Ⅲ 「隠者」達の住処(3)

「――あと5分か。ちょっと急いだ方がいかもね?」


 「いや~悪い。悪い。ああいうネタだと、ついつい話に熱が入っちゃって」


早足で歩きながら急かす零に、珠子は苦笑いを浮かべて詫びを入れる。


「ま、極めて不毛で無駄な時間ではあったが、情報をもらう対価とすれば安いものだ。それに、デンパな者達がいかなる思考大系を持っているのか? それなりにいい勉強にもなったからな……」


 その後からあまりフォローになっていないフォローを入れながら、久郎も早足で二人について行く。


 五時間目の授業開始5分前を告げる予鈴を聞き、慌ててオカルト研究会の部室(…と称している物置小屋内に作られた空間)を飛び出した彼女達三人は、クラブ棟の前を自分達の教室へと急いでいた。


 珠子を含むオカ研会員達が時間の経つのも忘れてデンパ飛ばしまくってくれていたせいで、移動時間が少々キツくなったのだ。


「でも、そんなギリギリってわけでもないし、早足で歩けば…」


 だが、そうして零を先頭に、三人がクラブ棟と本校舎とを繋ぐ渡り廊下の所まで来た時のことだった。


「おっと…!」


「きゃっ…!」


 珠子の方を振り返ったために前方不注意となっていた零は、ちょうどクラブ棟の正面入口から出て来た男子生徒とぶつかってしまった。


「君、ちゃんと前を見て歩かないと危ないだろう?」


「す、すみません! ……はっ! せ、せんぱい!?」


 当った相手にたしなめられ、慌ててペコリと頭を下げる零だったが、顔を上げて彼の顔を見た瞬間、彼女は雷にでも打たれたかのように目を見張り、真っ赤になって体を硬直させる。


「……ん? ああ、なんだ、風生君か」


 すると、その短髪をツンツンと逆立てた、長身のなかなかイケメンな男子生徒の方も、どうやら零のことをよく見知っている様子である。


「おやおや~これは少女マンガ顔負けの偶然のイタズラ的な展開ですなあ~」


また、そんな二人を交互に見つめる珠子は、その顔にニヤリと意味ありげなイヤラしい笑みを浮かべている。


「し、宍戸先輩、ど、ど、どうしてこんな所に?」


「どうしても何も、生徒会室に用があったんでね。今日の放課後、今年度の第一回風紀委員集会があるんでその準備だよ」


 直立不動でガチガチに緊張しまくりながら零が尋ねると、男子生徒は怪訝な顔を背後のクラブ棟の方へと向け、何も不思議はないというようにそう答える。


 そう……誰あろう、この爽やかな好印象を与える男子生徒こそが、現風紀委員長にして零が憧れる三年の先輩、宍戸毅ししどつよしなのである。


「あ! そ、そういえばそうでした! あ、あの、あたし、今年度もクラスの風紀委員やることになったんで、よ、よろしくお願いしみゃしゅ! ……うう、噛んだぁ」


 宍戸の言葉に、そのことを思い出した零は再びお辞儀をするが、大事な所でアホウにも噛んでしまう。


「ああ、そうなんだ。そいつはご苦労だね。こちらこそ、よろしく頼むよ」


「は、はい! が、が、がんばります!」


 だが、彼はそのマヌケな態度にウケることも、またツッコミを入れることもなく…というか完全に無視して、そんな当たり障りのない返事を彼女に返した。


 零は去年もクラスの風紀委員をやっており、一年の頃からずっと生徒会で風紀委員系の役員をしている宍戸とは、それぐらいの距離感を持った顔見知りである。


「ああ、なるほど。どうしてもかなえたい恋の相手というのはこいつのことか」


 そんな、今はまだ〝ただの先輩と後輩〟の間柄でしかない憧れの相手を前にして胸をドキドキさせっぱなしの零であるが、そうした彼女の態度をじっと観察していた久郎が「納得……」といった様子でふと呟く。


