Ⅲ 「隠者」達の住処(2)

 そして、お昼休み……。


「――ね、今はアリスちゃん? それともアリスちゃんの方かな?」


 春の陽気に包まれる、昼下がりの穏やかな学校敷地内を、珠子、有栖とともに本校舎裏へと向かう零は、声を潜めて彼に尋ねる。


 早くも珠子の付けた可愛らしい呼び名を採用するとともに、そのイメージと音の似ているところから、零は〝史郎〟を白アリス、〝久郎〟を黒アリスと呼び分けることに勝手にしてしまっている。


「白? 黒? ……ハァ…今は〝久郎〟だ。〝史郎〟では聞きたいことも知らんからな。こんなクラブ活動など、本当ならやつに任せたいところだが、そうもいかん」


 零の質問に、なんとなく彼女の言いたいことを理解した有栖久郎は、いろいろツッコミたいことはあったが面倒臭いのでぐっと飲み込み、いつものぶっきらぼうな口調でそう答える。


 昼食もそこそこに、珠子、零、そして、再び〝史郎〟と入れ替わった〝久郎〟の三人は、各部・同好会の部室の入るクラブ棟の方へと足を向けていた。


「……ん? ここじゃないのか?」


 といっても、目的地はクラブ棟そのものではない。久郎が小首を傾げたように、その白い鉄筋コンクリートの建物を横目に通り越し、さらにとなりに立つ、今にも朽ち果てて倒壊しそうな、トタン葺きの薄汚れた小屋の中へと先導する珠子は躊躇いもなく入って行く。


「……弱小同好会にまで部室をくれるとは、なんとも豪気な生徒会だと思っていたが……なるほど。こういうことか。不法占拠も甚だしいな」


 珠子と零に続き、その廃屋にも等しいボロ小屋へと足を踏み入れた久郎は、周囲にうず高く積み上げられた古い木製の椅子やら机やらの壁を見回し、いたく納得したように呟く。


 本来、この小屋は使われなくなった備品を半永久的にしまっておくための物置きだったのであるが、部室の所有を認められていないオカルト研究会は久郎の言うようにそれを勝手に改装し、密かに自分達の部室をその備品の山の中に作り上げていたのである。


「言ってくれるではないか、転校生の新入会員君。確かに許可は得ていないが、オカルトとは〝隠す〟こと……世間の目を欺き、こうして秘密のアジトを持つなど、まさに我らオカルト研究会に相応しいではないか!」


 久郎の歯に衣着せぬ感想に、二つ並べた折りたたみ長机を挟んでこちらに背を向けている、七三分けのメガネな男子が大仰に天を仰ぎながら芝居がかった口調で自己弁護をする。


「わたしは誰にも干渉されないから、ここが好き……」


 すると、長机の右側に静かに腰かける、麗しいロングの黒髪を前髪パッツンにした超絶清純派美少女が、消え入るような小さな声でぼそぼそと呟く。


 それは魔女のつもりなのか? 彼女の頭には小さな赤色のウィッチハットがちょこんと載っかり、同じく赤いケープマントをその細い撫肩に羽織っている。


「んま、こんな誰も寄りつかないボロ小屋くらいしか、あたしらみたく世間から偏見の目で見られてるもんにゃ行き場がないってわけよ」


 また、その対面の席にドカっと腰を下ろした珠子も、魔女っ子美少女とは対照的に足を組んだガサツな態度で、肩を竦めながらそう自虐的意見を述べる。


「最早、部室というより、世捨て人が人目を避けて住まう隠れ家か、あるいは迫害から逃れた人々の隠れ里といった感じだな……カッパドキア・・・・・・みたいな」


「まあ、ほとんどの生徒はここ使ってるの知ってるから、あんまし秘密でもないんだけどね」


 そんなキャラの濃い会員三人を前に、渋い顔の久郎と苦笑いを浮かべる零は、それぞれに素直な感想でこの秘密のアジトに対してのツッコミを入れた。

 

 そう……この三人こそが、現在、オカ研に所属している数少ない実質的な会員なのである。


 珠子を除く二人はともに三年生で、角ばった黒縁メガネの方がUFOの謎を追い求めてやまない会長の湯追順次ゆおいじゅんじ。とろんとやや垂れ目気味の瞳がなんともカワイらしい魔女っ子の方が副会長の川船千代かわふねちよである。こちらは見た目通りに魔術好きの霊感少女だ。


 二人にはスマホのチャットアプリ〝LEY-LINEレイライン〟を使って、お昼に集まるよう珠子が一応、連絡しておいたそうなのだが、そんなことをするまでもなく、みんな普段からここに入りびたっているらしい。


