日本編2 冷えた夏
ギチギチギチギチ、ガチガチガチガチガチガチ、ミギミギミギミギ。最近こんな音が体の節々から鳴るようになったどうも如月魔里です。普通にヤバくね?全身筋肉痛ってレベルじゃないぞこれ。
初めてのモーニングランニングから5日経った。初日は疲れすぎて学校を休んだ。かと思ったら昼は結構な量の飯を食わされ、夕方はマーリンさん直伝の特別な体操(休み無し一時間コース)。夜はアニメ視聴やゲームもできずに8時間睡眠。次の日は全身筋肉痛でまた学校を休んだ。
一週間ごとに少しづつ量を増やしていくと満面の笑みで言われ、本当に少しなんだろうなと疑っているどうも如月魔里です。
今日も今日とて朝のランニングをし、学校に登校。ただいま自席で体力回復中です。
はぁ。他人を治せる超能力はあるくせに自分を治す超能力ないんだよなぁぁぁ。はぁー、つっかえ。更に追い打ちをかけるように、夏の太陽が私達を蒸し殺しにかかる。回復をする暇もない。
それはクラスメイト達も同様なようで、ノートや下敷きをうちわにして涼んだり、比較的ヒンヤリしてる床にひっついてる者もいる。
学校にいるだけなのに、休日出勤する社畜サラリーマンの如き疲労が襲いかかる………親戚の伯父さんの気持ちがよく分かったよ……だから私は働きません。働きたくないでござる!
「ねぇねぇ聞いた?今日転校生が来るって話」
「え、何それ初耳なんですけど」
「どんな人?どんな人!?イケメン、もしかしてイケメン!?イケメンなんだけど地味な眼鏡男でクラスでも目立たなくて、けど眼鏡を外すと恥ずかしそうに頬を染めながら『や、やめてください……』とか言ってくれる初心(うぶ)なタイプの美少年だったりする!?」
「いや、普通に女の子らしいけど………」
「けっ。ならいいや」
なんだあの人………しかもえらく限定的な男子だなそりゃあ。ボッチ特有のパッシブスキル、『聞き耳』をしていると教室内では今日転入してくる生徒の話で持ちきりだ。
何でも、帰国子女ってやつらしい。しかも割と凄いところの娘さんだとか。私からしたらどうせ関係なぞ築く機会はないだろうからどうでもいいがな。
男子は『可愛い子かなぁ』と胸に期待を膨らませ女子はキャアキャアと騒ぎ、中には『調子に乗ってたら虐めてやろうかしら』とか『近づいて利用出来るだけ利用してやろうくひひひ』とか考えてそうな顔をしているやつもいる。
ふえぇ女子怖いよぉ………。やっぱボッチは最高だな。面倒な人間関係も築かなくていいし魑魅魍魎(ちみもうりょう)とする女子社会を生き延びなくても済むからね!全人類ボッチになれば争いはなくなると思うんだ………人類ボッチ計画!
手を組んで某エヴァに出てきそうなおっさんのポーズをとり『くふふ……』とそれっぽいこと言っていると、教室の扉がガラガラと開いた。
どうやら担任が来たらしい。朝のホームルームの時間だ。
「朝のホームルームの時間だ。お前ら席につけぇ」
気力の抜けた中年の声が教室を駆ける。散り散りになってた生徒達はぞろぞろと自席に戻る。
朝のホームルームがきた。つまり、遂に転校生のお披露目である。どうでもいいと言ったものの、一ミリも興味がないわけじゃない。それなりに私もワクワクする。
新しいもの、知らない人というのはなんであれ、始めは興味が湧くものだ。どんな人なのかな、何が好きなのかな、趣味は合うかな、なんて。
しかし、どうせ関わりを持たないことが分かっているとそれはそれで虚しくなってくるな………。あれ、目からお汁粉が……。
「みんな分かっていると思うが、転校生を紹介する。入ってきなさい」
「はい」
続けてガラガラと教室のドアが開かれる。
瞬間、―――ゾッと。背中を駆け巡る寒気を感じた気がした。クーラーもないはずの教室が、一瞬にして不思議な寒冷に満たされる。
中に入ってきたのは、白鳥のように歪みのない純白。肌は透き通るように綺麗で、不健康そうに見えてその実、健康そのもの。
キリッとした赤い瞳。淡い唇。完璧と言っても過言じゃあないほどに整えられて顔立ち。それはもう、先日去った柳と同じくらいの美貌だった。
北海道の雪原の如き白の髪には、赤く長いリボンが飾られている。黒板の前に立ち、一文字一文字丁寧にチョークで刻む。
それだけなのに、とても絵になっていた。騒いでいたはずのクラスメイトはその一挙一動に、息を呑むを忘れ釘付けになった。それはもちろん私も例外ではない。
クルッと優雅にターンをし、天使のような微笑みで名乗る。
「城明白亜(しろあけしろあ)です。白亜(はくあ)じゃなくて白亜(しろあ)って読むから、間違えないでね」
「「「――――――んっっ」」」
おーっと今の百点満点中二千点くらいの笑顔がクラス全員の男子を悩殺ゥゥゥゥッ!!生き残りは誰一人としていません!虐殺、鏖殺、皆殺し!机とにらめっこしたまんまピクピクしています!無自覚で無慈悲な一撃が彼らを襲ったぁぁあ!!
