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 中央管轄区司令部本部の片隅に用意された第6小隊の事務室。小隊長用の執務机と簡易的な机が1つ。あとはローテーブルとくたびれたソファー。隊員達が好き勝手に食事をするから会議用のテーブルが2本とパイプ椅子が数脚。間続きの隣の部屋には簡易的な仮眠室。何とも質素な部屋だ。

 男だらけのこの隊において、ここまで整理整頓が出来ているのはひとえにリアンの努力。曲がりなりにも良家の出故にその辺りは几帳面にやっているし、皆にも細かく伝えてやらせていた。


 普段はリアンに任せっきりの事務仕事を珍しくやっている。小隊長が不在な以上、それは副長の自分に下りて来る仕事。始末書は何とか書ける。だが報告書はどう書けと。事務処理が得意な部下に手伝って貰いながら、何とかこなしている。


「もー無理。なんであいつは出来んだよ!」

「副長、無理無理言っていても終わりません。とっとと書く!」


 早く帰りたい。


「副長、携帯が鳴っていますよ」


 笑顔の部下が寄越す携帯を笑顔で受け取った。それは待っていた報告。


「よし、とっとと終わらせて出るぞ!」


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 下手な手土産は邪魔になる。ちょっと話題の洋菓子店に立ち寄り、焼き菓子をいくつか購入した。袋をぶら提げて軍の病院へと赴く。

 ドアを軽く叩いてから部屋へと入る。腕に管は繋がれているものの、ベッドの背凭れは起こされ笑顔で自分を迎え入れたリアンがそこに居た。部屋には交代で見舞っていた隊員と、リアンの弟が居た。


「よぉ、リアン。だいぶ良さそうか?」


 ベッドのテーブルに持っていた袋を置いた。隊員2人と弟が気を利かせて部屋から出ようとした。


「ルカ、お前はここに居てくれ」


 ルカを引き留める。ルカとリアンと俺の3人になったところで、話を切り出した。


「リアン、すまない。これを使わせて貰った」


 焼き菓子の袋の隣に、スチールケースを置く。リアンはケースに手を伸ばし、中身の確認をした。


「1枚、医療系の札を使わせて貰った。ルカが作製した事は知っていたし、リアンが大事にしていた事も知っていた。けど、他にもう札がなかったんだ。…だから悪いと思いつつも…リアンを助けたくて、使った」


 突然の告白に、リアンもルカもどう反応すべきか迷っている様な表情を浮かべる。


「アイゼン、この札って記名呪符だっただろう?どうやって使ったんだ?」


 そう。それは記名呪符。リアンにしか使えないはずの札。


「俺の呼び掛けには一切応えなかった。だがお前に握らせたら呼び掛けに応えた。理屈はわからない」


 何故記名呪符が俺の呼び掛けに応えたのか、わからないし理解が出来ていない。自分には使えないはずの札が使えた事が不思議で仕方がない。


「…多分。いや、多分ですよ、アイゼンさん」


 ルカが口を挟む。


「アイゼンさんが兄さんに札を握らせた時、兄さんは意識はなくとも生きていた。記名呪符は記名呪符として、兄さんに応えたんだと思いますよ。だけど、媒体としてアイゼンさんを通した」

「ルカ、僕は何もしてないよ?」

「無意識でも何でも兄さんが生きたいと思ったのであれば、護符と化した呪符が兄さんを生かそうとしても不思議じゃないでしょ?起動要因は無意識の兄さん、起爆要因はアイゼンさん。兄さんの手に札があったのなら、なくはないと思うよ」


 そう言うものなのか。自分が呪符に詳しくないからどうしても理解しきれない。


「…そっか…」


 リアンはケースを掲げ、嬉しそうにケースを見詰めていた。


「…そっか、君達は僕を助けてくれたんだね。ありがとう」


 呪符は確かにリアンに寄り添った。単なる和紙がルカの手に渡り気持ちの籠った呪符となり、単なる呪符がリアンの手に渡り大切に扱って貰った事で護符となった。


「…何でも『縁』なんだな」


 ふわり…と風が吹き込む。


「俺はもう帰る。お前が居ない分、事務仕事が終わらないんだ。ゆっくり休んで早く戻って来てくれよ」

「わかった。ゆっくり休んで早く戻るから、アイゼンは事務仕事に慣れてくれよ?そうすれば僕、少し楽が出来る」

「やだ。無理。お前を待っている」


 手を振り、部屋から去ろうとした。


「アイゼン!ありがとう。僕を助けてくれてありがとう」

「おう、俺だけじゃなく皆に感謝しろ。それと同じくらい札に感謝しろ」


 札に関してはあとはルカに任せれば良い。俺はリアンがいつ戻って来ても良い様に、少しだけ事務仕事を減らしておこうと思い、また6隊の事務室に戻る事にした。

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2019/11/16/003

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