Ⅳ 「教皇」の講義(3)
「神さま? ……うーん…やっぱり、白っぽい服着てて、白髪のロン毛で、同じく白いお髭生やしてて……あ、でも、女神さまってのもいるな……じゃ、すごい美人なのかな……?」
「それは人間が勝手に思い描いたイメージだ。神、仏、天、超越者、精霊……呼び名は様々だが、もしもそうしたものが存在するのだとすれば、それはこの世界の法則性や理、エネルギー、力、概念といったものに人が名と姿を与え、わかりやすいように擬人化したものだ。無論、人ではないのだから人間の姿をしてはいない。いや、姿などないと言ったほうが正しいな」
「え? じゃあ、神さまなんていないってこと?」
「いや、そうではない。だが、〝いる〟というよりは、むしろ〝ある〟という表現の方が的確だ。そうしたこの世界の〝意思〟とでも呼べるようなものが現に存在するのだからな。ならば、意識よりも膨大な情報を知覚している無意識の領域において、そうしたものと通じ合ったり、その意思を組んで味方にすることだってできる。今の〝ヴァルナ〟や〝龍神〟も水を連想させるメタファーであり概念だ。その概念と同化するのだから、それは本当に神を宿したともいえるし、別の見方をすれば、そうでないともいえる。すべてはその認識の仕方の差だ」
「うーん……わかったような、わからないような………」
零は腕を組み、首を捻って深く考え込む。やはり、難しくてよくはわからない。
「ま、素人には少々哲学的すぎたか……いずれにせよ、そうした暗示でヤツの
「こんごのりきし? ……コンゴ共和国のお相撲さん?」
「金剛力士――あの寺の門の両脇に立ってる世間一般にいうところの〝仁王さま〟だ。つまり、その強靭な肉体のイメージで人間が通常30%しか出せないよう設定されている筋力のリミッターを切るわけだな。だが、赤ずきんはローマ神話における俊足の神〝メリクリウス〟を憑依させて、逃げ足速く姿を眩ましたという顛末だ。ちなみにあの時爆発させたペンタクルは、最初のと違ってただの煙幕だったな」
「そういえば、いなくなる前にそんなことブツブツ言ってたような……じゃあ、あの赤ずきんちゃんも黒アリスちゃんと同じように神さま宿してたってこと?」
「そういうことだ。つまり、こちら同様、ヤツもトランスしてたわけだな。大概、俺達魔術師は自己暗示系の魔術が使えるよう、自らもトランス状態になっている。
「そうなのかぁ……なんとなくわかったけど、なんか魔術って、今まで思ってたのとぜんぜん違うんだね。あたしはもっとこう、アニメやゲームみたくファンタジーっぽいものだと思ってたんだけど、なんというか……やけに科学的というか……」
小難しい話ばかりで、その実、半分以下も理解できてはいない零であるが、それでも大筋のところは飲み込めたらしく、そのイメージの違いに驚きとある種の感動を覚えている。
「無論、魔術は科学的だ。現代人の多くが魔術と科学を対極に位置するものの如く捉えているが、本来、この二つは同一の意味を持っていた。そもそも現代の医学や化学は自然魔術と錬金術から発展したものだし、かのアイザック・ニュートンだって、科学者であるとともに一人の魔術師でもあったんだからな」
「ニュートンって……あのリンゴの人も魔術師だったの!?」
零の脳裏に、貴族っぽい服装で、落ちるリンゴ見てポーン! と頭に電球が閃く、巻き毛ロングな青年の姿が浮かぶ。
「リンゴというか、万有引力の発見者だ……科学にしろ魔術にしろ、どちらもこの世の理を解き明かし、それを利用しようとする本能的な人の営みであり、それを飾り気なく呼べば〝科学〟、少々神秘的な響きを持って呼べば〝魔術〟となる……実際にはその程度の差でしかない。〝赤ずきん〟の用いたヒヨス爆弾なんかいい例だ。ああした自然科学や化学的なものも、俺達の間ではカテゴリ〝
「そっかあ……科学と魔術って、じつはそんな変わんないんだねぇ……ねえ、ところでずっと気になってたんだけど、そのカテゴリなんとかって何? さっきからちょいちょい出てくるよね? そいや、今日のお昼にもお千代さんや宍戸先輩見てそんなこと言ってたし」
眉間に皺を寄せてニュートンのイメージを訂正し、赤ずきんを引き合いに出して追加説明を行う久郎に対して、一応、納得した様子で零は頷くと、質問したいことが山ほどありすぎて、ずっと訊くに訊けなかったそのことをようやくにして尋ねた。あの時は中二病っぽいと感じていたが、今の話を聞いた後だと、どうやらそうでもないように思えてくる。
