日本編3  尻尾?耳?ヒンヤリ?病弱?



 キーンコーンカーンコーン。


 4限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。体操服のジャージから制服に着替え、もとの教室へ戻る。かと思いきやすぐさま退散。マーリンさんから持たされた弁当を持って外へ出る。


 中庭の隅っこ。人がいないどころか太陽の光すら入らないこの空間はボッチの私としては絶好の昼ご飯スポットだ。教室は割とガヤガヤしててうるさいし、かといって建物内の広間や屋上にも人はいる。便所飯はなんか嫌だ。


 そこで私がこの学校生活の中で見つけ出したこの場所は私にとって聖地であり縄張りなのだ。

 しかも、暑い夏には最適のこの涼しさ!体育で火照った体を氷水で冷やしたウイスキーの如く、ひんやりさせていきますかね。


 ここにはヤンキーもいなければ私以外のボッチもいない。頭をぶち抜かれても生き返る魔法使いもいないし、ペストマスク被った怪しい集団もいない。ましてや噂の美少女転校生がいるなんてわけもなく――――



「んんーーあぁーー………ひんやりしてるぅ……気持ちいい……」


「……………………」



 

 いたわ。しかも今一番出会いたくない人間が、私の縄張りに土足でずかずかと入り込んでやがるわ。


 蝉のように地面のコンクリートにひっついている彼女―――城明白亜(しろあけしろあ)は、ふにゃんと表情を緩ませている。


 そんなに気持ちいいのだろうか………というか私がいることに気付いていないのか?そもそも、何故彼女がここにいるのだ。さっきまでクラスメイトに昼食を一緒に食べよう食べよう食べさせてあげようって集られてただろうが。


 一人でこの秘境を探し当てたのなら、中々やるなと褒めてやりたいところだが今はそんなこと言っている場合ではない。この状況では私が安心して昼ご飯を食べれないだろうが。朝のランニングで結構お腹空いてるんだって。



 しかし城明さんは私の心情など気付きもせず自分の世界に入り浸っている。ごろんと冷たいコンクリートに寝そべったまんま一回転、うつ伏せになる。 



「日本あつーい……教室あつーい……なんでクーラーないのよあの教室。あんなところにずっといたら溶けちゃうわ………でも、クラスのみんなには悪いことしちゃったかしら。こっそり抜け出してきちゃったのだけれど………このくらいなら大丈夫よね」


「…………………あn


「ここは素晴らしいわ。とても涼しくてひんやりしてる………数日前のあの大地が思い出されるわ。んーけどまだ足りないわね……。そうだ!」


「あの、城明さn


「よいしょっと」


 

 城明さんはキョロキョロと周りを見渡し、誰もいないことを確認すると、バサリとブレザーを脱ぎTシャツのボタンを一つずつ外していった。


 ちょ…………………は?


 え、なんで脱ぎ出してんのこの人。私いるのになんで気付かねぇんだよ!?そんなに影薄いかなー私!?影薄すぎて昔出席確認の時名前呼ばれて返事したのに『あれ?今日如月休みか』って言われたことあるけど!!まだ許してねぇからなあの時の担任の田中!!



 声を掛けていいのか悪いのか分からずわたわたしていると、いつの間にか彼女の脱衣は完了していた。上だけ下着姿の城明さんはぺたりとコンクリートに寝そべる。



「んんーーさいっこう!癒されるわ………気持ちいい……!」



 天国の温泉にでも浸かっているかのように顔が緩んでいる。やだ、本日二度目の可愛い………耳とか尻尾とか見えてきそうだわ。


「………………ん?」


 ―――と、その時。私の視界に妙な物が映った。彼女の腰辺りから生えている毛だまり。そして、頭部でぴょこぴょこっと動く何か。


 目を疑った。何回も、目が摩擦熱で燃えるんじゃないかと思うくらい目を擦り、見て、驚愕する。間違いない。あれは――――、



「尻尾と耳………?」



 比喩表現かと思ったらマジだった。いやいやいやいやいや、あり得ないだろ!?人工超能力者の私が言うのもなんだが、突然人体から獣の尻尾と耳が生えるのはおかしい。

 ホログラムや機械でも何でもない。これは確かに生物的な物だ。触って確かめた訳ではないが、見た目や動きからして本物の、マジのやつだ。



 信じられない光景に、思わず一歩足を引く。―――と、そこの神のイタズラか悪魔の罠かマーリンさんの嫌がらせか。足の先には大きめの石があり、グラついて派手に転倒してしまった。



