怪我
「あらぁ、全員できたのぉ?」
医務室に相応しくない、間延びした喋り方をしながらフレデリカが扉を開けた。アルフレッドとしては暫く会いたくなかったのだが、彼女は医者兼薬剤師なのでここで会うのは仕方ない。
「ホレスは?」
「こっちよ〜」
お姉様に対して冷たいわよ、そんな事を言いながらフレデリカはホレスの元へ案内する。
「隊長!」
ホレスの側には庭師のような格好をしたキャロウが居た。ホレスはベッドの上で横になっているが、アルフレッドたちの姿を見ると起き上がろうとする。
「こらっまだ動いたら駄目よ。縫ったばかりなんですもの」
「っ―…」
お腹のあたりをフレデリカにツンと押され、ホレスは声にならないうめき声をあげた。きっと縫ったばかりの場所を押されたのたろう。
「ホレス、動かなくていい。具合は?」
「すんません…。具合は大丈夫です。ただ、深く切られたので、暫くは動けません」
「そうか…何があった」
よく見ると、布団から出ている腕も傷だらけで、顔も切られたのか包帯を巻いていた。相当敵は手練だったのだろうか。
「王女様の寝室がある塔の屋根の上で、敵に遭遇しました。そこで戦闘になり、敵にとどめを刺されそうになったので、屋根から飛び降りました」
「よくあの屋根の上で戦えたな、そしてよくもまああの高さから落ちて生きてたな…」
ベンは呆れた、と言わんばかりの顔だ。城の屋根は敵が歩けないよう、引っ掛かりのないツルツルした造りになっている。その環境で戦ったこと自体が凄い。
「足場が悪くて、いつも通り戦えずにこんな怪我をしたっていうのはあります。屋根から飛び降りたのは、下にキャロウが居ると思って」
カンなんですが、当たりました。そんなことをシレッと言い放つが、本当に居るか分からないのによく飛び降りたもんだ。
「いきなりホレスが空から降ってきて、うまく受け止められなくて俺もお腹打ちました…」
キャロウとしても予想外な展開だったようで、お腹に手を当てていた。きっとホレスの落下点に飛び込み、抱き込む形で落下の勢いを殺しホレスを助けたのだろう。
「キャロウも上手く俺を受け止められなくて、すぐに動けず。その隙に敵は姿を消しました」
「生きて帰ってくれただけ上出来だ。良くやったお前達」
部下をしっかりと褒めるギルは、とても良い隊長なのだろう。キャロウもホレスも嬉しそうな顔をしてみせる。
「それで、敵の顔は見たのか」
「それが敵はフードを顔を隠していて、よく見えませんでした」
アルフレッドの質問に、ホレスは悔しそうに答える。もっと詳しい情報を持ち帰りたかった、そう顔が物語っている。
「ただ、この前と同じく甘い匂いがしました。体型は俺と大差なかったです。ただ――、目の色は赤でした」
赤、と言われて全員がベンを振り向く。
「え、俺?いや、俺は無実っすよ!?王女様達と居ましたし!?」
両手をブンブン振りながら、ベンは身の潔白を証明しようとする。誰も犯人とは疑っていないのだが、どうやら疑われていると思ったようだ。
「疑ってねーよ、ただ、この国にはお前以外赤い目は居ないんだよ」
「やっぱり疑ってるんじゃないですか、隊長!?」
俺知らないですもんと言いながら泣きそうな顔をするベンを、マーヴィンが慰める。
「大丈夫よベン、貴方がやってないのはみんな分かってるの。ただ、国外でも赤い目は希少なのよ」
「え、俺の村は赤目多かったっすよ?」
その言葉に、みんな固まる。赤目が多いなんてことが、あるのだろうか。どうやら、いろんな話がベンの故郷に繋がっているような気がする。
「これは一度、ベンのお郷訪問をしたほうが良さそうだな」
(同感だな)
ギルの意見にアルフレッドも賛成だった。どうも、ベンの出身の村は怪しい。今回エミリアを狙っている者は、もしかしたらベンの一族に関わりがあるのかもしれない。