「ああ、それは
「大、あるかな?」
「タロット占いは知ってるな? あの札にはワンド、カップ、ソード、ペンタクルのA~キングで構成されるトランプのような各スート13枚の小アルカナと、それとは別に寓意画の描かれた22枚の絵札――大アルカナがある。これには0~ⅩⅩⅠの数字が振られていて、魂の修練により道を志す者の習熟度――階梯を現しているとも云われている」
コーヒーショップで「ラージサイズある?」と店員に尋ねてる人……という、まったく別なものを想像して小首を傾げる零に、今度はタロットと、それを転用した魔術分類の説明を久郎は始める。
「そこに目を付けた
「カテゴリ……なるほど。ようするに、そのカードの名前借りて分類したんだね……でも、あたし、タロットよく知らないんだけど、例えばどんなのがあるの? 赤ずきんちゃんのは〝
「そうだな。〝赤ずきん〟のものでいえば、そのⅠ番の自然魔術系がカテゴリ〝
「あ、じゃあ、あの宍戸先輩見て言ってたのは何? 確か、心眼とかなんとか……」
「あれはⅪ番のカテゴリ〝
「ああ、あれはそういうことだったんだあ……」
知らなければ、どうにも中二病っぽい言動にしか聞こえないが、やはり彼は中二病などではなく、正真正銘、
彼のその魔術の力を借りれば、ほんとに自分の恋をかなえられるかもしれない……そんな明るい希望と淡い期待を、零は久郎のすべてを見通してるかの如き不思議な色彩を持った瞳の中に改めて見出す。
「それから、もう一つ。先程、この順番は階梯の序列ではないといったが、最後のⅩⅩⅠ番目、カテゴリ〝
「違う?」
「ああ。カテゴリ〝
「カテゴリ〝
「さあ、どうだかな……いずれにしろ、カテゴリ〝
無邪気に尋ねる素人の零に、不敵な笑みを浮かべた久郎はそうだとも、またそうでないとも言えぬ曖昧な答えを返す。そして、そこで話をしめくくると、塔の外の景色へとぼんやりその視線を向けた。
話に夢中で零は気づかずにいたが、外界はすでにすっかり日も暮れて、屋上も校舎の裏も夜の帳にただの黒い塊と化している。
「俺はもうちょっと校内を巡ってから帰る。おまえはさっさと帰れ」
「えっ? どういうこと? まだ何かするの?」
やにわに腰を上げ、すぐにも移動を始めようとする久郎に、零も慌てて立ち上がると彼に尋ねる。
「今度は内部の偵察だ。セトンの話によると、時折、学校内で秘密集会を行っているらしいからな。もしやるとしたら、生徒のいなくなるこれからの時間帯だろう。ということで、じゃあ、また明日」
「ええっ! ちょ、ちょっと待ってよ! あたしも一緒に行く!」
「……いいのか? おまえ、あの宍戸とかいうやつと恋仲になりたいのだろう? 夜の学校で、俺と二人っきりでいるところを誰かに見られてウワサにでもなれば、それこそおまえの恋にとっては厄介限りないぞ? しかも、塔の中にこっそり忍び込んで、学校という聖域にも関わらず破廉恥な行為に及んでいるなどという醜聞が拡がったりしたら……」
「うっ……」
せっかく掴んだ恋をかなえる最高の切り札……その上、運が良ければ勝ち犬倶楽部にも接触できるかもしれないという大チャンを逃すまいと、階段へ向かう久郎の背を咄嗟に呼び止める零だったが、彼のその言葉に手を伸ばした中途半端な格好のまま、声を詰まらせて石のように固まってしまう。
「……そ、そうだね。うん。確かに一理あるよ……じゃ、じゃあ、あたし、先に帰るから。アリスちゃんは少し経ってから塔を出てね」
そして、しばし逡巡すると久郎の言い分を素直に受け入れ、真剣な表情で自らさっさと階段を下りて行ってしまう。
「ああ、気をつけて帰れよ~! そして、〝アリスちゃん〟はやめろよ~! ……フッ…」
そんな彼女を螺旋階段の上から見下ろし、毎度の如く自身の呼び名に文句を付ける久郎ではあるが、零の姿が視界から消えると、なぜか口元を邪悪に歪ませる。
「やはり、恋に盲目な乙女は単純で愚かだな。ようやくあいつのコントロール方法がわかってきた。これなら、記憶を消さずに利用するのも一つの手か……」
そうして、誰に言うとでもなく独り静かな塔の上で呟くと、満足そうにうんうんと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます