけてくる。
――6000/4500
大きくベースキャンプ全体が揺れ、空中に固められた尾根が散った。
まだ足りないというのに、一度の攻撃で三割ほどの耐久値を持っていかれた。
間に合え!
内心で祈りつつ目指すが、猛攻はとどまることを知らない。
――6000/3000
壁が千切れ中が露出する。
だがもうすぐで同じ高度に達する。
あと一撃だけなら……。
俺は高度に至った瞬間にあちらにジャンプする為に足でため作ると、十の残光が目の前に現れた。
「連撃!?」
――6000/0
光龍がやったことを理解するとベースキャンプは空中でバラバラになった。
まだある床を踏みしめて、あと一歩足りないと分かっていながら俺は飛んだ。
光龍に向けて飛ぶが拳は届かず宙に舞う。
くそ、ダメか!
「
すると高い声が朗々と響くとともに足元でバラバラになった尾根が集中し、足場が作られた。
リラさんの声だ。
呪いのことが頭に過ったが、せっかくのチャンスを無為にしてはならないといけないことに気づき、足場を踏みしめて跳躍する。
俺が近づいてくると想像していなかったのか、光龍はノーガードで俺を受け入れた。
「届け!」
がら空きの胸に向けて祈りと共に拳を叩きつける。
低いうなり声のようなものをあげると光龍は力なく地面に落下していく。
懐を蹴って雲の上に着地すると光龍が落ちてくる。
鑑定眼をかけると生物としてではなく、素材としての鑑定が始まった。
どうやらちゃんと倒すことが出来たようだ。
確認するとどっと疲労感が湧いてきて、思わず膝をつく。
肉体的には再生がまだ生きているので万端なのだが、精神的にかなり負担がかかったらしい。
命と命とのやり取り。
お互いの生死を掛けた戦いの緊張感に心がまだ慣れ切っていないようだ。
「大丈夫?」
一息ついているとリラさんがこちらに向けて駆け寄ってきた。
「ええ、ちょっと気疲れしただけで」
「ならいいのだけど。無理はしないようにね」
返答するとリラは心配するような様子で注意してくる。
その注意を僕は彼女にそのまま返してやりたい。
「いや、俺に無理をしないように言ってるリラさんが無理をしているじゃないですか」
「ふふふ、これは特別にいいのよ。必要だから無理をしただけだもの。君の場合はよりいい結果を取ろうとして、しなくてもいい無理をするんだもの」
しなくていい無理?
そんなものはした覚えはない。
するべきだと思ったから僕はこの竜に挑むという無理をしようとしたのだ。
「僕だって必要があるから無理をしただけですよ。だって僕はあなたのアトリエの近くで宿屋をやらせてもらうんですよ。アトリエを経営するあなたが本調子に戻ってもらわなきゃ共に盛り立てていくこっちが商売あがったりじゃないですか」
「君、話半分でしか言ってないと思ってたのに、ちゃんと果たそうとしてくれてたの……」
彼女は大きく目を見開いて心底びっくりした顔をしてこちらを見上げる。
確かにあの時それほど強く言った覚えはないが、そこまで薄情な人間だと思われているとは思わなかった。
「当たり前でしょう。適当に返事をしてそのまま流すなんてこと僕はしませんよ」
リラさんは少しだけ表情を綻ばせると
「義理堅いのね」
と僕にそう微笑みかけた。
どこか安心したような様子だ。
吹っ切れて何もかも気にしない人だと思っていたが、やはり許婚から裏切られて人のことが信じられなくなっていたのかもしれない。
いまさらになってそんなことに考えが至るとは。
忸怩たる後悔が這い上がってくるが、彼女にへこんだ僕の相手をさせてこれ以上負担をかけるわけにもいかないので、ベースキャンプを作ることにする。
光龍から回収した素材は
聖なる龍石
――浄化の力が宿った光龍の魔石。いかなる呪いだろうとたちまちに浄化してしまう。
効能:浄化(極)
光龍の天鱗
――退魔と浄化の力が宿った龍鱗。伝承によると伝説の勇者の鎧に使われた素材の一つ。
効能:退魔(中)、浄化(大)
光龍の聖牙
――退魔の力と悪特攻の入った聖なる牙。勇者の剣の素材として有名であり、神との意思疎通に使うと言われる。
効能:退魔(極)、神意感知(小)
である。
どちらかと言うと武具向けの効能ばかりだが、ちゃんとお目当ての浄化はあるのでこのまま作成させてもらおう。
「
――武器素材合成500回達成!
従属スキル『要塞作成』が追加されました!
要塞加工施されたベースキャンプを構築します
そんな女の声が聞こえると、目の前に左右に穴と扉のついたベースキャンプが作成された。
壁は布と言うより壁に近い厚さとなり、高さは二階建て相当になっている。
確実に巨大化して、耐久力が上がっていそうだ。
本当に従属スキルがレベルアップ以外の方法で解放されるとは思ってもみなかった。
聖なる要塞ベースキャンプ
レア度星6☆☆☆☆☆☆
効能:浄化(極)、退魔、神意感知(小)
コマンド:迎撃
コマンド?
なんだこれは?
凝視するとテキストが目の前に表示された。
コマンド
――所持者がベースキャンプに対して出せる命令。ベースキャンプは出された命令に従って行動を起こす。
これを使えば俺の言った事に対してベースキャンプが行動を起こしてくれる
つまりはこのコマンドを使えばベースキャンプを動かすことが出来るということか。
人力では到底出来ない大事を使えば、一言でこと足りる。
更に便利なことこの上ない。
今回のことで偶然とはいえ、ベースキャンプが大幅に強化出来た。
要塞としての側面が強くなり、攻撃性も兼ね備え、かなり攻略の上でも役に立つのではないかと思われる。
それにこのベースキャンプによってリラさんの治療が出来ることを考えると、二層に上がる頃にはかなり幸先のいいスタートを切れるかもしれない。
「どうぞ」
完成したばかりのベースキャンプの中に入るように促す。
するとリラさんはまっすぐベースキャンプに向かう途中で振り返った。
「君は見るたびに逞しくなっているような気がするね」
そう彼女は言うと踵を返して再びベースキャンプに向かい始めた。
どこかで自分の力を信じ切れていない部分があって、レベルアップに心だけついていけていない部分があったのが、その言葉でうまくつながったような気がした。
彼女の背中がベースキャンプの扉の向こうに消えて行くのを確認すると、僕はもう一つベースキャンプを作成する。
これはリラさんが呪いを解いている間に光龍での戦闘でダレた自分の体を癒すためのものだ。
流石に今回の戦闘は強化された体で戦ったとはいえ、負担が大きかった。
今までは強化された状態でなんの技術も要らない素人技で勝機を得られたが、この後からはシビアな戦闘に入っていくことが想像される。
戦いの中で技術も獲得していかなければならない。
この迷宮が本当に伝説通りであれば、きっと何か参考になるものが居るはずだ。
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