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──Lian side──
その言葉が上手く理解出来ない。この人は自分に何を言っているのだろうか、何を伝えようとしているのか。目の前に広げられた書類が全てを語っているのに理解が出来ない。…いや、したくないのだと思う。 別にそれは絶望ではない。だが、そうだ。喪失感だ。それまで当たり前だった事が当たり前ではなくなった事の喪失感。5年前、リゼを喪った時とはまた違う喪失感。どうしてこんなにも急に。理解が出来ない。
トリガーはきっと、先日行った異例の仕事。いくら軍人同士の繋がりとは言え、ここにそれを持って来る事そのものが不自然だったんだ。例えこの第6小隊が特殊部隊だとしても。
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当たり前が当たり前でなくなる日と言うのは、突然来るものだ。日々当たり前の様に登営し、ミーティングをし、それぞれ割り振られた仕事をこなす。 30人の部隊だが、必ずしも毎日全員が登営する訳ではない。休みの者も居れば、割り振られた仕事の為に事務室を空ける者も居る。だがそれらの予定はある程度の把握はされているし、数日分はプリントアウトされて事務室に貼られているから、誰でも簡単に確認が出来る状態だ。
おかしいと思ったのは通常始業時刻になっても姿を見せなかったからだった。普段の生活態度からは考えられない。登営予定表を確認しても、やはり今日は通常登営の筈だ。
「すまない、誰かアイゼンから連絡を受けているか?」
現在登営している者に尋ねたが、誰も知らないと答えた。自分の携帯を手にすると、アイゼンの携帯に繋げる。暫く待つが呼び出す音が聞こえない。それどころか流れて来たアナウンスは『この電話は現在使われておりません』。
待ってくれ。どう言う事だ?アオイが何かを言っているのに全く頭に入らない。とりあえず、そうだ。今日の仕事の割り振り。
「…さん、リアンさん!」
アオイの声が割り込んだ。
「リアンさん、大丈夫ですか?顔色、悪いですよ?」
「…あ、いや大丈夫…。えっと今日の割り振り…」
「小隊長、休んだ方が良いんじゃねぇの?警備も警邏も事務も俺達でやるから」
「そうですよ、リアンさん」
隊員達はこぞってそう言うものの、たかが動揺。それだけでは休めない。
「いや、大丈夫。僕も無理せず仕事をするから。さて、割り振ろう」
隊員達の計らいで、自分には事務仕事が割り振られた。心配だからとアオイも事務仕事に残る。申請書や報告書など、提出すべき書類は多い。幸いなのは始末書がない事だ。
「リアンさん、先日の任務、凄かったですね。まさか僕、本当にあんな格好するとは思いませんでした」
「…あぁ。あの任務、僕達は同伴と言う形で付いて行ってパーティーを楽しむだけで、本当に良かったのだろうか。別に護衛でも何でもない、ただ一緒に行っただけ」
「でもスミレさん…でしたっけ?東方管轄区の方。あの方も仰ってましたけど、他のどの方よりもリアンさんがああ言った場に慣れているからじゃないんですか?」
「…もう家からは離れたつもりだったのになぁ…」
確かにああ言った場には慣れていた。社交の場は子供の頃以来だが母に習わされたダンスが活きたし、何よりアオイも上手く立ち回ってくれたからこそ、東方管轄区の要望に応えられた。ただ6隊に持って来るには筋は通りそうだが、あまりにも取って付けた様な感じではあった。
コンコン…と、ドアが叩かれる。直ぐにドアが開かないところを見るに6隊の隊員ではない。しかし来客の約束はない。
「はい、どうぞ」
僕は机に散らばった書類を纏めながら入室を促した。
「失礼する」
入って来た人物とは初めて会う筈だが、どこか見覚えがある。通常軍服を纏ったその男は黒い髪と黒い瞳。それはまるで…。
「約束も取り付けられず申し訳ない。なにぶん急な話だったもので」
男は僕に軍の身分証明書を提示した。所属は『東方管轄区管理課』となっている。
「君とは初めて会うな。私はシュタール・アレス」
アイゼンと同じ黒い髪と黒い瞳、似た風貌。そしてその名前。ファーストネームは聞いた事はなかったが、目の前に居るのはアイゼンの歳の離れたお兄さん…と言う事か。
つい肩章を確認してしまう。話次第でどこまで強気に行けるのか、どこで退くべきか、相手の階級次第でかなり変わる。だが今回はどうだ?相手はレッド3本、格上だ。
「悪いが人払いを頼む」
シュタール氏の申し出をアオイが引き受けた。
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