9  二人のマーリンさん



 家の鍵を開け、ガチャリとドアを押し開く。まるで導かれるように、吸い込まれるように布団の中に潜り込み、如月魔里は静かに死んだ。



「いや、死んでないからね?」



 言葉の綾ってやつですよ、ジョークジョーク。けど死ぬほど疲れたのは事実だ。実際死にかけたし。掠り傷とはいえ、銃弾を食らったんだよ!?



 中々ない経験だわー。多分今後生かされることもないし、生かしたくもない。私は世紀末に生きてるんじゃないんだよ、モヒカンでヒャッハーとか汚物消毒とか言ってる人が蔓延るカオスに住んでないの。



 平和で豊かな国、日本のただの一介の女子高校生なの!あ、そう言えば今何時だろう。目覚まし時計を手に取り針を確認する。


 …………もう深夜3時か。眠い。寝たい………けど汗結構かいたなー。お風呂でも入ってから寝ようか。




 そう言えば、あの後マーリンさん本当にどこいっちゃったんだろう。まあ、別に私が気にすることじゃないが…………でも、命助けて貰ったんだしお礼はしたい。



 けどあの正体不明魔法使いのことだ。もしかしたら次の目的の為にとっくにこの国なんか出てってるかもしれない。だとしたら、少し寂しい………せっかく魔法を教えてくれるのに。



 …………は!何言ってんだ私は。私は科学崇拝者に片足突っ込んでる超能力者だぞ。魔法なんて非科学的な物あってたまるかい!



 今更だな。もう認めるか。魔法は存在して、魔法使いはいる。おとぎ話に出てくるような感じとはイメージがかなり違ったが、現実なんてそんなものだ。



 出会い系サイトで写真は可愛いけど実際に合ってみるとそこまでー、みたいもんだ。多分恐竜もみんなが思ってるほどかっこよくはないだろう。



 ちょっと違う位がちょうどいい。



「………んまぁ、そんなことはどうでもいいんだ。お風呂入ろうお風呂。まじでづがれだ………」

  



 シビれる全身に鞭を打ち、立ち上がって浴場へと向かう。



「あれ、電気つけっぱなしだったっけ………まぁいいや」



 畳むの面倒くさいからどばっと服を脱ぎ下着を脱ぎいざテイクアバス。鼻歌を歌いながらドアを開け――――




「あ」


「あ」



 …………………………。はぁ。


 目と目があうーなんちゃらかんちゃーら。恋になんて発展させねぇから。3回くらい大きなため息をついてシャワーのホースに手をかける。



「あえていることはツッコみませんよ。マーリンさん」


「ははは。別にぼ……私としてはどちらでもいいんだけどね。というか、出ていかないのかい?」


「マーリンさんが風呂から上がってくるのを待つほど暇じゃないんで。別に女性同士だからいいじゃないですか」


「でも、この狭い風呂で二人って言うのは………」


「うるさいですね。ここの家主は私です、私に従ってください」


「なんかもうヤケクソになってるねぇ」




 と、言うわけで一人でも狭い浴槽に二人で入る。膝を折り畳んでギリッギリ。所詮は安物アパートやな。バイト初めてもっといいアパートに住もうかな………。



 因みに学校からは実家暮らしではない。親の仕送り込みで暮らしている。おじいちゃんが近くに住んでいて、そこで住み込みでいいかなと思ったけど、あの人危険な実験ばっかするからあそこに住んでたら多分いつか巻き込まれて死ぬ。



 別に家事とかには困ってないし、独り暮らしでいいかなと思った次第でございまする。



「んー……やっぱお風呂いいよね。ぼ……私がブリテンにいたときはお風呂なんてしないで適当に湖とかで水洗いだったからねぇ」


「そう言えば、マーリンって人間じゃないらしいですけど。じゃあ何なんですか?」


「んー現代風に言えば夢を食べるタイプのサキュバス、ってところかな。夢魔って言うんだけど」


「あ、知ってますそれ。ゲームでよく出てきます。空想上の物だと思ってたけど、実在するもん何ですねー」


「結構探せばいるもんだよ?妖怪とか、怪物とか。最近はねーツチノコに会ったよ。あいつ思ったより饒舌でびっくりした」


「え、ツチノコいたの!?教えてください、捕まえて売ります」


「やめてあげな」




 そんなこんなで二人で駄弁ってたら長湯になってしまった。湯冷めしないと熱くて眠れないじゃないか。もう出よう。



「あぁ………深夜に入るお風呂も通ですな。からのフルーツ牛乳は最高なんだ…………ぜ………」



 頭をタオルで拭きながら上機嫌で冷蔵庫を開ける。しかしそこにはいつも入れているフルーツ牛乳がなかった。

  

