日本編6 モーニング・トレーニング………
「――――いいか、まずは深呼吸しろ。息を整え、精神を統一し、最高のコンディションを作り上げろ。だが焦るなよ、心の乱れは魂の乱れ。即ち、魔力の乱れだ」
座禅を組み、両目を閉じて世界の情報から逸脱する。スゥゥゥ、と深く息を吸い込み、また深く吐く。それは自身に宿る邪念を吐き捨てるかのようでもあった。
――――集中、集中、集中。ただひたすら自分に言い聞かせる。
「探せ、自身の内に宿る物を。掻い潜れ、緻密な意識の鎖を。潜り込め、深く深く。だが落下してはいけない、決して見逃してはいけない」
意識の奥深く。一本一本、細かな意識の鎖を取り払らって潜り込む。目には見えない、手では触れられない、科学的には証明されない。しかし、確かにそこにあるもの。
―――『魔力核』、接続。
「魔力の大海を手足のように操れ。魔力を水に例え、細い糸をつくるように、すくい上げて、捻じ曲げて、クルクルと巻いて糸をつくるんだ」
念じることで水を持ち上げ、クルクルクルと水の渦巻きのようなものを上へと引き上げる。細く、細く、強く、強く、正確に。
魔力を操作できているという実感がむんむん湧いてくる。練習の甲斐あってか、この手の操作はお手ものも。体全体へと通じる、血管のようなパイプに魔力を入れては取り出してを繰り返す。
準備運動は終わり。いや、準備運動にしてはいささか重労働だったが本題はここからだ。
「解放しろ、その魔力をパイプに通して外に放出するんだ。魔力核の内側をできる限りを尽くして漁れ。外に流れるパイプが必ずどこかにあるはずだ。諦めるな、脳が破裂する寸前まで踏ん張れ!」
荒れ狂う嵐の波の如く、魔力を滅茶苦茶にかき混ぜる。虱潰(しらみつぶ)しにパイプに魔力を通して、まだ見ぬ放出パイプをあぶり出す。
「……………っ」
もうマーリンさんの声も聞こえない。聞こえるのは脳内でザァザァと脳細胞が悲鳴をあげる音だけ。集中力の限界を迎えそうなのか、はたまた魔力を動かすこうなるのかは定かではないが、酷く頭痛がする。
うげぇぇぇ、と今にも悶(もだ)えたくなるが、我慢する。
「諦めるな。頑張れ、頑張れ」
「…………………………………っん」
呼吸するのも忘れて探す、漁る、あぶり出す。がむしゃらに魔力を動かしているせいで、血液が逆流するように体内の魔力の流れが滅茶苦茶になる
そのせいなのか、ぐつぐつと煮え滾るように体が暑い。暑いというか熱い!熱、待ってあっっつ!!!
「そうだ、そのまm
「ぐはぁ!!?」
「弟子!?」
「はぁ、はぁ、はぁ、あつ、あっつい死ぬ………………」
数分後
「はい、氷。しかし危なかったな。あのまま熱さに気付かずに続けてたら脳が耐えきれなくて下手したら命を落としていたぞ、弟子。頑張るのはいいことだが、それで死んでちゃイグノーベル賞候補に挙がっちまうぞ」
「そういうのを止めるのが師匠の務め何じゃないですかね。あと新しい氷お願いします」
「こういうときだけ弟子扱いさせるな………え、溶けるの早!?嘘でしょ……………ぬっっる。弟子、砂漠に放置したフライパンみたいになってんぞ」
「どうすればいいですかねこれ………時間経てば治ります?」
「魔力の暴発による熱量はそう簡単に収まるものじゃねぇぞ。というか、こんな例は初めてだから対処法が分からん」
「もう北極海にでもダイブしないと収まりませんかね………」
「んじゃそうするか」
「は?」
数分後
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!!!!!」
「もう熱かったり寒かったり忙しいやつだな」
「さっきのは百パーセント!十割!全てにおいてあなたが悪いでしょうがぁぁぁ!!いきなり転移魔法使って、人を北極海に連れて行くならまだしも、何故に空中!?しかも勢いよくぶん投げやがって!!軽く海に飛び込むペンギン気分だったわ!」
「あぁん?お前が北極に連れてけって言ったんだろうが。私は師匠として、師匠として!(大事なことなので二回言いました)弟子の要望を叶えてやっただけだ。責任転嫁すんな」
「こういうときだけ師匠面しないで下さい!!だいたいあなたねぇ、やることなすことデタラメなんですよ。もっと人間の感覚に合わせてくださいこの不死身魔女!」
