Ⅶ 破戒者への「審判」(3)
それより三日……。
「――二年参組の……名前は知らないな。あの人も、わんこの倶楽部の部員かもしれないのかな?」
昼休みが始まってすぐ。呼び出した相手の男子ととなりの教室の前で話をする久郎の様子を、零は自分の教室の入口から
有荷保祢の不審死とその仲間の傷害事件に対する皆の関心もようやく薄らぎ始めたこの頃、相変わらず忙しなく調査を続ける久郎を零はこっそり監視していた。
勝ち犬倶楽部や有栖久郎という魔術師が、実は自分の思っていたような人を幸せにしてくれる存在ではないのではないか? という疑念を持つようになった零は、あの久郎と八角塔で話した日以来、しばらく彼に付きまとうのをやめにしていた……今頃になって、彼ら魔術師の住む世界がなんだか恐ろしくなってきたのである。
ま、疑念も何も、久郎は前々からそんなようなことを忠告していたのだけれど……。
ともかくも、それ故にもう勝ち犬倶楽部に入って宍戸との恋をかなえてもらおうだとか、久郎に恋愛成就の魔術を教えてもらおうなどという浮ついた考えは捨て去った零であるが、それとはまた別の理由から、勝ち犬倶楽部への興味が彼女の中に芽生え始めている。
もしも、宍戸先輩だったらどうするんだろう? ……そんなことを想像したら、やはりこのまま放り出してはいけないように思えてきたのである。
正義感の強い彼ならば、きっとこうした危険な集団を野放しになんかしないはずである。とはいえ、「有荷は学校内に潜む秘密クラブの魔術師に殺された」などという俄かには信じられないような話、さすがに宍戸にもできないし、教師や警察となればなおのことだ。
それに各クラスから一人、義務的に出される数合わせとはいえ、零だって一応、風紀委員の端くれである。あの神社での遭遇に始まり、こうして人知れず関わってしまったのも何かの縁だし、もう一人の真相を知る人物――久郎にしても正義感から興味を持っているようではない以上、ここは自分がなんとかするしかないのではないか? そう、零は考えるようになったのだった。
あたしに何ができるかわかんないけど……とりあえず、その正体を掴むだけでも……。
それが今、零が久郎を監視しているその理由である。加えてなぜだかよくわからないのだが、なんとなく久郎のことを見守っていないといけないような気が、彼女にはしていたりもする。
「――では、良い選択をすることを期待している」
そうして零がこっそり覗っている中、遠くて話している内容まではよく聞き取れなかったが、蒼褪めた顔の男子生徒にそう告げると、久郎は振り返ってこちらへ歩いて来る。
「やばっ!」
それを見て、零は咄嗟に教室内へ顔を引っ込めると、入口横の壁に貼ってある掲示物を見ている振りをした。
「………………」
そのまま壁の方を向きつつも意識は頭の後に向けていると、教室へ戻って来た久郎は自分の席へ行ってコンビニで買った昼食の袋を持ち、すぐまた廊下へ出て行ってしまう。
「…………よし」
「零、あんた、マジで魔女っ子になるつもり?」
気取られないようわずかの間を置き、彼の後を追おうとする零だったが、その時、傍らを通りかかった珠子が不意に声をかけてきた。
「え?」
その言葉に目の前の壁に貼ってある掲示物をよくよく眺めてみると、あろうことか「辰本市ご当地魔女っ子ヒロイン・オーディション 応募資格 辰本市在住の小学生~18歳の女子」と書かれた、ご当地ヒーローならぬ〝ご当地魔女っ子ヒロイン〟の公募チラシだったりする。
「ま、零なら童顔だし、魔法少女コスもよく似合うとは思うけど……」
「そ、そうなの! わたし、小さい頃からパリキュアとか、おしゃ魔女ファソラとか大好きで、ずっと憧れてだたんだあ……アハ、アハハハハハ…じゃ、そゆことで!」
まさかの掲示物に驚きつつも、すっかり誤解をしてしまっている珠子にそう言って誤魔化すと、零は苦笑いを浮かべながら逃げるようにその場を離れ、自分も急いで廊下へと出る。
……いた! 今日も八角塔でお昼なのかな?
