Ⅷ 「正義」の強権(2)
だが、その翌日……。
「――アリスちゃんが部室来るの久しぶりだね。入部の時以来?」
勝手に〝部室〟と称しているオカルト研究会が不法占拠したクラブ棟横の物置き小屋内で、売店で買った〝ジビエ鹿肉カレーパン〟を頬張る久郎に珠子が言った。
「…チュー……正直来たくはなかったが、飯食う場所がなくなってしまったんでな。不本意だが仕方なくだ」
やはり昼食にマギ・ドルイドの〝UFOバーガー〟をを食べながら尋ねる同好会の同胞に、手にした紙パック入りの〝信州りんごオレ〟で口の中のものを流し込みと、久郎はいたく不服そうにそう答える。
「もう、またそんなこと言ってえ。八角塔にはしばらく登れそうもないし、まあ、眺めよくないし、ちょっと埃っぽくもあるけど、他に行くとこなければ贅沢言ってられないよ?」
「ああ。あそこを使えなくなったのは実に口惜しい……天国から地獄の底へ堕された気分だ」
そのとなりで辰本名物〝牛乳パンサンド〟をかじる零が意見すると、久郎は周囲に積まれたガラクタの山を眺めながら、よりいっそう顔をしかめてそう呟いた。
瀬戸の一件で屋上への出入りが禁止になったのだが、その煽りを食らって八角塔の鍵が無断で開錠されているのも発見され、新たに頑丈な鍵を付けられるとともに監視が厳しくなったことで、あの場所を利用することができなくなったのだ。
で、今日も〝史郎〟と入れ替わり、校内を監視がてら昼食をとりに向かった久郎であったが、そんなわけでお気に入りの休憩場所へ入るもかなわず、やむなく一応入会しているオカ研の部室を頼ったわけである。
「まあまあ、そんなこと言わず、これからはちょくちょく遊びに来ておくんなましよ。せっかくオカ研会員になったんだからさあ。また欲しい情報あったら教えてあげるし」
「そうだとも! 世界の支配層が隠蔽している真実について、我々と熱く語ろうではないか!」
「わたしも、魔術のお話、したい……」
再びストローで〝信州りんごオレ〟を啜る渋い顔の久郎に、珠子や会長の湯追、そして、聞き取れないようなか細い声の千代も彼の来訪を熱烈に歓迎する。
「フン。ならば、もうちょっとマシな居住環境にしろ。これではまるでドワーフの住む穴蔵だ…」
対して、無愛想にまたも久郎が悪態を吐いて答えたその時。
「オカルト研究会の諸君、失礼するよ!」
突然、ガラガラ…と大きな音を立てて小屋のドアが乱暴に開けられ、そんな男子生徒の声がかけられた。
「この声、もしかして……!?」
聞き憶えのあるその声に零が他の者達と一緒にそちらを振り返ると、そこにいたのは案の定、宍戸毅である。
さらに彼の後ろには生徒会の風紀委員として見たことのある顔触れが四人ほど、厳めしい表情で仰々しく付き従っている。
や、やっぱり宍戸先輩……でも、なんで先輩がこんな所に? それも、風紀委員の人達連れて……。
「し、宍戸……な、なんの用だ!? た、確かにここを許可なく使ってはいるが、別に誰にも迷惑はかけていないはずだぞ! 強制退去させられる言われはない!」
「そ、そうですよ、先輩。まあ、世間一般から見れば不要にしか見えない、吹けば飛ぶよな弱小同好会かもしれないですけど、だからってやっと見つけた安住の地から力づくで追い出すってのは……」
「人でなし……」
予期せず現れた宍戸の姿にただただ驚く零のとなりでは、湯追、珠子、千代達が「ついにその日がやって来たか…」とデモ隊の如く激しく、ただし千代はいつもながら蚊の鳴くような声で強い抵抗の意思を見せている。
「いや、まあ、その件も考えるべき問題ではあるんだが、今日ここへ来たのはその話じゃない……三年参組、湯追順次君。君には本校内で秘密サークル〝勝ち犬倶楽部〟を運営し、有荷安値君や瀬戸有久君の事件に関与した疑いがある。事が重大なだけに間違いがないよう、生徒会及び風紀委員としては、学校側や警察に通報する前に事情聴取を行いたいと思う。おとなしく我々について来てもらおうか」
だが、それに答えて宍戸が口にしたのは、湯追達の想像していたものとまるで違う内容の要件だった。
「なに!?」
「…っ!?」
その言葉には、当事者の湯追達よりもむしろ久郎や零の方が驚いて目を丸くする。
「かちいぬ? ……いったいなんのことだ? 秘密サークルって、政治的な秘密結社か何かか? ってことは、もしや、あの二つの事件にはやはり政府の陰謀がっ!?」
「秘密結社~っ!? なんですそれ!? 詳しく教えてください!」
「なんか、魔法の臭い……」
他方、瀬戸達はまったくの初耳な様子で、自分に疑いがかけられているにも関わらず、その興味をそそるネタに興奮して食らいついている。
「シラを切ろうとしても無駄だよ? 例の物を……」
