終 序章
『私柳っていうんだ。よろしくね、えーと………き、きさ、木佐々木ちゃん!』
夢を見た。随分と懐かしい。まだ中学生の頃かな。初めて柳と出会った時の夢だ。
『………如月なんだけどなぁ……(ボソッ)』
『ん?何か言った?』
『別に』
こんな素っ気ない会話が初めての会話だった気がする。今では仲良しこよしだが、初対面なんてこんなもんだろう。そっから半年位はまともに話さなかったなぁ。
柳はザ・陰キャ!の私と違って中学でも人気者だった。転校生というのもあって皆からの興味を持たれ、またそれに応えられるほどの高スペックを持っていた。成績優秀スポーツ万能オマケにめっちゃ美人の容姿端麗。しかも男女問わず人当たりがいいとかいうハッピーセットてんこ盛りだった。
昼休みとかも常にラノベとか読んで友達もいなかった私とは別世界の人間。次元が違う。関わることはもうないだろうと切り分けていた。
しかしそんな私にも柳は何度か声をかけてくれて、その度に「……………っけ」って思っていた。今思うと超性格悪いじゃん私。
けど、そんな関係にある日転機が訪れた。
凍える風の吹く中二の冬だった。偶然帰りが遅くなった私は、夕日が沈んだ直後の夜を街道を歩いていた。
あー寒ぃねみぃはよ帰りてーとか考えていると、聞き覚えのある声がどこからともなく聞こえた。
『いやー……あはは。ちょっとキツいですね……。家(うち)門限8時までなんでよね。だからー、その、お誘いは嬉しいというか……』
『いいじゃんいいじゃん。俺達と遊びにいこうぜ?ゲーセンとかボーリングとかさぁ。絶対俺達についていったほうが楽しいって』
『そうそう。というか、その歳で門限8時までってちょっと早くない?たまにはやんちゃしてみるのもいいかもよ?』
『そ、そうかなぁ……?』
声の主は困った顔でポリポリと頬を掻く柳だった。人気のよらない路地裏で、どうやらナンパされているようだ。しかも見た感じ高校生。
おいおいマジかこの高校生。中学生に手を出すとか……と思ったが柳、彼女の中学生離れした素晴らしいスタイルと身長バスト。高校生、なんなら大学生とかに見間違われても不思議ではあるまい。そう当時の私は解釈した。
ナンパ男子たちはしつこく柳にアプローチする。断るのが苦手なのか、柳は終始困った顔で有耶無耶な答えばかり出していた。
そして、ついにしびれを切らしたのか、高校生の片方が手が柳の手首を掴む。
『ちょ、マジで無理ですから!離して!』
『いいじゃん、ねぇ。俺達といいこととかパフパフとかニャンニャンしよう?大丈夫、悪いようにはしないらさ。俺は「薬指の岡田」ってその界隈では言われててさ、安心して』
『ちなみに俺は親指の山本ね』
『どこの界隈だしその薬指と親指で何処を何するつもりなんですかね』
『だ、誰だ!?』
当時の私はこの光景を見てどんな感情を抱いたっけか。
薬指の岡田らに対し苛立ちを覚えたかもしれないし、柳に同情を感じたかもしれない。
けどそんなのはどうでも良かった。勝手に体が動いていた。他人とはいえ、クラスメイトが困っているところを見て見ぬふりはできなかっただけだ。
『さ、木佐々木ちゃん!?』
『いやーすみません。余りにも楽しそうだったので、混ぜて貰おうかと。記念に写真とか動画とかも撮っちゃんですけど、いります?連絡先教えてください送るので』
『え?い、いやー別に大丈夫か……な?(……お、おい山本どうする。これヤバくね?一応俺推薦貰ってるだけど、ただのナンパで台無しにしくねぇぞ!?)』
『(ぎ、逆に考えるんだ……この子もやっちってもいいさと。見た感じこの金髪の子よりも年下だし、弱そうだし)』
『(けど現場撮られてんだぞ!?あの子の指一本でこっちの人生は終わるかもなんだぞ!?)』
『(というかそもそもお前が久しぶりにナンパしてついでにお持ち帰りしようぜなんて言わなければ!)』
『(はぁ!?責任転嫁ですかこのやろう!お前もノリノリだったろうが!)』
『あーなんだがすごくツイ○ターで呟きたい気分だなーなんて呟やこうかなー』
『わ、悪かったよ!もう手を引くし謝るから!それだけはやめてくれ!俺は大学の推薦入学が決まってる、こいつもだ。この現場をSNSで拡散されて炎上でもしたらヤバい!』
薬指の岡田と親指の山本は必死そうに手の平を合わせて懇願する。
『ふーん。じゃあ消して欲しかったら速くここから立ち去ってください。そしてもう二度とナンパをしないこと。いいですね?』
『わ、分かった。誓うよ、もう二度とナンパなんてしない。な、なぁ?』
『おう……お、俺も誓うぜ。だから』
『分かってますよ。どっかいったら消してあげます』
『ほ、本当に?俺達を騙して結局あとで投稿するとかない?』
『ないですよ』
『せ、せめて消すところを見せてくれないと安心できないというか……』
全く、人が消すと言っているのに何故信用できないのだ。まぁできるわけないか。面倒くさくなった私は、ちょっと大きな声を出して
『おーっと手が滑って指先が投稿ボタンにぃー』
『『すみませんしたぁ!』』
二人はかっこ悪く一目散に逃げ出した。
この時、私史上最高に悦に入ってて思わず「決まった……ふっ」とか言っちゃったからね。これ柳に聞かれてないよね聞かれてたら超恥ずかしい黒歴史やんけ。こんな夢はよ覚めろや!
しかし過去の記憶に再生停止ボタンはなく、どんどんと進んでいく。
『えと、木佐々木ちゃん………』
『怪我はありませんか?どこか触られたとか』
『いや、ないけど……』
『ならよかったです。柳さんは美人なんですから、こんな時間にこんなところ歩いてたら襲われちゃいますよ。次から気をつけてください。あと、木佐々木じゃなくて如月ですから』
その日はずっと悦に入ったまま家に帰り、寝る前に一人反省会をして眠った。
月日は少しとび2月になった。世間はバレンタインデーの話で持ちきりだった。クラスメイトの会話に耳を傾けると、片やチョコを貰えることに期待を膨らませそわそわしている男子。片や誰が誰にチョコあげるかなどの恋バナに夢中になっている女子。
そしてその両方の中でも柳の存在が話題に上がっていた。柳は優しいから、男女分け隔てなく義理チョコをあげる。
その優しさに縋る男子VS実は本命があるんじゃないのかと目を光らせる女子VSまたしてもラノベを読んでいる私VSダークライと言った感じだ。
そしてその時はやって来た。
『如月ちゃん!はい、チョコ!』
『…………………』
『如月ちゃん!』
『ふ、ふぁい!?わ、私!?』
誰かに学校内で呼ばれることなど教師以外いなかったのでめちゃくちゃビビった記憶。慌てて振り向き柳の顔を見た。しかし、先日のことを思い出し恥ずかしさですぐに目を逸らしてしまった。
『えと、私になんのようで、でで?』
『はい、チョコ。今日バレンタインデーでしょ。だから、はい!』
『はぁ………義理チョコ……いや友チョコか。でも私と柳さんって別に友達じゃn
『義理じゃない、本命だよ?』
『…………………へ?』
素っ頓狂な声が教室に響き渡る。本命、たったその一言で私はおろかその言葉を耳にした周りの人間は水を打ったように静かになった。
『これはね、あの時のお礼。私、ああいうことはしょっちゅうあるんだけど、あそこまでやられるのは初めてだったから。……すごく、怖かったんだ。でも、木佐々木ちゃんが助けてくれた。あのね、上手く言えないんだけど……その……すごくかっこよかった!』
『か、かっこよかった?私が?』
まぁ今でもあの日の私はすげぇかっこよかったと思うけど、人から言われるのとは訳が違う。それも、あの学校の人気者である柳に言われたら尚更だ。
あのヒーローを見る子供のような目の輝きは今でも忘れられない。不釣り合いだと思った。
自分から何一つ向上を望もうとせず、人気者を疎み、なのに誰かを助けてようとする。怠惰で傲慢で強欲な自分に、彼女の眼差しを向けられる資格などこれっぽっちもない。
しかし彼女は私の手を握って、
『うん。私、あなたのこともっと知りたいの!木佐々木ちゃんがどんな人で、何が好きで何が嫌いで……とにかくいっぱい!だから、お近づきの印をこめて、ね?』
卑怯だ。そんな顔されたら、断れる訳がない。私はよろよろとした手でチョコを受け取った。
『よろしくね!木佐々木ちゃん!』
『…………如月なんだけどなぁ……』
これが柳との始まりだった。
この後周りからの目がスッゴい怖かった。いや、冗談抜きでマジで怖かった。毎日ビクビクしながら学校に行って、いつも行きたくねぇなぁと思っていたが、柳と一緒にいたら、不思議とそんな目線は気にならなくなって、それで――――。
―――あれ、そういえばなんでこんな昔の夢なんか見てるんだろう。不気味な悪寒が背中を走った気がした。冷や汗が出たり、引いたり、足が震えて、崩れて落ちて落ちて落ちて落ちていく――――。
#######
ちゅん、ちゅんと小鳥がさえずる音がする。
朝の目覚め、というものはまず耳から再起動する。その後は目、手足、最後に脳とどんどんと電源が入っていく。
カーテンの隙間から入り込む日射しが瞼の上を焼き尽くす。私は目覚ましは嫌いなので、カーテンにわざと隙間をあげて日が入り込む時間に起きるようにしている。
え?太陽が昇る時間は季節によって変わるだろって?知らんな。
なんだか妙な夢を見ていたような気がするが、なんだったっけか。まぁいいか。
気だるい体に鞭を打ち、一分くらいかけてようやく布団から出る。顔を洗って、歯を磨いて、学校の身支度を済ませ、台所へ向かう。
袋から食パンを取り出し、雑にトーストに放り投げる。電源を入れて、チン!速い!さすが、オットセイ社制の器具は一味違うね!食パンだけに。
今日はなんのジャムにしようか。昨日はイチゴだったからなぁ。ブルーベリー?それともリンゴ?いやいや、チョコクリームも捨てがたいですぞ。
と、引き出しの前でぬーぬー唸っていると、腹の虫が鳴った。今気づいたけど、なんかすっげぇ腹減ってるな。一日二日食を抜いたわけでもあるまいに。
まぁでも昨日はあんなことがあったんだ。疲労で腹が減っていても仕方ない。と、いうかアレどうしよう。また『厄災の一族』だなんて勘違いされて命を狙われるのだろうか。
警察に連絡したほうが……いやーこんな馬鹿げた話信じてくれるだろうか。第一証拠もないし。両親に連絡……んー信じてくれるかなー?
あ、でもおじいちゃんならワンチャン。あの人なら多分なんとかしてくれるだろう。近い内におじいちゃんのラボに行っておこう。
結局ジャムはブルーベリーに決め手、テーブルに座る。いただきます、と両手を合わせた瞬間、黒髪の美人と目があった。
「弟子二号、おはようさん。私の分の飯はないのかー?」
「…………あー、もしもし警察ですか?不法侵入者が………」
「ストップストップ!何故通報する!?」
「あ?…………あー何だマーリンさんか。あれ?なんでマーリンさんいるの?」
「いや、私って今の今まで幽閉塔に捕らわれてたわけだし、住む場所がないのよ。だから居候させてね☆」
ペロっと舌をだしておねだりポーズ。異性には効果抜群かもしれないが、同性にやると腹立つだけだぞ。魔里のやる気がガクッと下がった!
「えー、別に身分証明とかないなら適当にパパーっと魔法でも使って騙しちまえばいいじゃないですか。そこら辺のアパートでも借りればいいじゃないですか。家(うち)狭いんですよ?」
「でもさ、私がいると何か便利じゃん?何より、弟子は師匠の言うことには絶対服従なんだよ。そうそう、その食パン食べたら早速魔法の修行を始めるからな」
「はぁーーー?嫌ですよ」
即答で拒否った。それを聞いたマーリンさんは目をパチクリとさせる。
「えぇ!?なんで!?」
「誰も弟子になるなんて言ってませんし、魔法を習うとも言ってません。なぜに自分から危険な世界へ足を踏み込みに行かなきゃいけないのですか」
「いや、でも昨日は助けてくれたじゃんか」
「所詮は成り行きですよ成り行き。マーリンさんを生き返らせたのも、私が助かる為ですし。あのよく分からん石について調べたのも男のマーリンさんに言い負かされたからです。柳辺りに期待するか、他の人でも探してみてください。しっし」
「えーたーのーむーよー魔法習おうよー魔法使いになれるんだよー?一緒に魔法を世界に復興させよー?」
マーリンはついに子供みたいに駄々をこね始めた。近い掴むな揺らすないい匂いするなぁ。残った食パンを一気に口に放り込み、マーリンさんの手を払う。
「嫌ですったら嫌です。第一、私に魔法なんて使えるんですか?そういうのって才能がある人じゃないとダメとか。私、自慢じゃないですけど得意なものとか誇れるものとか自信とか、ひっとつもないですからね。やっても無駄無駄」
「ふっふっふ。魔法は習えば誰にでもできてしまうのが素晴らしいところなのよ。まぁ弟子二号の言い分は理解した。一日やろう、じっくりと悩みたまえ」
そう言うとマーリンさんはすっと立ち上がり、ベランダの窓を開ける。ヒュウ、っと朝の冷たい風がリビングに入り込む。寒い。
「どこ行くんですか?」
「いや、まぁちょいとな。晩御飯ができる前には帰ってくるからー」
トウッ!とベランダに身を投げ出して消えていった。
何故私の家で晩御飯を食べる前提何だ………。
######
突然だが私には友達が一人しかいない。
昔から友達を作るのは苦手だったし、かと言って友達がいなくて困ったことがない。挨拶されたら返す、質問されたら応答する、聞きたいことがあれば聞く。その程度の人間関係しか築いたことがない。
周りからはよくボッチの烙印を押されるが、私から言わせればボッチというのは貴様らのような群れることが正義であり数こそが至上と考えるキョロ充共とは訳が違うのだよワトソン君?
