空想ヒストリアメモリー

室星奏

第1話 入学初日

 その突然にして起きた災厄は、誰一人として予見できなかっただろう。

 村や街はおろか、王国、大陸、そして世界。それら全てが虚無に呑まれた事件、ノンストーリー。

 対抗策の持たなかった人間は無惨にも巻き込まれ、存在そのものを抹消されてしまった。


 ――だが、気づかぬうちに『ある対抗策』を持っていた人間は。


 いつしか、『異能者ストーリー』と呼ばれるようになった。


 〇


 リィーンディルド大陸 オフマン国


 それは世界で最も大きく、そして勢いの止まる事なく先進を遂げている大陸である。その中でもオフマン国は、他の国と比較するのも失礼なほどの繁栄国であった。

 何故これくらいの繁栄を遂げているのか。それは、約100年前に起きたノンストーリーと呼ばれる災厄が大きな理由であろう。

 あの出来事が起きて以来、人々は異能者ストーリーと呼ばれる人々に助けられながら、生き延びてきた。

 異能者ストーリーは、そういう対抗策を持たない人々の安全を考慮した結果、廃れた大陸の中でも比較的安全であった、このリィーンディルド大陸に最後の砦を築く事にした。それが、このオフマン国が出来た理由と繁栄を遂げている理由だ。


 そんなオフマン国の北部。

 そこには、国のどこから見てもわかる程大きな建物が存在していた。名は『オフマン国立ストーリー魔剣学院』、その名の通り、幼い異能者ストーリーたちの保護と育成を目的とした学院である。

 オフマン国以外にも当然、生き延び続けている国や街はあるのだが、新たに生を受けた異能者ストーリーは、自身の力をすぐに扱いきる事は、必然的に不可能だ。

 その状況を憐れんだ90年前の王は、予算を惜しまずにその学院を設立したのである。


 今日はなんと、そのストーリー魔剣学院の入学式であった。

 春の木に咲く綺麗な花が散りしきるその中央道を、一人の少女が駆け抜ける。

 フワッとした柔らかに垂れたミディアム風の銀髪と桃色の花飾り、そして透き通る様に輝く碧眼が特徴的な十五程の年齢の少女だ。

 新品の如くシワのない綺麗な制服を身に着け、茶色の鞄を片手に、北部の学院目掛けて、楽しそうな笑顔を見せながら走る。

 そう、彼女もまた、その新入生の一人であった。


(ずっと憧れてたストーリー魔剣学院……。ついにこの足で……)


 このストーリー魔剣学院は、多くの若き異能者ストーリーが通る道であると同時に、長年の憧れなのである。

 理由は一つで、このストーリー学院に入学し卒業することができれば、その異能者ストーリーの将来は約束されていると言われている。

 即ち、どういう道に進むかも自由であり、同時にその進んだ道先での出世等はほとんど約束されているような物なのである。


「……見えてきたっ!」


 周りを見れば、他の異能者ストーリーの新入生が、様々な面持ちで目の前の学院へ向けて足を進めていた。


 彼女も改めてその学院を視界に入れる。

 歴史のある学院であるにもかかわらず、新築であるかのように綺麗な状態を保った壁に、緑生い茂る気持ちの良い自然が蔓延る優美な学び舎。

 これから自分がこの足で、その学び舎に足を踏み入れる。そう考えると、彼女の心臓は今にも張り裂けそうな程に興奮で高鳴っていた。


「……良し……。っ、せーっのっ、あ!」


 自分で決めた合図とともに地を駆ける。と、それで学院に足を入れたと同時に、敷かれた石畳に足を躓き、前方向に転び倒れる。


 進学初日、最悪の事件である。

 テンプレ的に転ぶ私の姿を見て、周囲の新入生はクスッと笑いながら過ぎ去っていく。卒業までの3年間、この出来事を引きずられてもしたら学園生活が詰みになる事は間違いなかった。

