日本編4  モーニング・ラーニング?



 カチッ。


 時計の針が午前4時の位置を指す。トーストから飛び出してくる食パンのように、私の体は覚醒する。その後にゆっくりと意識が戻り始める。


 ここ二週間くらい、ずっとこの時間帯に起きていたせいか、自然と体がこの時間帯に起きることを学習してしまった。お陰で頭は置いてけぼりである。待って体!ピストルはまだ鳴ってないわ!フライングは反則よ!



 パシャリと軽く顔を冷水で洗い、寝惚けた頭を元に戻す。パジャマを適当にそこら辺に置き、ジャージに着替える。

 あれ、これ昨日洗濯したっけ。ちょっと汗臭いな………帰ったら絶対シャワー入ろ。


 ジャージから漂う不愉快な臭いを気にしつつ、玄関を出る。


 ドアを開けると閑散とした街の風景が広がる。車が走る音も、犬の鳴き声も、小鳥のさえずりさえも聞こえない。まだみんな、自身の床(とこ)で眠っている。

 こんな時間に起きてる私がおかしいんですよハハハ……。



「―――さて」



 玄関を出た外の景色の向こう。静かでのどかな風景の奥からは、平和のへの字もない物騒なクナイ1、2、3………総本10本!続けて放たれる。


 ぐっと目に力を入れて、それらを一つずつ華麗に回避!回避!回避!回避!うわあぶねっ!回避!


 賃貸アパート住宅の玄関ドアがダーツの的みたいになってしまっても、まだ異常事態は終わらない。最後にクナイなんかちっぽけに見えるほどの凶器が突っ込んでくる。


 火を吹かしながら一直線に標的に向かって飛ぶ筒状の爆破型破壊兵器ってなーんだ?うんそうだねミサイルだねほんと意味分かんない。



「念動力(サイコキネシス)…………!!」



 手の平をミサイルに向けてかざし、私に秘められた異能―――超能力、念動力(サイコキネシス)でミサイルの動きを固定する。

 


「ぐぬぬぬぬ………」



 かったいジャムの蓋を開けるように踏ん張りながら、少しずつ少しずつミサイルの向きを上向きにしていく。ミサイルの先っぽが、まだ薄暗い夜空を向いたと同時に念動力(サイコキネシス)解除する。



 しゅうううぅぅーーーー、ドッカーーん!!



 上空に見える光を確認して後、重たい嘆息を吐いた。この通り、最近は理不尽にも飛来するミサイルからアパートとアパートの住民の命の危機を救うことが日課です。


 やだ、私なろう主人公にでもなった気分!毎日が勇者体験!   



「おはようさんそしてお疲れ。じゃあ走ろっか」


「…………あの、マーリンさん。一ついいですか?かなり真面目な話なんですけど……」


「ん?どうした?もしかしてお腹痛いのか?ビオフ○ルミン飲む?」


「違ぇよ!なんで毎朝毎朝、こんな私の命どころか周りの人の命まで危険に晒すようなデンジャラス訓練をしなくちゃいけねぇんだってことですよ!!意味あるんですかこれ!」


「んー?」



 不思議そうにきょとんと首を傾げるマーリンさん。

 なんで分かんねぇんだよこの人あとその仕草わざとっぽくて腹立つからやめろ!



「言っただろ、これは瞬発力を鍛える訓練だって。魔法使いにとって大切なのは、魔力量や知識だけじゃねぇ。戦闘にしても、儀式にしても、ポーション作りにしても、一瞬の隙を決して逃がさない判断力と瞬発力が大切なんだ」


「じゃあ最後のミサイルはいったい………」


「それはほら、お前の超能力(ダメのうりょく)を鍛えてやってるんだ。今は確かに便利どころかむしろ有害にすらなり得るクソ能力だが、使いこなせれば必ず将来役に立つ。何回も繰り返し練習すれば、今みたいにミサイルを止めたり方向を転換させたりできるだろ?」



 やり方に不満が積もるが、確かに念動力(サイコキネシス)の正確性は上がった。始めは止めるどころかその場で爆発させたり(マーリンさんが処分しました)、止めれたとしても、明後日の方向へいってしまうこともしばしば(マーリンさんが処分しました)。