「師匠が師匠面して何が悪いんだよぉ。私だってもっと弟子から慕われたいし尊敬されたいしいい意味で畏怖されたいしチヤホヤされたいの!」
「あなたは師匠ってものが分かってません!ドラゴ○ボールとかバ○とか見てこい!!」
「その手の作品なら千里眼越しで全部見てんだよぉ馬鹿めぇ!」
「「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」」
私達は喧嘩勃発数秒前の猫のように、ぐるぐると狭い部屋を回って牽制し合う。
そして、
「とりゃあ!」
「オラァ!」
世にもくだらない、結果は火を見るより明らかな殴り合いが始まった。
ちなみにめっちゃ負けた。ちくせう。
######
あったーらしーいーあーさがきたっ。きぼーのーあーさーだっ。
と、言うわけで毎度のように私は朝早く起きる。もう目覚まし無くても起きれるようになった自分が憎い。朝のランニングに喜びを覚えるようになった私が怖い。
冷水で顔を軽く洗い、ジャージに着替えて今日も体を痛める日常が始まる…………と、思ってたのですが、
「おい待て弟子」
「んあ?なんです?今日の夜ご飯はトンテキがいいですけど」
「誰も夕飯のリクエストを聞いてるわけじゃないわ。違う違う、今日はランニングしなくていいぞって話」
「…………………ファッ!?ままままマジですか!?」
いぃぃヤッホォォォォ!!
と、大きく飛び跳ねて喜びを全身で表現する。基本的に家では薄着なのに、今朝は珍しくちゃんと服を来てローブを羽織ったマーリンさんはクイクイと指を折ると、
「あー喜んでるとこ悪いが、ちょっと靴を持ってこっちに来なさい」
「?」
はぁ、と困惑と疑問を孕んだ息を吐き私はマーリンさんの下へ歩く。彼女は私が手の届く範囲まで来ると、クイッとジャージの袖を掴む。
―――と、その瞬間。場面は一瞬で切り替わり、
「………………え、ここどこ」
「とある国のとある場所」
「何の説明にもなってねぇよ馬鹿」
なんかもう、本当唐突だよね。ツッコむのも面倒くさくなってきたぞぉ。何この特撮の撮影に使われてそうな無人地帯は。
適度に広く、また適度に地形は荒い。背面には90度にも近い崖。地面は人の手が加えられていないありのままの自然を残しており、砂利が靴下を突き破って痛い。
地平線の先には海が見え、もしかしたらここは無人島的なアレなのではと予想する。
「今日から新しい修業を行おうと思う。お前もいい感じに体力がついてきたところだしな、頃合だ」
「新しい修業?」
「昨日お前と殴り合った時思ったんだけどさー………………お前弱すぎ」
「はぁ?」
弱すぎと言われても………確かに私は超能力者であり、魔法使いの弟子という少々普通の人間からは外れているが、そこ以外はごく一般的な女子高校生なのだ。マーリンさんのような文字通り人間離れした強さなど、あるわけがない。
「弟子、魔法使いにとって重要なものは何だと思う?」
「何ですか急に」
「いいからいいから」
「んー………そりゃあ魔法の技術とか魔力量とか知識とかそこら辺じゃないですかね?」
「ちっちっち、その通りだがまだ足りない。魔法使いにとって大切なもの、そう!マッスルだよマッスル!ストロングパワーだぜこのやろー!」
そう言って力こぶをつくるマーリンさん。いや、何言ってんだこいつ…………。
「お前今何言ってんだこいつって思っただろ」
「そりゃあそうですよ。そもそも、魔法使いのイメージに合ってませんって。拳で戦う魔法使いとか、初代のプ○キュアじゃないんですから」
「いやいや、そうでもないんだな。魔法使いだからって魔法だけで戦うやつなんて、よっぽど魔法の腕に自信があるやつか自信過剰な馬鹿だけだ。魔法の構築には時間がかかるし、詠唱系は舌を噛む。隙も多いし、避けられるリスクだってあるわけだしな。だから一般的には魔法+武術or武器、ってのが最もポピュラーな戦い方だな」
私の中の魔法使い像を滅茶苦茶に破壊してくれたなこの人。というか、戦い戦い言ってるけど魔法使いって何?戦闘民族かなんかなん?普通、シンデレラに出てくる魔法使いみたいなのをイメージするでしょ。
まぁおとぎ話に出てくるような便利で夢溢れるものじゃないってのはこの数週間で理解したけどさ。下積みがまず体力作りなところで察してたけど!
