一 ランプブラックより複雑な

一 ランプブラックより複雑な/01

 僕の名前は高木海斗たかぎかいと。かつて神童と呼ばれていた、とある進学校の高校三年生だ。

「明日から夏休みだってのに、夏期講習で毎日塾ばっかだよ。嫌になるよな」

 終業のチャイムが鳴り、教室は途端に騒がしくなる。生徒たちが帰り支度を始める中、隣の席に座っているタカヤが肩を落とし、ため息をついた。嫌になるよな、と言いつつも声色に焦りは感じられない。高校最後の夏休みが始まり、どこか浮ついている様子だ。

「すぐ受験だから仕方ないよ」

 僕は曖昧に笑いながら、教科書を引き出しから鞄へと詰めていく。早く帰りたかった。学校は好きではない。

「海斗は成績良いけど塾行ってないんだろ。推薦狙い?」

「そんな感じ」

「いいよなー、普段から勉強してる奴は楽でさ」

 タカヤは後頭部で手を組み、体を逸らす。僕は愛想笑いを向けながら立ち上がった。

「テスト前しか勉強しないよ。毎回一夜漬けした範囲がたまたま出るんだ」

「よく言うぜ」

「本当だって」

 適度に言い合い、そそくさと教室を出ようとした。早く帰らないと、夏休みに予定を合わせて集まろうという話になってしまう。それは勘弁してほしい。タカヤのことは嫌いではないが、せっかくの休みを人付き合いに費やしたくない。

 そう思っていたのに、教壇にいる先生から声をかけられてしまう。

「高木、美術の先生が呼んでたぞ。放課後美術室に来て欲しいってな。お前、美大志望らしいな。成績良いのにもったいないとは思うが……、人生はチャレンジだ。先生は応援しているからな」

 彼は力強く右拳を握りしめ、誠実そうな微笑みを浮かべた。親身に生徒に寄り添う教師像、それを見事に体現している。反抗期を通り過ぎ、目の前の受験に不安を抱く高校三年生にとってはさぞ心強い存在だろう。

 しかし僕にとってはわずらわしいだけだ。普段の成績をそのまま内申書に記入してもらえばそれで良い。彼にはそれ以上の役割は望んでいない。

「はい、ありがとうございます」

 僕は舌打ちしそうになるのを堪え、頭を下げる。そういえばこの前提出した進路希望調査表に初めてそう書いたんだったな、と思い出す。今までは偏差値に見合う適当な文系大学を記入していたのだが。

 先生の声はタカヤにも聞こえたようだ。目を丸くして何か言いたげにこちらを見ている。僕はその視線を視界の端で感じつつ、足早に教室を後にした。

 美術室に訪れると、三人の女生徒が石膏像を取り囲むようにイーゼルを立て、画用紙にデッサンをしていた。きっと美術部員だろう。三人とも画面がかなり黒く、もう仕上げの段階だ。

 僕は彼女たちから離れた教室の隅に座った。すると美術教師の女性が準備室から出て来て、机を挟んだ向かい側に腰かけた。挨拶を交わしたあと、尋ねた。

「高木くん、芸術の選択科目でも美術を選んでなかったよね。美大志望って、具体的にどの大学か決まってるの?」

 鉛筆が画用紙を擦る規則的な音が聞こえる。この音は心地良い。少なくとも、教師がする受験の話より、何倍も。

「はい。東京美術大学の油絵学科が第一志望です」

 僕の答えに、先生は人差し指で?をかき、苦笑する。

「東美大……、美術系の私大では一、二を争う難関美大じゃない。高木くんは成績優秀だって聞いてるよ。普通の大学に行くつもりで勉強してたんじゃなかったの? いつからそう思ってたの? 授業料がものすごく高いんだけど、親御さんには相談した?」

