非現実的
謁見の間は現在静寂に包まれている。
この部屋には誰も居ないのではないか、思わずそう感じてしまう程静かだ。
しかし、今この部屋の高い位置には国王陛下、エミリア王女殿下、カルヴァン近衛隊長がいる。
そして低い位置にはアルフレッド、ギル、マーヴィン、キャロウ、ホレス、ベンがいた。
(今の話…本当なのか…?)
ギルは今聞いた話を脳内で反芻しているが、正直非現実的すぎて受け止めきれていなかった。チラリと横を向くと、マーヴィンも混乱しているような顔をしているので、同じく受け止めきれていないのだろう。
キャロウとホレスとベンに関しては、話しについていけていないようで、呆けてた顔をしていた。
(アルフレッドは何であんなに普通なんだ…?)
アルフレッドだけは何故か当たり前のように受け止めている。あいつは感覚が可笑しいのかもしれない。きっとそうだ。
「あの…国王陛下」
「何だね」
「今のお話は、本当なのでしょうか。あまりにも、非現実な事で、正直全員…いや、アルフレッド以外は受け止めきれていないようで」
ギルは失礼を承知で国王に申し出る。
思わず国王陛下に疑ってますと言ってしまうくらい、ありえない話をされたのだ。
「普通はそのような反応になるだろう」
そうだ、別にこれは普通の反応だろう。
なんせ―…。
「呪いとは、あまりにも非現実であるからな」
そう、呪いだ。つい先程国王陛下から、エミリア王女殿下にかけられた呪いについて聞いたのだ。呪いって何だ、そんな物本当にあるのだろうか。ただの病気なのではないだろうか。
「お父様、お見せしたほうが早いわ」
今まで静かに黙っていたエミリア王女が口を開く。お見せするって、呪いの証拠などあるのだろうか。ギルは増々混乱をする。
「そうだな、エミリア見せておやり」
「分かったわ」
そう言うと、エミリア王女は首元のリボンを解いた。
その行動に一瞬アルフレッドが動揺する。人前で服を脱ぐなと言いたげだ。
「これが呪いよ」
襟元を少し捲ると、鎖骨辺りに青い花のような模様が見えた。その模様は見たことの無い花であるが、非常に美しかった。
「綺麗…」
ベンがポツリと呟く。その言葉に全員同意して頷いた。すると、すかさずアルフレッドがギル達の前に立ち、もう十分見ただろ?と言わんばかりに睨みつけてくる。
(こいつ、割と心が狭いな)
別にギル達はエミリア王女の肌が見たかった訳ではない。呪いを見ようとしただけだ。
そんなアルフレッドは放っておくことを決めると、ギルは再び口を開いた。
「その呪いは年々広がっていると言う事でしたが、後どれくらいで完成する物なのでしょうか」
正直呪いを信じきれた訳ではないが、あの模様は入れ墨には見えなかった。ここは呪いなのだと受け止めておくべきだろう。
「それが、ハッキリとは分からぬ。しかし、ランドルフ家は特別な血を持っている為、すぐに死ぬことは無い。それだけしか今は言えぬ」
国王の言葉に気になるワードが多すぎて、聞けば聞くほど話についていけなくなりそうだ。ランドルフ家が特別な血とはどういう事だろう。もしかして、子どもは一人しか生まれないという、あの件だけではないのだろうか。
「申し訳ありまけん、部下達がキャパを超えているようで…一旦はエミリア王女殿下は呪いかけられている、ということだけ受け止めます」
ギルはそう言いながら横を見る。
キャロウとホレスとベンはもう完全について行けていない。後でもう一度丁寧に説明してやろう。マーヴィンだけはどうにか受け止めてくれたようだ。
「ああ、一度に話しても全て受け止めるのは難しかろう。ただ、エミリアを警護するお前達は、この事を知っておかねばならぬと思った」
国王の言葉にアルフレッドは頷いている。こいつは本当に受け止めきった上で頷いているのだろうか、後で問い詰めようと心に誓う。
「ご配慮感謝致します。…届いた手紙というのは呪いに関係するものなのでしょうか」
今日ギル達が呼び出されたのは、ただエミリア王女にかけられた呪について話したいということではなかった。
