Ⅱ 「塔」でのお茶会(5)

「それが、俺がこの学校へ転校して来た真の理由だ……」


 すると、それまでの話が伏線であったとも言わんばかりに、彼は本題を話し始める。


「俺はある目的で本物の・・・魔術師に関する情報を集めていてな。そのために『第六ちゃんねる』というオカルト系ブログを作って広く情報を募っていたわけなんだが、そこに一月ほど前、〝勝ち犬倶楽部〟のことと、そこに入部するための方法――即ち、大噛神社の都市伝説についての投稿があった。この学校の生徒であり、また、そのサークルのメンバーだという者からのな」


「第六ちゃんねる……」


 だが、零は肝心なところよりも、むしろその某有名掲示板をパクったようなブログの名前の方が気になってぼそりと呟く。


「そいつのハンドルネームは〝アレキサンダー・セトン〟……17世紀、スコットランドの錬金術師の名だな。その錬金術師気取りの話には興味深い点がいくつか見られた。しかも、万人に公開されるコメント欄にではなく、他言無用との触れ込みの上、秘匿性の高いDMダイレクトメールでの情報提供だ。これには本物・・の臭いを感じたんで、会って詳しい話が聞きたいと伝えたんだが、それっきり返事はない。そこで、こうして直に調査しに来たというわけだ」


「というわけだ……って、そのためだけにわざわざ転校して来たの!? はるばる東京からこんな遠くの地方都市へ? それまで通ってた高校もやめて!?」


 余計なとこに気を取られてしまっていたが、よくよく聞いてみれば、なんだかとんでもないことをさらっと言ってくれている。


「無論だ。そのためだけというが、俺にとっては最重要な問題なんでな。高校などどうでもいい。それに、この辰本には〝龍伏寺りゅうふくじ断層〟という活断層が通っているが、あれは北アメリカとユーラシアの二つのプレートの境目――〝大地溝帯フォッサマグナ〟の西端に連なるものだ。プレートの境界は膨大なエネルギーの発生するライン……いわば、日本列島最大級の龍脈・・がこの地にあるということだからな。そうした地理的条件も少々気になった」


 だが、彼はさも当然というように、さらに訳のわからない理屈を追加して驚く零に答える。


「え、だって、お父さんの転勤って話は!?」


「ああ、あれは嘘だ。俺の両親はすでにこの世にない。他の家族もな。今は育ての親みたいな存在の残した資産を運用して気ままな独り暮らしだ。だが、さすがに今話した転校理由を言うわけにもいかんし、親の転勤ということにしておいた方が何かと都合いいからな。少しばかり情報を操作させてもらった。〝史郎〟の記憶もそのように改竄して、両親が家にいないのは、いつも仕事で帰りが遅いからだと思わせてある」


「…………ハァ…」


 今度は零の方が溜息を吐く番だった。


 なんなのだろう? この完全に常識を逸脱した破天荒にも程がある転校生は……って、魔術師か? そうだ! こうしてフツーに話をしているとついつい忘れてしまいがちだが、今、自分が話しているこの人物は、あの俄かには信じ難いような魔法を実際に目の前で披露して見せた魔術師なのだ! 破天荒な転校生とか、それどころの話ではない!


「ま、それはともかく、そうして俺は昨日、この辰本へ越して来たんだが、ちょうど戌の日だったし、着いて早々あの神社へ行ってみたところ、あの〝赤ずきん〟と……ついでにおまえにも出くわしたというわけだ」


「あ、そうだ! あの赤ずきんちゃんはいったいなんなの? 犬のお面かぶってたけど、やっぱりそのわんこのクラブの関係者?」


 彼の正体についても非常に気になるところではあるが、あの〝赤ずきん〟も当然、訊きたかったことベスト3には入る重要案件だったので、零は話に出たついでにまずはそちらについて尋ねてみることにする。


「あれがおそらく〝魔犬の首領チーフ・ハウンド〟と呼ばれる勝ち犬倶楽部の主催者だ。そして、入団試験の審判者でもあるのだろう……ま、セトンの投稿にそこら辺のことは詳しくなかったんで、これは昨日、実際会ってみての推論だがな。最終的にはヤツのお眼鏡にかなった者が入団を許される。つまりは都市伝説で語られるところの〝魔犬〟に相当するというわけだ」


