不幸
アルフレッドはエミリアを引き連れて部屋に戻った。
部屋に入ると、ライラが素早く温かい飲み物を準備してやってくる。青白い顔をしたエミリアを落ち着けようと思ったのだろう。
「本当に怪我はしてないか」
アルフレッドはお茶を飲むエミリアに問いかける。
彼女は両手でコップを持ちながら、ゆっくりと頷いた。
「ええ、アルフがすぐに気づいてくれたおかげで無事よ」
つい先程矢で狙われたばかりのエミリアは、まだどこか不安が残る顔をしていた。
(まさか、こんな王宮内で白昼堂々としかけてくるなんてな)
王宮内の警備が甘すぎるのではないだろうか。それとも、巧妙に裏切りを隠している奴らが居るのだろうか。
「やはりまだ歩き回るには危険だな。当面、部屋からは出るな」
「そんな…」
エミリアは泣きそうな顔をしながら、まだアルフとデートしてないのにと言っている。まだデートの事を言っていたのか、その執着に少し呆れる。
「落ち着いたら、外に連れてってやるよ」
「本当!?約束よ!?」
とりあえず宥めなければ、その一心でエミリアに約束をしたところ、彼女は先程までの泣きそうな顔とは一転してキラキラ輝いた顔をした。しまった、これはするべきではない約束だったかもしれない。
はやくも後悔を初めたアルフレッドの横で、エミリアはどこに連れて行って貰おうかしら、とルンルンしている。
「待たせたな」
突然扉が開き、ギルとマーヴィンが部屋に入ってきた。エミリアとの約束は一旦置いておこう。今は矢についてだ。
「ギル、何か分かったか」
その問いに、ギルは何とも言えない顔をする。きっと彼も満足の行く情報は得られなかったのだろう。
「どこから放たれたのかは分かった。ただ、相手はプロだな。痕跡がほぼ無い」
「そうか…」
警備が国で一番重要であるこの王宮内で白昼堂々と王女殿下を狙う相手だ、かなりの手練ではないとありえない。
「アルフレッド先輩、一つだけね、気になる点があったのよ」
マーヴィンが何故かハーイと挙手しながら近づいてくる。こいつは戦闘中以外は無駄な動きが多すぎだ。
「何だ」
「あ〜ん、冷たい!」
「…いいから早く話せ」
アルフレッドの横でギルがまあまあと宥めてくるが、俺ではなくマーヴィンを止めて欲しい。
「矢を放たれたと思われる場所でね、不思議な香りが残っていたの」
「香り…?」
「そう、少し甘いような、不思議な香りよ」
今まで嗅いだことがない香りなのよ〜とマーヴィンは腕を組み悩ましげな顔をしている。
「マーヴィンは鼻が良いんだ。俺やキャロウやホレスは全然分からなかった」
ギルは困ったような顔をしながら言う。どうやら本当に僅かに残った香りをマーヴィンは嗅ぎわけたのだろう、恐ろしい奴だ。
「キャロウとホレスはまだ捜索か?」
「あぁ、あいつらは下働きの格好で引き続き潜伏させている。犯人はまだ王宮内に居るだろうからな」
国王陛下にはもう情報は届けているわ、とギルの説明にマーヴィンが言葉を添えた。やはりこの二人は一番隊の隊長と副隊長なだけあり仕事が速い。
「ありがとな、引き続きこの件は任せた。俺はエミーの側に居る」
「了解、マーヴィン行くぞ」
「は〜い。王女様また後でね〜!」
騒々しいマーヴィンとギルが部屋を去り、ようやく部屋は静かになる。エミリアは落ち着きを取り戻したようで、ライラが持ってきてくれたクッキーを食べていた。
とりあえず今アルフレッドができる事は、エミリアの側で守る事だけだ。これ以上事件が起きない事を祈ろう。
しかし、人生そう上手くいかないものだ。
矢で狙われた事件後も、エミリアには不幸が続いた。
「…ここまで続くと、正直気持ち悪いな。内部に常に敵である私が居るぞ、と主張しているみたいだ」
ギルの呟きに、マーヴィンも同意する。
「ここまで内部まで入り込めるってことは、メイドとかに紛れ込んでるかもしれないわね」
そう言いながらマーヴィンはしゃがみ込む。
彼の足元には切り刻まれたドレスがある。そのドレスはエミリアのドレスで、今朝切り刻まれているのを発見されたばかりだ。
「この前はベランダに猫の死体、その次は髪飾りの粉砕、そして今回がドレスの切り刻みか」
アルフレッドは最近の出来事を挙げていく。ここ一週間で矢の事件も入れると四回も不幸があった。
(犯人は内部に居るはずなんだが…)
マーヴィンが言った通り、メイドに潜んでいる可能性は早期に疑った。ライラにその事は伝えてあり、矢の事件からはエミリアの部屋に出入りするメイドは、日によって変えるようにしていた。
(それなのに、事件が起きるんだよな)
アルフレッドは頭が痛くなってきた。
キャロウとホレスはずっと潜伏を続けさせており、夜間もエミリアの部屋を見張っている。ギルやマーヴィンも交代で見張りに入っているので、隙は無いはずだ。
敵は相当な手練なのだろうか。アルフレッド達の不安は募る一方だ。
「たーいちょう!伝言っす!」
ベンが慌ただしく部屋に入ってきた。ベンは潜伏に不向きという事で、基本的に伝令係やエミリアの警護に付いている。
「ベン、お前いつになったら静かに来れるんだよ…」
「すんません!」
ギルの小言にベンは元気な返事をしてみせる。どうやらギルが言っていることを理解できてないようだ。
「ったく、で?誰からの伝言だ」
「カルヴァン近衛隊長からっす!明日、ヒトマルマルマル、謁見の間、ゼン、だそうです」
「十時に全員集めろってか、何でまた…」
突然の全員の呼び出しにギルは不思議そうな顔をする。しかし、お偉いさんからの呼び出しには応えなければならない。ギルはすぐに切り替えると、ベンに命令を出す。
「ベン、キャロウとホレスを見つけられるな?カルヴァン近衛隊長の伝言を伝えて回れ。いいか、静かに伝えるんだぞ」
「うっす!静かにっすね!」
そう言うと、ベンは走って部屋を出ていく。彼は本当に静かに伝える事が出来るのだろうか。アルフレッドはそんな事を思いながらベンを見送った。
「ホレス辺りがベンに静かにしろとキレるだろうな…いや、それはもういいか。―アルフ、お前も明日行くんだぞ」
ギルの言葉に頷く。カルヴァンからの呼び出しではあるが、実質用がある子は国王だろう。
(何か分かったのだろうか)
アルフレッドとしては、何か新しい情報を得たという話であって欲しい。
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