「それでは時間もないことだし、さっそく契約の儀を執り行いたいと思う……川船君」


「はい……」


 やはり、こんなヤツらを頼ろうとしたのは間違いだったか…と内心密かに後悔する久郎であるが、その間にも湯追がそんな指示を口にし、千代は聞きとれないくらいのか細い声で返事をして立ち上がる。


 また、珠子も続いて席を立つと、湯追とともに四方のガラクタの壁に暗幕を下ろしたり、長机の上に置かれた燭台のロウソクに火を灯したりと、忙しなく儀式の準備を整えてゆく。


「では、始めます……」


 そして、千代は湯追の立っていた位置に移動すると長机を挟んで対峙する久郎を前に、両手を天に掲げて何やら呪文のようなものを朗唱し始めた。


「汝はオカルトを志す者か? オカルトともに生き、オカルトとともに死せる者か? 常識という名の目隠しを取り去り、隠された真理を追い求めようとする者か?」


 ロウソクの仄かな明かりだけが燈る薄暗い部室(…と称している物置き内の空間)には、場を清めるために焚かれた香が芳しい煙の尾を白く宙に棚引かせ、机の上にも同心円内に六芒星やら七惑星のシンボルやらヘブライ文字やらの描かれた〝魔法円〟のテーブルクロスがおごそかに敷かれている……千代の微かな声とも相まって、こんなガラクタ置き場でもそれなりの荘厳な雰囲気を醸し出しているようだ。


「ならば、契約を司る祭司の名において命じる……汝、有栖史郎よ! この魔法のペンを以て汝の真名まなをこの聖なるパピルスに記し、いにしえより定められし法のもと、我と契約せよ!」


 そのまさに悪魔でも呼び出しそうな神秘的な空気の中、ロウソクの炎に揺らめく千代は若干、声を大きくしてそう述べると、右手に持ったサインペンを差し出して、久郎の前に置かれた入部届けの紙を左手で指し示す。


「普通に〝入部届けに名前を書け〟と言えんのか? 中二病にもほどがあるぞ?」


 そんな無駄に儀式めいた千代達に、先輩であることも無視して久郎はシラけた顔で厳しくツッコミを入れる。


「だって、その方がカッコイイから……」


 だが、その容赦ない言葉を聞いた千代は潤んだ瞳をロウソクに輝かせ、湿った声で今にも消え入りそうに答える。


「うっ……そんな目で見つめるな。わかった。名前を書けばいいんだろう? ほら、ペンを貸せ……まったく、カテゴリ〝恋人達ラバーズ〟の邪視の持ち主か……」


 そんな千代のうるうるとした眼差しに、さすがの久郎も美少女の涙には弱いのか? 彼女の手からペンをもぎ取ると入部届けの紙にそそくさと必要事項を記入する。だが、彼女達を中二病云々と言っておきながら、自身の言動も多分に中二病っぽい。


「よし。これで契約はなった。君もめでたく我らオカルト研究会の一員だ……ところで、アリスちゃんはどういったジャンルのことに一番関心があるのだね?」


 書き終えた入部届けを手渡すと湯追は眼鏡のフレームを弄くりながら、それを丹念に確認して満足そうな顔を上げ、さっそくそんな話題を久郎に振ってくる。


「おまえも〝ルイス・キャロルの生み出したオテンバ少女〟呼ばわりか? ……ったく、まあ、関心あるとすれば、魔術全般というところかな。洋の東西を問わずにな」


「魔術……」


 珠子や零同様、『不思議の国のアリス』的に呼ぶ湯追にツッコミを入れつつも、それでも律儀に答えてやる久郎であるが、それを聞くと仲間ができたとでも思ったのか? 千代は胸の前で両手を組み、微かにうれしそうな笑みをそのカワイらしい顔に浮かべて、ぽそりと呟く。


「フン。なるほど。川船君同様、オカルトでも隠秘学系というわけか……だが、しかーし! その世間一般に〝魔術〟と呼ばていれるものの背後には、さらに驚くべき真実が隠されていることを君は知っているかね?」


 一方、湯追の方は眼鏡のブリッジをキザに指先で押し上げると鼻で笑い、大仰な手ぶりを交えながら物知り顔に語り始める。


「真実?」


 なんとも思わせぶりなその語り口に、久郎も若干、その瞳を鋭くすると、〝魔術師〟として耳を傾ける……のだったが。


「フフフ、聞きたいかね? ならば、晴れてオカ研会員となった君にだけ特別に教えてやろう……魔術という人智を超えたテクノロジーは、実のところ、人類が自らの手で生み出したものではない。それは、この星の外からもたらされたもの……そう! 地球外知的生命体が作った超古代文明技術の今に残された遺産なのだよ!」


「………………」


 両手を拡げ、自信満々に告げられた湯追のトンデモな持論に、久郎は醒めた目を彼に向けると、ほんのわずかでも興味を持って、聞き返してしまった自分を恥じた。


「遥か昔、別の星からやって来た彼らは類人猿を遺伝子操作して人間を作りだし、その人間を労働力として自分達の王国を作った。それが、ムーやアトランティスだ。そこでは我々が理解すらできないほどの高度な科学技術が用いられ、大いにその繁栄を誇っていたが、ある時、地球の地殻変動によってすべては海の底へと沈んでしまう。他の大陸へ開拓に行っていた彼らの奴隷たる人間達だけを残して……」


 だが、そんな久郎を無視して興の乗った湯追の熱い演説は続く。


「そして、残された人類は自らの足で歩き出し、長い年月の間に彼らのことは忘れ去られていったが、わずかながらに彼らの超絶テクノロジーを用いる方法だけが人類の記憶の中に脈々と受け継がれていった……そう。それこそが魔術。魔術とは、地球外知的生命体の残したロストテクノロジーなのだ!」


「ああ! そういえば、充分に発達した科学は魔法と見分けがつかない…とか、よく言いますもんね! クラークの三大法則でしたっけ?」


「七惑星とか、占星術とか、天体と魔術は関係深い……」


 また、シラけた顔の久郎を置いてけぼりに、珠子は目に見えて興奮した様子で、千代も一見、普段と変わりなく見えつつもその目をキラキラと輝かせ、湯追のデンパ極まりない話に合いの手を入れている。


「魔術だけではないぞ? さっきも言った通り超古代文明や失われた大陸、心霊現象に超能力、さらにはUMA(※未確認生物)なんかに到るまで、すべての超常現象には地球外知的生命体が大きく関与しているのだよ! UMAは彼ら自体の目撃情報であることもあるし、彼らが遺伝子操作で作った生物である場合もある。例えば、北米・ウエストバージニア州で目撃されたモスマンやニュージャージー州のジャージーデビルなどはこの類だと私は踏んでいる」


「確かに……ブラジルのチュパカブラはエイリアンっぽいですよね」


「パワースポットや古代文明の遺跡は、UFOの目撃多発地帯でもあったり……」


 そんな感じでさらにヒートアップする三人がなおもデンパを飛ばしまくる中、細めた目で彼らを侮蔑するように見つめる久郎に、同じく話についていけてない零が小声で尋ねた。


「ねえねえ、湯追会長ってオカルトの知識豊富だし、ひょっとして、わんこのクラブの一員ってことない? それどころか、そっちの部長さんでもあったりして……えっと、チーフなんとかってやつ?」


「まず100パーないな……どう見ても人生の勝者には見えんし、このデンパな中二病患者が勝ち犬倶楽部に迎えられるとは到底思えん。それに、あの〝赤ずきん〟がそうだとすれば、魔犬の首領チーフ・ハウンドは女だ。その点からしても論外だな。ま、それ以前に論外だが……それよりも……」


 だが、久郎は即答でそれを完全否定すると、視線で赤いケープを羽織った千代の方を指し示す。


「ああ、お千代さんね。確かに赤いマントみたいのいつも着けてるし、あたしも最初、もしかしてって思ったけど、あの赤ずきんちゃんとは声も雰囲気もぜんぜん違うし……え? お千代さんってことあるの?」


「さあ、まだなんとも言えん……カテゴリ〝正義ジャスティス〟の心眼を使って見ても、あの赤ずきんとは確かに別ものだ。ただ、本物の・・・魔術師としての素養はあるように感じるが……」


 その視線を辿り、彼の意図を理解して訊き返す零に、一昨日、あの神社で会った時のようなぼんやりと虚ろでありながらもどこか鋭い、なんだか不思議な眼差しをして久郎は答える……だが、他人のこと言えずに自分もかなり中二病っぽい台詞だ。


「そう! その通りだ! チュパカブラも彼らの可能性があり、キャトルミューティレーションとの関係も疑われている。そして、パワースポットやピラミッド、ナスカの地上絵といった古代文明の遺跡は、その実、彼らの宇宙船――即ちUFOの発着基地なのだ!」


「おおお! ついにキャトミューまで出て来ましたね!」


「インカの人々に文明を伝えた神ピラコチャも、実は宇宙人だったという話も……」


 そうして珍獣でも観察するかのように久郎と零が見守る目の前で、デンパ系三人のトンデモトークはいつまでも延々と果てなく続いた――。


※挿絵

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668342642157

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