日本編5  如月魔里は思い見る



「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 

 ちくしょう!ちくしょう!ちくしょうちくしょうちくしょう!!ぬわーんもう疲れたもぉぉぉん!!


 とある学校の誰も見ないような中庭の隅っこで、叫ぶ女子高生が一人。

 端から見れば叫びながら壁に頭をぶつける狂人に見えるだろうが、これはもう仕方がないことである。何回も何回も何回も何回も何回も何回も、もう何回やっても思い通り行かない!!


 針に糸が中々通らない時のもどかしさ10乗、ってな位にはもどかしいイライラする!!嗚呼、この心臓の鼓動はもしかして、殺意?不整脈出てますよー。



「…………はぁ」



 回数を重ね試行錯誤を繰り返した結果、意識と魔力の貯蔵庫、魔力核との接続には成功した。最初は十回やって一回接続できる程度のものだったが、今ではいつでも魔力核に接続できるようになった。さすが私、スゴイ!頑張った!


 だが、問題はここからなのだ。端的に言ってしまえば、魔力放出がいくらやってもできないッッ!!!いやほんと、もしかしてそういう体質で生まれてきたんじゃないかってレベル。


 魔力放出は魔力核に接続したあと、体外へ放出するパイプのようなものから出せるだぜーとマーリンさんが言っていたが、パイプってどこだよぉぉぉぉ!!



「はぁ………やっぱ私って才能ないのかな。魔力核に接続さえすれば、後はスムーズにいくってマーリンさん言ってたけどなぁ………」



 考えれば考えるほど、どんどん鬱になっていく。どうせ私なんて魔法なんて使えませんよー……使えるのは便利なのか便利じゃないのか分からない超能力ぐらいなものですよ………



 駄目だ。もうやる気が出ない。こういう時は美味しいご飯でも食べてスッキリしよう。人は美味しいもの食べてベッドでぐっすり寝てれば大抵の困難は立ち向かえるのよ。

 というかそもそも、私はここに昼ご飯を食べに来ているのだった。食事前に少しと思ってやってたらかなり時間が経ってしまったようだ。


 私はマーリンさんから預かったお弁当箱をパカッと開く。



「いただきます」



 献立は至ってシンプル。メインはお米、おかずは卵焼きやホウレンソウのごま和えなど。色彩豊かで見るだけでも楽しめる。しかもちゃんと美味い。

 誰かの手作りがこんなにも幸せだなんて………くぅ!涙が出てくるなぁ……。母さん、昔はよく残したりなんかしてごめん!次はしっかりと噛みしめて食べるよ………。



 しかし謎なのがこの肉である。毎回毎回弁当の中味は少し違う。米は変わらないが、野菜や卵焼きなどのおかずはメニューは変わる。 

 しかし、この肉だけは絶対に入っている。美味しい、美味しいのだが………この鳥でもない豚でもない牛でもないこの食感と味はなんだろうか。奇妙だなぁ。



「………………………………」



 噛み潰した食べ物を喉に通しながら、また考え事をする。今度は魔力放出ののことではなく、城明さんのことだ。あの日から数日、妙に彼女のことを意識して見てしまっている。


 まだ私の中の疑念が解消しきれていないのだろう。しかし何度も言うように、彼女は自分の異常に気付いていない。私があーだこーだ説明しても可愛らしく首をきょとんと傾げられるだけだ。


 なら、私が取るべき行動は一つ……………




「徹底的に調査だ……………」




#######




 ○月○日。

 

 この日から城明さんの調査を始めた。とは言っても、やることはボッチスキル『聞き耳』と『寝てるふりしてチラチラと見る』をするだけなんだけれども。


 私ほどのボッチになれば、この二つさえあれば教室内の情報や人間関係は大抵把握できる。人間は自分のことを知ってもらいたいと思う生き物だ。自分語りしすぎないように自重はしているが、無意識の内に自分のことについて話してしまうものだ。


 自分の好きな物、嫌いな物、好きな人、嫌いな人、最近良かった事、最近悪かった事。それらを共有することでコミュニケーションは生まれる。

 その会話の中でも喋り方、仕草、態度、相槌、目線、音量、話す内容などをよーく見たり聞いたりしていると、そいつの人柄は会話を挟まなくても分かる。


 

 そしてボッチはそれらのスキルに長けているため、話したことないのに『え、なんで知ってんの怖キモ』と思われることが多い。もはや情報得すぎてICT産業。ボッチのみんな!インド行こうぜ!