ある手紙が届いたので、その手紙の内容を把握する為にもまずは呪について話そう、ということだった。
「そうだ。――カルヴァン、あれを」
「こちらに」
国王の横にいたカルヴァン近衛隊長が、国王に手紙を差し出す。それを受け取った国王はゆっくりと手紙をギル達に向ける。
「ベヴァン一族…?」
聞いたことの無い一族だ、アルフレッドが手紙を覗き込みながら呟く。ギルも聞いたことがない一族なので、首を傾げる。
「エミリアがコリンに誘拐された際、コリンもへヴァン一族の名を口にしていたようだ」
国王の言葉にアルフレッドの目が鋭くなる。コリンの話はアルフレッドにNGだ。個人的な恨みを持っているらしい。
「なるほど、そのコリンからは何か聞き出せていないのでしょうか 」
「それがな…」
「陛下、私から説明をします」
突然、カルヴァン近衛隊長が国王の言葉を遮り発言をする。国王相手にそんな事ができるのは、この人くらいだろう。さすがアルフレッドの父親である。
「コリンだが、奴は死んだ」
その言葉に、全員固まる。もしかして、カルヴァン近衛隊長の拷問に耐えきれずにということではないか、不謹慎だが全員そんな考えが頭を過ぎっていた。
「そんな目で見るな…私が何かしたのではなく、自殺だ」
「自殺…?」
キャロウが不思議そうに呟く。そう、コリンは地下牢に繋がれていたはずだ。どうやって自殺をしたのだろうか。
「薬物での自殺と判定されている。丁度、エミリア王女殿下に不幸が降りかかり始めたタイミングで自殺した。ただ、薬物の出処が掴めていない」
「同一犯かもしれないですね」
ギルの言葉にカルヴァン近衛隊長は頷く。
本来自殺できるはずの無い環境で自殺をした。きっとそれは自殺ではなく他殺なのかもしれない。
「死んだコリンの懐から、先程国王陛下が見せた手紙が出てきた」
そう言うと、カルヴァン近衛隊長は国王をチラリと見る。国王は頷くと手紙の中身を読み上げた。
「国民へのお披露目の儀を大々的に行え。従わなければ王女の呪いが加速するであろう」
ギルは国王が読み上げた内容を、頭の中で繰り返す。この手紙の意味を読み取ろうと思ったのだ。
(大々的に…と言うのは、人が多くなることで紛れ込みやすくなるということか…?)
それにしては、わざわざお披露目の時に襲いますよ事前告知するような真似をする理由が分からない。大々的に行わせることに、何か意図があるはずだ。
「お披露目は、国外の来賓も来るのでしょうか」
アルフレッドが国王へ気になる点の確認を始める。ギル達含め、王族のお披露目は見たことが無いので細かい所までは分からないのだ。
「通常であれば呼んでいる。しかし、エミリアに関しては呪の事もあり国外は呼ぶ予定では無かった」
「しかし、呼ばねば行けないようですな」
国王の言葉をカルヴァン近衛隊長が引き継ぐ。
へヴァン一族は国外の貴族と繋がりがあるのか、それともそう思わせたいだけなのか、今の時点では分からない。
「この手紙を無視する事はできぬ。相手の要望を受け入れ、一ヶ月後に行われるお披露目は国外からも客を招く」
そう言うと、国王はここで言葉を一旦切った。そしてゆっくりと全員の顔を見ると、また口を開く。
「王宮内に敵が潜んでいる今、国外の者を王宮内に招き入れるのは危険ではある。しかし、これは逆にチャンスかもしれぬ。…お前達はエミリアを守りながら、敵を見つけ、呪いを解く方法を探るのだ」
どうにかしてエミリア王女の呪いを解きたい、そう国王の目は訴えていた。ギル達は、国王の想いに答えるべく、頭を下げる。
「アルフレッドと共に、王女殿下をお守り致します。呪いに関しても、全力を尽くすとお約束致します」
ギルは皆を代表して口を開く。正直、呪についてはまだ不明点が多いが、それは今から調べていくしかないだろう。
(王女様が抱える問題、思っていたよりも複雑だな)
さて、まずは呆けた顔の三人組に理解をさせないといけない。これから大変になるな、そんな事をギルは考えた。
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