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「なぁリアン。仕事上がりに付き合って貰えるか?」


 中央管轄区中央都市に構える司令部本部の片隅。6隊の執務室はそこにある。イーヴルは隊長のデスクに自分が担当した書類をどんっと置いてから、そう告げた。


「了解、僕がいつも行くお店で良いかい?」

「任せるよ。美味しいお店が良い」


 諸事情からアイゼンが6隊を離脱して1ヶ月、イーヴルはリアンに尋ねたい事と伝えたい事が存在していた。イーヴルは『リアンの親友』と名乗るにはまだ1歩足りないと思っている。どうしてもアイゼンの位置には追い付いていない。それでも付き合いだけは6隊の誰よりも長く、アイゼンと同様だと自負している。だからこそ、言える事。


 いつもリアンが行く居酒屋、リアンの隣にはアイゼンではなくイーヴルが座る。カウンターテーブルにはいつもの刺身の盛り合わせと切り子グラスの濁り酒が並び、イーヴルの前には茶割りとはんぺんフライが置かれている。リアンの普段とは違い、何だか不思議な感じだった。


「生きている事に乾杯」

「…生きている事に乾杯」


 カツン…と、イーヴルのグラスに自身のグラスを重ねてから、リアンはいつもの濁り酒に口を付ける。その酒の味は、誰と飲んでも変わらない。


「で、イーヴル。何だい?僕に話があるのだろう?」

「いきなりそれ?少しくらいリアンお薦めの店の味を楽しませろよ」

「えっ!あっ!ごめん」


 イーヴルはこの店に入るのは初めてだった。だがリアンお薦めと言う事もあり、刺身は美味いしフライもさくさくしていて最高だった。どんなであれ、やはり美味しいものを美味しく頂けるのは本当にありがたい事だ。

 2杯目のお酒が届いたところで、イーヴルは話を切り出した。


「アイゼンが離脱して1ヶ月経つけれど、リアン、お前副長を決めないのか?」


 ここ連日、アイゼンの穴をひとりで埋めようとしている姿を隊員全員が目にしている。皆で少しずつ分ければ楽なのに、隊員の負荷を増やさない様にとリアンがひとりで背負っている。皆の目にはそう見えた。


「それって必要?」

「俺はさ、軍学の頃からリアンとアイゼンを見ている。今のリアンは全部を1人で背負って辛そうだ。何で誰かをサポートに付けない?1人で何でも背負うなよ」


 自ら大変な場所に身を置く様な、そんな風に見えるリアンを隊員は黙りながらも心配している。出来る限りリアンの負荷を減らそうとしても、仕事を割り振ってくれなくてはその負荷も減らせない。


「…副長は決めない」

「あ?」

「実力を考えたらイーヴル…なのだろうけど、やっぱり僕は背中をアイゼンに任せたい気持ちがあるんだ。それはやっぱり…『信頼』なんだろうね。…いや、イーヴルを信頼していない訳じゃないんだよ」

「知っているさ。何年お前達を見ていると思っているんだ。いつでもリアンとアイゼンは背中合わせ、表裏一体だもんな」


 イーヴルが懐かしむ様に笑う。6隊の他メンバーが知らない時期をイーヴルは知っている。


「俺はあのクラスでアイゼン、リアンに次いで3番目。常にお前達を抜く事を目標に見ていた。だからこそ、リアンのえげつなさにも早々に気が付いていた。…誰も信じてはくれなかったけどな」

「えげつないって…酷いなぁ」


 グラスに口を付け、茶割りを流し込む。


「あれをえげつないと言わないで、何をえげつないと言うんだ?俺は結構な目に遇ったと思ってるよ?」

「…徹底的にするなら、ね」

「うっわ!悪びれもしねぇのかよ!それがえげつないんだよ」


 イーヴルがオーダーした串物が届く。塩の香りが食欲を誘う。その串物をイーヴルは美味しそうに頬張る。


「アイゼンが6隊に戻ってくるかもしれないと、期待しているんだろ?」

「…!」

「皆わかっているから、だからこそ皆に頼れよ?」


 イーヴルは残っていたはんぺんフライも美味しそうに頬張った。思えばアイゼンと同等な付き合いなのに、1度たりともイーヴルとちゃんと向き合った事がなかったかの様に思える。

 リアンは静かに濁り酒を一口。


「イーヴル、ありがとう。…本当はさ、誰かを副長に引き上げようとも考えたんだ。だけどアオイだと若過ぎる。イーヴルだと軍学からの付き合いからと思われるか?とか、余計な事まで考えてしまう。誰をどんな理由で引き上げたら皆が納得してくれるのか、どうしてもそれを見付けられなかった」

「あのさー、深く考え込むと禿げ散らかす事になるぞ?」

「…はっ!?止めてよ!!」

「だから頼れって言ってんの」


 リアンは自分が責任者だからと、全てを背負うつもりでいた。アイゼンが離脱したのも、結局最終的な判断は自分が下した事だからと、全てリアンが被るつもりでいた。しかしながら部下はどうだろう。部下はそれを望んではいなかった。

 リアンは濁り酒を口にしつつ、自分に置かれた状況に笑みを浮かべる。


「僕は何て恵まれて居るんだろうね」


 リアンは部下の優しさに感謝した。

 イーヴルがそっと封書をリアンに差し出した。それは何て事のない、所謂茶封筒。


「リアン、目を通したら必ず確実に処分してくれ。俺が探し出せた分の管理課の情報だ。6隊の今後に関わるかもしれない」


 リアンはそれを受け取ると、ここで開封する事はせずバッグに丁寧に仕舞った。


「了解」


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