  

 さてこんなことはさておき、早速調査開始だ。予定通り机に突っ伏し寝たふりをしつつ、隙間から城明さんの席へ目線を向ける。

 

 どうやら今はクラスの女子とご歓談中のようだ。ギャルっぽい女子に、落ち着いて大人びた女子。そして城明さんという構成。

 

 城明さんブームが落ち着いてきたのか、今は人集りが少ない。観察するには好機だ。



「それでさー、彼氏がこう言ったの。『うぎぃぃ!?』って!ほんと情けない声でさー爆笑もしたけど同時に引いたね。ガムテープで毛ぇ抜いただけなのにさぁウケる!」


「男子ってたまに本当に情けないわよね。女子の前では変に格好つけちゃってさ。こっち側からしたらただただダサいだけなのが分からないのかしら」


「でも、男の子はいつだって格好つけたいんだと思うわよ。特に好きな女の子の前だとね。そういうところは私は尊重するわよ。まぁ、度合いにもよるけど…………」


「おっと妙に説得力のある言葉。まぁ城明さん超美人だしね、色んな男に声掛けまくれるでしょー?その度に面倒くさそうな男の相手しなくちゃいけなくて大変だね」


「ははは………」


「そういえば、少し前まで柳っていう城明さんと同じくらいの美人がいたんだけど、あの人は城明さんみたいにそんなに声掛けられなかったらしいよ」


「そうなの?」


「まぁあの子、結構頭ちゃらんぽらんだったから。昔は割とまともで純情な子だって中学が同じだった人から聞いたのだけれど………何があったのかしらね」




 ……………………………………。べべべべべ、別に私はなっ何も柳に吹き込んでないよっよよよよおおよ!?強いて言うならば、あれとかこれとかそれとか(自主規制)とか(自主規制)とか数え出すとキリがねぇやめよぉ。


 今は集中しろ魔里。気配を殺し、存在感を消し、影を潜め、忍の如きただずまいで!それ普段と変わらないのでは………?




「そういえば、城明さんって彼氏とかいるの?」


「え!?い、いやいないわよ」


「嘘ぉ城明さんぐらいの美人なら男の三人や四人いてもおかしくないと思ったのに。マジ意外ー」


「いや、三人も四人もいたらマズいんじゃないかしら………?」


「うーん、あまり付き合うとか考えたことはないかな………。告白されたことは無くは無いけど………全部お断りしてるわ。私なんて、ただ迷惑をかけちゃうだけだもの。自信もないし」


「迷惑なんてかけても大丈夫だよ!城明さんの迷惑はむしろ野郎共にとってはご褒美じゃね?それ。もっと自信持ちなよ。なんなら私がいい男紹介してやろうか?」


「そもそも迷惑をかけない人間なんていないわよ。そういうのは迷惑をかけるというより、助けて貰うって言い方の方が好ましいわね、私的には。お互い様の精神ってやつよ」


「そうそう!さすが深いこと言う~!マジ深い!だからさ城明さんもさ、迷惑なんてあんまり――――




「――――駄目よ」



 瞬間、空気が文字通り凍り付いた。

 城明さんを中心に、鋭い刺のような冷気が迸(ほとばし)り周囲を凍てつかせる。たった、一言。彼女の内に潜む『何か』に触れてしまったのか、城明さんは声を低くして言った。


 それは怒っているように見えて、また怯えているようでもあった。まるで獣のように。




「誰かに迷惑を掛けることを良しとするなんて、絶対に間違ってるわ。男だとか、女だとか、そういう関係だとかって言葉を盾にして自分の非を都合良くするなんて。そんなの何だって関係ないわ」


「し、城明さん………?」


「二度とそんなこと言わないで。少なくとも私の目の前では」


「……………ご、ごめん」


「…………悪かったわ」




 二人は困惑しつつもペコリと頭を下げ謝罪する。それを見た城明さんは「分かればいいのよ」と言ってまたいつも通りのニコニコ顔に戻った。


 そして歓談は続く。何事もなかったように、全てを氷漬けにして水に流していく。けどそこには目には見えない、けど確かにそこに存在する透明な隔たりがうっすらと露見していた。


 その後の会話には些かのぎこちなさがある。二人とも軌道修正しようと、さっきのことは忘れて元に戻そうと努力しているが悲しいかなそれは無駄なことだ。割れたガラスは二度と元には戻らない。いくらボンドや米粒でくっつけようとも、決して本来の姿には帰れないのだ。




「城明ー、ちょっといいかー。手伝って欲しい事があるんだがー」




 と、突然担任が現れた。相変わらずの気力の無い声で城明さんの名を呼ぶ。はい、と返事した城明さんは笑顔を絶やさないまま担任の元へ向かおうと席を立つ。



「それじゃあ」


「うん。じゃあねぇ」


「いってらっしゃい」



 軽く手を振って別れの挨拶を済ます。残された二人は最後まで城明さんの背中を眺めていた。

 と、城明さんが出ていったタイミングでギャルっぽいほうの

女子が呟く。



「まさかあんなに怒られるとは思わなかったなぁ………なんかこう、ブルッと来たよね。冷気がパチパチって!」


「その擬音語が適切かどうかはさておき、確かにそうね。背筋が凍るようか思いだったわ………。何か彼女の地雷を踏んでしまったのかしら………反省だわ」


「だねー」


「ちょっと失礼」


「え?き、き………木佐々木さん?」



 だから如月だっちゅーの。まぁ別に覚えて貰わなくてもいいが。いやそんなことより、すぐに確かめたい事があるんだよ。        

 私はペタペタと城明さんの席の椅子と机を触り始める。横二人が気味悪そうに見てるが気にしない気にしなーい。



「…………やっぱ冷たい」




 思った通り、彼女のいた周囲は普通では考えられないほど冷たくなっていた。例えるなら冬場の金属類ぐらい。ジーンと皮膚の熱が奪われていく。



「…………………………」




 彼女を追うべく廊下を出たが、もう既に彼女の姿は無かった。





######






「城明さん、ちょっと頼めるかしら」

「城明さん!宿題写させて!」

「城明、手伝ってくれないか?」

「城明ー、これを里野のやつに渡しといてくれないか?」

「城明―――」「城明―――」「城明さーん――――」「城明くん―――」「城明殿――――」



「はい!」




 ○月☆日。



 正直見ててあまり気持ちのいいものではない。憤(いきどお)りさえ覚えてくるようなこの光景をどう言い表せばいいのだろう。私流に一言で言うならば、『どっちもどっち』と言ったところか。


 城明さんはご存じの通り、容姿端麗才色兼備温厚篤実の柳並みのパーフェクト女子。(運動は無理な模様)大抵の事は難なくこなしてしまう。したがって、城明さんを頼る人間は続々湧いてくる。まるで光源に集まる虫みたいだ。


 生徒だけならともかく、その人当たりの良さに漬け込んで教師陣までもが城明さんに頼る始末。大人として恥ずかしくないんか貴様ら。



 そして一番の問題は城明さんそのものだ。どこの奴かも分からん輩達の頼み事を嫌がるどころか、むしろ頼られているのが嬉しそうに快く引き受けている。



 私から言わせれば両者ともに全くもって理解不能だ。虫唾が時速150キロプロ野球選手の投球並みの速さで走るね。別に他人に頼るなとは言わないが、はたしてあの中に城明さんの負担を考えている人はどれだけいるのだろうか。城明さん自身は己の病弱な体に対する負荷を把握しているのだろうか。



「すみませーん。城明白亜(しろあけしろあ)さんっていますかー?」


「私が城明です。私に何か用でしょうか?」


「あ、あなたが噂の城明さんねー!ちょっといいかな、―――」



 またしても彼女の名が呼ばれた。もう何度『城明さん』という単語を聞いただろうか。というかあいつは誰だ…………あ、生徒会の人では、あれ。見覚えがある。

 恐らくは城明さんの有能さを聞きつけてスカウトにでもしに来たのだろう。そういやもうすぐ生徒会選挙の季節だ。是非とも彼女には生徒会の一員となって、馬車馬の如く働いてもらいたいのだろう。



「…………………はぁ」



 自分の問題ではないのに、何故かため息が出てしまった。何だろう………苛立たしいのか……はたまた憐れんでいるのか………それとも――――。



 そんな感情を一日中抱きながら、私は今日も今日とて魔力排出に励んでいたのだった。

 


 

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