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話は少し戻る。
「「生きている事に乾杯」」
上質な硝子が奏でる音は周りの騒がしさに掻き消されてしまったが、2人は満足そうな表情でグラス口を付けた。それから立て続けにシーザーサラダ、刺身の盛り合わせが届き、腹も満たしていく。時間をずらしてオーダーした蛤の酒蒸しもほっけ焼きもやはり最高だった。
「それで?」
それまでの声のトーンとは打って変わり、アイゼンが静かに切り出した。わざわざ騒がしい店を選び、しかも半個室。理由がある事くらい察していた。
「流石だね、アイゼン。ただ僕は小隊長だから守秘義務が課せられている。言える事と言えない事があると言うのを前提に話をしよう」
リアンの箸が綺麗にほっけの身を取る。
「2週間後、他地区遊撃班との演習が決まった。場所は北方の演習施設、市街地戦になる」
「北方?この時期だと雪じゃないのか?大丈夫か?」
「うーん、多少は雪、降るだろうけれど市街地戦想定だから平地にある演習場だよ。山岳雪中行軍にはならないからそこまで心配はないよ」
持って来ていたバッグから封筒を出す。演習場所となる施設の簡易的な図面を広げた。
「僕達の陣地は南側。勝利条件は敵の殲滅もしくは敵司令官の撃破。これが相手側の遊撃班」
次に出したのは相手側メンバーの写真。…とは言え、1枚の紙に名前と顔写真が印刷されているだけのもの。
「ユーディが居る。…遊撃2班か」
「…遊撃2班?どこかで聞いたな。知っている人か?」
「ユーディとは初配属のあと、少しだけ同じ隊に居た事がある。2班の班長に気に入られて連れて行かれたやつ。この人が班長。…確か兄貴の…」
「ん?お兄さん?」
「いや、何でもない」
「あ、遊撃2班って確か黒曜さんが前に居た部署じゃなかったかな?」
「だったらユーディもそこの班長の事も知っているかもしれないな」
「そうだな。聞いてみる価値はある。…ところでアイゼン、この演習、僕はどうしても勝利判定が欲しい」
珍しくリアンが確実な勝利を強く欲した。
「だがそれは僕の手でも皆の手でもなく、アイゼンの手で取った勝利判定が欲しい。ここから先の情報は守秘義務で言えない。…アイゼン、このユーディと言う人物は遊撃班故に必ず攻め込んで来る。僕はサポートに回る。アイゼンは必ず撃破しろ」
それは普段のリアンからは考えられない言い方だった。それ程、今回の演習には意義がある。アイゼンにそれが伝わった。
「その理由は?お前がその勝利判定に拘る理由」
「申し訳ない、そこは守秘義務の部分。今は言えない」
「…OK、俺達はどう動く?皆をどう動かす?」
「そうだな。黒曜さんにも意見を聞くべきだが、とりあえず相手は遊撃班。──」
─────────────
着実に無線が減って来ていた。それは自陣の人数も減ってはいるが、相手側の人数も減り動けない状態とも言える。
──『相手は遊撃班。動き回り臨機応変に対応する事に長けている。故にこちらは迎撃に徹し、相手が踏み込んで来るのを待つべきだ』
その通りだった。遊撃2班の班員は身を隠しながら少しずつ第6小隊のエリアへと進撃していた。
──『あの2人は2班でも屈指の前線人員。隙を見付けてそこから攻めて来る。あの2人の体格を舐めてはいけないよ。あの2人は殊更軽装を好む。それだけ機敏性と機動力を重視してる。君達2人に比べて──は小柄だ。ユーディはそこから更に小さい。それをカバーするだけの技術もある』
黒曜から聞き出した情報は有難いものだった。
──『多分2班は、まずは班員が活路を開きにやって来る。どうせ──とユーディは直ぐには来ないよ。だから前線と中層狙撃で班員を削るのがベターかな』
黒曜のアドバイスは惜しみなく組み込んだ。それが効いているのか第6小隊員の報告を聞く限り、班員の撃破報告はいくつもあったが班長とユーディの報告はまだない。
──『ユーディは僕ではなくアイゼンを狙ってやって来る。相手側にも事情が存在する』
リアンが置いた策は着実にアイゼンの元へユーディを導いた。
…ピッ…。
『南エリア7高所より通達、敵2名、エリア7Cより8Aへと侵入!』
…ピッ…。
『補正より、予定通りお願いします』
…ピッ…。
「南エリア8中層狙撃、確認。只今より狙撃体制に入る」
3階建ての建物の屋上から、ライフルがアイゼンの居る小屋の入り口付近を狙う。微調整をし、数メートル後ろを行く男を捉えていた。瞬間を待つ。まだ来ない。
ボンっ!と、小屋の屋根で小さな爆発が起きた。それは本当に小さな爆発。衝撃で斜めの屋根から雪が滑り落ち、小屋のドアを塞いた。先に建物に侵入した者と後ろに付いていた男を雪が分断した。
──今!
ライフルの引き金の指に力を込めた。弾は射出され、男の胸部に鮮やかな蛍光色が広がった。
…ピッ…。
「南エリア8中層狙撃より通達!敵1名、被弾確認!」
──演習終了のサイレン…鳴らない!!
…ピッ…。
『補正より、想定通り続行です』
──『他の班員を排除していけば、いずれ班長とユーディがアイゼンの元へと来る。ユーディ主体で来るだろうから、最後に班長を落とせば…』
狙撃主のフードが風によって後ろへと落ちる。伽羅色の髪が靡いた。
──『最後に班長を落とせば1対1になれる』
リアンは知っていた。遊撃手と言うのは臨機応変に動いて行けるが、逆を返せば限られた空間に押し込んで臨機応変の選択肢を減らしてしまえば何も出来ない事を。遊撃手と言うのは機動力を重視する故、基本的に重装備はしない。だからこそ1対1になった時の力押しには弱い事を。
──アイゼン、取れ!
暫くの静寂のあと、聞こえたのは無線の音だった。
…ピッ…。
『…拠点より通達、敵1名、撃破』
ヘッドセットからアイゼンの声が零れた。演習施設に演習終了を告げるサイレンと、第6小隊員の歓声が響いた。
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