◇008/離別を告げる者

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◇008/離別を告げる者

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─Third party viewpoint.─


 ピリリリリリ…と、デスクの上に放られていたアイゼンの携帯が鳴った。ディスプレイに目をやると未登録の番号が表示されている。その数字に見覚えはない。


──誰だ?


 不審に思いつつも出ない訳にはいかない。もしかしたら重要な件かもしれない。デスクを挟んで向かいで書類仕事をしているリアンに軽く断りを入れてその電話に出た。


「はい」

『アイ君、お久し振りです。菫です』


 驚いたの一言につきる。ここ3年程、彼女からの連絡はなかった。それなのに今更になってアイゼンの元に電話を掛けて来た。


『アイ君に仕事を頼みたいの。諜報の仕事かな?表向きの仕事は私の同伴。裏の仕事は後程。あとで伺うわね』


 一方的に喋り、一方的に切る電話。端的過ぎるがアイゼンは察してしまった。今までの依頼の仕方とは違う。わざわざあちらから人員を寄越して、仕事に同伴すると言ってきた。


──マジかよ…。


 ここが節目なのだろう、とアイゼンは覚る。


「どうした?アイゼン」

「あー…。何かな、前に同じ部署だった奴がここに仕事を持ち込みたいらしい。あとで来るってさ。聞いてやってくれるか?」

「…仕事?前に同じ部署だったって、初配属で東方に居た時の人って事か?」

「そうなんだが…今更なんだよな」


 程なく6隊の事務室に来たのは事務局用の通常軍服を纏った女性だった。事務局用の軍服はネクタイだけが共通。シャツはデザインこそ似ているが僅かに違う。階級を簡易的に表すブルーのラインが入ったシャツに上着は着る事をせず、彼女はパンツの代わりに黒のタイトスカート、ブーツも軍靴よりも簡素化されたショートブーツを着用していた。

 彼女がリアンに提示して来た身分証には『東方管轄区管理課』の文字。肩章の代わりとなるネクタイにはブルーのラインが2本。レッド1本の彼等より階級は下になる。だがアイゼンは知っている。階級だけで判断して逆らってはいけない。


──『東方管轄区管理課』?聞いた事のない部署だな。


「初めまして。東方管轄区管理課所属の菫と申します。本日は上司に代わりまして、こちらにお伺いさせて頂きました」


 髪の色はアイゼンと似た様な黒。肩に着くか着かないかくらいで切り揃えられ、灰色掛かった青紫の瞳が特徴的だった。彼女はリアンとアイゼンの前に1通の封筒を差し出した。


「来週行われるパーティの招待状です。本来であれば私の上司と赴かせて頂く予定でしたが、諸事情で叶わなくなりました。お手数とは存じておりますが、私の上司の代理として同伴して頂けないでしょうか?上司の代理とは言え、細かい事は全て私が対応します。ただ一緒に来て頂ければ助かる話なのです」

「…失礼します」


 リアンは一声掛けるとその封書を手に取る。


「開けてもよろしいですか?」

「どうぞ」


 許可を得て、その封書を改める。中に入っていた招待状と文書から、彼の父の知り合いからの書状だと気付き眉をひそめた。幼い頃、やはり社交の場で会った事がある。あれから随分経過はしているが、家柄を棄てて軍属になった身としては少し気まずい。


「あの、どうして僕達に打診をしたのですか?」

「まず、ここにアイゼン君が居た事。私、アイゼン君と一緒の部隊に居ましたから。それからいくら軍属とは言えコーネリア家のご子息がいらっしゃる事。…あとはアオイ君…かしら?」


 笑顔で真っ直ぐリアンを見る菫にどこか裏を感じる。 さらりと理由を述べた菫だが、本来それは他者が知る事ではない。確かに軍に提出する書類には事実を書いた。が、それは誰でも見られる訳ではない。何よりリアン本人がそれを口にしない。故にリアンの実家を知る人は、アイゼンを含めたごく僅かな人間と、極秘扱いとなる提出書類を見る事が出来る権限を持つ者のみ。 更に言えばアオイの件だ。アオイに関してはもっと書類が酷い。事情が事情故に空欄も多いし不自然な点も多い。それにも関わらず、彼女はアオイにも社交の場への打診をして来た。それはつまり、アオイの事も把握されていると言う事に他ならない。


──『東方管轄区管理課』、何者だ?


「わかりました。僕とアオイと、アイゼンも必要ですか?」

「お話が早くて助かります。さて、打ち合わせを致しましょう」


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「それでスミさん。仕事って何だよ」


 6隊の事務室で表向きの打ち合わせを済ませ、見送りを口実にアイゼンは菫と外へと出た。この先の話にリアンは参加させたくない。今回、菫が持って来た仕事はそう言う類いのものだろうと察したからだ。


「ここで話せる事ではないわ。わかっているのでしょう?私もまだ回る所があるから、夜、ここで」


 菫が1枚のカードをアイゼンに手渡した。それはバーのショップカード。中央管轄区の繁華街から少し離れた店のカード。


「時間は?」

「19時でどうかしら?」

「…了解」


 その場で菫と別れ、事務室に戻ると自分には割り振られた仕事を始めた。これと言って問題が起きなければ定時で今日は上がれる。何事もない事を願い、アイゼンは仕事をこなした。


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