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──もし仮定が正しければ、どちらかは生き残れない。


 入口のドアはロックが掛かっていた。屋上と同じ要領でピッキング解錠を行う。


──それを迫られたら、どうする。


 解錠の手が止まった。


──兄貴だったら…。兄貴だったらきっと遠慮はしない。それにこれは『演習』だ。たとえ…。


「…たとえリアンを潰す事になっても、軍部として必要ならばやらなくてはいけない」


 再び解錠を進める。カチン…とロックが開いた。ピッキングツールを仕舞い、両手で機能しない自動ドアを開き、建物の中へと踏み込む。

 右手でハンドガンを構え、陰に紛れながら進む。仮定通りなら1階に3人居る筈だ。2階程暗くはないが、お世辞にも視界良好とは言えなかった。

 呪符を1枚、カーゴパンツのポケットへと入れる。すぐに引き出せる様、上部ははみ出させた。アイゼンでは呪符を使ったところで相性の問題から大きな効力は得られない。今、準備した呪符ですら護身用になるかどうか。3階で呪符を使った時は、リアンの呪符でブーストして貰ったからあの威力。それがなければ大した事はない。


 1階も上階と同じ造りだ。カウンターの陰に身を潜め、気配を伺う。耳を澄ませば階段からぴしゃん…と水を踏む音が聴こえた。

 1人は上に行った様だから、ここには2人。何とか2人の位置を知りたいが、気配が上手く掴めない。カウンターの隙間から内部を窺おうとした刹那、かちん…と何かが鳴った気がした。瞬間的に仕舞ったばかりの呪符を左手で触れ、右手のハンドガンを相手に向ける。カウンターの上から男がアイゼンの肩を狙っていた。カウンターにしゃがんでハンドガンを突き付ける男、距離はほんの僅かしかない。

 反動で撃たれる可能性は捨てられない。


 お互いにいつでも撃てる状況。


 ふぅー…とアイゼンがゆっくり息を吐く。視線は自分に向けられているハンドガンへとロックしていた。緊張感が場を支配する。

 ぴくり…と、相手側の指が僅かに動いた気がした。咄嗟に右へと身体を翻す。刹那、パンっ…とペイント弾が発砲された。アイゼンを掠めたペイント弾が床を着色する。


「そっちへ行ったぞ!」


 アイゼンは1人目から離れるとカウンターに飛び乗った。目の前にはハンドガンを構えようとしている2人目。動きはそこまで早くない。左手でカーゴパンツのポケットから呪符を取り出すと、懐に飛び込み2人目の右手に呪符を触れさせた。


「──!」


 同時に行うは解放宣言。アイゼンの呪符がパチ…っと魔術的火花を散らす。その呪符は電撃の呪符。アイゼンの威力ならかなり弱めのスタンガンくらいのものか。それでも相手が握っていたハンドガンを落とすのには充分な衝撃だった。相手のハンドガンが緩んだ手から零れ落ち掛けたのを確認すると、アイゼンは右手のハンドガンを左手に持ち替え、発砲。相手にペイント弾が着弾した。

 改めてもう1人と対峙する。あとはどちらが先に発砲するか。早撃ち勝負でしかない。


「アイゼン、お前で良かったよ。ハンドガンによる早撃ち勝負、リアンとだったら負けていた。お前なら勝てる。お前、ハンドガンだと極端に精度が落ちるからな」


──どうだかな?


 リアンも含め、アイゼンは同期生に言っていない事がある。これに関しては皆を騙している形となる。


──ハンドガンだと極端に精度が落ちる?違ぇよ。敢えて『落としている』んだよ。


 お互いにまだハンドガンを下ろしている状態。何らかのきっかけで、お互いに発砲をする。相手はアイゼンの精度を鑑みれば自分には当てられないと思っている。


──慢心過信、駄目絶対…ってね。


「…ってー…」


 先に落とされた同期生が呪符をくらった手をさすりながら立ち上がった。刹那、2丁のハンドガンが同時に発砲する。


 着弾させたのはアイゼンの方だった。対峙した同期生の胸にペイント弾が着弾した。


「…何だよ…。当てやがって。偶然か?」


 同期生は驚いた表情を隠せない。演習におけるアイゼンのハンドガンの精度は酷いもので、これに関してはリアンが1番だと皆が思っていた。だからこその油断、慢心、そして過信。同期生は誰も気付いてはいない。


──俺、本当は左利きなんだよね。


 普段から箸もペンもハンドガンも右手で扱っていたから、リアンも含め皆がアイゼンの利き手を右だと思い込んでいる。実際アイゼンの利き手は左で、ハンドガンも左手で扱えば恐ろしい程の精度を出す。しかしアイゼンは普段はそれをしない。右手で扱い、敢えて雑な精度を出していた。それには勿論、理由が存在する。


「さて。ここは制圧終了」


──あと1人。


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