 はぁ、と重たいため息をつく。


 あれぇ買い足すの忘れてたかなぁ………。でも今朝見た時はまだ五本くらい残ってた気がしするんだけどなぁ………。


 ………あれ、というかよく見たら冷蔵庫スッカスカじゃね?お水は?冷や奴は?作り置きしてた野菜は?今日の昼作ったオムライスの残りは?醤油みりんその他諸々はぁ!?



 馬 鹿 な!



 新手の強盗か!新種の嫌がらせか!何処の世界に冷蔵庫の中味だけをかっ攫っていく強盗がいるか!



 私が正体不明の強盗に憤慨している、その時。

 


「ぷはー!お酒美味しぃへへへへへ。飯!酒!感動だぁ…………まさか、幽閉塔の中で消滅を待つだけかと思われた私の人生に、こんな感動が押し寄せてくるとは………!!」


「え?マーリンさん?いつの間に…………ん?」




 あれ。あれあれあれあれ?


 行儀の悪いことにテーブルの上で酔っ払いみたいになってるマーリンさん。そして横にはパジャマ姿のマーリンさん。 


 …………あの、二人いるんですけど。



「えーと…………どっちが本物?」


「あ?弟子2号やん。お邪魔してんぞー!………で、何言ってんの?私の偽物がいるみたいな言い草じゃんか」

 

「いやいるみたいというかいるんですけど」


「あぁん?…………………」




 私が指差した方向をマーリンさん(酔っぱらい)はギギギと首を動かして見た。マーリンさん(風呂上がり)はニヤニヤともう一人の方を見つめる。


 そして、



「―――――死ね」





#######






「っは!?」



 何が起こった!?ここはどこ!?私は美人!?


 マーリンさんが酔いが覚めたように剣呑な雰囲気になったと思ったら、そこから次のコマの記憶がさっぱり綺麗にまるっと愉快に無くなっている。


   

 ととととととりあえず周りの確認だ。えーと、ここは私の家で時刻は深夜でテーブルもテレビもあっていつもの風景と何ら変わりない。


 しかし、いつもと違うのは人の人数。私と、見知った女性と見知らぬ男。


 片方は真っ黒の髪に真っ白いローブを着たいつものマーリンさん。そしてそれに胸倉を掴まれて今にもぶん殴られそうな雰囲気なのにヘラヘラしている男。


 真っ白い髪に黒いローブ、中は少々時代と地域が間違ってるんじゃないかと思うカルチャーな服装。まるでマーリンさんとの対比を現したかのような服装だ。



「お、目が覚めたか弟子2号。心配したぞ。本当に死んだかと思ったじゃんか」


「厳密に言うと一回死んでたし殺したの君だけどねぇ」


「るせ」


「は、はぁ………………は?」




 今聞き捨てならん言葉が聞こえた気がする。おいおいおいどういうことだってばよ。死んだ?え、一回死んだの!?




「このクソ女がさ、私を見るなり殺しにかかったんだよー。この建物とかお構いなしに。ついでに初手不意打ち光線のせいで君は死んだ。僕がいなかったらどうなってたことか………」


「私は悪くねぇ。人の弟子の家に当たり前のように入り込んで、更に一緒に風呂も入りやがってこのヤロー。しかも私に化けて!」


「いいじゃん別に。ここら一帯とこの子は元に戻したし、それに現役JKの裸体も見れたし僕は満足さ」


「うわーないわーお前みたいなのがオリジナルとか思いたくねえ。といわけで死ねそんで心臓返せ」


「っは。キャスパリーグにでもくれてやったよあんな心臓。今頃あの筋肉の塊はキャスパリーグの腹の中だろうねぇ。別にいいじゃん、アスクレーピオスの杖の影響でどうせ心臓も元通りになってるだろう?」