「それに、体を鍛えておくことは今後の魔法使いライフにとってとても重要なことになる。魔法はな、より強力な魔法を使おうとすればするほど、それにかかる負担や反動も強くなるんだ。身の丈に合わない魔法を使おうとして、肉体が耐えられず内側から破裂して死ぬなんてケースも過去にはいっぱいあるぞ」
「はれ………!?」
バーン、とマーリンさんは効果音を口で言って恐怖を煽る。その内容に、少しゾッとして唾をゴクリと飲み込んだ。破裂死なんてフィクションでも中々見ないぞ…………想像したら気分が悪くなってきたぜ……。
しかし、それはそれとして、だ。
「修業って言っても具体的に何するんですか?まさか、牛乳配達とか石を探したりとか畑を素手で耕したりとかしませんよね?」
「しねぇよそんな亀な仙人みたいな修業。具体的には………そうだな、まず筋力作りの為のトレーニング、基礎的な構えから始めて突き蹴りの動作、空手柔道合気道少林寺拳法ボクシング自衛隊格闘術太極拳等の格闘術に加え短剣大剣双剣槍弓斧鎌ハンマー盾棒それと――――――」
「もういいもういいもういいもういい!呪文か!…………女子高校生に何させる気ですかあなたは。どんな戦闘狂を生み出す気なんですか?ワクワクなんかしねぇよ!?」
「いやぁ、でも今時の女子高校生なら拳で熊を屠(ほふ)る位の戦闘力がないと社会に出てやってけないよ?」
「どこの世界線の話してる?異世界転生ものでも見ねぇぞそんな社会」
「グチグチ言ってないで、おら早くやるぞ。まずはウォーミングアップだ10キロくらい走ってこい!」
「やってることいつもと変わんねぇぇ………!」
#####
ザッ、ザッ、ザッと音を立てながら砂浜の上を走る。
ギンギラギラリンジリジリ、と。夕日に近い赤みがかった太陽が海に小さな火の玉を灯す。日本では今頃は朝日が昇っている頃だろうが、どうやらここら辺では今は夕方らしい。
現時刻で日が沈む場所を調べたり、太陽の軌道を見れば位置が分かるかもしれないが、面倒くさいのでやめとく。ワタシ、リカ、キライ。
果てしなく続く浜辺を2、3キロほど走ったところで、
「………………飽きた」
ピタリと足を止めてしまった。はぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………と、クソデカデカため息を吐く。電池が切れたロボットみたいにストンと浜辺に身を落とした。
今更ながら、走るのに飽きてしまった。来る日も来る日も毎朝毎朝にっちもさっちもはしるーはしるーおれーたーち流れーる汗もそのまーまーに。
とにかくもう飽きた。そもそも、普段すぐに諦める私が数週間毎日何キロも走り続けられたってことが異常なのよ。
いつもだったら『なんか走りてぇぇ!』と、やる気満々で外に出たはいいけど何かと理由付けで『やっぱやめよ』となる私が、何か趣味を作ろう!と意気込んでパズルを買ったはいいものの分かんなすぎて1時間でやめた私がだよ!?