売店へパンを買いに行く生徒でごった返す廊下に久郎の姿を探すと、案の定、管理棟の方へ向かっている彼の姿を零は見つけ出す。
木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中……ごった返す生徒の一群を利用し、こそこそと人込みに紛れて尾行を続ける零……だが、教室棟から管理棟へと渡り、生徒の姿が途切れ、三階・八角塔へ続く扉の前まで来たところで、久郎はぴたりと足を止めて、突然、後を振り返った。
「あわわわっ…!」
意表を突かれ、慌てて零は壁にぺたりと張りつくが時すでに遅し。というか、忍者でもあるまいにそれで姿が隠せるわけがない。
「ハァ……しばらく見ないで安心していたんだがな……なぜ、また俺の後をつける?」
必死で壁と一体化しようとしている零に久郎は大きな溜息を吐いて脱力すると、疲労感たっぷりな声で彼女に尋ねる。
「ば、バレた?」
「当然だろ。いい加減、そのヘタな忍法をやめたらどうだ?」
「エヘヘヘ……まあ、なんと言いましょうか、わたしもわんこのクラブのことをこのまま放ってはおけないかなって思って……ニンニン」
最早、どうにも言い訳できないバレバレな状況に、零は誤魔化し笑いを浮かべながら壁を離れ、〝忍者っぽい〟語尾を付けて尾行していた理由を正直に答えた。
「おまえは別に放っておいてもかまわんだろ? それとも、まだヤツらに恋をかなえてもらおうなどと暢気なことを言うつもりか? そんな平和ボケした気持ちでいると今度こそ本当に危険な目に…」
「そうじゃないよ! 危険なクラブだからこそ、放ってはおけないと思ったんだよ!」
だが、どうせそんなことだろうと高をくくってお説教しようとした久郎に、零はいきなり声を荒げると、今までの自分とは違うことを強く主張する。
「わたしだって、わんこのクラブが危険だってことはわかってるよ! でも、だからって、わたしが関わらなくなれば、その危険がなくなるってわけでもないでしょ? なら、みんな知らないそのこと知ってるわたしが見て見ぬ振りするなんて……そんなの、やっぱりおかしいよ!」
「おい! 大きな声を出すな! わかった。とりあえず中へ入れ。話は塔の上でだ」
意外な零の反応に久郎は慌てて彼女を制し、周囲を覗いながら零をドアの中へ押し込む……こうしてけっきょく、今日も二人は八角塔の上で昼食をとりながら話すこととなったのだった――。
「――モゴモゴ…ったく、ほんとにおまえは〝愚者〟だな。仕方ない。教えるだけは教えてやる。あくまで教えるだけだがな」
塔へ登っても喚き立てる零に、信州そばを使った〝焼き蕎麦パン(そばつゆ味)〟を頬張りながら、久郎は不機嫌そうに語り始める。
「二荒澤に〝大噛神社の都市伝説を試した〟とウワサのある者のピックアップを頼んだのは知っているな?」
「うん! うん!」
零は目を見開き、正座でもしそうな勢いで身を乗り出すと、いつになく真剣に耳を傾ける。
「ここ数日、俺はその情報をもとにそいつらの所を尋ね回っていたんだが、だいたいはまるっきりのガセだったり、実際、神社へ行っていても正しい日時ではなかったりした。つまり皆、魔犬――即ち〝赤ずきん〟とは遭遇していない
「じゃ、まだなんにも掴めていないってこと?」
「まあ、待て。だがな、中には〝周りの者に行くと言っていたのに、やっぱり行かなかったと後で言葉を覆した〟者や〝正確な日時に行ったのに何も見ていない〟と言い張る者もわずかながら紛れていた。そして、そうした者達は一様に、話す時に目が泳いでいたり、なぜか汗を掻いていたりとどうにも挙動が不審だった……おそらくは嘘を吐いている」
早まる零を手で制し、久郎は興味深い話を続ける。
「嘘? ……ってことは、その人達、本当はあの赤ずきんちゃんに会ってるっていう……」
