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辺りはどうにも煙たかった。砂埃と爆破の粉塵。現場は制圧戦の現場。しかし、制圧そのものはもう終わっていた。
自分達、第6小隊はだらだらと続くデモの制圧の為にこの現場を訪れていた。だが実際にはどうだ?デモそのものは収束していて、残務は首謀者の拘束と移送くらいだった。事実6隊の実質的な任務も、制圧任務ではなく単なる警備任務となっていた。制圧戦のつもりでいたのに、いざ現場に来てみれば事態が変わって警備任務…と言う状況に、人を傷付けなくても良くなったと言う安心感が生まれたのだと思われる。
それ故に、きっと無意識に気を緩めてしまったのだろう。
隊員の1人は、親とはぐれた子供を保護し、周囲に親が見付からなかったのか制圧本部へと連れて来ていた。
隊員の1人は、拘束したデモ人員が所持していた銃火機を1箇所にまとめていた。
隊員の1人は、無線で他部隊の状況や動きを確認し、報告をしてていた。
隊員の1人は、他部隊の人と共にデモ人員の移送を1人ずつ行っていた。
隊員の1人は、移送車両の警備に就いていた。
小隊長であるリアンは、部隊員に指示を出しながら全体を見ていた。
…はずだった。
がちゃん…と派手な音が隣で響いた。自分の足元には制圧用に持って来てはいたものの、使用する機会などなかったリアンのショットガンが落ちている。少し目線を上げてみれば、リアンが隊員の方に向かい駆け出していた。
「おい、リアン!」
リアンが隊員の1人を突飛ばし、子供を庇うかの様に抱き締めた刹那、辺りに乾いた銃声が2つ響いた。
発砲したのは移送中のデモ人員。隊員と他部隊員を振りほどき、巧妙に隠し持っていた小さなガンを子供を連れていて避けられないであろう隊員へと向けた。リアンはそれを気付き、声を掛けるよりも先に隊員を突飛ばして守り、子供の盾となり…。
被弾した。
「小隊長っ!」
突き飛ばされた隊員の叫び声で現実に戻される。発砲したデモ人員は、ガンを更に別の隊員に向けていた。俺は何かを考える余裕もなくホルスターのハンドガンを左手で抜き、デモ人員のガンを弾き飛ばした。許されるのならば急所を撃った事だろう。だが今は殲滅戦ではない。射殺許可も出ていない。何よりそんな事をしてリアンが喜ぶとは思えない。よく堪えたものだと、その点だけは自分を褒めたかった。
「リアン!おいっ!」
デモ人員の再拘束は隊員に任せ、俺はリアンの元へと駆け寄る。腕を持ち上げ、リアンに抱き締められた子供をそっと抱き上げた。目の前で起きた事に怯え、小さく震えていた。
「この子に怪我がないか見てあげて。必要に応じて手当ても」
子供は隊員に託す。自分はリアンの腕を引き上げ、身体を起こす。支えながら替え弾倉や予備の散弾、それと呪符ケースが入れられたタクティカルベストを取り去った。
「副長、担架の確保が出来ました!」
被弾は背中右側。左側じゃなかった事に安堵した。半分うつ伏せになる様な角度でリアンを担架に乗せる。軍服がどんどん緋く染まっていく。
「副長、止血用に貰って来ました」
「ありがとう、誰か医療系の札を持ってないか聞いて貰えるか?」
「了解です」
携帯用ナイフで軍服を切り裂き、邪魔になるグローブも取っ払った。自分の軍用グローブも作業の妨げになるから外した。本当は素手で処置すべきではないが、医療用の手袋もない。砂埃にまみれているグローブよりはいくらかましだろう。手伝って貰いながら被弾箇所の止血処置を施す。いくら応急処置の講習を受けているとは言え、なにぶん医療班ではないから的確なのか不安になる。
「副長、医療班に連絡取れました!」
「了解。医療班が着いたらすぐここへ通してやってくれ!」
「副長、すみません、札がありません。巻き添えの一般市民に使ってしまったそうです」
呪符がない。医療班が来るまで現状維持を出来るのか?否。それは難しい。早急な止血が必要だ。しかし応急処置だけでは遅い。出来れば医療系の呪符が欲しかった。
どうすれば、どこにある。目に入ったのはさっき自分が放った、リアンのタクティカルベストだった。
「それ!リアンのベストに札ケースがあるはずだ。探してくれ!」
隊員がリアンのベストからプラスチックケースを取り出し、中を改める。見せた表情は…。
「…副長、ありません。医療系の札がありません」
ならばあとは、スチールケースの方に望みを賭けるしかない。隊員に手伝って貰い、リアンの軍服の左上腕に作られたポケットからスチールケースを出した。これはリアンが大事にしているケース。
「…リアン、すまない」
それを本人の許可を得ずに開けた。
中には数枚の呪符。炎、氷、電撃…それと医療系が1枚ずつ。…だが以前リアンが言っていた様に、全てがリアンの名前が記入された記名呪符だった。
俺には行使出来ない呪符ばかり。わかっていながらも、ケースから医療系の呪符を取り出す。願わくば…と一縷の望みをかけて左手で呪符を握る。右手は被弾箇所に。
「──」
解放宣言をしてもやはり呪符は応えない。わかってはいたものの、悔しさは拭えない。持っていた呪符をリアンに握らせる。その上からリアンの手を強く握り締めた。
──お前はこいつの護符だろう?お前の主人を護る札なんだろう?3年間、ずっと傍に居たんだろう?…今、護らないでいつ護るんだよ!
改めて解放宣言を口にした。
「──!」
…パチっ…。小さく魔術的な火花が散る。リアンに握らせた呪符が応えた。
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