◆EX001/鋼の花

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◆EX001/鋼の花

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──Stahl side──



 …ピッ…。

『壁(wall)より報告。指定範囲の封鎖、完了しました』


 …ピッ…。

『了解。現時点より影(shadow)による掃討を始める。対象は『使用人も含めこの家の者』全てだ』


 自分の前には屋敷が1つ。ここは中央管轄区ではないので、地方の広々とした土地の主と言う体の屋敷となる。屋敷を中心に、壁となる特殊部隊の人員が規制を張る。現場となる規制の中に入れるのは『影(shadow)』と呼称する特殊部隊のみ。 表側の入口には管理課責任者が、裏口には自分が待機している。


 …ピピッ…。

『シュタール、情けを掛けるな』


──掛けねぇよ。


 ハンドガンを構え、潜入を開始する。


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 表向きで通い卒業した軍事学校から即時配属されたのは『東方管轄区管理課』と呼ばれる部署だった。ここは所謂『表に出ない特殊部隊』だ。『『東方』と名付いていながら東方にあらず』、そんな部署。『壁(wall)』と言うのはここと対になる表向きの特殊部隊。彼らが壁になる事により、『影(shadow)』となる我々が影となり隠され、隠密行動が可能となる。俺がここに配属されたのは最初から決まっていた事だった。


 この部署の人数は少ない。自分を含めて3人しか居ない。今日、この現場には自分と管理課責任者の2人だけで入っている。だが充分だ。 今回は完全なる殲滅だから遠慮はしない。

 裏口のドアを破壊しても構わないくらいの勢いで蹴破る。今日、ここに居るのは全てこの家の人間。使用人も全て把握している。それらを完全に消すのが今回の仕事。『Search & Destroy』、それで良い。視界に入った人間を遠慮なしに始末する。下手に生かすよりもよっぽど 楽な仕事だった。 無線で管理課責任者と状況を共有する。殲滅対象人数は多くない。たかが15人だ。しかも相手は罪重き一般人。テロリスト殲滅に比べたら遥かに簡単だ。


 手応えもなく、気が付けば最後の1人。何の感情もなく、ハンドガンを突き付けるとそのままその命を奪っていた。 無線を繋げ、最後の1人を始末した事を告げる。あとは現場の後片付けの指示をして、この仕事は終わる。


 …筈だった。


 終われない事態が発生した。

 最後の1人を始末した部屋はまるで納戸の様な部屋で、たくさんの収納棚にいくつものケースが納められていた。最後の1人はやたらとその部屋を庇う素振りを見せた。床には大きな箱。最後の1人はその箱に目をやると少しばかり焦った表情を見せた。つまりそれは『何か誤魔化さなくてはならない箱』と言う訳だ。 確認の為、その箱を開けた。


「…ん?」


 そこに入れられていたのは、ぼろぼろの服を着た少女だった。手足は拘束され口にはテープを貼られ、目隠しをされている。 グローブを外し、そっと首筋に触れてみる。ほんのりと温かい。死んではいない様だ。テープを剥がし、目隠しも取る。手足の拘束はまだ外せない。 ただこれは想定外。最終調査でもこんな子供の情報はなかった。ぎりぎり把握出来ない時間帯にこの家に運び込まれた子供なのだろうか。


──始末か、保護か。


 何も知らないであろうこの子供を始末するのは、確かに簡単だがあまりにも残酷だろうか。だが保護をしたとしても管理課が触れてしまった以上、機密の観点から不用意に外へは出せない。保護となれば、この子供を管理課にするくらいの気持ちが必要。そうでなければ始末した方が良い。


──どうするか。


 迷った末に始末を選ぼうとホルスターに手を掛けた。だが、結局始末する事は出来なかった。


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「シュタール、遅かったな」


 管理課責任者が壁に後片付けの指示を飛ばす中、自分は毛布にくるんだ少女を担ぎ建物の外へと出る。


「ん?何だ、それは」


 毛布の塊を怪訝に思われ、仕方なしにその端を捲る。そこには当然ながら怯えた表情の少女が居る。


「どうやら直前で運び込まれた様だ。何も知らないらしく、始末も検討したが保護にした」

「保護って…シュタール!」

「言いたい事はわかっている。俺が保護した以上、俺が責任持って独り立ちさせるさ」

「…本当に何も知らないのか?」


 先程の少女とのやり取りを思い返す。


『怯えなくて良い。俺は君を助ける。…名前は?』

『…なまえ、きらい』

『歳は?』

『…15』

『どうしてここに?』

『わからない。おしこめられて、きがついたらここにいた』

『ここがどこか知っているか?』

『しらない!…こわい…』


「その様だ。最初は俺にも怯えていた」


 少女は自分の軍服の襟を掴んだまま離してくれない。小さく震えながら、しっかりとしがみついている。


「これからどうするつもりだ?シュタール」

「一旦は軍院だな。手足にかなりの傷がある。それから俺の所に住まわせる。俺が情けを掛けてしまった以上、俺が責任持つのが筋だろ?」


 管理課責任者が溜め息を付いた。俺の所業に呆れたのだろう。


「…シュタール、仕事で見てやれない時はこちらへ連れて来い。アイゼンと一緒に様々な事を学ばせてやれ。撤収は私がやる。お前は壁から信頼出来るやつを1人借りてこっちの軍院へこの子供を連れて行け。あとで報告を忘れるな。だが報告書は要らん。こちらの帰還準備が出来たら一旦連絡する」

「了解」


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