Ⅻ 「月」夜の狂宴
Ⅻ 「月」夜の狂宴(1)
「――絶対に気づかれないよう、気をつけなきゃ……」
折しもの満月にぼんやりと浮かび上がる夜の校内を、零は息を殺しながら、前方を行く人物の後を忍び足で追いかける。
開けて翌日の金曜日……その日も、やっぱり零はいつものように尾行をしていた。
警察でも、スパイでも、私立探偵でもないというのに、最近の零はなんだか尾行ばかりしているような気がする。そのおかげと言ってはなんだが、前よりは尾行のスキルも多少なりと向上しているようだ。
でも、まさかほんとに赤ずきんちゃんだったなんて……。
しかし、今回、零の追っているターゲットはいつものように久郎ではない。今、彼女の20m程先には、赤いフード付きローブに白いヤマイヌの面を身に着けた当麻亜乃の姿がある……恐ろしく感のいい久郎ではすぐにバレると思ったので、零は思案した結果、彼ではなく当麻亜乃の方について行くことにしたのだった。
ま、彼女も魔術師なので、気づかれる可能性はそれほど変わりなかったりするのではあるが……。
それでも、今夜の零にはこれまでと違い、夜の闇という強い味方がついている。明るい月夜とはいえ、そこここにできた物影の闇を巧みに利用して、どうにかこうにか気取られることなく、零は夕暮れ以降、ずっと尾行を続けていた。
零がこんな探偵ごっこをすることになったそもそもの発端は、今日の昼休みのことになる――。
「――待ちに待ったパーティーのお誘いだ。今夜、ヤツらが秘密集会を校内で開くらしい……今後しばらく、放課後はおまえとデートだと言っておいたのが功を奏したな」
あの別当絵莉紗を呼び出した教室棟裏にある屋外プールのプールサイドで、震える自分の黒いスマホを眺めながら、食べかけの〝林檎あんパン〟片手に久郎がどこか愉しそうに言った。
「で、デートって……ご、誤解されるような言い方よしてよね! ただ、まだ不慣れな市内を案内するって送っただけだし、しかも、それも真っ赤な大嘘だし……」
その冗談めかした言い方に、やはりとなりでお弁当を食べている零は顔を真っ赤にして抗議をする。
いまだ八角塔も屋上も使えないし、オカ研部室(…と称している物置小屋)も高濃度な負のオーラに満たされているため、季節的にまだ使われていないこのプールの緑色に濁ったうら淋しい水辺が、現在、彼らの貴重な憩いの場となっている。
久郎の予測通り、けっきょく生徒会の報告を学校側は相手にせず、とりあえず釈放(?)されたはいいものの、濡れ衣に対する厳しい追及に意気消沈した湯追と千代がずっと部室に引き籠ったままなのだ。
「早々に開いてくれるとはありがたい。ま、週末だしな。ようやく俺を封じられたと思って、事態の収束宣言でもするつもりなんだろう。それどころか今夜で最終回になるとも知らずにな」
スマホをポケットにしまいながら、やはり愉悦の微笑みを薄っすら浮かべて久郎はそう続ける。おそらくは、彼の仕込んだ
昨日、当麻亜乃と接触した久郎は彼女を気絶させた後、敵を欺くための
「ああ、そうだ。念のため、今夜も俺と一緒にお茶してると忘れずにメッセージしておいてくれ。まだ、おまえの後催眠が解けてると勘づかれるのはマズイからな」
「あ、うん。後でしとくよ。ただし、ただのお茶であって、ぜったいデートじゃないからね! ……って、ねえ、それよりもチーフわんこはどうだったの? やっぱりアリスちゃんの推理通りの人だった? 当麻さんから聞き出したんでしょ?」
ダメ押しに亜乃への偽装メッセージを依頼する久郎だが、零は先程のことをまだ根に持ってる様子で返事をすると、それよりもずっと気になっているそのことについて尋ねてみる。
じつは朝から聞こうとしていたのだが、その都度「後で話す…」と言われ、昼までその機会がなかったのだ。
「ん? ……あ、ああ。いや、当麻には確認していない。彼女にも口封じの後催眠がかかってるかもしれないからな。ま、いずれ今夜になればボス犬様の顔が拝める。そう焦ることもなかろう」
零の問いに、久郎はなぜか言葉の切れ悪く、今度もどこかはぐらかすかのようにそう答える。
「だが、昨日同様…いや、それ以上の戦闘になるのは確実だ。どんな拍子に巻き込まれるやもしれん。おまえは放課後、すぐに学校から離れて絶対に近づくな。後で結果はちゃんと聞かせてやる」
「う、うん……わかった。昨日みたいにおとなしく留守番してるよ……」
そして、話題を変えつつ、いつものように釘を刺す久郎に、零はそこはかとない不審感を抱きながら、とりあえず素直に頷いてみせた――。
――アリスちゃんもなんか隠してるみたいだし、ここはやっぱり、自分の目で確かめなきゃ……。
だが、口ではああいう風に言いながらも、やはり零はおとなしく待っていることなどできなかった。
一昨日はほんとに邪魔すると怪我人が出そうな口振りだったし、なんとなく流れでついて行くことを諦めたが、ほんとなら一緒について行って、直に〝赤ずきん〟の正体を確かめたかったところである。
それに言われた通り待っていても、けっきょく久郎はなんだかんだ言って
そんなわけで、居ても立ってもいられなくなった零は久郎の言いつけを無視し、放課後、一旦帰った振りをして学校に戻ると、久郎に気づかれぬよう注意しつつ、理科室で部活動中の亜乃を見張った。すると、部活終了後、彼女も一旦校外へ出て本屋やファミレスで時間を潰してから、夜の9時頃になって再び学校へ戻って来たのである。
こんな夜遅くにまた学校へ戻るなど明らかに行動が不審であるが、それに付き合って尾行する零も零である。
好奇心が為せる業なのか? 自分にこれほどの行動力があったとは零自身も正直驚いている。家の者には「友達の家で宿題を一緒にやってくる」と前もって言い訳しておいたが、これ以上遅くなると怒られるのは必須であろう……。
瀬戸の事件以来、部活の終了時刻も日が暮れるまでに制限されているため、この時間ともなると生徒の姿は他に見当たらず、教師達も連日の対策会議で職員室に籠ってしまい、蒼い月明かりに照らされた校内はすべてが凍りついたかのようにひっそりと静まり返っている。
その静寂が支配する夜の学校の、知る人ぞ知る裏口より敷地内へ潜り込むと、さらに闇の濃い木陰に亜乃は姿を消す……数秒後、その夜陰より再び姿を現した亜乃は、あの白いヤマイヌの顔をした〝赤ずきん〟に変身していた。
……っ!?
それまでは半信半疑であったが、最早、疑いの余地はない。あの日、神社で見たのとまったく同じその姿に、彼女が赤ずきんであることを確信した零は、密かに息を殺しながらも驚きを露わにする。
だが、そんな零の存在を知らない〝赤ずきん〟となった亜乃は、彼女を置き去りに夜の校内をさらに奥へと進んで行く。
……あっ、追いかけなきゃ!
慌てて零も追跡を再開してまたしばらくついて行くと、彼女は渡り廊下の方へと歩を進め、体育館の入口の前でぴたりと足を止める。そして、用心深く周囲を確認した後、普通なら夜は鍵がかかっているはずの分厚い鉄の扉を開けて、真っ暗なその中へと吸い込まれるように消えて行った。
体育館が秘密集会の会場? ……どうしよう。中へ入ったらさすがにバレるかな……あっ、誰か来た!
物影の濃い闇に身をひそめ、亜乃の入った鉄の扉を思案しながら眺めていると、他にもこちらへ近づいて来る人影がある……見ると、今度は亜乃と色違いの、黒いローブに白いヤマイヌの面を着けた人物だった。
顔はもちろん性別もわからないが、その勝ち犬倶楽部メンバーと思しき人物も体育館の扉を開けて中へと静かに吸い込まれてゆく。
黒いローブ!? 湯追会長のだって言われてたのと同じだ……でも、お面の色は黒だったような……って、また来た!
しかも、黒ローブに白犬面の人物はそれだけではない。零が近くの夜陰に紛れ、人知れず驚いているのを知る由もなく、わずかの間を置いて新たにまた一人やって来たかと思うと、同じく慣れた様子で体育館の中へ入ってゆく……いや、そればかりでなく、黒い人影は適度な間隔を取りながら次々と現れては館内へ消えて行くではないか!
やっぱり、ここが会場なんだあ……でも、赤ずきんちゃんの着けてるものより、むしろあの黒いローブの方が一般的みたいだな……。
そんなことを考えながら密かに零が観察している内に、巣穴へと戻る蟻の如き黒い行列はいつしか途切れ、それ以降は人っ子一人、次に続く者が現れなくなる……メンバーは全員、集まったということだろうか?
おそるおそる、零は闇から抜け出て体育館の入口へと近づいてみる……普段、見慣れているはずの変哲ないその鉄の扉が、今はなんだか恐ろしい地獄への門のように思えてしまう。
「…………フ~…よし!」
それでも、恐怖よりも好奇心の勝る零は大きく息を吐くと、意を決して音を立てないよう静かに扉を開く……そして、ドキドキと早鐘のように打つ鼓動の音を密かに聞きながら、ナマケモノのようにゆっくりとした速度で中を覗き込む。
……あれ?
しかし、窓から差し込む月光に浮かび上がった青白い板張りの空間に、赤ずきんはおろか黒い人影達も一つとして見つけることができない。先程入って行ったあれほどの人間が、いったい、どこへ消えてしまったというのだろうか?
……おかしいな。もしかして……じつは全員、おばけ……だとか?
目の前で起きた怪現象に、背筋が冷たくなるのを感じる零だったが……。
「……では……と思う……」
どこからか、ぼそぼそと誰かの話しているような声が微かに聞えてきたのだった。
……え? どこ? ……姿見えないのに声はするって……ほ、ほんとに幽霊!?
さらに血の気が引いた顔で忙しなく周囲を見回した零の瞳に、ふと、いつもの体育館とは違うどこか違和感ある光景が映る……いや、夜の体育館というだけでも普段見ている昼間のものとはまるで雰囲気が異なるのであるが、それだけではなく、いつもは上げてあるはずのステージの緞帳がなぜだか今は下ろされているのだ。
あれ? 緞帳っていつも下がってたっけ? ……あ! そうか! もしかして、あのステージの上?
そこに思い至った零は足音を立てぬよう細心の注意を払いつつ、抜き足、刺し足、忍び足でゆっくりとステージの方へ近づいて行った――。
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