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「アイゼン、検討を祈る」


 そう言い残すとリアンはスナイパーライフルを手にし、小屋を警戒しながら出て行った。普段、ハンドガンとブレードを使うリアンにしては珍しい選択だったが、それは彼等の取り決め通りの行動だった。

 残されたアイゼンもフードを深く被り、自分の髪色を隠した。小屋にあった大きめのテーブルらしき物を倒しバリケードにすると、その後ろ側へ移動し息を潜める。アイゼンの手には、リアンのハンドガンと模擬ナイフ、それと呪符が1枚。それが彼の装備だった。


──さぁ、来いよ。ユーディ!


 相手は遊撃班、いつ襲撃されてもおかしくない。リアンが居酒屋で言っていた事を思い出す。


──『相手は遊撃班。動き回り臨機応変に対応する事に長けている。故にこちらは迎撃に徹し、相手が踏み込んで来るのを待つべきだ』


──『まずは班員が活路を開きにやって来る。班長とユーディは直ぐには来ない。だから前線と中層狙撃で班員を削る』


──『ユーディは僕ではなくアイゼンを狙ってやって来る。相手側にも事情が存在する』


 現状、リアンの読み通りに事は進んでいた。


 …ピッ…。

『南エリア7高所より通達、敵2名、エリア7Cより8Aへと侵入!』

 …ピッ…。

『補正より、予定通りお願いします』

 …ピッ…。

『南エリア8中層狙撃、確認。只今より狙撃体制に入る』


 無線からはリアンの声が流れる。遊撃2班班長とユーディが小屋の側に来ているのがわかった。

 バリケードの後ろ側で潜むのをやめ、立ち上がった。左手のグローブは外し、軍服のポケットへと仕舞う。被っているフードはそのまま、いつ入って来られても大丈夫な様に右手のハンドガンを構える。


 キィ…と僅かばかり軋んだ音をたて、小屋のドアが開いた。ハンドガンを構え、警戒しながら1歩踏み込んで来たのはユーディの方だった。


──『こちらと同じ理由で2班の指揮官はユーディの可能性が高い』


──来た!


 互いにハンドガンを向け合う状態。今はまだ拮抗状態、互いに発砲が出来ない。それを崩したのはユーディだった。ドアを開け事により、外から冷たい空気が流れ込む。ふわり…と、アイゼンのフードが飛んだ。ユーディに見えたものは、『黒色の髪のアイゼン』ではなく、『伽羅色の髪のリアン』だった。


 にやり、とアイゼンが笑う。ユーディに一瞬の躊躇いが出来たのを見逃さなかった。


「──!」


 左手に持っていた呪符の力を解放させる為の解放宣言を口にする。


──『ユーディと班長はここにアイゼンが居ると思ってやって来る。今回の演習の性質上、それは間違いない。そこにもし、僕が居たら?…きっと隙が出来るよね』


 リアンが伽羅色のウィッグを無理矢理アイゼンに被せた理由がここでわかった。背丈が3cmしか違わない2人を他部隊の人間が区別するのには、まず目につく髪色でしかない。

 絶対的な確信をしていたにも関わらず、一瞬でも思い描いていた人と違う人が目の前に現れたら、戦場ならなおのこと無意識に僅かな隙を作ってしまうだろう。


 呪符が魔術的な火花を散らしながら燃え尽きた。ボンっ!…と、小屋の屋根で小さな爆発が起きた。それは本当に小さな爆発。衝撃で斜めの屋根から雪が滑り落ち、小屋のドアを塞いた。先に建物に侵入したユーディと後ろに居た班長を雪が分断した。


──『この小屋を拠点にしよう。屋根が斜めになっている。上手く呪符で発破を掛けられたら、屋根に積もった雪でユーディと班長を分断出来るかもしれない。遠隔操作の札を使おう。屋根には起爆の札を仕込み、アイゼンには起動の札を渡す』


 居酒屋で、遠隔操作が出来る2枚1組の爆破の呪符をリアンから見せられていた。自分が使う事により威力は格段に落ちるが、求めていた効果には充分だった。


 …ピッ…。

『南エリア8中層狙撃より通達!敵1名、被弾確認!』

 …ピッ…。

『補正より、想定通り続行です』


 アイゼンのヘッドセットからリアンと補正指示に就いている黒曜の声が聞こえた。ここからは見えないが、すぐ側での遊撃2班班長撃破を告げていた。


──『他の班員を排除していけば、いずれ班長とユーディがアイゼンの元へと来る。ユーディ主体で来るだろうから、最後に班長を落とせば…』


「さぁユーディ。以前は共闘だったが今日は違う。サシでの勝負だ」


──『最後に班長を落とせば1対1になれる』


 潜伏出来ない限られた空間、重装備をしない遊撃班。相手は自分よりもかなり小柄な遊撃班員。戦場において軍人同士であれば互いに手加減などしない。例えそれが男女であってでもだ。


 アイゼンのハンドガンがユーディに向けて発砲されるが、それは命中しない。慣れないガンにアイゼンは苛立ちを感じる。反面、ユーディは遊撃故にハンドガンに慣れていた。ユーディのハンドガンがアイゼンに向けられる。


──ちっ!めんどくせぇ!


 アイゼンは持っていたガンを左手で持ち変えると、ユーディのガンに向けて投げ付ける。刹那、ユーディのガンが発砲したが、投げ付けられたガンのせいで弾き飛ばされ、軌道がずれた。ペイント弾は床に着弾した。

 カラカラ…と、2丁のガンが床を滑る。それはもう2人の手の届かない場所に居る。ガタン…と派手な音をたてて、アイゼンはバリケードを踏み台に飛び越え、模擬ナイフを片手にユーディの懐へと潜り込んだ。ユーディの予備ハンドガンは間に合わない。


 派手な蛍光色が辺りに散らばる。ユーディの胸部に取り付けられたペイントパックから蛍光塗料が飛び散った。ユーディの胸部とアイゼンの頭部、床が派手に染まった。


 …ピッ…。

「…拠点より通達、敵1名、撃破」


 ヘッドセットにアイゼンが声を零した。直後、演習施設に演習終了を告げるサイレンと、第6小隊員の歓声が響いた。


「…くやしい…」


 ユーディはストレートな感情を吐き出しながら床に転がっている2丁のガンを拾うと、自分の物はホルスターに仕舞い、もう1丁をアイゼンに突き付けた。


「悔しい!何であんた、髪色が違うんだよ!」

「あぁ、これ?ウィッグ。ウチの隊長殿が被っとけって寄越して来た」


─────────────────


 演習終了から2時間。彼等は撤収作業に追われた。ペイント弾は水性塗料。この雪であればそのまま流れてくれる。散らけた空弾倉等を回収し、蛍光塗料が付いた軍服を脱ぎ着替え、荷物を纏めた。


 第6小隊のメンバーが皆集まった所で隊員ひとりひとりに温かい缶コーヒーを配り、リアンは口を開いた。


「第6小隊総員に、今日は本当にお疲れ様でした。お陰で6隊に勝利判定が出ました。ありがとうございます。…ただ僕は皆に謝罪をしなくてはなりません。僕が小隊長の立場故、今回の演習に関して言えない部分がありました」


 リアンはアイゼンの方を向く。


「何故今回、主たる指揮官が僕ではなくアイゼンだったのか。今回のこの演習、選定推薦査定だったからです。対象はアイゼンと遊撃2班の1人。勝利判定に登録指揮官撃破が入っていたから、僕が出張ってはいけないと判断したのです」


 リアンが掌を下に向けて2~3回振った。座ろうよ、と言いたいらしい。


「申し訳ないと思いましたが、私情を挟みました。僕が6隊に来る前の話です。アイゼンと一緒に選定推薦査定が入る事になった時、僕はその権利をアイゼンから譲って貰いました。今回の査定では、アイゼンに何としても権利をもぎ取って貰いたかったです。しかもアイゼンの実力で。だからアイゼンを登録指揮官にして、遊撃2班の登録指揮官を深部まで来させました」


 皆の顔をゆっくりと見回す。隠し事を怒っている様子はない。


「僕の私情だらけの作戦内容に、付き合ってくれてありがとうございます。そして言えない事だらけで本当に申し訳ありませんでした」


 リアンの謝罪の言葉を待ってから、全員で缶コーヒーを掲げた。


「「生きている事に乾杯!」」


 ──僕達6隊は明日を生きる為に、今日を生き抜く為に駆けるんだ。


─────────────────


 後日、軍中央地区管轄司令部にリアンとアイゼンが呼ばれた。選考が無事に通り、アイゼンの昇格が決まった。第6小隊において、リアンだけがレッドの立場だった。あとはブルーが数人とグリーン。30人居て、1人だけ肩章のカラーリングがレッドだった。今回、アイゼンの昇格によって、リアンとアイゼンの地位は同格になり、同時に肩章も揃いになった。


「…やっぱり着慣れねぇな」

「いつか慣れるさ。…とは言え、結局いつもの活動用軍服になるんだろうけどね。通常軍服ならまだしも、礼装用の軍服なんてそんなに着る機会はないよ」


「次の任務、また小競り合いの制圧だって?」

「やんなっちゃうよ。もう少し平和な仕事をしたいのに」

「それでもコーネリア指揮官が居れば犠牲は減らせるだろ?」

「そうありたいけれど、僕だけじゃ無理だよ」

「これからはさ、俺もお前と同じ様に負荷を背負える。…昇格も悪くねぇな」

「今日はこれ以上仕事はないし、着替えて飲みに行くか?」

「良いねぇ!グラスを傾けて…」


「「生きている事に乾杯」」


 彼等は軍人。緋に染まらない仕事は少ない。『生きている事に乾杯』、その言葉をまた言う為に彼等は戦場で理想を目指す。


──────────────────

2019/11/07/001

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