旅路①


「隊長、もしかしなくてもなんすけど、俺達って邪魔なんじゃ…」

「それを言うなベン、それは俺も思っていた」


今、二人の視線の先には馬に乗っている王女様とアルフレッドが居た。ただ乗っているだけならいいのだが、どう見てもイチャイチャしていて、二人だけの世界になっている。


「アルフ、今夜の宿は一緒の部屋よね?」

「ああ」

「ベッドは一つ?」

「二つだ」

「えっ!?一緒に寝るのに、二つも要らないわよ!?」

「大きい声をだすな」

「あっ、もしかしてギル達に聞こえるのは恥ずかしいの??」


大丈夫です、聞こえてませんよ。そんな顔をしてみせるが、残念なことにこの距離じゃ会話はバッチリ聞こえてくる。


(王女様とアルフが一緒に寝てるのなんて、もう王宮内じゃみんな知ってるんだけどな)


知られてないと思っているのはアルフレッドだけだ。王女様が自ら言い触らしてることを知らないのだろう。ギル含め、周囲の者はしらないフリをしてあげている。


「隊長、やっぱりあの二人は付き合ってるんじゃ…?」

「アルフレッド曰く、付き合っていないらしいぞ」

「そうなんすか…?」


アルフレッドは頑なに否定をする。だが、周囲からすれば付き合ってるとしか見えない。そういう話に疎いベンでさえそう言うのだから、よっぽどだ。


「お前は何も気にせずいつも通りにしてたらいい。森についてから忙しくなるぞ」

「うっす!馬で四日程度の距離っすよね?」

「そうだ。少し長旅になるから、覚悟しとけよ」

「頑張るっす!」


そう答えるベンは、どこか楽しそうだ。ギルが率いる一番隊は王女様の護衛の任につく前から普段から忙しく、休みも滅多に無い。その為、ベンは王都かは離れるのは村を出たとき以来になる。


(まあ、目的地につくまでは旅行気分を味わってもらおう)


ベンは普段からよく働いてくれているので、たまにはこういう任務も気分転換になっていいはずだ。


のんびりとした旅を楽しもう。

ギルは馬に乗りながらそんな事を考えていた。














しかし、人生上手く行かないものである。


「ギル、撒いたか?」

「ああ、大丈夫だ。ベン、怪我は?」

「俺元気っす!」


のんびりとした旅路を楽しんでいたはずなのに、つい先程複数の男達に襲われた。戦闘を行うべきか迷ったが、ただの賊なのかそれとも王女様を狙った者達なのか判断がつかず、一旦敵を巻くことにした。


「王女様、気分など悪くなっていませんか?」

「ありがとうギル。アルフの乗馬技術が良いのか、快適よ」

「エミーのことは俺に任せとけ」


だからお前は出しゃばるな、と言いたげにアルフレッドが見てくる。こいつは相変わらず心が狭い。


「宿でのんびり旅、なんて思ってたが、そんな事できないかもな」

「どうしてっすか?敵が来ても俺切っときますよ?」


シレッとベンが言い放つが、ここには王女様が居るのだから発言には気をつけてもらいたい。毎回毎回血生臭さい所を見せるわけには行かないのだから。


「それは頼もしいが、行く先行く先で血の海を作っていたら、目立ち過ぎるだろ」

「なるほどっすね!」


分かったのか分かってないのか、ベンは元気な返事をしてくれる。後でもう一度説明しよう、そうギルは心の中で誓う。


「ギル、さっきのは賊とエミーを狙ってる奴ら、どちらだと思う」

「俺個人の意見だと、王女様を狙ってる奴らだな」

「俺も同感だ」


決定打に欠けるので巻く選択をしたが、あの敵の身のこなしは訓練を受けた者に見えた。だから、王女様を狙ってる奴らだろうと予想はしている。


「エミーは野宿も経験しているから、今夜は野宿にしよう。まずは様子を見たほうがいい」

「王女様には申し訳ないが、そうさせてもらう」

「大丈夫よ、私慣れてるもの」


ね、アルフ?と王女様がアルフレッドに話しかけるが、アルフレッドは微妙そうな顔をしていた。王女様との野宿に良い思い出はないのだろう。


「ベン、お前は少し先を行って野宿できそうな場所を探せ。見つけ方は分かるな?」

「大丈夫っすよ隊長!俺、野宿得意っすから!」

「なら、頼んだ」


はい!と返事をするとベンは馬を走らせた。

ギル達はこのまま周囲に気を配りながらゆっくりと進むのみだ。




◇◇◇




「お前、本当に探せたんだな…」

「隊長、俺のこと信じてなかったんすか?」


ショックを受けた顔をしながら、ベンがギルに近づいてくる。信じてなかった訳でないが、何かしら問題のある場所を見つけてくるのではないかと思っていただけだ。


「ここなら人に見つかりにくくて良いな」


アルフレッドも手放しに褒めている。

ベンが見つけてきた野宿が出来そうな場所は、パッと見ると何の変哲もない岩壁だった。しかし、少し横に反れるとくぼみがある。


「あっちに川もあるっすよ!」


誇らしげにベンが言う。アルフレッドに褒められて嬉しいのだろう、得意気な顔をしている。


(寝床は申し分ない、後は周囲を見張りつつだな)


そういえば、王女様は大丈夫だろうか。そう思って後ろを見渡す。

すると、アルフレッドがテキパキと自分の上着を敷き、そこに王女様を座らせている姿が見えた。フレデリカの仕込みはこういう所で活きるのか、と思わず一人で頷く。


「何頷いてるんだよ」


アルフレッドが怪訝な顔をしながら近づいてきた。説明したら怒りそうなので笑って誤魔化しておくべきだろう。


「あはは、何でもないぜ。それより、見張りは俺とベンでやるから、お前は休め」

「俺も見張るから、順番で回せばいいだろ」

「王女様からお前を奪えねーよ。それに、こんな汚い所に女の子を一人で寝かせるのは可哀想だろ」


な?と念を押すように言うと、アルフレッドは押し黙る。きっとこれは同意だろう。


(でも、俺やベンが近くにいるのは嫌だろうな)


仕方ないから、友人の為に少し離れた場所で見張りをしてやるか。さっさとくっついてしまえばいいのに、本当に手のかかる友人だ。















「アルフ、早く寝ましょう?」


目の前でエミリアがポンポン、と横の地面を叩いていた。アルフレッドはそれを何とも言えない顔で見ている。


ついこの前まであんなにアルフレッドの事を避けたり、近づくと動揺していたのに、気づいたら普通に戻っていた。一体、彼女の中でどのように解決したのだろうか。


(でもまあ、寝るという約束はしたしな…)


以前、ベッドの上で寝床を共にすると言ってしまった手前、それを反故にする訳にもいかない。


周囲を見渡すが、ギルとベンの姿は見えなかった。少し離れた所で見張りをしてくれているようだ。やましい事をする訳ではないのたが、正直ギル達に添い寝しているのを見られるのは避けたかった。


(訳のわからない事を言わないのであれば、一緒に寝るくらいは、いいか)


別に深く考える事でもない。そう自分に言い聞かせ、アルフレッドは無言でエミリアの横に寝転がる。すると、すかさずエミリアは近寄り抱きついてきた。


「…寒いのか?」


なぜ近づくんだ、遠回しにそう訴えるが、エミリアはケロッとしている。


「少し冷えるわ。だからくっついて寝ましょう」


そう答えるエミリアは、嬉しそうな顔をしながらアルフレッドに抱きついている。絶対に寒いは建前であろう。


(まあ、害がなければこのままでいいか)


プロポーズをされたり、意味の分からない事を聞かれたりするよりマシだ。この状態で大人しくしてくれるのであれば、それに越したことはない。


「何だか、アルフとの旅を思い出すわね」


エミリアがアルフレッドの胸元に顔をすり寄せながら、懐かしそうな声を出す。


「そうだな」


とても遠い昔の話のように思えるが、まだエミリアと出会ってから一ヶ月位しか経っていない。もっと前から一緒にいたような気がする。


「アルフは、あの時と違って迷子みたいな目をしなくなったわね」

「迷子みたいな目、か」


エミリアと出会った時は、正しい答えが見つからず苦しんでいた。今となれば、なぜあんなに悩んでいたのか不思議だ。それくらい今の自分の中には迷いがなく、正しいと思える答えがあるのだ。


たった一ヶ月でこんなにも自分が変わった。きっと昔の自分に今の自分の話をしても信じられないだろう。


しかし、全てはエミリアのおかげである。


「お前が答えを教えてくれたからな」


エミリアが、アルフレッドを正しい方へと導いてくれた。そして、見つけたかった答えを見つけてくれた。そんな彼女に感謝をしているし、今後は命を懸けて守りたいと思っている。


「私は何もしていないわよ」


そう言ってふふっと笑うエミリアの顔は、とても美しかった。


彼女は、変な言動さえなければとても大人びて見える。そんな事を思いながら、アルフレッドは無意識にエミリアの顔を撫でた。そして、そのまま首元まで手を滑らせると、青色の花のような模様に触れる。


「絶対に、お前を死なせない」


思わずアルフレッドの口から言葉が漏れてしまう。しまったと思い口を塞ぐが、エミリアはその言葉を聞き顔をほころばせて笑った。


「ずっと一緒に居ましょうね!」

「…騎士として側にいてやるよ」


だから、早く呪いを解こう。ずっと一緒に居るために。

口にはしないが、そう心の中で呟いた。


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