「きあぁぁぁぁっ!」


「んぐぅっ…んんん! ……んぐうぅぅ…!」


 そのうっかりにも程がある爆弾的呟きに、零はそれを打ち消けすかのように大きな悲鳴を上げ、咄嗟に久郎の口へ手をやって強引に塞ぐ。


「……な、なんなんだい? それは?」


「……え? あっ、あの、これは……そ、そう! 彼の口から急にエクトプラズムが飛び出しそうになったんで急いで止めたんです! ふーっ…危なかったぁ……」


 どこからどう見ても不審なその行動に引きつった顔で宍戸が尋ねると、零は脳をフル回転させて、とにかく思い付いた言い訳を慌てて口にする。だが、日頃、珠子からいろいろ吹き込まれてるせいか、よりにもよってオカルト色満載なデンパでありえない言い訳である。


「……ま、まあ、この国の法律では思想の自由が認められているんで別にいいけど……怪しげなカルト教団にでも入って、校内で勧誘活動とかしないようにね」


 その普通聞いたらちょっとヤバイ人間に思われる発言に、宍戸は珠子の方を一瞥した後、「ああ、なるほど…」と意味深に頷いて零に苦言を呈する。


「なんで、今、あたし見たんですか!? 宍戸先輩ひどいですぅ~! 偏見ですぅ~! 超常現象肯定派に対する軽く差別ですう~!」


「ん? ……そういえば君、見かけない顔だけど、もしかしてオカ研に入会した新一年生とか?」


 そんな宍戸の言動に珠子は猛抗議するが、彼はそれを無視して、いまだ口を封じられている久郎の方へ興味の目を向ける。


「…んぐ! ……んんん…!」


「あ! い、いえ、一年生じゃなくて、今度うちのクラスに転校して来たアリスちゃんです。あ、ああ、オカ研に入ったってのは正解です」


 口を塞がれ、唸ることしかできない久郎になり代り、その問いにはしゃべれない原因を作り出している零の方が答える。


「アリス? 珍しい名前だね……ま、ともかく君も、あまり変な思想にかぶれて、風紀を乱すような行動はとらないようにしてくれよ? それじゃ、また放課後に」


「は、はい! 放課後またお会いしましょう!」


 ドタバタ劇を演じる二人に小首を傾げつつ、宍戸はまた珠子の方をチラっと見やりながら、そう断りを入れて去って行った。


「…んぐうっっ…ぷはっ! …ハァ……ハァ……何をする? むしろ息止まって、ほんとにエクトプラズム出るところだったぞ!? リミッター切れて・・・・・・・・無意識に〝パワー〟の魔術使ったな!?」


「何するじゃないよお! それはこっちの台詞だよお! あなた、じつはけっこう天然でしょ!? ハァ…っていうか、また先輩の前でドジっちゃったよお……」


 一方、ようやく口の拘束を逃れ、荒い息遣いで文句を垂れる久郎に対して、零も顔を上気させて激しく言い返すと、直後、今度は深く溜息を吐いて大きく項垂れる。


「フン。だから教えただろう? 願えば願うほど、その願いからは遠のくと。超常的な理由だけではない。その願いに執着すれば平常心を失い、普段通りに行動できなくなる。特に、恋などというアドレナリンを大量に放出している特異な状態ではな……」


 そんな零に先日話したことを引き合いに出しながら蘊蓄を垂れると、久郎はまたもぼんやりと不思議な色の眼差しを浮かべ、去り行く宍戸の後姿を見つめる。


「そんなこと言われたってえ……ん? 宍戸先輩がどうかしたの?」


「いや、カリスマ性はありそうなんで一応〝正義ジャスティス〟の心眼で確認だ……が、魔術師としての才はどうやらなさそうだ。ま、それでも魔犬の首領チーフ・ハウンド以外は素人と見た方がよそうだし、メンバーである可能性がないわけではないがな」


 久郎のとった奇妙な行動に、顔を上げ、怪訝な表情で尋ねた零は、その答えに「やっぱりこの人、中二病っぽい」と思った。


「え? なになに? アリスちゃんって邪眼使い? ってか、もしかして中二病なの?」


「うっ……」


 また、こちらはこちらで実際に口に出し、おもしろそうに尋ねてくるデンパなオカルト少女珠子に、久郎はものすごく渋い顔をして彼女の笑顔を見返した――。

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