 けど、繰り返し毎朝毎朝こんなことをしてるお陰か、ある程度は念動力(サイコキネシス)を使いこなせるようになった。そこは感謝している。



「けどミサイルはないだろミサイルは…………次から場所変えましょうよあと……」


「命の危険の危険を感じる時ほど、人間って成長する生き物よね………というわけで次からはもっと厳しいメニューでいくからシクヨロ!」


「いつか殺す殺そう殺しましょう…………」



 我が念動力(サイコキネシス)で内側から捻り切り殺してやろう!貴様自身が育てた弟子の超能力(ちから)でなぁ!フハハハハ!

 そして当たり前のように再生するんですね分かります化け物めぇ………。


 というか、これ以上厳しいトレーニングってどんなだよ。地獄のサバイバル訓練でもするんか。



「それもありだな………魔界の中でも過酷と言われr


「あぁもういい喋らないでくださいそれ以上喋ると口を縫い合わせますよ」


「むー」



 不満そうに口を尖らせるマーリンさん。不満なのはこっちなんですけどねぇ!?



「あ」



 と、ここで私は今更ながらとある疑問を抱いた。



「マーリンさん。最後のあのミサイルってどこで入手したんですか?」



 マーリンさんは国籍もなければパスポートも財産も無い天下不滅の犯罪者無一文だったはずだ。だというのに、どうして小型とはいえミサイルなんて物騒な物を手に入れられるのだろうか。

 ここ日本だぜ?例え闇市場的なのがあったとしてもミサイルはねぇだろ普通。いや、日本じゃなくてもねぇか。



「あれは『写世(うつしよ)』っていう魔法で作った、いわば魔力の塊で作った限りなく本物と同じ性能をした偽物だ」


「『写世(うつしよ)』?偽物?」


「『写世(うつしよ)』は近代に開発された比較的新しい魔法でな。機械であれ武器であれ、物というものにはそれらを構築している物質・形・手順が存在する。それらを一から作り出すのではなく、自己のイメージから魔力でレプリカを作り出すのが『写世』っていう魔法だ」



 そう言って、マーリンさんは虚空から一本のクナイを生み出して見せる。そのクナイはどこをどう見ても本物のクナイであり、質量があり、金属特有のツルッとした触感もある。

 

 しかし、彼女はこれを偽物だという。にわかには信じ難い話だ。


「しかしな、この魔法はちょっと、いやめっちゃ欠点があるんだが………」


「欠点?」



 クナイをクルクルと回しながら、憎らしそうに言う。   



「まず、燃費が悪い。まず作り出すのに大量の魔力を喰い、それを維持するのにも魔力を喰うし、また性能を向上させるにも魔力を喰う。存在しないものを質量保存の法則を無視し無理矢理作り出して、またそれを維持して使うわけだからな。さっきのクナイ一本作り出すのに、並の魔法使いなら魔力が空っぽになっちまう」


「でも、マーリンさんは何本も作ってたじゃないですか」


「ばーか私そこら辺のやつらじゃレベルが違うんだよレベルが。クナイ程度の簡単な構造してるやつなら、それこそ何百本と作り出してやる。一流の魔法使いが百人いたって私の魔力量には敵わないよ。とは言っても、ミサイルはさすがに疲れるがね」



 と言うわりには随分と余裕がありそうに見えるが………。しかし、そこまで燃費が悪いと一回一回『写世』するのは効率が悪いな………本物が一個さえあればそれで済む話だ。



「そういえば前お爺ちゃんの家に行ったとき、色んなミサイルやら銃やらが置いてあったな………」


「え、何それ怖い」


「そういう人なんですよあの異常者(マッドサイエンティスト)。まぁ自分の孫の脳を容赦なく弄くったり、なんなら自分の体を滅茶苦茶に改造するいかれポンチですからね。軍隊も持ってないような兵器とかいっぱい持ってますよ多分」


