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 その書庫に入るにあたり、何ら権限は要らない。書物の持ち出しは禁じられてはいるが、閲覧に関しては誰でも出来る。故に、機密扱いの書類はないので本当に欲しい情報は得る事は出来ない。

 イーヴルには別の書庫に入りたかったが、そこへ立ち入る権限が彼にはない。その書庫に入る事が出来れば、自分が欲しいと思っている情報が手に入るであろう。ネットワークから入りハッキングすると言う手もあるが、なにぶん証拠を残さず侵入する技術をイーヴルは持ち合わせていない。さすがにリスクが大き過ぎる。


 所謂手詰まりだ。


 違和感と漠然とした見解が存在するのに、それを精査して確定出来ない。もどかしかった。


「何をこそこそと調べてるんだ?」


 定時終業後の薄暗い書庫にて、就業外の調べ物をしていたイーヴルは突然の声掛けに驚いた。慌てて見ていたファイルを閉じると顔を上げ、声の主を探した。

 書庫のドアに寄り掛かる様に同僚が居た。


「えっ、あ。ちょっと…調べ物を」


 イーヴルより少し背が低い同僚は、軍人にしてはスレンダーな体型だ。もともと前線に出るタイプではなく、後方支援の人員だ。体格やパワーに関してはイーヴルの方がどうあっても上となる。


「何を?」

「あ、いや…その…」


 同僚はイーヴルが閉じたファイルを捲る。それは軍における指令系統の資料。


「言いなよ、イーヴル」


 確信のない事をあまり言いたくはなかった。だが、階級としては同等でも経験において遥かに勝る同僚に、イーヴルが逆らえる筈もない。口外するしかなかった。


「…先日、アイゼンが突然離脱しましたよね?俺、あれを疑問に思っているんです。事前辞令もなく、当日突然の異動命令。リアンに聞いても何も言いません。しかし不自然極まりない。だから調べているんです。あの前日にアイゼン達と接した『管理課』を」


 イーヴルの中では関連がないと言い切れない。だからこそ、自分が納得する何かを得ようと調べていた。


「そんなに知りたい?『管理課』を」


 椅子に座った状態のイーヴルを見下ろす様に、同僚はイーヴルの直ぐ側に立つ。持っていたファイルをパン!と閉じると、デスクに散らばっていた資料全てを乱雑に書架へと押し込んだ。


「来いよ。教えてやる」


 同僚はイーヴルを連れて書庫をあとにした。


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 6隊の事務室に戻ると、同僚は自分の作業用スペースに置いてあった電子端末にいくつかのケーブルと周辺機器を繋ぐ。


「あーあ。最初に思った通りだ」


──向上心のカタマリ。知識は負荷にならないとたくさん知りたがる。こう言う人こそ、小さい事から色んな事に気が付いて綻びを拡げる。『助かる人』か『面倒な人』か。『助かる人』ならこの人は利用出来る。


 同僚のイーヴルに対する最初の評価がこれだった。


「何がですか?」

「いや、こっちの事。僕としては君が『助かる人』であって貰いたいよ」


 立ち上げられた端末を操作して、ネットワークへと繋げる。カタカタと軽快に同僚の指はキーボードを叩いて行く。


「ちょっ!ネットワークはまずいんじゃないですか?痕跡が残っちゃいます。見たいのは機密でしょ?」


 焦るイーヴルを尻目に、同僚は無視を決め込む。端末に繋げられたカードリーダーに自分の身分証となるIDカードを通すとEnterキーを叩いた。


「あぁー!」


 IDカードを通した上でのネットワーク接続など、自ら機密に接続した事をバラす様なもの。


「イーヴル、うるさい」


 端末のディスプレイには、イーヴルが見る事が出来なかった情報リストが表示された。


「イーヴル、これは僕が閲覧する事を許されている情報だ。ネットワーク接続したところで、何ら問題ない。もともと僕には隊長とは違う情報権限が与えられている。それをどう扱うかも、僕に委ねられている」


 同僚がイーヴルを見てそっと笑った。


「さぁ、どれが知りたい?」


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