 羞恥で立てない、せめて他の生徒たちがいなくなってから立ち上がろう、心の中でそう意思を決めていた。


「……ほら皆、見ないの見ないの!! ……まったく。あ、貴方、大丈夫?」


「え?」


 チラッと顔を上げ、目だけで声を主を見る。

 サラッとした綺麗な金髪のロングヘアと、大きな緑色の瞳を持った美しい少女が、彼女を心配そうな眼で覗いていた。

 服装を見てみれば、自分と同じ制服を身に着けていた。どうやら、この学院の生徒のようだ。


「怪我とかしてない? 立てる?」


「ぁ……ありがとう、ございます……」


 差し伸べられた手を掴み、よっこらせっと立ち上がる。

 ひざ元を見れば、軽く擦りむいただけの様で、とりあえずは一安心した。


「綺麗な肌が台無しね……」


「き、綺麗!?」


「うん、すっごい綺麗じゃない。私ももう少し綺麗だったらいいのになあ」


 自分から見れば、彼女も相当な美貌をしていた。寧ろ自分よりも美しいのではないだろうか。


「……っと。自己紹介がまだだったね。ごめんあそばせ? 私は――」


 上位の令嬢の如く可憐な一礼をしたその少女が、自分の名前を名乗ろうとした――その時。


「せ、生徒会長――ッ!!」


 背後から泣き叫ぶような声を発しながら、怒涛の勢いでこちらに駆けだしてくる一人の少女が。


「ラ、ラビィ!? 私はここだよっ、ストップ!!」


「ふあわわわっ!! いた……良かった……」


 ラビィと呼ばれた少女は、息咳切らせながら安堵した表情を示す。

 だがそれ以前に彼女が発した一言に驚愕した。目の前にいるこの少女――まさか。


「せ、生徒会長!?」


「へ? あ、そうそう!」


 気づいたようにハッとしながら、少女は懐から生徒手帳を取り出し、こちらに見せた。

 ラビィという少女も存在に気付いたのか、同じ行動をとった。


「アリス・フィステア。依り名は、アリス。この学院の生徒会長よ」


「……あ、新入生の子? えっとえっと、初対面がこんなになって、恥ずかしい……。あ、私はラビィ・マックールって言います。一応副会長ですよっ。あ、依り名は、時計ウサギです」


「だ、大丈夫ですよ、私は気にしませんのでっ。あ、私は、スノウ・レーベンスです。依り名は、白雪姫です」


 自分も同じく自己紹介をしながら、二人の手帳に書かれた依り名を確認する。


 ――依り名。

 それは、異能者ストーリーの誰もが持つ肩書である。

 実はこの世界とは別に、空想により語られるという別の世界が存在しているのである。

 異能者ストーリーは、その世界に生きる人間や動物の力を借りて、その力を行使する事が出来るのである。

 そう、依り名は、その力を借りている人間や動物の名前を示しているのである。


「スノウちゃんね、これからよろしくっ。学院は広いから、何か困った事とか、分からない事とかあったら、気軽に聞いてねっ」


「あ、ありがとうございます。……ところで、ラビィ先輩、何かあったのですか? 凄い勢いで駆けだしてましたけど」


「せ、先輩!? 先輩って呼びました!?」


「はい、嬉しいのはわかった。で、何があったわけ?」


 ハッとしたラビィは、コホンと一咳つき、落ち着いて内容を報告する。


「は、はい。えっと、実は、あっちでウルフバーグ先輩とベット先輩が、女の子の新入生と絡んで……」


「っ~~はぁぁぁあああ!!! あぁぁぁいぃぃぃつぅぅぅらぁぁぁ!! 眼放したらほんっと問題しか起こさないわね!!」


 アリス先輩は、普通では絶対に出ないであろう大きなため息をつき、両手で頭を抱え愚痴を漏らす。

 ウルフバーグ先輩とベット先輩がどういう人物か知らないが、相当な問題児であることはすぐに悟った。


「と、とにかく来てくださいよ~。私だけじゃ手一杯で……」


「正直行きたくない。面倒くさいもの」


「仕事してくださいよぉ~~~!!!!」


「はあ、わかってるわ、冗談よ。じゃあね、スノウちゃん。体育館で、また会いましょう!」


 二人は、私の返事を聞く暇も無く、その場を後にして立ち去った。


 その光景を見届けた私は、小さく言葉を漏らした。


「なんか……思ってたのと違う……?」


 これが、私の学院生活最初の思い出となった。

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空想ヒストリアメモリー 室星奏 @fate0219

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