なんとも暢気といおうか、緊張感のない容疑者達であるが、すると宍戸は背後の男子生徒に合図をして、彼の抱えていた黒い布のような物を湯追の眼前に差し出させた。
「じつは、君がそのクラブの首謀者であるという密告の手紙が生徒会に届いてね。それで、申し訳ないが、この君らが自称〝部室〟と称している公共の物置き小屋を今朝の内に調べさせてもらったんだ。そうしたらどうだい? 驚いたことにも密告通り、勝ち犬倶楽部のメンバーが着けているというこのローブと犬の面がガラクタの中に隠してあった」
見ると、それは漆黒の修道士が着ているようなフード付きローブと、その中に包まれた黒色のキツネ面のような仮面だった。あの〝赤ずきん〟が身に着けていたものとは色違いだが、その形状はまさに彼女のそれだ。
「………………」
その証拠の品を久郎は鋭い眼差しで、零は大きく見開いた眼で見つめる。対して当の容疑者である湯追はメガネを上げ下げしながら初めて見る物のように凝視し、千代や珠子達も物珍しげに眺めている。
「こうして動かぬ証拠も出てきてしまえば、ただのガセネタと放置もできない……まあ、そう言う訳なんで、ちょっと生徒会室までご同行願おうかな、湯追君」
しかし、そんな湯追に容赦することもなく、いつになく冷徹な声で宍戸がそう告げると、他の風紀員達が湯追を左右から取り囲み、食べかけのインスタント焼きそば〝ユー・エフ・オー アダムスキー味〟もそのままに、彼を強引に立たせて連行しようとする。
「な、何をする!? じつに興味深い話ではあるが、私はそんなもの知らん! きっと何者かの陰謀だ! 放せ! そうか! 真相に近づきすぎた私を恐れ、当局が裏で手を回したな!? だが、私はかの『Xファイル』担当FBI捜査官の如く、そんな圧力には決して屈しないぞ!」
「会長っ! 宍戸先輩、これは何かの間違いです! 会長がそんなカッコイイ…もとい、そんな反社会的な組織のリーダーであるわけありません!」
「湯追くんじゃ、ひょうきんすぎる……」
両脇を抱えられ、喚き立てながら引っ立てられてゆく容疑者・湯追の姿に、珠子と千代は真面目に心配していなさそうな台詞ながら、それでも彼を擁護して宍戸に抗議する。
「バカな、ありえん……」
また、久郎は眉間に深く皺を寄せ、その極めてナンセンスな湯追への容疑に呆れ果てて誰にいうとでもなく呟く。
「くそっ! 放せっ! これは権力の横暴だ! 世界を影で操る者達の思想統制だ!」
「話は生徒会室で聞く。やましいことがないというなら、無駄な抵抗はやめておとなしくしたまえ」
「せ、先輩! わたしもおかしいと思います! あ、あの、その、えっと……そう! わたしが聞いたウワサでは、クラブのリーダーは女の子で、赤いローブと白い仮面を着けてるって! でも、これはどっちも黒いし……」
湯追の背を押して出て行こうとする宍戸を同じく零も咄嗟に呼び止めるが、夢中で声をかけてからその理由を話せない事情を思い出し、なんとか誤魔化せる言い分を考えつつ、苦しい説得を試みる。
「…………」
「…………いや、それはただのウワサだろう? 密告では湯追君がチーフだと言っているし、現にこうして証拠の品もある。そうだ! チーフの湯追君とは別に、君の言う赤いローブを着けたメンバーがいるのかもしれない」
その遣り取りから零が宍戸に〝勝犬倶楽部〟の話をしたことを悟り、久郎が侮蔑するような眼差しを彼女に向ける一方、宍戸は意外にも不意に自信をなくしたような表情を覗かせると、なんだか言い訳めいた口振りで持論の欠点を補足する。
「確かに、そう言われると、そんなこともあるかもですが……」
「赤いローブと言えば、そこにいる川船君も似たようなものをいつも着けているね……川船君、君にも後で話を聞かせてもらうよ?」
「え……?」
そして、話す内に思いついたのか、赤いケープを羽織った千代を斜目に覗うと、思わぬ飛び火に驚く彼女にも疑いの目を向けてくる。
「わ、わたしはそういう意味で言ったんじゃ…」
「それから二荒澤君、有栖君、一応、同じオカルト同好会の会員である君らにもだ。疑うわけじゃないが、この同好会がその秘密サークルの隠れ蓑だった…なんていうこともあり得なくはないからね……ああ、あと、風生君も内情を知る参考人として、念のためお願いするよ。さ、行こう」
「放せ~っ! 私は無実だあ~っ!」
慌てて弁護をしようとする零の言葉にも耳を貸さず、さらに珠子や久郎にも疑念を抱いているような口振りで宍戸は湯追を追い立て出て行く。
「そ、そんな……」
その、いつになく強権的な、今まで見たこともないような宍戸の姿に、零はそれ以上、何か言って彼を呼びとめることができなかった――。
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