まず周りに合わせなくていい。自分のペースでやりたいことができる。カラオケで順番待ちしなくてもいいし焼き肉も独り占め、興味もない話題沸騰の番組や食べ物に時間をとられなくて済む。
わーはっはっは!どうだぁ、このボッチ・オブ・クイーンに乗り越えられなかったトラブルなど、一つだってないんだぁ!だってトラブル起こすような友達がいないからね寂しいね。
ふぅ、なんだか某手フェチの殺人鬼みたいになっちゃったけど、そんな私にも友達が一人いる。
柳だ。
成績優秀スポーツ万能容姿端麗温厚篤実。生徒会長ではないがコネが何人かいるという強者中の強者。猛者中の猛者。もっさもさ。ひらがなにするだけで一気に威厳なくなるなぁ…………。
なんでこんな私に柳のような友達がいるのかは自分でも不思議だが、何かと上手くやっている。
私は柳のことを信頼してるし信用している。柳も私のことを信頼してるし信用している。その確信がある。これに関しては誰がなんと言おうと揺るがない。絶対。
そしてその柳についてなのだが………。
「は?なんて?」
「いやだからね?私明後日、イギリスに引っ越すから」
「は?なんて?」
「いや、これで10回目なんだけど……」
「は?なんて?」
いや、まじでほんとになんて?
放課後、突然柳に家に呼び出されたと思ったら意味の不明なことをほざきやがった。何?明後日、イギリスに引っ越す?
引っ越す?なにそれOC(おいしいの)?イギリスってどこだよははは。もしかしてイギリスってあれか、お坊さんが山頂でDJする場所だっけ?は?明後日?ちょっと何言ってるかわからない。
「魔里が『は?なんて?』botになっちまった!ウケるwww」
「うけねよ!どうゆうことか説明してもらおうか柳いいいいいいいいいいい!」
珍しく熱くなっって強く柳の肩を揺らしてしまう。しかし柳は、あはははー、脳天気な笑いをあげ続ける。動揺のあまり壊れたパソコンのようになる私の手を優しく握って、
「ほらほら落ち着いて。魔里もなんとなくわかるでしょう?私の家の事情だって」
「……ついにこの時が来てしまったか」
柳の家は世界を転々とする大型転勤族だ。ロシア人の血を引いておきながら、生まれはイタリア。幼少期はフランスで過ごし、小学生の時はアメリカとオーストラリア。
中学は日本、そして現在と。他にも短期間だが色んな所に行ったらしい。ここまで長く日本にいれたのは本当に偶然でしかない。
このことを全く考えたことがなかったわけではない。むしろ飽きるぐらい考えたさ。けど、現実というのは常に残酷だ。それも、家の事情だと言うのだから抗いようがないじゃないか。
「…………」
「魔里」
「…………」
「まーり。そんなに悲しまなくても。私の代わりなんていくらでもいるじゃん。魔里は良い奴だし可愛いし、ちょっと……いや結構変なやつだけど、きっと私以外の友達もできるよ」
否。決して否だ。いるわけがない。柳に変わるような人がこの世に存在するわけがないし、他人は他人の代わりになんてなれない。なってはいけない。
別に独りになるのが怖いのではない。そんなの柳と出会う前からそうだったし、今も基本的にそうだ。
ただ、『柳と離れ離れになる』ということがだめなのだ。昔ならいざしらず、技術が発展した現代なら連絡を取るのも簡単だし海外に行くのだってそう難しいことじゃない。けどそうじゃない、そうじゃあないんだ。
いつも隣にいて、自分のことを支えてくれる存在が急に傍から離れたら誰だって不安になるし、行って欲しくないと願う。
「別に、私は柳さえいれば……他の友達なんていらないし。柳以外の友達なんて百害あって一利無し、面倒くさい!ボッチ最高!ボッチ最強!」
「出たよ捻くれ。そんなこと言ってたら自立できないぞぉ。よしよし、泣かない泣かない」
「泣いてないわ!……ぐすん」
「泣いてるじゃん!激カワなんだけど私の親友!」
何が面白いんだ貴様ぁ……こっちは涙流すのを必死に堪えてるんだぞ!