「だぁぁぁテメェよくもやってくれたなぁ!人の心臓を人質にしておきながらあのクソ猫に食わせたのかよぉ!」


「………………話が全然見えてこない。とりあえずそこの人は誰です?」






 ――――説明中――――






「はぁ。つまり、元々のマーリンさんが二つに分かれて、元々のマーリンさんの悪性を削ぎ落として生まれたのが女のマーリンさんで、残った善性が男のマーリンさんであると。

 そして用があって私の家にきて、人の裸を見ては人を殺しそして生き返らせたと………」


「飲み込みの早い子は大好きだよ。あと、人聞きが悪いなぁ。僕はたまたまお風呂に入りたかった気分だったんだよ。そこにたまたま君が………」


「じゃあ女のマーリンさんに変身してた理由は?」


「………………………………」


 

 男マーリンさんはニコニコしたまんま目線を逸らす。



「確信犯じゃねぇか。ま、別にいいですけど」


「いいんだ。顔赤くしてマーリンさんのエッチ!とか言ってビンタでも飛んで来るものかと」


「んなベタな展開あるわけないですよ。そんな柄じゃないですし。大体、私は人に見られて喜ばれるような体はしてませんし」



 そう言って視線を下に降ろす。


 身長も低いし、柳みたいなナイスバディをしてる訳じゃないし、マーリンさんみたいに美人じゃないし。不細工だとは思ってないけど。



「え、僕は小さい方が好みだけどなぁ」


「あぁん誰の胸が貧相だってぇ!?」


「さっきと言ってることが違う!?」


「どうでもいいけどさー、速く本命にいこうぜ。私はさっさと終わらせたいんだ。こいつと一緒の空気吸ってると吐き気がする。シュールストレミング並の激臭だ。嗅いだことないけど」




 酒瓶片手にマーリンさんがやる気なさそうに言う。


 そうだそうだ。男マーリンさんは何か用事があってここに来たようだし。時を戻そう――――。


 男マーリンさんは時代間の違う民族衣装の懐から、赤い宝石のような物を取り出す。素人の私から見ても一級品だというのが分かった。美しい曲線、煌びやかな輝き、心の奥まで燃やしてしまいそうな深紅色。


 庶民の私にとって、その光は眩しすぎた。某滅びの呪文を食らった某サングラス男と同じ気分だ。目が、目がぁぁぁ。



「いっておくけどそんな凄いものじゃないからねこれ。ガッカリさせるようで悪いけど」


「え…………いえ、何でもないです」


「んで、それがどうしたってんだよ。ただの術石(じゅつせき)じゃねぇか」


「術石?」


「簡単に言うと、魔法を石の中に埋め込んだ物だよ。これがあれば魔法の術構築が短縮できる。いわば携帯魔法だね」


「へー。で、それがどうしたんですか?」


「実はこれ、どんな魔法が埋め込まれてるのかさっぱりなんだ。僕が魔法使いを滅ぼした連中について調べてる時に偶然拾った物なんだけど、そこでこれに刻まれた記憶を君に読んで欲しいんだ」



 そう言って男マーリンさんは石を私に突き出した。


 …………え、私?マーリンさんじゃなくて?




「そうだよ?元々の僕は『僕』じゃなくて君に用があって来たからね。君は物の記憶を読めると聞いた。奴らが持っていて、この僕が分からないとなると、何か手がかりになるかもしれない」


「なるほど。けど、私の記憶読取(サイコメトリー)はそんな万能じゃないですよ?年月を重ねないと何も見えないし、強烈な記憶でもなければ………」


「あぁそこは僕が細工しておくから心配なし。それぐらいはできるよ」


「分かりました。でも、私があなたに協力するメリットは?私は見ず知らずの他人に協力するほどお人好しじゃないですよ」


「おや、でも『僕』は助けたじゃないか。これはどう説明するのかな?」


「………………………ぢぃっ」


「凄い舌打ちしたねぇ!?」


「分かりました分かりましたよ!乗りかかった船ってやつです。貸してください!」



 私は男マーリンさんから半ば強引に宝石をもぎ取り、手の平に乗せてから記憶読取(サイコメトリー)を発動させた。


 じわじわと周りの景色が消えていく。そして浮かび上がってくるのは過去の記録。五感が全て吹っ飛んでいくような感覚。別に苦ではないが、毎度毎度この感覚は不思議だ。


 

 脳に何かが寄生するように、この宝石に秘められた記憶が入り込んだ。


 するとだ。



(…………これは………なんだ?大きな………木?いや、違う。違うのに分からない。そもそも前提とする世界が違う?)