 畳み掛けるように質問される。困惑しているようだ。今までそんなそぶりを見せなかった生徒が、高三の夏休み前に突然こんなことを言い出したのだから無理もない。

「僕は中学から絵画教室に通っていて、その先生の母校が東京美術大学なんです。で、その人に強く勧められてて。親も了承しています」

「そうなんだ。じゃあ何で美術の授業を選択しなかったの?」

 この高校には芸術選択科目がある。美術、音楽、書道の三つのうちから一つを選択しなければならない。大半の生徒は課題が緩い音楽を選択し、受験対策の時間にあてている。ちなみに僕は書道を取っている。音楽は知り合いが多くてわずらわしかったし、美術を取らなかったのは学校で絵を描きたくないからだ。

「ええと……、絵画教室でたくさん描いているので、学校では絵のことは考えたくなかったからです」

「そんなに通ってるの?」

「はい。中二から毎日。平日は四時間、土日は八時間ほど」

 すると先生はえっ、と大きな声をあげた。それに反応し、デッサンをしていた生徒たちがこちらに視線を向ける。先生は彼女たちに、気にしないで続けてと声をかけて姿勢を正し、咳払いをした。

「……そんなに通ってるんだ。じゃあ受験対策はそこでやってるのね。もっと早く教えてくれたら良かったのに。私にも力になれることがあったかもしれないし」

「はい。すいませんでした」

 恭しく頭を下げる。これで話は終わりかと思ったが、彼女はふうと大きく息を吐いて質問を続けた。

「コンクールに出したことはある?」

 コンクール、という単語に反応して、みぞおちの辺りの筋肉がキュッと締まった。

「それは……」

「その絵画教室の先生を尊敬してるなら、その人にじっくり教えてもらうのも良いけど、たまには他の人からの評価を取り入れて検討してみるのも上達には必要……」

「コンクールに出す予定はありません」

 僕は先生の言葉を遮った。手に汗をかいているのが自分でも分かった。

 彼女は机に肘をついて、前のめりになる。

「もし良かったら今度デッサン画でも何でも、ここに持ってきてくれない? ウチの美術部、作品の批評会もしてるの。たまには他の人にも見てもらった方が良いよ。違う角度からのアドバイスとかもできるし。今デッサンをしているあの子たちも美大を受験するの。同じ学校の美大志望同士、刺激になるかもしれないし」

「いえ、結構です。人と比べるのは好きじゃないので」

 きっぱり断ると、先生は驚いたように眉を上げた。気分を害してしまったかな、と不安になる。この人は善意で誘ってくれているのに、つい強めに拒絶してしまった。

「……誘って下さってありがとうございます。でも受験対策はしてるので大丈夫です。夏休みもみっちりやる予定です」

 なるべく角が立たないように、口角を上げ、高めの声色を意識した。先生は何かを言おうとしていたが、僕はそれよりも先に美術室を出た。

 コンクールの話になるとどうしても感情が出てしまう。

 他人に干渉されたくない。

 そのためには社交的すぎてはいけないし、内向的すぎてもいけない。好かれず、嫌われず。それが誰からも最も遠い場所にいる秘訣だ。

 歩いている途中、上着のポケットの中でスマートフォンが震える。タカヤからだった。

《海斗が美大志望なんて知らなかった》《普段らくがきすらしねえから》《言えよ》

 短文が素早く書き込まれていく。面倒だと思いつつ、返事を打つ。

〈ごめん〉〈タイミングがなくてさ〉〈恥ずかしいし〉

《将来は画家!?》《サインくれ》

〈美大イコール画家じゃないよ〉

《違うんかい》《まあ画家なんて変人じゃないとなれないイメージだしな》

〈僕は変人じゃない?〉

《海斗はザ・常識人》《今度似顔絵描いてくれ》《アイコンにするから》

 その依頼をどう断ればいいか分からなくて、淀みなく続いていたやり取りに間を空けてしまう。

 正直、似顔絵なんて絶対に描きたくない。せっかく高校では友人に絵を見せずに過ごせているのに。

 数秒して、宙をさまよっていた指を液晶画面に下ろした。

〈今度な〉

 それに対する返事は見ずに、スマートフォンをポケットにしまった。

 何もかもわずらわしい。

 もし今の気持ちを色にしてキャンバスに塗りたくるなら、何色を選ぶだろうか。

 僅かに青味のある黒、ランプブラックか。いや、きっともっと複雑だ。ウルトラマリンとバンダイクブラウンの混色が近いかもしれない。小学生の頃の僕なら、これ以上ないという完璧な色を作り出せるに違いない。