「魔犬……じゃあ、もし気に入られなかったら、あの赤ずきんちゃんに食べられちゃうってこと? なんか、オオカミと立場逆のような……というか、オオカミが赤ずきんちゃんに化けてるのかな? ということは、むしろ、おばあさんと赤ずきんちゃんが位置逆?」


 彼の例え話に、零はあの赤ずきんの被っていた犬の面の口がパックリと開き、鋭い牙でおばあさんを食べようとしているグリム童話の一場面(ちょっと筋違うけど…)を思い浮かべる。


「……何を妄想しているか知らんが、無論そんなことはないからな? あんなでもヤツは人間だ。本当の化け物みたいに人を食い殺したりなどせん」


「昨日は妖怪だとかなんとか言ってたくせに……」


 醒めた目を向け、なんだか人を小バカにしたような言い方をする彼に、零は口を尖らせるとブツブツ不服そうに呟く。


「それに、誰か失踪したとかいう話もないところを見ると、大方の候補者は入団を許されてきたんだろう。あるいは不合格者の記憶は消されるのかもしれんが、いずれにしろ、まだ殺されたという者はいないようだ……が、昨日、おまえも見た通り、ヤツは本物の・・・魔術師だ。それに、相手が気に食わないとなれば、ああして容赦なく襲ってくる。危険な存在であることに変わりはない。だから、もうこれ以上、おまえはこの件に…」


「ねえ! じゃあ、わたしも試験に合格で、そのわんこのクラブに入れるってことだよね! 恋でもなんでも負け知らずで、どんな願いでもかなえられるってことだよね!?」


 零の不平も気にすることなく、改めての忠告を加えようとする彼だったが、こちらもこちらで人の話などまるで無視し、忘れていたその本題を思い出して目をキラキラさせながら訊いてくる。


「おい、また人の話聞いてなかったのか!? 昨日のアレを見てヤツらの恐ろしさは充分わかっただろう? それでもまだそんな危険集団の仲間になりたいっていうのか?」


「だいじょうぶだよお。確かにあの魔法には驚いたけど、別に怖くなったから。それに、先輩との恋がかなうんだったら、例え火の中水の中、多少の危険なんてなんのそのだよ!」


「ハァ…これだから、年頃の恋する乙女は……ま、どの道あのもてなし様だ。どうやらヤツにはそうとう嫌われたみたいだからな。俺との関係をどう思ったのかは知らんが、一緒にいたおまえにも入団のお誘いはないと見ていいだろう。あの神社にも二度と現れんかもしれんな。縁がなかったと思ってすっぱり諦めろ」


「ええ~!? わたし、ただ偶然居合わせただけなのにぃ~? そんなのひどいよぉ! とばっちりだよぉ! おもいっきし大迷惑だよぉ! ……ん? 待てよ? じゃあ、あなたはどうするつもり? あなたも諦めるの? 転校までして調べに来たのに?」


 容赦のない転校生の宣告に再び落胆する零であるが、落ち込む中、そんなそこはかとない疑問が頭に浮かぶ。


 嫌われたのは彼も同じ…というか、むしろ彼の方だ。困るのは零よりも自分だろう?


「それなら心配ご無用だ。そもそも昨日、あの神社に行ったのからしてダメもとであって、あわよくば程度にしか考えていなかったからな。ヤツに会えて、その実在を確認できただけでも大収穫だ。もともと〝アレクサンダー・セトン〟を捜し出すのがここへ来た目的だったし、当初の予定になんら変りはない。まあ、こちらの存在も知られたからには、少々急いだ方が良さそうだがな」


 だが、彼は別段困っている様子も見せず、さも当然と言わんばかりに諦めるつもりもまったくないようである。


「ええ~! 人には諦めろとか言っておいて、そんなのズルイよぉ~! 自分だけ勝ち犬だか勝ち馬だかに乗る気ぃ~!? わたしだって恋の勝者になりたいよぉ~!」


「ズルイものか。俺はただヤツらのやっていることに興味があるだけであって、別に勝ち犬倶楽部へ入団するつもりも、いわんや、ヤツらの力で恋の勝者にしてもらうつもりもない。それに俺もあの赤ずきん同様、本物の・・・ 魔術師だ。ヤツらの魔術にも抗せられるからな。無防備な素人のおまえと違って危険はない」


