第2話 幼馴染

 底冷えし始める荒野の風とともに、彼女の口は滑らかに言葉を紡いだ。


「生産職のアンタがあたしに逆らうなんていい身分じゃないの。死んで詫びるしかない、害悪の他何者でもないわ」


 アゲハはあざけるようにニヤついた表情を顔に浮かべると暗にではなく明確に死刑にする旨を宣言した。

 その笑顔は新しいおもちゃを見つけた悪戯っ子を思わせた。


 両親が僕と同じ生産職ということもあり、謙虚だった昔の幼馴染の残像を今のアゲハに重ねるが、戦闘職の中でも頂点に位置する上級職である剣聖を手に入れて名誉と保身に取りつかれた今の彼女には似ても似つかなかった。


 過去の彼女ならば死にかけの人間が居たとしても、助けもせずに追い剥ぎをすることだけはしなかった。

 今も僕に視線を注いでるように見えているが、俺の背後で倒れている魔女にその目は向けられているのがその証拠だ。


 そこまでしても目の前に現れた魔女――正確には魔女の角を欲しているようだ。

 前から戦闘のできない無能と罵っていた僕を処刑するのはそのついでに過ぎないのだろう。


「まったく下らない。死にかけの魔女から角を取れないほどの役立たずだったなんて本当に今までなんでこの人が私たちと行動してきたのかわかりませんわ」


「ベースキャンプを作るしか能がない無能の時点で生きる価値もないのに、命令に背いた挙句のこの体たらくとは本当にどうしようもない奴だ」


 金属が擦れる音がして同時にアゲハの左右に居たイリーナとバラモスが武器を抜いたのが見えた。

 罵倒をしつつも彼らの口角は吊り上がっており、目の前に転がり出た大金に魅了されているのが分かった。

 僕以外のメンバーの意識が僕を殺して、背後に居る瀕死の魔女から角を持ち去ることにシフトしたのを理解する。


『僕と魔女の命』よりも、国が一つ買える価値のある魔力塊である『魔女の角』の方がよほど彼らには大事なのだろう。

 魔女の角を生きたまま剥ぐと持ち主側に魔力が流れるという性質を考慮して、彼女を殺すことを念頭に置いていることからもそれを悟れた。


「ほんと幻滅ねえ。あたしらのイメージアップくらいには使えると思ってたのにそれも放棄してこんなことしでかす何て」


 イメージアップ?

 その言葉を聞いて、少し困惑した後に不可解だった全てのことがつながった。

 元々僕をパーティに勧誘する時点でおかしかったのだ。

 生産職である自分のような人間を『幼馴染のよしみだから』と勧誘して、パーティーに迎え入れてきたのは不思議だと思っていたが全部自分たちのためだったのだろう。

 自分たちが無謀なことをする生産職にも手を貸してやるような人間だとアピールするために僕を仲間にしたのだ。


 思えば覆面を被った夜盗三人組に僕が両親から受け継いだ宿屋が壊されて、すぐにこの3人組から勧誘されるなんておかしかったのだ。

 全てがこの三人が仕組んだことだったんだ。

 くそ、目の前に沸いた都合のいいことがらに幻惑されていた。


 いまさらになって気付いた悪だくみに対して後悔と共に決意が固まった。

 国が、他人が決めたことじゃなくて、僕は自分が正しいとおもうことをする。

 今ここで僕が正しいと思うことは彼女がなにも損なわれることなく生きながらえることだ。


 なんとしてもここから背後に居る魔女は逃がす。

 僕にはもはや死を避ける道はないが、彼女だけはもしかしたら助かる可能性だってあるはずだ。

 それに最後に彼らがやってきたことに対してささやかな抵抗を試みたかった。


 緊張と恐怖で力を込めすぎで痛む掌を開くと行動に移る。

 地面に向けて手を翳して、僕の唯一使用出来るスキル『ベースキャンプ作成』を使う。


 骨組みを作るだけの最低限のキットが召喚されるとともに情報の奔流が目から流れ始めた。


『乾いた土』

 ……どこにでもある土が乾燥したもの。

 効果:なし


『萎えた木』

 ……栄養不良で枯れ萎えた木

 効果:なし


 周りの素材に碌なものは存在しないが、作らないよりはましだ。


「限定構成・リミテッドクリエイト・ウォール!」


 地面の土と木が一人でに動き出し、骨組みを補強して壁を形成し始める。

 だが当たり前のように相手はそれが終わるまで待ってくれはしない。


「抵抗してんじゃないわよ! 風切り《ウィングブレイク》!」


 アゲハが不愉快そうに言うと形成途中で耐久値の備わっていない壁を飛ぶ斬撃で吹き飛ばす。

 そこから一拍も置かずにイリーナの弓矢とバラモスの片手剣の追撃がかかる。

 不完全なベースキャンプの壁を作って、間に割り込ませる隙もない。


 何とか刃から逃れるためにバックステップを踏むとそこで矢が肩口に刺さり、続けざまに繰り出されたバラモスの盾に胸を弾かれた。

 鈍痛が胸に走るとともに何度か視界が躍ると冷えた風が頬を撫でた。

 その風で俺は自分が魔女の倒れている崖から上半身を放り出していることを悟った。


 近くに居る魔女を巻き込みかねないことと、落下の危険が脳裏に過り、立ち上がろうと腕に力をかける。


「しぶといわねえ。ちゃっちゃと積みなさいよ」


 上体を起こすと同時にアゲハは魔女に向けて衝撃波を放った。

 足に力を込めて立ち上がるととともに、魔女と衝撃波の間に飛び込んでいく。

 魔女の体を守る為に腕で覆うと同時に両腕と背中を通り抜ける形で痛みが貫いた。

 当たった場所が熱を持ち血がこぼれ落ちていくのを感じる。


 背中から走る灼熱に対して何とか目を開けると、自分が奈落に向けて飛びだしていく様が見えた。

 片手を伸ばして崖に捕まる。

 だが衝撃波が間もなく訪れ、手を掛けた崖ごと地面を壊した。


「はい、終わり。人生お疲れさまでしたあ~」


 けたたましい笑い声とともに魔女と共に奈落の底に僕は落ちていた。

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