「どうだった?」


「………すみません。なんも分からないです。強いていうなら……木です。大きな木の景色が見えました」


「――――木。………なるほど。まさか、いや………んー」



 たったそれだけで何かを察したのか、顎に手を当てて悩み出す男マーリンさん。すると、それを見たマーリンさんが何かを思い出したように懐から何かを取り出した。



「おい弟子2号。ちょっとこれも見てみろ」


「何ですか………ってこれ、また術石?」


「酒に酔ってて忘れてたんだが、私もさっきの白マスクを取り逃がした時に偶然拾ったんだ。もしかしたらと思ってな」



 今度は青い術石だった。さっきは深い深紅色だったのに対し、こっちはとても薄く、宝石の奥の景色が丸裸だ。光にでも当てたら文字が浮かんできそう。


 私は言われた通り、本日二度目の記憶読取(サイコメトリー)を開始する。



(…………ん?ん?なん、だこれ?見えない。何もかも見えないのに、そこに確かに『何か』がある………あぁ?)



 私はひたすら首を傾げた。


 真っ暗な闇の中で、何もかも深淵に閉ざされた空間のはずなのに何かがそこにある。これは思い込みや気のせいではない。

確かにそこには現実にある、確実性を帯びた得体の知れない理解不能の物体がある。


 しかしそれが全くもって検討がつかない。私が魔法について素人なのもあるかもしれないが、イメージすら掴めないのはどういうことだろうか。


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。


 その言葉通り、真っ暗闇の奥に私を覗く視線のようなものを感じた。思わず「ひっ」と震えた声をあげてしまう。ガタガタと笑う腕で身を守るように自分の体を抱き、私は慄然とする。


 いけない。これは以上は行けない。脳が汚染されてしまう。


 私の中の警報がそうサイレンを鳴らしまくっていた。このままだと、あの視線に理性が貫かれて廃人になってしまう。本能で危機感を感じた私はすぐに記憶読取(サイコメトリー)をストップした。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」


「どうした?大丈夫か?ずいぶんと顔が真っ青だぞ。何を見たんだ?


「わ、分かりません。赤いやつよりもずっと理解し難く、それでいて……その、すごく、怖かったです」


「―――そうか。無理を言って悪かったな。もう寝るといい」


「はい。ありがとうございます。おやすみなさい、マーリンさん」




 おぼつかない足取りでフラフラと、布団に吸い寄せられていく。夏の夜には心地の良い、少し冷えた布団が私を出迎える。いつもなら明日は何をしようかだとか、今日の振り返りだかをしてたかもしれない。

 

 けど、それよりも蓄積された疲労が思考を上回った。マーリンさん達が向こうで何か話し合っているが、閉じかけた意識の私には何を言っているかはさっぱりだ。



 心拍数が一向に減らない。ドキドキと、緊張感が心臓を中心に全身へ同心円状に広がっていく。まだ、さっきのあれが怖い。根を広げる植物のように、私に深く根付いて恐怖を根っこを伸ばしていく。


 ひょっとすると、私はとんでもない世界へ足を踏み入れてしまったのではないだろうか。後戻りはできるのだろうか。普通の高校生ではなくなってしまうのか。


 

 未知なる世界へと期待などはない。恐怖を乗り越えようとする勇気も、それを知ろうとする好奇心もない。

 ただ穏便に、平穏に面白おかしく過ごせれば私はそれでいい。



 こんなにも不安だらけの夜を過ごしたのは、今夜が初めてだ。私は絶え間なく興奮し続ける心臓を抑え込みながら、意識を闇へと落とした。




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