こほん。茶番はこれくらいにしといて。
うわぁすっげぇ綺麗。柳も十二分に美人だったが彼女の美貌も負けてはいない。実際、男子は全てノックダウン。やましいことを考えていた怖い女子もほんのりと頬を赤らめている。なんなら他クラスの人間も彼女を人目見ようとうち教室に集まっている何してんだはよ帰れお前ら。
転校生が席に座り、担任がじゃじゃ馬共を追っ払ってひとまず落ち着いた。
「―――じゃ、朝のホームルーム終わり。あと3、4限目の体育はグラウンド集合な。それじゃ」
軽い一礼を終えて、カツンと担任が教室のドアを閉め切る音が鳴った途端、
「城明さんって何処から来たの?」「城明さん髪きれー!」「城明さんってあの城明財団の!?すごーい!」「学校を案内してあげるよ城明さん!」「城明さん今日一緒にランチとかどう?」「し、城明氏はアニメとか漫画とかに興味あるでござるか……でゅふふ」「城明さんめっちゃいい匂いする!!どんなシャンプー使ってるの?それとも体臭?」「あっ//城明さんッッ//激しっ、らめぇ!(←何もされてない)」「城明さんって彼氏とかいる!?」
「……………ははは」
案の定、凄い人集(ひとだか)りだ。人多すぎてお前ら押しくら饅頭でもしてんのか?暑苦しいったらありゃしないんだよ。
だが自然と暑くない。なんなら涼しいまである。さっきまで
蒸し器の中の小篭包のような気持ちだったのに、今ではすっかり快適だ。うちの教室にクーラーはないはずなんだけどなぁ。
ところで彼女―――城明白亜さんはというと、ニッコリ笑顔を絶やさず、かといってクラスメイトの質問攻めナンパ攻めを捌くことなく「ははは」とだけ言って切り抜けている。
なんか手慣れてんな。以前も何回かこういうことがあったのだろう。全く美人ってのは大変だな、しかも転校生って属性まであったら他人の興味を惹かない訳がない。
二次元だろうとリアルだろうと、美人転校生はハードな日常を過ごす運命にあるらしい。美人じゃなくてよかったー普通の顔でよかったー………あれ、目からコーンスープが……。
「…………お?」
だが、手慣れているとはいえ彼女の顔も少々引きつっているが分かった。気持ちは分かる。私だったら絶対逃げてるからねあんな人の数。
「えーと、みんなそろそろ授業始まっちゃうわよ?」
「いっけね!」「マジカ」「急げ急げ、一限目は面倒くさい源藤だぞ!」「じゃ城明さんまたね!」「アデュー、城明さん」
授業が始まることを指摘し、上手いこと状況を抜け出したようだ。クラスメイトは皆、彼女の席から逃げるように散り散りになった。
そしてチャイムがなり、面倒くさい、胡散臭い、臭い(度ストレート悪口)の源藤が教室に入り一限目が始まる。
「………ん?なんか寒くないか?」
ぶるっと体を震わせ、手で全身を擦りながらペンを手に取った。
#######
三限目の時間となった。今日この時間は体育、バトミントンの時間だぞ。
夏も終盤だと言うのに太陽は腹立つほどの熱を放ち、地球の嫌がらせかベストタイミングで無風のため外でやることになった。
ボッチ仲間のクラスメイト澤田さんとペアで体操を終わらせ、ラケットを手に取る。
バトミントンは基本的に自由。軽い素振りを終えると、後はしたい相手と一緒に試合形式で行う。こういう時、いつもなら柳とやっていたがもうここに柳はいない。必然的に余りとなり、隅っこでひたすら素振りを続けるだけの簡単なお仕事。
さて、暇だしボッチ特有のパッシブスキル『人間観察』を発動しますかね。もちろん今回のターゲットはこのお方、噂の美少女転校生城明さんでーす。
「城明さん、俺と組まない?」「私と組みましょう!」「いいや私と組むわよね?」「寝言は寝て言え!僕と組むに決まってるだろ!」「どけ、オレはお兄ちゃんだぞ!」
「えーと……みんな落ち着いて!」
わお、本日二度目の人集り。まさか登校初日にして学校の人気者の地位を築くとは。ふ、美しいって罪ね。私じゃないけど。
人の波が彼女に押し寄せ、あたふたと対処しきれずにいる。36度ある肉の波と空から照らす日光が合わさり、サウナの如き暑さがその空間を蒸す。
城明さんの目がぐるぐる巻きになり、クラクラと体勢を崩し始めた。こめかみに手を当て、苦しそうに息を荒げる。
………おい、あれマズイんじゃないのか。結構苦しそうだぞ。何故あいつらは彼女の様態の変化に気付かない。
……いや、気付けないの間違いか。あいつらは『自分と城明さんで組む』という自分勝手な願望に夢中になっている。そこに城明さんの気持ちはない。
普段だったらあいつらも気付けるようなことが、今は見えていない。一種の浮かれ状態に陥っている。このままではマズいか……。
私は素振りの手を止め、担任の下へ向かいあの状況を説明した。担任は慌ててピピーと笛を鳴らして解散させた。
その後の彼女の様子を見ていると、何やら担任と話をしていた。担任は心配そうな表情を浮かべるが、城明さんはそれを拒否するように首を横に振る。
ひとまずして、担任との話に決着が着いたのか、その後日陰の方に向かいストンと空気が抜けたように座った。………私の横に。
「…………………」
「…………………」
き、きまず………。別に会話するようなこともないし、話しかける理由もないから黙っているが、横に人気者のクラスメイトがいると少々落ち着かない。
一人で素振りする時っていうのは、なんかこう、救われてなくちゃいけないんだよ………。
そそそっと気付かれないように距離をとろうとした瞬間、ジャージの袖をきゅっと掴まれる。びっくりして変な声出ちゃったじゃねぇか。
「―――あなたよね、先生を呼んでくれたの」
「ひっ、えっ、あ、はい………」
久しぶりに柳以外の同級生と話したからキョドって口がモゴモゴする。恥ずかしい!誰か私を殺せぇぇぇ!
だが城明さんはそんな私を気にすることなく、私の手を握って目を輝かせる。
近い近い近いいい匂い可愛い近い近い………
「やっぱり!ありがとう!感謝するわ。あなた、名前は?」
「え……き、如月魔里です」
「如月さんね。私は城明白亜。これからよろしくお願いするわ」
「よ、よろしく………」
子犬みたいな無邪気な笑顔にこちらも緊張が解ける。やだ、この子超可愛いわ………心なしか耳や尻尾が見えなくもない。
「そうだ、私とペア組まない?あなたさっきからずっと一人だし。一人は寂しいわよ?」
「いや、別に大丈夫です……好きで一人でいるんで………もう行っていいですか」
「そ、そう………ごめんなさい。それじゃ……」
しゅん、と彼女の耳が悲しそうに垂れる。
え、そんな傷つくような事言ったかな私。少々後ろめたい罪悪感を残しつつ、踵を返す。
――――シャリ、と。
氷を踏んだような音がグラウンドの土から鳴る。と同時に、彼女に握られた私の手がとても冷たくなっていることに気付いた。しもやけしている。
「なっ………」
振り返えると、そこに彼女の姿はもうない。残されていたのは、夏に似合わぬ寒気と彼女が座っていた場所にあった霜だけだった。
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