「俺、里帰りできるんすか?」
久しぶりだな〜と呑気に言うベンに、全員が脱力する。今の話の流れで、なぜこんなに呑気になれるのだろうか。このアホさ加減、今後が心配になる。
「お前は本当に、羨ましい性格してるよ…キャロウ、ホレス。お前達は暫く休め。休んで体力を万全にするのも仕事だ」
「うっす」
「はい」
ギルの指示に二人はしっかりと頷く。
この二人が抜けるのは痛いが、今後に備えて回復してもらわなければならない。
「迷いの森へは…アルフを連れていきたいが、そうするとこっちが手薄になるしな…」
迷いの森に関して、アルフレッドはとても詳しいので戦力になるだろう。だが、エミリアを残して行くことはできない。
「なら、私も一緒に行くわ!」
エミリアが元気よく手を挙げた。エミリアは相変わらず突拍子もないことを言い出す。
「お前はダメだ。外は危険だ」
「何で?王宮内でも危険なんたから、外も変わらないわよ」
「確かに、そうよねぇ」
アルフレッドの反対にエミリアは反論してくる。そして、そのエミリアになぜかフレデリカが同意してきた。何故彼女まで会話に入ってくるのだろうか。
「フレデリカも、そう思うわよね?」
「ええ、エミリアちゃんは外でも中でも危険なんだから、アルフが側にいればどこでも関係ないわ」
二人でキャッキャと話を進め始めるので、アルフレッドは頭を抱える。この二人が揃うとろくなことにならない。ギルに助けを求めるが、首を振られてしまう。
「判断は国王陛下にお任せしましょう、王女様」
ギルがそう言うと、エミリアは元気よく頷いた。この顔は意地でも国王を説得する気だ。どうか国王が駄目と言ってくれますように、思わずアルフレッドは心の中で祈る。
「マーヴィンは引き続きこいつらのフォローをしてやってくれ」
「お任せ〜」
テキパキと指示を出すギルを見ながら、アルフレッドは祈り続けた。
◇◇◇
しかし、残念なことにアルフレッドの祈りは通じなかった。
「外出を許そう」
「やったあ!」
アルフレッドは愕然としながら国王とエミリアを見つめていた。なぜそんな気軽に許可をしてしまうのだろうか。
「国王陛下、本当に王女殿下を外に連れ出しても宜しいのでしょうか」
「お前がついているのであれば、問題ない。それに、今日ギルの部下が王宮内で敵と対峙したと聞いている。それであれば、王宮内でも外でも危険は変わらないであろう」
アルフレッドを信頼してこその判断のようなので、嬉しさはある。しかし、本当に大丈夫なのだろうか心配で仕方ない。
(いや、心配とかではなく、俺が守ればいい話ではあるが)
それでも、できる限りエミリアには安全な場所にいて欲しかった。思わずため息をつきそうになるが、王の御膳ではあるので耐える。
「しかし、ベンの生まれ育ったという、迷いの森の中にある村、聞いたことはないな。カルヴァンはどうだ?」
「私も存じ上げません。そもそもベンのように真っ赤な目の者を、ベン以外に見たこともありません」
「私もそうである」
国王にエミリアの外出の許可を取るついでに、先程ホレスから聞いた情報と、ベンについても報告をした。しかし、国王もカルヴァン近衛隊長もその村の存在を知らないという。
「もしかしたら、エミリアの呪いに関する何かが掴めるかもしれぬ。しっかりと見てくるのだぞ」
「かしこまりました」
国王にこう言われたのならば、もう行くしかない。エミリアは半分旅行気分のようなので心配ではあるが、自分が命に変えてでも守り抜こう。そんなことをアルフレッドは考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます