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「まずはこれを」
シュタール氏と僕に挟まれたローテーブルに大判の封書を乗せた。それをこちらへ押し出す。
「これは僕が改めて良い物ですか?」
「あぁ。しっかりと確認して頂きたい」
裏返すときちんと封緘がされ、印まで施されている。
「失礼します」
封書を手にし自分のデスクへ向かう。引き出しを開けペーパーナイフを取り出すと、その封を丁寧に開けた。中身は出さず元居た席に戻ると、シュタール氏の面前でその中身を改めた。
「…は?」
中に入っていた書類は異動命令書類。それは僕宛の物ではない。
「該当本人は既にこちら側へと来ている。緊急での異動命令だが、こちらへサインを頂きたい」
シュタール氏は書類の下の方を指で指し示した。受け入れる側のシュタール氏のサインは既に入れられている。あとは僕のサインを入れれば、この異動命令が成立する。
その言葉が上手く理解出来ない。この人は自分に何を言っているのだろうか、何を伝えようとしているのか。目の前に広げられた書類が全てを語っているのに理解が出来ない。…いや、したくないのだと思う。 別にそれは絶望ではない。だが、そうだ。喪失感だ。それまで当たり前だった事が当たり前ではなくなった事の喪失感。5年前、リゼを喪った時とはまた違う喪失感。どうしてこんなにも急に。理解が出来ない。
…だが。
「待って下さい。何故こんなにも急に。納得出来ません。理由…そうです、理由は何ですか?」
シュタール氏は表情ひとつ変えない。それどころか、彼が纏う空気が圧を構築している。
「理由?私が数年間、弟の我儘に応えたからだ。次は弟が応える番だ。…何より君は既に理解している筈だ。この異動命令に君が異議など唱えられない事など」
シュタール氏の言う通りだった。たかがレッド1本の自分が、レッド3本の人間の命令によっぽどの事がなければ背けない。今回僕は、何ひとつ異議を唱えられなかった。 相手が自分よりも上の階級、該当本人であるアイゼンは了承して既にシュタール氏の下へと行っている。シュタール氏の言う『弟の我儘』が何を示すのかはわからない。だがこれ程にシュタール氏に有利なカードが揃ってしまっていては、僕はこれ以上食い下がる事は出来ない。
トリガーはきっと、先日行った異例の仕事。いくら軍人同士の繋がりとは言え、ここにそれを持って来る事そのものが不自然だったんだ。例えこの第6小隊が特殊部隊だとしても。
あぁ、所謂これは『断腸の思い』だ。わかっている。わかっているさ。
「…わかりました」
上官の命令には逆らえないと自分に理由を付けて、ペンを手に取ると書類にサインをした。これにより、アイゼンは6隊の人間ではなくなる。 負傷及び正当性のない自己都合による離脱率はゼロの状態、これが6隊の自慢だった。それが今回初めて離脱者が出る。それは負傷でも正当性のない自己都合でもない。上官命令だ。変わらずそれを自慢出来る筈なのだが、今は到底したい気分ではない。
シュタール氏は書類を封書に戻すと立ち上がった。用事が終わり、もう戻ると言う事だろう。自分も何とか立ち上がり廊下まで見送る。敬礼を送ったところでシュタール氏が僕に何かを寄越した。
「そうだった。アイゼンからこれを預かって来た。君に渡す様にと」
手渡されたそれはカラビナの付いた赤い革製のキーケース。中にはキーホルダーとキーが1本。見た事がある。このキーはアイゼンの自宅のキー。それを僕に預けると言う事は、何かしらの意味があるのだろう。
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