Ⅸ 「恋人達」の夕べ(2)

 ――ピーポー……ピーポー……。


 教師や集まった野次馬の生徒達に見送られ、サイレンの音とともに救急車が開慧高校の昇降口前を出て行く。


 零の通報で救急車は5分と経たずに到着し、別当は硬まった格好のままタンカーへ乗せられた。


 なんというか……不謹慎ではあるが、救護士達がマネキンを運ぶ業者の人のように見えてなんとも滑稽な光景だ。


 また、一応、保険医にも連絡し、久郎達は偶然、別当が倒れている所へ通りかかった無関係な一生徒ということにしておいた。瀬戸の事件の後で教師達も「またか!?」と驚いたことであろうが、とりあえずはこれで、ただの発作による騒動ということで解決するだろう。


「瀬戸に続き、今度も先手を打たれた……おそらく他のメンバー達にも別当と同じような後催眠がかけられているだろう……あの程度ですんだからいいものの、次は何が起こるかわからん。危険すぎて、この手ももう使えないな」


 いつかと同じように、救急車を見送る人混みを少し離れた後方の位置からひっそりと眺め、久郎が苦々しい表情を浮かべながら呟く。


「………ねえ、アリスちゃん」


 そんな久郎に、やはり人混みを険しい表情で見つめたまま、零がおもむろに尋ねた。


「こんな怖い人達の仲間にまだなろうっていうの? 秘密を守るためだけに有荷さんや瀬戸くんにあんなひどいことして、今度は別当さん達にまでこんなことを……ひどいよ! ひどすぎるよ! どんなに恵まれた人生送れて、どんだけ勝ち組になれるのかしんないけど……こんなクラブ、はっきり言って最低だよ! それなのにまだ興味あるって言うんなら、アリスちゃんだって軽蔑するよ!」


「フン。自分だって、ついこの間までは入りたいなどと言っていたくせに、他人ひとのことばかり責めるとはずいぶんと身勝手な言い様だな」


 有荷、瀬戸に続き、ついに三人目となる犠牲者を目の当たりにして、いつになく興奮気味に怒りを露わにする零に対し、久郎は醒めた眼差しで突き放すように言う。


「だ、だって、それはこんなひどい人達と思ってなかったから……」


「そうした危険な連中だと俺は最初から言っていたはずだ。それをこの期に及んで、そんな詐欺にでも遭ったと言いたげな顔をしてもまさに今さらだな。だから俺やこの件には関わるなと何度も忠告したろう?」


「それは、確かにそうかもしんないけど……でも、わたしだって途中からは入りたくて関わってたわけじゃないもん! もう、いいよ! そういうこと言うんなら、もうアリスちゃんなんて頼らない。信じてくれるかわかんないけど、わたし、先生や警察の人に本当のこと全部話すことにする!」


 さらに冷たく容赦のない言葉を浴びせかける久郎に、零は頬を膨らませて声を荒げると、プイとそっぽを向いて人混みの方へ歩いて行こうとする。


「待てっ! 早やまるな!」


 だが、そんな零のか細い腕を、久郎は慌てて掴んで止めた。


「放して! なんだかんだもっともらしいこと言って、けっきょく、みんなが騒いでクラブがなくなったりすると困るから話されたくないんでしょ? でも、もお騙されない。あ、記憶消すとか脅したって無駄だよ? 脅されようがなんと言われようが、もう、わたしは話すことに決めたんだから!」


「あ、こら、暴れるな! 目立つだろう? ……ハァ。事ここに到っては致し方ない。いいだろう。本当のことを話してやる。ま、こうなっては、むしろ黙っていた方が事態を不自然に捻じ曲げるだけだからな」


 そして、手を解こうと抵抗する零に深い溜息を吐くと、諦めたようにそう告げる。


「……え? 本当のこと?」


「すまん。お灸を据えようと思って、少々意地悪を言いすぎたようだ。ここではなんだな。もっと落ち着いて話せる場所へ移動しよう……」


 思わぬその言葉を聞いてぴたりと動きを止め、目をパチクリとさせて戸惑う零に、珍しく久郎は申し訳なさそうな表情を浮かべると、顎で指し示しながら、そう彼女を促した。

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