 もう一度言おう。僕はかつて神童と呼ばれていた。

 初めて絵筆を握ったのは小学一年生のとき。図工の授業で制作した『歯みがき運動促進ポスター』が、市の最優秀賞を獲得した。

 裕福な家庭の一人っ子として可愛いがられていた僕の人生初の受賞は、盛大に祝われた。将来は画家だと囃し立て喜ぶ両親の浮かれた表情は今でも覚えている。それ以降、絵に関するわがままは何でも聞いてくれた。

 しかしそれは決して大げさで親馬鹿なのではなく、当時の僕の絵は周りの子どもたちと見比べて明らかに飛び抜けていたので、そう思ってしまうのも仕方なかった。

 画面構成の大胆さ、色遣い、モチーフを見定める観察眼。そして何より、画面の隅から隅まで執念深く書き込み、きちんと完成させる根気強さがあった。

 あまり知られていないが、小学生の図画コンクールで審査員を務めるのは、画家や美術関係者ではない。地区の小学校から選ばれた教師たちだ。彼らに評価されるのは簡単だ。技術の高低は大した問題じゃなく、子どもらしい視点を持って、一生懸命描けていればいい。もちろん当時の僕はそんなこと考えていなかったが、無意識に体現していた。

 不思議なもので、周りから評価されると身が入る。絵が上手い子という印象を得た僕は、休み時間や放課後などを絵に費やし、技術をも身につけていった。

 ところが、高い技術と卓越したセンスをもって、小学校六年生までのあらゆるコンクールを制覇した僕は、中学入学と共に入った絵画教室で思わぬ出来事に遭遇し、すぐにそこを辞めることになる。

 それ以来コンクールに出さなくなり、同年代の友人に絵を描いていることを隠すようになった。

 僕は美術室を出て下校し、電車を乗り継ぎ、中学二年生から現在まで通っている

秋山あきやま絵画教室』を訪れた。

 すぐに辞めた一校目とは違い、二校目となるここには四年半も通い続け、ほぼ毎日入り浸っている。都内の雑踏の中にひっそりと佇む古びたビルの一室の前で、鞄から合鍵を取り出して解錠した。扉を開けると油臭さが鼻に、蒸し暑さが肌に絡みつく。

 室内は僕が描いた風景画や写実画が玄関、廊下、アトリエに至るまでいくつも立てかけられている。

 僕はいつも通りキャンバスを準備し、椅子に腰を下ろした。デッサン用の鉛筆をつまむように持つ。目の前にモチーフがあるわけでもなく、構想も練っていない。ただぼーっと右腕を上げたまま白い画面を眺めた。

 以前はこうしているだけで描きたいものが次から次へと溢れてきて、右腕が勝手に動き始めていた。宇宙の彼方に咲く桜の花も、何百頭もの羊が空を駆ける景色も描いた。それなのに、いつからか実際に目で見たものしか描けなくなってしまった。