しかし、ケラケラとした柳の表情は徐々に曇りがかっていく。うつむいた状態で、今にも砕け散りそうなか細い声で呟く。
「私だってね、本当は行きたくないんだよ?今まではなんともなかったのに………魔里のこと考えると、すごーく悲しくなる。寂しくなる。行きたくないって、残ってたいって思っちゃうんだ。けど、それはできない」
「―――なら、私の家に住もうよ。狭いけど二人くらいなら全然余裕だし、学校も近いし、家賃安いし。そしたら一緒にいられる!勉強教え合ったり、家事を分担したり、二人でゲームしたり、それから………。よし、今からでも遅くねぇ、柳の両親に突撃じゃおらぁ!」
「ははは。もう魔里ったら………ありがとう。けど、もう決まったことだから」
乾いた笑顔を見ると、こっちまで胸が苦しくなる。
こんなの子供のわがままだ。通るはずはないし、現実は膨らませた想像を針でつついてしまう。破裂したら最後、抗えない運命にズルズルと引きずられる。
どうせまたいつか会える、分かっている。そう分かっても脳裏にはいつも二度と会えないかもしれないという最悪がチラリと顔を出す。
たった一度離れてしまったら、そのまま自然消滅、なんてのは友好関係ではよくあることだ。そんなことはないと否定するが、未来は誰も予測ができない。
私達は、止まることのない時間の中を漂流することしか許されない。現実に精神と時の部屋はないし、ザワールドもないのだ。
「…………あ」
すると、柳は頭に電球のマークを立たせパチンと指を鳴らす。
「そうだ!いいこと思いついた!ねぇ魔里、マーリンさんってまだいる?」
「え、居るけど………あの愚物がどうしたの?」
「私は海外行っちゃうから魔法を習えないけど、魔里なら教えて貰えるよね、魔法!」
「え、いや、は?」
「約束!いつか魔里が立派な魔法使いになったら、私に魔法を教えてよ。どどばーんって派手に登場して、ゴロゴローって雷落としたりしてさ!」
「――――っ」
―――あぁ。久しぶりに見た。あの日、あの時の目。まっすぐで、希望に満ちていて、憧れを抱いていて、私には眩しすぎる。
思わず目を逸らした。だから、その目をやめて欲しい。その瞳を向ける対象は私ではなく、もっと相応しい人間がいるはずだ。
私は―――、
「だーめ。ちゃんとこっち見る!」
「いだだだだだ!?目、目を直接ずらすなぁ!?何考えてんだテメェ、雰囲気ぶち壊しだぞ!」
「やっぱこんな堅苦しい雰囲気は似合わないよ私達には。とにかく約束!約束さえあれば、絶対会える!必ず会える!もう最悪のパターンとか考えるのはやめた!」
「柳…………」
「―――だから、魔里も言って。私に魔法を教えるって。いつか、必ず!」
だから、卑怯だ。
そんな目を向けるなと言っているのに。その目に潜む輝きはきっと太陽よりも明るくて、おおよそ希望と呼ばれる光の体現で、世界を救う灯火だ。私を救う灯火だ。
そんなこと言われたら、断れる訳がない。できるわけがない。もう一度言おう、卑怯だ!
「ああああもう!分かった!やってやるやってやるさ!首を洗って待ってろよ。とびきりすごい登場して、すんげぇ魔法見せびらかしてやるからな!約束!」
「――――うん!」
きっと、いや必ずだ。私達は必ずまた会える。これは必然であり運命、誰がなんと言おうと覆せやしない。させてやらない。そんなこと言う奴は私が一発ぶん殴ってやる!
子供じみていて、脆くて、一歩間違えれば取り返しのつかない約束だけど。魔法を習得するなんて、夢物語かもしれないけど。
親友との約束は必ず守る。それが唯一、私が彼女に報いることのできる恩返しだ。彼女のあの目に応えられる手段だ。
「見送らなくてよかったのか?親友がどっか行っちまうんだろ?」
「いいんですよ。あれ以上一緒にいたら、まーた辛気くさい雰囲気になりそうでしたからね。それに………大丈夫です。だって約束しましたからね」
「ふーん、あそ。で、その約束ってのは?」
「ニヤニヤしないでください内蔵破裂させますよ。………ふぅ、マーリンさん」
「ん」
「――――魔法を、教えてください!」
黒髪の白い悪魔は、何も言わず、ただ朗らかな微笑みのみで応えた。
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