Ⅹ 噛み合う「運命の輪」

Ⅹ 噛み合う「運命の輪」(1)

「………………」


「…コクン……とりあえず、お茶でも飲んで落ちつけ」


 ブスっと膨れっ面で黙り込んだ零に、自身の頼んだ〝餡子あんこ入りコーヒー〟を一口飲んでから久郎が声をかける。


 別当絵梨紗が病院へ搬送されるのを見送った後、久郎と零は落ち着いて話をするため、お城の南側を流れる波止場はとば川に面した老舗の喫茶店〝マルコ〟へ移動していた。


 店内はすべて英国アンティーク家具で統一され、古風で落ち着いた雰囲気の中に店の名前の由来となっている〝聖マルコ〟を題材にした絵画が所々かけられていたりする。


 最近流行りのチェーン店のように騒がしくないし、もし勝ち犬倶楽部の手の者が尾行していたとしても、ここならばすぐにそれとわかるのでこの店にしたらしい。


「……コクン」


「話せば余計厄介なことになると思って黙っていたが、ここまでどっぷり首を突っ込んでしまった後ではもうそれも無駄な抵抗だな……」


 零も一口、地元名産のぶどう〝ナイアガラ〟のフルーツティーに口をつけたのを見ると、久郎は自嘲の笑みを浮かべておもむろに語り始める。


「俺が開慧高校へ転校して来たのは、なにも勝ち犬倶楽部と親しく交流しようと思ったからではない。むしろその逆だ……俺がここへ来た本当の目的はな、ヤツらをぶっ潰すことだ」


「…ぶっ! …ぷはっ……ぶ、ぶっ潰す!?」


 その思いもしなかった言葉に、意外と美味しかったのでもう一口含んだ紅茶を噴き出しそうになりながら、零は目をまん丸くして聞き返す。


「えっ、だ、だって同じ魔術師として、あの赤ずきんちゃんやわんこのクラブに興味があったんじゃないの? だからメンバーの瀬戸くんを探して、クラブの魔術について教えてもらおうと……」


「確かに興味はあったが、それは肯定的ではなく、逆に否定的な意味での興味だ。前々から何度となく言ってると思うが、俺は〝因果応報〟をこの世の絶対の正義――唯一無二の真理と捉えている。対して勝ち犬倶楽部のやっていることは、その因果応報に反した不自然な行いだ。断じて見過ごすわけにはいかん」


 驚き、ひどく混乱した様子の零に対し、久郎は誤解を解くための説明を加える。


「……どういうこと?」


「例えば、別当絵梨紗は性格ブスなのに異常なほど男子にモテていたし、他のメンバー、知戸礼ちどれいもオレ様な暴力男のくせして、どういうわけか女子にモテモテだ。また、的午貞悟まとうまていごは無類のサッカーバカで、部活はもちろん、寝る間も惜しんで練習している割には疲れることを知らず、いつ勉強しているのか成績もいたって優秀。同じく軽音部の漬海緑しかいみどりも遊んでばかりいて、授業中は常に寝ているのにも関わらず、なぜかバンド、成績ともに極めて良好だ……こいつらを見て、おまえはどう思う?」


「え? どう思うって……まあ、羨ましいかな? わたしなんか、取り柄といえばお菓子作ることぐらいで、カワイくもないし、勉強もそこそこレベルだし、スポーツもそんなだし……そう! アリスちゃんも言ってたけど、確かになんか人生に恵まれてるなあ~っていうか、運命の神さまもえこひいきしてるなあ~って感じだよ。あ、神さまはそういう人間っぽいこと考えてないんだっけ?」


「そう! そこだ!」


 突然の問いに零が考えながらそう答えると、久郎は我が意を得たりと言わんばかりに彼女を指さしながら声をあげる。


「そこ? ……ブゥ~…わたしがほぼ取り柄ないに等しいってことお?」


「違う。〝運命の神さまもえこひいき〟ってとこだ。まあ、実際には神がそうしてるわけではないがな、こいつらはそう見えるくらいに恵まれすぎているんだ」


 バカにされてると勘違いして、またも頬を膨らます零であるが、久郎はすぐさまそれを否定すると、その真意について述べる。


「〝神〟――この世界の理はいたって平等だ。その原因に対してはそれ相応の結果しか現さず、また、ある事を為さんと欲すればそれに見合った対価を要求し、すべての物事にメリットとデメリットの両面を与えている。というより、いかに優れた者といえども、そのメリットを持つが故のデメリットをどうしても抱え込んでしまうんだ」


「メリットのデメリット……どゆこと?」


「そうだな……例えば、スポーツの練習を頑張ればその技能は上達するが、その分、勉強する時間はなくなって成績は落ちる。その成績も落とさないために無理して勉強の時間を作れば、今度は健康を損ねたり、その他のことに関する知識やセンスが欠如したりする…というようにだ」


「なるほどお……そういわれると、なんとなくわかる気がするよ。確かになんにでも優れてる人って、あんましいないもんね」


「あんましどころか、けっこう多才に見える人間でも、その実、どこかに何がしかの欠点を持っているものだ。〝天は人に二物を与えず〟とはよく言ったものだな……だが、勝ち犬倶楽部はそのルールを破り、一人の人間に一物も二物も与えている。魔犬の首領チーフ・ハウンドの魔術という反則技を使ってな」


「反則……でも、魔術ってそもそもそんなものなんじゃないの? 前に話聞いて、魔術がなんでもできる万能の力じゃないってのは知ってるけど、それでも普通じゃありえないようなことを起すために魔術ってのは使うものでしょ? それを言ったら、アリスちゃんだって魔術使ってスゴイことしてるし……なんか、うまく言えないけど、別にそれはそんな間違ってはいないっていうか、じゃあ魔術自体いけないことになっちゃうっていうか……」