 何十分経っても、頭の中には何も思い浮かばない。どうせ今日もまたいつも通り、適当な静物デッサンをして一日を終えるのだろう。

「【できると思えばできる、できないと思えばできない。これは揺るぎない絶対的な法則である】。ピカソの言葉だ」

 その声にびくっと肩が跳ねる。振り返ると、秋山さんが腕を組み、ため息をついたところだった。足音どころか、扉を開けた音にも気付かなかった。

「今日もまた一本の線すら描けてないのか」

 全ての髪が同じ長さのくせっ毛は、シルエットだけ見るとアフロヘアー。無精髭にシワだらけの白シャツを着たその姿は、いかにも身なりに無頓着な中年という感じだ。

「すいません、秋山さん」

「謝って欲しいわけじゃない」

「今日は仕事じゃないんですか?」

「俺がいたら邪魔か?」

 秋山さんは怪訝な表情を浮かべた。

「そんなことはありませんけど」

 彼はこの絵画教室の講師だ。ちなみに生徒は僕一人しかいない。お金持ちに絵画の販売をする、いわゆる画商の仕事が本業で、この絵画教室は片手間で営んでいる。週に一、二回ほどしか顔を出さないので、もはや僕専用のアトリエとなっている。四十歳独身。よく画家の名言を引用する癖がある。

「グランプリに出す作品、もうそろそろ取り掛からないと厳しいぞ」

「締切は八月末ですよね。今日から夏休みですから間に合わせますよ。最悪、この前描いた風景画でも」

「あの風景画ごときが、天下の『丸の内ジェネシス・アートグランプリ』で勝てるかよ。入選すら無理だ」

「そうですか? 結構上手く描けたと思ったんですけど」

「上手いだけだろ。ただ比率が完璧でパースが正確で時間をかけて丁寧に描き込まれているだけだ」

「褒めてますよね」

「褒めてねえよ」

 秋山さんは眉をひそめた。

 普通なら正確も丁寧も褒め言葉だ。でも芸術の世界において、それらは武器にはならない。

 ましてやプロアマ問わず、十六歳から三十歳までの年齢であれば誰でも応募できる、若手の登竜門的二次元アートコンクール、丸の内ジェネシス・アートグランプリ。通称『グランプリ』では。

「とにかくグランプリで入選できなければ、東美大の推薦は間違いなく取れない。今のお前じゃ一般入試は厳しいんだ。いいか、魂を込めろよ。【感情を伴わない作品は芸術じゃない】。これは……」

「セザンヌですよね」

「ちっ、そうだ」

 言い当てられた秋山さんは不服そうに舌打ちをした。

 僕が志望している東京美術大学の油絵学科は、美術の先生が言ったように日本の美術系私大では最難関だ。現役で受かるのは毎年二、三百人中の十人程度で、倍率は二十倍を軽く超える。文字通り天才だけが入学を許される狭き門といえる。

 そこを通過するためには、圧倒的な技巧と唯一無二の個性、その両方が必要だ。僕のような写実しか能のない秀才には厳しい。

 ということで推薦を狙っているのだが、僕には中学以降の美術コンクールの結果が一つも無い。秋山さんが言うには、推薦を勝ち取るためにはインパクトのある結果か、少なくとも可能性を感じさせる作品が必要とのことだ。

 そのため、具体的な目標として丸の内ジェネシス・アートグランプリの上位三十作品に与えられる『入選』を目指している。

 もちろん最も優れた作品と評価された大賞、もしくは準大賞、実質三位にあたる審査員特別賞のどれかであればなお良しだが、それは高望みが過ぎると言うものだ。

 ちなみに秋山さんは三浪したものの、東美大を卒業している。

「ダメだったら大人しく普通の大学に行きますよ。絵は趣味でもいいですし」

 僕は真っ白なキャンバスを見つめながら呟いた。

 絵を描くのは楽しい。特に良い点は、道具さえあれば最初から最後まで一人で完結できるところだ。他人の干渉や協力を必要としない。

 だから完成したら終わりで良いのだが、コンクールに出すと他人に観られ、評価されることになる。それを意識すると、途端に手が動かなくなるのだ。

「いや、お前は東美大に行け」

 秋山さんがキャンバスの上部分を掴んだ。ミシミシと軋む音がする。見上げると、怖い顔で見下ろしていた。

「どこでも絵は描けますよ」

「俺も入学するまではそう思っていた。だがお前は俺に似てる。お前の絵に足りないものが東美大で見つかるはずだ」

「足りないもの?」

「芸術家にとって最も必要なものだ。それさえあれば、お前は後世に名を残す画家になれるだろう」

「はは、そんな馬鹿な」

 思わず鼻で笑ってしまったが、秋山さんは力強い瞳を向けている。冗談という顔ではない。

「…… 買い被りすぎですよ。僕は凡人です」

 僕は自分に才能がないことを知っている。

 芸術家とは、周囲の反応に左右されず、自分を貫くことができる精神的に強い人間のことだ。僕にとってはそれこそが才能だと思う。もし僕にそれがあれば、中学一年生のあのときにあれほど傷付かなかったし、今でも堂々と選択授業で美術を選べたはずだ。

「それに、秋山さんが言う芸術家にとって最も必要なものを持っていない今の僕の絵が、グランプリで入選できるんですか?」

 卑屈な質問をすると、秋山さんは目を逸らした。口もとを歪める。

「それは……」

「第一、賞を取るために絵を描くのも好きじゃないです。いつも心から描きたいものを描けって言ってるじゃないですか」

「うるせえガキだな。そうやって理屈で考えるのがお前の悪いところだ。いいか、【芸術作品は部屋に飾るためにあるんじゃない。闘争のための武器だ】」

「それは誰の言葉ですか?」

「ピカソだ。描いた絵は自分のためにとことん利用する。それが芸術家の正しい姿だ。いいか、お前は画家になるべき人間だ。そのために、グランプリには自分の最高傑作

を出せ」

「それができるなら、僕もそうしたいですよ。でも、無理なんですよ」

 僕は下唇を噛むむ。もちろん、描けるなら描きたい。絵描きが良い作品を生み出したいと思うのは当たり前だ。

 万が一僕が東美大に入学できて、プロとして絵を描いて生活できたならそれは素晴らしいことだと思う。一人で山奥のアトリエにこもって朝から晩まで絵を描き続ける。最高じゃないか。でも、そんな現実感のない夢を本気で願えるほど子供ではない。

 秋山さんは、はあ、とため息をついて、スラックスの後ろポケットに右手を無造作に突っ込んだ。

「相変わらず殻に閉じこもってやがる。だが、そんなお前に感情を解き放つお膳立てをしてやった」

 そして再び手を出す。右手で紙をわしづかみにしている。飛行機のチケットだと分かった。

「八月の頭に仕事の都合で沖縄に行く用事がある。お前、夏休みだろ。ついて来い」

「……は? お、沖縄?」

 僕は理解できなくて、間の抜けた声で復唱した。

「お前の味気ない風景画も、普段と違う環境なら奇跡的に感情が乗るかもしれねえ」

 あんまりな言い草だ。

「でも、親には……」

「連絡してある。受験対策ってな」

 両親は昔からお世話になっている秋山さんを信頼している。受験のためとなれば反対はしないだろう。

「いくら何でも、急すぎです」

「じゃあ今まで通りこの部屋に閉じこもって一人で描き続けるか? これからの人生、何をするにも自分には無理だって言い訳して逃げ続けるのか?」

 秋山さんは眉をひそめ、見下して煽るように言った。きっとわざと怒りを誘い、僕の反骨精神を引き出そうとしている。「じゃあ描いてやりますよ!」とでも言わせたいのだ。

 そんな短絡的な手に乗るほど幼稚ではない。でも、思うところはある。秋山さんはなぜか僕を買っている。

 神童ではなくなってしまった僕なんかに、いまだ期待してくれている。期待に応えたい、と思うのは本能だ。特に、何年もお世話になっている恩師の期待には。

 もしかしたら、沖縄まで行ったにもかかわらず、結局大した絵が描けないかもしれない。そうなったら、これまで目をかけてくれていた秋山さんにさえ、ついに愛想を尽かされてしまうだろう。

 でも。

 何か、変わるかもしれない。そんな予感があった。

 僕は「分かりました」と頭を下げた。

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