◇002/僕とルカ

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◇002/僕とルカ

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 乾いた風が頬を撫でる。仕事としてこの地に立つのは4年振りくらいだろうか。西方管轄区国境警備隊、今回は彼等との共同作戦となる。今現在立っている地はまさに国境。これから行うのは制圧戦。現場は国境ぎりぎりの廃墟群。

 廃れてしまったその地に風が吹く度に砂埃が舞う。疎らに生えた背の低い草も風に煽られそよぐ。こんな仕事でなかったら、この廃墟群も散策するには丁度よかったのかもしれないが、なにぶん今は広範囲で規制線が張られてしまった。


 僕達第6小隊は、今回ここで西方管轄区国境警備隊と不法入国のテロリストの制圧を行う。何故わざわざ僕達が?と思うのだが、この第6小隊がある種の特殊部隊の役割を担っているからだろう。


 それぞれが自らの装備を確認する。僕も自分のブレードを鞘から引き抜き状態を見る。それからハンドガンも手に取り、マガジンがない状態でロックを外し動きを確認。そのあとにタクティカルベストからマガジンを取り出すとハンドガンに装着した。

 左手首には個人識別票。きちんと付けられている。

 最後に活動用軍服の左上腕部に作られたポケットに手をやる。ここには特別と位置付ける呪符を仕舞ってある。ポケットにはスチールケースがひとつ。それを取り出しケースを開けた。中には3枚の呪符。これらは全て記名呪符だ。僕の弟が僕の為に設えてくれた呪符。僕は未だにこれらを行使出来ずにいるし、これからも行使するつもりもない。毎回戦闘に出る度に、この記名呪符を確認する。これはもう習慣だ。


 弟を含め、僕はもう家族と会うつもりはなかった。家を出た当時はそう思っていた。


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 僕の家の話をしよう。

 僕の実家はこの軍事国家中央管轄区の中央都市に居を構えている。父は僕と違って軍人ではなかったが、財政界では名の知れた人だった。

 僕はそんな家の長男だから、当然の様に母は僕に過度な期待を掛けた。幼い頃から語学を含め様々な学問を学ばされたし、ピアノやバイオリンや絵画などの芸術にも触れさせられた。剣術も習わされたし、必要程度の狩猟もやらされた。


 正直どれもつまらなかった。理解した事は、興味がない事はやはりどうあってもつまらないと言う事だった。ただ母のお陰で様々な知識、経験が身に付いた事は後々役に立ったので良かったのだと思う。その点は感謝をしなくてはならない。

 僕は『僕』であるのに、母は『後継ぎの長男』としてしか見てくれない。そのプレッシャーは凄まじく、僕は段々笑わない子供になって行った。


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 僕の弟の話をしよう。

 僕には3歳下の弟が居る。幼い頃は自分がお兄ちゃんでいられる事が嬉しくて、いつも一緒に遊んでいた。僕が母からの言い付けの下、習い事に行く様になると段々と一緒に遊ぶ時間は減って行った。ひとつ、ふたつと習い事は増えて行き、気が付けば殆ど一緒に居られる時間はなくなっていた。

 今から思えば、弟は弟なりに寂しかったのかもしれない。弟から見れば、習い事に僕を取られてしまっていたのだから、僕の習い事がさぞかし憎かったであろう。ただ弟は、僕の習い事を潰すと言うやり方は選ばなかった。


 弟と言う存在は何かと要領が良い。兄を見て、何をしたら叱られて何をしたら褒められるのかを無意識に良く観察している。それに倣い、自分は叱られない様に自分は褒められる様に、そうやって弟は幼少期を過ごしていた。


 ある日、弟が習ってもいないピアノを弾いた。突っかかりながらの拙い弾き方だったが曲にはなっていた。僕がいくら必死に練習しても先生から合格点を貰えていない曲。弟は僕の練習を見て、見様見真似で少しずつ自分で練習し、拙いながらもその曲を弾ける様になっていた。

 語学も同様。弟は何ひとつ習っていないのに、隣の部屋から聞こえてくる僕と先生の会話を聞きながら、何となく覚えていった。


 それでも所詮は次男。後継ぎである僕が居る以上、弟は母の視界に入らない。母から褒めて貰いたい一心で、僕がやる事を勝手に真似て同じ様にやって来た。母が1度でも褒めれば満足したのかもしれないが、弟には一切見向きもしないので、更にむきになって僕の後ろを付いて来た。

 当時の僕はそれが嫌いで堪らなかった。それでも僕は兄だからと嫌いなのを無理矢理我慢して過ごし続けた。感情に蓋をして、無理をしていたのだと思う。数年それを続けていよいよ我慢が出来なくなり、自宅内だと言うのに僕は露骨に弟を避ける様になった。それでも弟は僕に付いて来た。


 転機はジュニアハイスクールでの研修だった。皆を乗せたバスが通った国道脇に軍事演習施設があった。窓からそれを眺めながら、『あぁ、軍事学校に進学すれば寮生活が送れるなぁ…』と漠然に思ったのだ。研修を終えジュニアハイスクールに戻ってからは、家族に内緒で資料を集めた。

 母からの反対は目に見えていたから、父に話を通した。父は僕の様子に気が付いていたらしく、黙って書類にサインをしてくれた。その時、父からブレードを1振譲ってくれる事を約束して貰った。弟の瞳に似たブルーカルセドニーの様なカラー、峰側に綺麗な模様が入ったそのブレードは、父が1番気に入っていたブレードだった。ジュニアハイスクールを卒業し、軍事学校へ向かう為に自宅を出る日の早朝、父はそれを玄関ホールに置かれたケースから取り出し、専用の鞘に納めて僕に渡してくれた。


 弟に家柄を押し付けるかの様に、家出同然に飛び出して丸7年間。僕は弟のルカと会ってはいないし、家には連絡ひとつしなかった。父は僕の進路を知っている筈なのに、軍事学校の寮に何の連絡もなかった。母や弟には敢えて黙っていてくれたのだろうか。


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