 そこまでは共感できる零だったが、そのなんだか納得のいかない矛盾点を、うまく言葉に表せないもどかしさを感じながら久郎に尋ねる。


「その通り。魔術を使うこと自体は間違いではない。魔術も自然の理を利用したものである以上、それを用いるのは息をしたり、歩いたりするのと同じくらいごくごく自然な営みだ」


 しかし、持論を批判されて嫌な顔をするどころか、久郎は零の言葉に同調し、むしろそれを利用しながらさらに話を展開する。


「え、でも、今、反則だって……」


「いや、魔術師が魔術を使う分には別にかまわん。その習得や使用のために時間と労力、それに幾ばくかの資金という対価をちゃんと払っているからな。職人が修行して身に着けたスキルを使うようなものだ。また、一般人が魔術師に依頼して魔術を使う場合でも、職能者なら文字通りの意味の対価を求められるだろうし、善意のボランティアならなおのこと、見合った対価を払えぬような魔術の使用は控えるだろう」


「それと、わんこのクラブとどう違うの?」


 そこも久郎の言わんとしていることはなんとなくわかるが、やはりどこが違って、何がいけないのかが零にはわからない。


「ところが、勝ち犬倶楽部はその原理原則を完全に無視し、大盤振る舞いにも無償で魔術の力をメンバーに与え、因果を強引に捻じ曲げて恵まれすぎた・・・・・・人生を造り出している。いわば禍福を操る〝運命の輪ホィール・オブ・フオーチュン〟の乱用だな……無償で人の望みをかなえるとなれば、一見いいことをしてるように思えるかもしれないが、もしそんなことを許したらどうなる? ルールを無視してプレーした場合、そのゲーム自体がたどる運命は言わずもがなだ」


「ルールを無視したゲーム……」


 零はそうしたものを、手頃なところでトランプを例に思い浮かべてみる……それは、例えばババ抜きで、相手の手札を覗いてもいいみたいなことだろうか? ……そんなことをしたら、ゲーム自体成り立たなくなってしまう。


「同様に、因果の法則を無視すれば、その歪みがこの社会を…ひいては世界を破綻させることになる……いや、その破綻もまた因果の内。歪められた因果律に対し、破綻という結果を〝理〟がもたらすと言った方が正確かもしれないな。理はただ運行されるのみ。例え世界がなくなろうが知ったあこっちゃあない」


「世界の破綻……」


 思いの外壮大になってしまった話のテーマに、零は背筋が冷たくなるような、そんな空寒い戦慄を憶えながら呟く。


「そこまでいかなくとも因果を歪めれば、この世界は歪み、また、それを是正するための反作用が生じる。その害を被るのは歪めた本人達だって同じだ。一見、羨ましく思えるかもしれないが、ヤツらとていつまでもいい思いだけはしてられん。きっと気づいてはいないだろうがな」


「いい思いだけ……え、でも、なんにもデメリットなく魔術の力で恵まれた人生送れるなら、確かに卑怯かもしんないけど、その人にとってはいいこと尽くめのような……」


 なんだかよくわからないその理屈を、零は再び怪訝な顔で目の前の魔術師に聞き返す。


「いかに抗い、その時だけは打ち克とうとも、やはり因果の法則は絶対だ。一瞬受けるべきデメリットがなくなるかもしれないが、それは形を変えて次なるデメリットを生むだけのこと。そうして先送りされ、収斂されたデメリットという対価は、けっきょくいつかきっちり耳を揃えて支払わねばならぬ運命さだめにある。しかも強引に支払いを伸ばしてきただけに、ずっと滞納していた借金の如く、雪だるま式に莫大な利息をプラスしてだ。例え〝運命の輪ホィール・オブ・フオーチュン〟の魔術で一時的に禍福を操作したとしても、所詮、因果の輪・・・・からは逃れられん」


「そっか……やっぱ人生そんなに甘くないってことだね」


「ま、放っておいたところで、いずれそうして因果の応報はなされるだろうが、世界が破綻へ向かうのをそのままにはしておけん。もし、この世界に絶対の〝悪〟があるとすれば、それは因果応報の法則に逆らうことだ。それは例え魔術を用いるのだとしても…否、魔術ならばなおのこと、けしてしてはならない禁忌であり、許されざる悪なんだ」


「因果に逆らう、悪い魔術……」


 それは、まさに勝ち犬倶楽部の行っていることだ……しかも、彼らは因果を捻じ曲げるどころか、自分達の都合のために二人もの人の命を奪っている。


「魔術も所詮は因果の内……それはむしろ、因果を阻害する理不尽を排し、その応報を正常に行うために用いるものであって、けして因果を捻じ曲げてまで強引に願いをかなえる道具ではない。魔術にできることといえば、因果律を最大限に自らの味方につけることぐらいが関の山だ。だから、俺はその世界の理に従う魔術師として、ヤツらの間違った行いを止めに来た。いうなれば俺自身、因果の歪みを直すために世界が遣わした報いともいえなくはない」


「それが、アリスちゃんが辰本へ来た本当の目的……」


 久郎の話に、零は完全に飲み込まれていた……この魔術師の少年は、そんな深いことまで考えていたのか?


 報いとか、理不尽だとか、そんなことまるで考えもせず、自分も入りたいなどと暢気に浮かれていたくせに、いざ何か起これば久郎のことを無責任に責め、ただ喚き立てて掻き回していただけの自分が恥ずかしく思えてくる。


「ご、ごめんなさい! わたし、なんにも知らないで、アリスちゃんのこと軽蔑するなんて言って!」


 零は人の目も気にせず、おでこを机の上へ擦りつけるくらい深々と頭を下げ……いや、実際にドン! と勢いよくぶつけて久郎に謝った。

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