「ふーん………そうなの………ふーん」



 ドン引きしつつも、ニヤリと不適な笑みを浮かべるマーリンさん。こいつ、何か嫌なことを考えてないか………主に私に対しての。



「ねぇ、そのお爺ちゃんの家ってどこにあるか教えてくれない?」


「ぜっっっっったいに教えません!!!」





######





 朝のランニングを終えシャワーで汗を流し、マーリンさんが作ってくれた朝食を食べる。外国人の癖に、米と焼き魚漬物に味噌汁と、とても和風な献立。しかも美味しい。

 トースト一枚とジャムだけで過ごしてきた私には朝からこの量はしんどいが、しっかりとよく噛んで食べる。


 

 変に家庭的だよなこの人。料理もできるし、私が学校でいない間は掃除や洗濯などの家事もしてくれる。まぁ居候させてもらってるのだから、これくらいはするのか。



 朝食を食べ終え制服に着替えた後、登校時間になるまで暇を持て余していた。アニメを見るにしてもちょっと時間が足りないし、スマホは都合の悪いことに充電が無い。勉強はしたくない。


 ぼけーっと腑抜けた顔をしながら、天井を見上げていた。真っ白い天井にはシミ一つない。古くて安い家賃の割には中々清潔感を保っている。

 きっと前住んでいた人が丁寧に使ってたんだろうなぁ、と歴代住人に深々と感謝する。


 …………そういえば真っ白いで城明さんのことを思い出した。結局彼女は何者だったんだろうか。確かにこの目で、彼女から獣の耳と尻尾が生えるのを見た。

 しかし本人は否定するどころか認知さえしていない。やは

り私の見間違いだったんだろうか………いや、けどなー………。


 否定しきれない自分がいる。例え尻尾と耳が見間違いであろうと、彼女にはきっと何かがある。

 

 城明白亜(しろあけしろあ)という人間から発せられる謎に満ちた寒気。たった数秒触れただけで、手をしもやけにしてしまう程の異常な低体温。日光が照らす夏の大地を凍らせる異能。まず普通の人間ではあり得ない。


あれもこれも私が勘違いしているのかもしれないが………やはりマーリンさんに相談すべきか…………。



「マーリンさん、ちょっとい…………何してるんですか?」


「ん?何って、少し準備をな。まぁその準備もたった今終わるところだが」



 どこからともなく姿を現したホワイトボードにつらつらと黒ペンで文字を書き連ねるマーリンさん。だからどこから出してんだよそれ四次元ポケットでも持ってるんか!?


 というか、全く気付かなかった………そんなに考え込んでたか私。



「よしおっけ。弟子二号よ、今から暇を持て余してぼけーっと間抜けな顔で天井を見ているお前に学生らしく授業を受けてもらう。ノートとペンを取り出しなさい」


「え!?突然なんですか……?」


「いいから早く早く!」



 マーリンさんの勢いに押されるがままに、ペンとノートを用事する。

 ホワイトボードに目を向けると、そこには『魔力操作について』と書かれた太文字とその下に箇条書きで書かれた文字列。それによく数学でも理科でも見たこと無いような図式や小学生並の絵心で描かれた謎の絵。


 もうとにかく面倒くさそうな予感しかしねぇ………。



「あの、マーリンさん突然なんですかこれ………」


「今朝『写世(うつしよ)』の話をして考えてな。そろそろ魔法について教えておこうと思って。もう走ったりするのは飽きてきただろ?」


「マジですか………!!」



 私の目が輝いた。魔法を教えて貰えることじゃない、あの地獄ランニングから解放されることに喜びを感じている。


 まるでブラック企業をついに退職できた社畜のような、歌でも一つ歌いたくなるようないい気分だぁ!んんっんー!

 


「まぁ朝のランニングは続けて貰うけどな」


「ちぃぃッッ!!!」


「スゴイ舌打ちだなぁ。………こほん、とにかく。今から魔法について教える。えー魔法とは―――」



 すると、マーリンさんは指し棒をくいっと伸ばしホワイトボードの文字を指す。いつものおちゃらけた雰囲気からは一転、師匠モードだ。いつもこのくらい真面目だといいんだけどなぁ……。




「魔法とは、一般に魔力をエネルギーとして様々な事象を引き起こす技術のことを指す。魔力とは生命が生み出す生命エネルギーのことで、これらは運動したり考えたりするのにも使用される。魔力は常に体内で生産と放出を繰り返していて、体内には目には見えない魔力の貯蔵庫がある。ここまでは分かるな?」


「はい」


「よし、本題はここからだ。魔法というのは魔力の組み合わせ、いわば数学や理科の式のようなものを作ることによって初めて完成するんだ。体内で完成させた式を外に出して、初めて魔法を使ったいうことになるんだ」


「ふむふむ」



 カキカキとマーリンさんの言うことをノートに記録する。つまり魔法ってのは魔力によって構成される数式や化学式のようなものってことだな。

 ふっ、万年数学平均点が30点前後の私にはキツい話だぜまったく。あれ、詰んでね?



「そう難しく考えるな。中学範囲の数学と理科ができていれば大抵は飲み込めるぞ」  


「いやいやマーリンさん、私を甘く見ないで下さいよ。中学生の時の通知表はずっと数学理科は2以下でしたから!!」


「そこ自慢げに言うことじゃないよね。むしろ恥じろアホ弟子」



 け、けど国語と社会は高成績だったから!英語?知らん誰だそいつはふーあーゆー?



「こほん、話を戻すか。魔力による式、なんだから当然魔力にはそれぞれ違った特性を持つ種類が複数ある。『赤』・『青』・『黄』・『緑』・『紫』・『白』・『黒』の七種類。それらの足し引きかけ算割り算などの要領で式を組み立てるんだ。一つ一つについて話してるときりが無いから今回は省くが………そーだな。例えば、爆発を起こしたかったら、熱の性質を持つ『赤』と、物質の三態と深く関わる『青』と、強弱などの加減に関わる『黄』を混ぜると爆発という事象を引き起こすことができる。こんな感じ」


「はいはい」



 なるほど、分からん。

 珍しく真剣に話を聞いているつもりだが、全くもって内容が頭に入ってこない。いや、入ってはきているのだが理解できない。

 魔力にも種類があると言うが、まず私は魔力を動かしたことも外に出したこともないのだ。存在については知っているが、感覚としてはまだ漠然としている状態だ。

  



「まぁお前の疑問は最もだろう。だから今回は魔法を発動させるための大前提、『魔力操作』と『魔力放出』について学んでもらう。ついでに実践もな」


「魔力操作?放出?」


「名前の通りだ。まず魔力は普通に生活していたら意図的に操作する必要は無い。生物としての機能が勝手に動かしてくれるからな。自分で自分の血液の流れをコントロールはできないだろ?それと同じだ。

 だが魔力は血液と違って、やろうと思えば自分の意思で操作することが可能だ。魔力は魔力を貯める貯蔵庫、主に脳や脊髄辺りに存在する『魔力核』と意識を直接接続することによって魔力のコントロールが可能になるんだ」


「その、魔力核への接続ってのはどうやってやるんですか?」


「それだがな………」



 するとマーリンさんはポリポリと頬を掻き、言葉に詰まったような困った表情をする。ブツブツと小言を呟いた後に、申し訳なさそうにこちらを見て、



「魔力核への接続ってのは、ほとんど本人の勘に頼るしかないんだよな………第六感(シックスセンス)ってやつ?」


「はぁぁぁぁ!?!?そそそそんなの完全に運ゲーじゃないですか!私にそのセンスが無かったらどうするんですか!?ふざけんな何が練習すれば誰でもできるだ!またしても騙したなこの魔女め!」

 

「落ち着け落ち着け!まだお前にセンスが無いだなんて言ってないだろうが。すぐに感情的になるのはお前の悪い癖だぞ、もうちょっと物事を冷静に考えろ」


「むむむ…………ごめんなさい」

  

「分かればいいんだ」



 高校生にもなって、恥ずかしい。昔から家族にも柳にも言われてきたことをついにマーリンさんにも言われてしまった。自分でも自重しようとは思っているのだが………


 いやいや、それは後で考えよう。今はマーリンさんの話を聞くべきだ。



「第六感(シックスセンス)とは言っても、やり続けていれば魔力核にはいずれ到達する。別に途方もくれるような作業じゃない。数日前掛ければ誰でもできるさ。そんでこっからはその先の魔力放出についてなんだが―――――」



 そんなこんなで、登校時間ギリギリまでマーリンさんの授業は続いた。お陰で遅刻しそうになった。 








   

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