 その裏腹で不公平な意見に零は文句をつけるが、彼は理路整然とした口調でさらりと彼女の主張を退ける。


「じゃあ、わんこのクラブは諦めるから、代りにあなたの魔法でなんとかしてよ。あなたもあの赤ずきんちゃんと同じ魔術師ってことは、クラブと同じように人生の勝者にできるってことだよね? 昨日見たみたいなスゴイことできるんなら、わたしの恋をかなえることぐらい楽ちんでしょ?」


 だが、零の方もそれしきのことでは引き下がらない。彼もまた魔術師であったことを改めて思い起こすと、むくれた顔で逆にとんでもない要求を口にし出す。


「なぜ、そうなる? いいか? 俺とおまえの間には縁もゆかりも、そして、そんなことしてやる義理もまったくない。にもかかわらず、どうして俺がおまえの色恋の世話をしてやらねばならん?」


「そんなことないよ! あなたのせいでわんこクラブ入れなくなっちゃったんだから、縁もゆかりも義理も人情もあるってもんだよ! その責任はちゃんととってもらわないとね!」


「そのような責任もない。いいや、責任どころか、さっきも言った通りヤツらは危険な存在だ。むしろ、深入りする前に止めてもらって感謝こそしてもらいたいところだ。所詮、この世は因果応報、等価交換。ギブ・アンド・テイクが世の習い……俺の力を借りたければ、少なくともその代償として何か礼をしてもらってからだ」


「ケチぃ~! そんな固いこと言わずに、ちょっとぐらい恋に悩む女の子を助けてくれたっていいじゃん。減るもんじゃなし……あっ! そうだ!」


 その代替案をもあっさり退ける転校生であるが、零を言いくるめようと口にしたその言葉が、予想外にも彼女に思わぬ反撃の機会を与えることとなる。


「じゃあ、わたしの恋を魔法でかなえてくれるお礼に、そのセトンだか瀬戸物だかいう人捜すの手伝ってあげるよ! それなら文句ないでしょ? うん。それで行こう♪」


 偶然の思いつきであったが、なんともすばらしい名案だ。それならば、彼の魔法で恋の手助けをしてもらえるし、勝ち犬倶楽部に入れる可能性だってあるかもしれない。


「なっ……ちょ、ちょっと待て。なぜ、どうして、そういう発想になる? 文句ないどころか大ありだ! それではどちらにしろ、おまえにばかり有利…」


 キーンコーン、カーンコーン……。


 予想外の提案に、珍しくまたも目を見開き、驚いた様子で彼が反論しようとしたその時、頭上で午後1時の時報を告げるウエストミンスターの鐘の音が鳴った。鐘の音といっても、実際に鐘が鳴ったわけではなく、軒先に取り付けられたスピーカーからの機械的な音である。


「あ! もうこんな時間……わたし、部活行かなきゃ。それじゃそういうことで。残りのおはぎ置いてくから食べてね。お重・・は明日返してくれればいいから」


 すると、零は慌てて立ち上がり、モコモコ羊リュックを肩に担ぐと重箱も片付けずに早口でそう告げる。


「ああ、すまん。じゃあ、明日洗って返…じゃなくて! そういうことって、どういうことだ!? 俺は別に手伝ってももらいたくないし、そんな交換条件を認めてもいないぞ! やはり、おまえの記憶を消させてもら…」


「あ! 忘れてた!」


 無論、それで納得するわけもなく、急いで駆け出す零の背中に彼は声を荒げるが、今度は何を思いついたのか、不意に立ち止まってクルリと彼の方を振り向く。


「さっき教室で一応したけど、あなたが〝史郎〟くんじゃなくて〝久郎〟くんだっていうなら、もう一度改めて自己紹介しとくね。わたし、風生零。零って呼んでね。じゃ、明日からよろしくね!」


 そして、それだけを言い残すとすぐまた踵を返し、さっさと階段を下りて行ってしまう。


「あっ! おい待て! ……ハァ…あまり強引に因果を捻じ曲げたくはないが、やはり昨日、あの場で記憶を消しておくべきだったか……」


 零のペースに調子を狂わされ、らしくもなく彼女を取り逃がしてしまった魔術師の転校生は、その駆け降りて行く足音に耳を傾けながら、溜息混じりにボヤキを口にした。

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