「うわえ!?」

 

「!?。誰ッ!?」

 

「あーいや別に誰もいませんよ何も見てないし何もしてないし私悪くないしといえか私に気付かない上に脱ぎ始めるあなたが悪いというかあぁぁぁー!」



 はっ!いかんいかん。こういう場合は変に動揺せずに冷静に弁明するのが鉄則!前見た痴漢冤罪を受けたおじさんを思い出せ、クールだクール……。


 と、私が話を切り出す前に先手を打たれた。


「…………き、如月さん?み、見てた?」


「え…………まぁ、ばっちり」


「い、いつから?」


「脱ぎ始める前くらいから………」  


「――――――!?!?」



 城明さんはカァァァっとリンゴのように顔を赤くし、口をパクパクさせ茫然自失となるしかなかった。30秒以上、沈黙。恐らく私史上最も長く感じた30秒だったと思う。


 はっ!と我に返った城明さんは急いで服を着直し、ドバッとその場から逃げ出す。  



「ちょ、待って!」


「ごめんなさいさっき見たのは全部忘れてちょうだい!如月さんは悪くないから!全部私があんなところで脱いでたのが悪いの!」


「いや、そこはどうでもいいんだけど!その耳と尻尾について聞きたいんだけど!」



 あの耳と尻尾は明らかに普通じゃない。気のせいだと思いたいが、あんなに鮮明に見せられたら本物だと信じざるを得ない。



 彼女は色々と不思議な点が多かった。彼女が教室に入ってきた途端、直前まで夏の暑さに支配されていた教室の気温が一気に下がった。

 彼女に握られた手もそうだ。単に彼女の手が冷たかっただけかもしれないが、しもやけになるほど人体は冷たくない。死体だってここまでじゃないぞ。

 グラウンドの土もそうだ。彼女いた周辺の土は凍っており、霜柱があちらこちらにできていた。



「……………あれは」



 もしかしたら魔法かもしれない。マーリンさんが使ってたような派手な魔法ではないが、超常現象であることは間違いない。

 本人に直接聞き出して真実を確かめなければ。もし本当に魔法関連ならば、あのペストマスク共に彼女も狙われる。みすみす彼女に迫る危険を見過ごすほど私も薄情じゃない。



 ダッ!とお弁当を抱えながら彼女を追い掛ける。



「城明さん待って!話を………!」


「なんでついてくるの!?お願いだからさっきのは忘れてぇ!」


「そこはどうでもいいんだけど!」


「どうでもいいならなんでついて来るのよぉ!」


「あなたの尻尾と耳について聞きたい!他にもあるんだけど……とにかく止まってください!」


「し、尻尾……?耳……?なんの話?」


「なっ……………!?」



 気付いていないのか………?自分の体のことについて、魔法について知らない?いや、知らないふりをしているだけかもしれない。けど何故知らないふりをする必要がある?


 あぁぁもう考えれば考えるほど分かんなくなるなぁ!とにかく無理矢理聞き出すしかないか。脳筋万歳!



「――――あ、」


「え?」


 と、その時。

 城明さんの体勢がグラついた。顔色が一気に悪くなり、体調の悪そうな汗をだらだらとかきはじめる。呼吸が荒くなるどころか、呼吸する度に苦痛を味わうような表情。肺は詰まり、手足は震え、吐き気がこみ上げる。



「―――うっ、はぁ」




 なんとか口を塞ぐが、もう手遅れ。口から吐出物を出し、顔色は一層悪くなる。ぷつりと糸が切れたマリオネットみたいに体が倒れる。

 しかも倒れる先は硬い硬いアスファルトの地面。気を失った彼女が受け身をとれる訳もなく、頭と地面がごっつんごする未来が見える。大怪我、下手したらあの世行きに繋がりかねない。



「―――っ!」



 考えてる暇はなかった。迷ってる暇も躊躇する暇も、そんなのは無駄な時間だ。即刻破棄しろ。今やるべきことは一つ、



「瞬間移動(テレポート)ォォォ!!!」



 たった数メートル。されど数メートル。精密な脳の操作など完全に無視した勢い任せの愚行。だが土壇場にこそ真価を発揮するタイプなのか、正確な空間の跳躍に成功。彼女の頭蓋が割れる前に彼女を両手で支えた。




「はぁ、はぁ、はぁ、とりあえず成功………!このクソ能力がこんなに役に立つとは。…………で、どうしようか。とりあえず保健室運ぶか」





######



 冷たい、冷たい、冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい。


 熱は軒並み奪われて、色にも温もりはなく、体温はもはや無意味で、ただ一色に染まっている。


 白。


 私はこの色が嫌いだ。だって、何もない。一人寂しくて、何者にも成れず、何処へ行っても向かっても、目指すべき色はない。永遠にゴールの見えない場所を彷徨うのは、きっと何事にも耐え難い苦痛だ。


 

 温かい食事があって、快適な暖房もあって、お母さんの胸の温もりも、お父さんの手の平の温かみもあって、看護師さんやお医者さんの優しい言葉もあるのに。


 満たされない。寒い。依然と冷たいまま、熱は虚無へ溶け出していく。


 嗚呼、どうしてこんなにも私の心は冷たいの?


 

 ――――全ては白い獣・・・が奪い去って行く


 

######

城明視点



 

「―――んっ」


 

 目覚めてまず感じたのは嫌気がさすほどの倦怠感。何度味わっても慣れることはなく、むしろ回数を重ねる度に酷くなっていってる気がする。


 ギシギシと、使い古された硬いベッドから起き上がる。四方には白いカーテン。閉鎖された空間。昔のことを思い出して、体温が下がる・・・・・・


 

「やっと起きたっスか、先輩?」



 どこからともなく、声変わりする前の男の子みたいな声が聞こえる。声の主はシャー、と人の許可なく雑にカーテンを開けた。


 カーテンを開けたのは薄い赤髪の………少女?ヘッドホンを耳につけず首に掛けて、片耳には涙のようなデザインのピアスが三つ。


 上は男子制服なのに、下は女子のスカートをはいているという、どっちなの?と疑問に思う奇天烈な服装。顔はどう見ても女の子なのに、声や仕草はどうも男子に近い雰囲気で、見てるだけで違和感がすごい。


 それはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべると、私に話しかけてきた。



「随分と長く寝てましたね。呼吸も小さいし、なんか冷たかったから死んじゃったのかと思ったスよぉ!たははは!」


「あ、あなたは………?」


「ん?自分はそうっスねぇ……えーこほん。本校サボり魔筆頭、保健室の主、1年生のド底辺にして、ネトゲの棟梁にして猛者のゴミ陰キャ!親泣かせ友泣かせその他泣かせのろくでなし………ミステリアス系小悪魔後輩とでも思ってください☆」


「は、はぁ………………」



 何だかノリについていけないわ………。

 こちらは困惑顔なのに、あちらはむしろ楽しそうにケタケタと笑っているのがより一層不気味さを感じさせる。



「えと、ここは?」


「んー?さっきも言った通り自分は保健室の主。その自分がいるんですから、保健室に決まってるじゃないすかー。鈍いっスね先輩ー?」


「保健室………」



 いつの間に倒れてしまったのだろうか。直前のことがあまり思い出せない。けど、すごく気持ち悪くなって、全身が私の物じゃなくなったみたいに動けなくなるあの感覚だけは今も鮮明に覚えている。


 誰かと話していたような……距離を離していたというか……。


 

「私……どのくらい気を失っていたのかしら」


「さぁ?まぁでも今は夕方の5時で、運ばれてきたのがお昼ごろだから、4時間くらいじゃないスかね?」


「夕、方?」



 私と彼(彼女?)しかいない閑散とした教室には、綺麗な赤い陽光が差し込んでいる。時計の針はもう既に午後5時まで回っており、かなりの時間が過ぎていることを示唆していた。



「………また、誰かに迷惑を」



 とにかく、結果的に私はまた・・倒れてしまった。今度からはもう誰にも心配をかけないようにと、みんなと同じ側にいようと、そう決意したばかりなのに。

 


「ねぇ、あなた。私がここにいるってことは、誰かが私を運んでくれたってことよね。誰か分かる?」


「まぁ、分かるっスよ。それ知ってどうするんスか?」


「どうするって、お礼をするに決まってるでしょう。それと――――」


「それと?」


「いや、何でもないわ。それで、一体誰なの?」


「んー……まぁ学校を出てみれば分かるんじゃないスかね?」


「そう、ありがとう」



 ベッドを飛び出し保健室を出る。彼(彼女?)は最後までニマニマと笑っていた。このあと何が起こるのか全て把握して、私のリアクションを期待しているかのようだった。




#####


如月視点



 トントン。


 トントントントン。


 トントントントントントントントントントントントントントントントントントン!



「…………まだかなぁ」



 足踏みしすぎて足首が痛い。自業自得じゃねぇか!

 城明さんが倒れてから数時間。保健室まで運ぶと、担任が喉にトゲが刺さったように慌てた表情で様子を見に来た。


 私は担任に、城明さんの体調不良について尋ねた。少し走っただけで、あんな顔色を悪くして吐き、気を失うなんて異常だ。

 


「しかし………まさか、とても体が病弱だったとは」



 詳しい内容については担任は口に出さなかったが、相当重い病気だそうだ。死にはしない。しかし、基本的には病院のベッドで一日の大半を過ごすような、外で遊んだり、友達と馬鹿騒ぎしたりなんて生活とは程遠い日常を送らざるを得なかったそうだ。


 今になって、外で動いてもなんともなくなる位には回復したらしい。―――が、慣れない環境でのストレス、大勢の人間、強い日射しと暑さ、突然のダッシュ。


 これらが重なり、なんと登校初日にして持病が発現し倒れ込んでしまったそうだ。


 決定打になったのは、私に謎行動を見られ気が動転しパニック状態で走り回ったことだそうだ。



 …………あれ、私が悪いのか?

 いやいやあれは不可抗力だって。ヒロインのお風呂タイムを偶然目撃してしまって、『キャー○○くんのエッチー!』とか言ってビンタされる位不可抗力かつ理不尽だって。



「如月さん?」


「――――あ、」



 と、校門を出た彼女と目が合う。目と目があって、初めてじっくりと互いの顔を見る。雪の結晶のように整った美しい顔は、女の私でも遂見惚れてしまう。


 

「ごめんなさい!」


「う、うえっ!?」



 ぶん!と勢いよく頭を下げて、謝罪の意を示す。突拍子のない行動に驚き、一歩引き下がってしまった。彼女は顔を上げると、涙目で訴え始めた。



「如月さんよね、私を保健室まで運んでくれたの」


「そ、そうですけど………」


「あなたの顔を見て思い出したわ。………本当の本当にごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「いやいや、そんな謝ることじゃないよ。当然のことをしただけだし。それに、体が弱いならしょうがないよ。走り出してしまったのも、私があんなとこで出くわしちゃったのが悪いんだし」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。だから――――」



 なおも彼女は謝罪を続けた。その顔は、怯える子供のような、懺悔するような、憎むような、後悔するような表情を浮かべていた。そして、



「―――今日の事は、忘れてくれませんか」


「―――はい?」


「もう、誰にも迷惑をかけたくないんです。誰かと引き離されたくないんです。だから、今日のことは忘れていつも通りに私に接してください」


「ちょちょ、待って」


「気を遣わないでください。心配なんてしないでください。私を、あなた達と同じ場所に立たせてください………」


「……………」



 理由は分からない。きっと、彼女の言うことを聞くのは間違いだと思う。彼女のことを大切に思うなら、常に彼女の体を気遣い、手助けしてあげるべきだ。


 だが、



「分かりました。今日のことは忘れましょう」



 城明さんの言葉は本気(マジ)だった。そこには確固たる信念、決意があった。それを私は受け取らざるを得ない。



「しかし!最後に一つだけ聞かせてください」


「私でよければ、なんでも」


「………城明さん、あなたのその耳と尻尾についてです。あれは、何ですか?」


「…………?。ごめんなさい、何のことか分からないわ」


「んー、じゃあ魔法とかって信じますか?なんか変なペストマスク集団に襲われたーとか」


「??。ごめんなさい、私じゃ如月さんの力にはなれなさそう」



 やはり自覚なし………か。

 城明さんはきょとんと首を傾げ、ちょっと怪しい人でも見るかのような眼差しを向けている。


 やはり、私の見間違いだったのかな…………。


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