もう何でもいいから体力作りするにしてもランニング以外にしてくれ。地味だし疲れるし時間食うし。
その旨を先日、マーリンさんに伝えたところ、『黙ってやれ』と何の魔法かは知らないが
しかーしマーリンさんは今この場にいない。今日のお弁当を作ってくると言って転移したのを私はこの目で見たのだ。いくらマーリンさんとて、時差が10時間くらいある離れた場所から私を狙い撃ちすることはできまい。
「ふははははは!!私は自由だぁ!!」
波のさざめきしか聞こえない浜辺で、両手を上げて高らかに叫んだ。あ、でもあの人世界の裏側まで見れる千里眼持ちじゃなかったっけ…………。まいいや。
………………………………しかしぃ、何をしよう。
問題はそこなのだ。走るのは飽きたと言っても、じゃあ他に何がしたいと問われたら答えは沈黙だ。
あぐらをかき、意味もなくそこら辺に転がっていた小石を手に取る。とても手の形にフィットし、鷲掴みするのにはちょうどいい石だ。スリスリ具合も良きかな。
私(体力測定の投球の最高記録13メートル)は立ち上がり、プロ野球選手の猿真似をして石を海に向かって、力いっぱいぶん投げた。
「えい!」
―――バフォンッッ!!!と。
大気が切り裂かれる音がした。投げた小石は水面と平行に宙を滑空し、気付いた頃には優に飛距離は100メートルを超えていた。パチン、パチンと10回ほど水面でバウンドし後は重力に引かれるまま海の底へ落ちてしまった。
「…………………………………………………………」
あれ?あれあれあれ?訳が分からないぞぉ?投球の最高記録13メートルの私が、いくら小石とはいえあそこまで吹っ飛ばせる訳ないぞぉ?放物線を描くのでもなく、水平で?
もしかして夢か?と頬をつねる。痛い、あと肩の痛みが―――、
「いってぇぇ!!?か、肩が……肩が……私の肩がぶっ壊れた……いてぇ………」
どうやら夢ではないらしい。それは頬の腫れと肩の激痛が嫌というほど立証している。なら、これは現実?
右肩を左手でおさえながら、私は呼吸を整えつつも考える。もしかしたら、ここ最近の修行の成果が出てきたのか?いや、でも修行の内容は走ったり飛んでくる刃物を避けたり超能力の練習とかだ。これらが先程の異常な投擲能力に結び付くとは思えん。
「んんーー………………少し試してみるか」
数分後
検証結果を、えーご報告いたします。あれから色々と体を動かしてみたところ、身体能力が著しく上昇してることが分かりました。
いやー自分でもびっくりしたね。膝を曲げて思いっ切りジャンプしたら3メートルくらい跳んだんだもん。さながら赤い配管工気分だったわ。いや、性能的には緑の配管工か?
走力にしてもそうだった。全身に力を込めて、本気の本気で全力疾走すると、めっちゃ速く走れた。100メートル5、6秒くらいかな?
正確に計ってないから分からんが、世界記録保持者であるウサイン・ボルトが100メートル9秒台なのだから普通の人間じゃまず不可能な記録だ。
小石とはいえ、あんだけの投擲能力、つまり腕力があるのなら木の一本くらい素手でへし折れるんじゃね?と思い近場に合ったヤシの木に「えい!」と拳を叩き込んだところ、
「―――――っつ………………」
痛すぎて言葉も出なかった。木ってこんな硬いんだね………自然ってやっぱすげぇや。しかし、さすがに素手は無理があるなーと思いきや、よく見るとグワンと少しひん曲がってた。唖然とした。やはり、異常だ。一介の女子高校生がしていいレベルじゃない。
「何が一体どうなってるのやら……………」
「おーい、そろそろ始め………何やってんだお前」
「あ、マーリンさん。聞いて下さい、なんか私の体がおかしいんですよ」
「おかしいのは体じゃなくて頭だろ。二つの意味で」
「そういう意味じゃなくてですねあと喧嘩売ってます?上手くねぇんだよ。あのですね、なんか小石を遠くまで吹っ飛ばしたり3メートルくらいジャンプできたり100メートルを5秒くらいで走れたりパンチでヤシの木をひん曲げたりできたんですよ!!」
「んなわけねぇだろ。第一、魔法も使えないどころか魔力放出もまだな弟子にそんな人間離れしたことができるか」
「あー!信じてませんね!じゃあ見てて下さい、こっからあの崖までこの石を…………」
「はいはい、いいからそろそろ始めるぞ。おいやめろローブを引っ張るな。今日はヤケに反抗的だなおい髪を引っ張るn、いたたたたた」
魔法使いと最悪な弟子達 @agohigeKYM
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