「ああ。そう考えるのが妥当だ。そこで、俺はもう一度、二荒澤に頼んで、新たに〝最近、妙に才能や運に恵まれてるな〟と感じる者達の情報を集め、そのリストと前者のリストとを照らし合わせてみた。するとどうだ? 大噛神社へ行ったとウワサされる者の中には、こちらとも重なる人物が幾人か含まれている。特に、嘘を吐いているように思えたやつらは全員がそうだ」
「妙に恵まれてる者……あ、そっか。わんこのクラブに入れば、そんな風にすべてのことに恵まれて……」
「その通り。大噛神社の都市伝説を試したことと、妙に恵まれていること……この二つの条件を満たす者こそが、勝ち犬倶楽部のメンバーである可能性の最も高い人間ということになる。その法則性に則って焙り出した候補者が5人。さらにその中でも〝アレクサンダー・セトン〟の最有力候補と思われるのが二年参組の
「もしかして、さっき廊下で話してた人? でも、なんでその瀬戸くんが一番怪しいの?」
そこまでの話は納得できたが、その飛躍が引っかかって零は再び尋ねる。
「瀬戸有久……〝せと・ありく〟とも読める。なんか〝アレクサンダー・セトン〟と似てないか?」
「ええ~!? ただの語呂合わせえ!? そんなオヤジギャグみたいな理由でその人なのお?」
その予想外に単純極まりない理由に、訊いた零は呆れて声を上げた。
「ハンドルネームなんて、大概にしてそんなものだ。それに、彼はブログや
だが、久郎は大真面目な様子で説明を続けると、さらに瀬戸のプロファイリングを加えて持論を補強する。
「うーん…そう言われると、なんだかほんとにその人っぽいね。それで、話してみてどうだったの? その布団だかマトンだかだってちゃんと認めた?」
「いや、そこまではまだだ。明らかに動揺しながらも、頑なに違うと一応は否定していた。ま、さっきは周りに人がいたし、あの場所ではさすがに頷きにくかろう。なんで、今日の放課後、もう一度、屋上で話をしようと誘っておいた。他人の目のない所なら、きっと正直に語ってくれるはずだ」
「そっか。じゃ、もう決まったも同然だね。でも、その人、お誘いに乗ってちゃんと来てくれるかな? あんな事件のあった後だし、警戒して来てくれないんじゃ……」
最早、久郎の推察は揺るぎないものと納得する零であるが、その点が気になってなおも久郎に疑問を呈する。
「なあに、その点は心配ない。むしろ今回の件で怯えているその心を利用させてもらった。〝クラブの禁を破ったおまえも、このままだと有荷のように始末される〟と親切に忠告してやってな。言葉による精神攻撃……
「親切……」
悪どい笑みを口元に浮かべて
「ともかくも、これでチェックメトだ。セトンに話を聞ければ、勝ち犬倶楽部のことは凡そ知れる。その後のことは任せておけ。おまえが心配しているようなことのないよう、俺がきっちり落とし前をつけてやる。だから、おまえはおとなしく何もせずに安心して待ってろ」
「安心して待ってろと言われてもなあ……」
胸を張って請け負う久郎であるが、最近、じつはけっこう悪い人なんじゃないかと思えてきた目の前の人物に、零はよりいっそう眉根を寄せて疑いの目を向ける。
ぐぅぅぅ~…。
だが、その時、突然、奇妙な音が静かな塔の上の空間に鳴り響いた。
「あ、そういえばわたし、お昼食べるの忘れてた!」
すると、零は自分のお腹を両手で押さえ、そのことを今になって思い出す。慌てて久郎を追って出てきた彼女はお弁当も教室に置いたままだ。
「早く帰ってお弁当食べなきゃ……やっぱ心配だし、わたしも放課後ついてくよ。じゃ、そゆことで!」
そして、久郎にそれだけ言い残すと、あの彼が転校して来た日のように忙しなく一人で塔を下りて行ってしまう。
「あっ! おい、ちょっと待て! 勝手に決めるな! ……ハァ…ほんとに〝愚者〟だな、あいつは……」
かける声に足を止めることもなく、すでに階段下へ消えた零に向かって、久郎は今日何度目かの深い溜息を吐くと、そう誰に言うとでもなく迷惑そうに呟いた――。
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