デート
(どうしてこんな事に…)
今目の前には絶望した顔をしている女性――、エミリア王女殿下が居た。その顔には、何故貴方なの?と書かれている気がする。そんなの、俺が知りたいくらいだ。
やっぱり俺以外の人にしてもらおう、そう思い周りをキョロキョロするが全員上手く隠れているようで、なかなか見つからない。
(俺、絶対に歓迎されてないじゃん)
王女様は少し泣きそうな顔をしている。もうどうしたらいいのかが分からない。
「あの…やっぱり俺他の人に変わってもらいますっ」
絶対そうしたほうがいい。俺はこんな事に向いてないし、気が利いたことも、気が利く言葉も言えないのだから。
「うんん…いいの。今日は楽しみましょう――。ベン」
王女様は悲しそうな顔をしながらも、こちらを気遣うように答えてくれた。本当に自分でいいのだろうか。
そう、今日は待ちに待った王女様の王宮内デートならぬお散歩だ。アルフレッド先輩が誘われたはずなのに、何故か俺、ベンが王女様と一緒に居る。
こうなってしまったのは、全てアルフレッド先輩のせいだ。
そう、それは昨日の出来事であった。
◇◇◇
「え、俺っすか…?」
「そうだ」
目の前に憧れのアルフレッド先輩が居る。今日もその顔は表情が無く迫力満点だ。きっと子供が近くで顔を見たら泣き出すだろう。
いや、そうじゃなくて、この先輩今何と言っただろうか。
「アルフレッド先輩じゃなくて、何で俺がデートを…?」
「デートじゃない、散歩だ」
あの会話の流れ的に王女様はデートだと思っているようだが、違うのだろうか。ベンはどうしたらいいのか分からず隊長のギルの方を見る。
「ベン、諦めろ」
ギル隊長はベンの肩に手を置きながら諭すように言う。何故、見捨てるのだろうか酷すぎる。他の先輩達の方に助けを求めて視線を向けるが、先輩達も温かい目でこちらを見ていた。何故、そういう目をするのだろう。
(え、俺受け入れるしかないの!?)
絶対王女様はアルフレッド先輩ではないとガッカリする。そんなこと、恋愛経験がない自分でも分かる。
「あの、何で俺なんっすか」
とりあえず理由を聞いてみよう。どうしても自分じゃないといけない理由があるのかもしれない。
「お前が一番歳が近いからだ」
「え?」
どうやらとんでもない理由で自分に決まってしまったようだ。
「年齢が近いってことが、何な重要なんっすか…?」
「重要だ。なぜなら、あいつ…王女殿下は今まで歳の近い人と接した経験がない」
「はぁ…」
「だから、散歩のついでに経験を積ませたい」
歳の近い人と接する経験を積むことが何に繋がるのだろうか。頭が悪いと自負している自分には理由が分からない。
(でも、これ断れる雰囲気じゃないしな…)
アルフレッド先輩は依然として表情が読めない真顔だ。横にいるギル隊長は諦めろと顔で言っている。
「わ、分かりました…俺が付き添います」
◇◇◇
こうして、よく理由が分からないままベンは王女様の付き添いとなった。王女様にはあからさまにガッカリされてしまったので、申し訳なさすぎる。
「あの…すみません、俺なんかが付き添いで」
とりあえず謝らなければ、そう思って声をかける。しかし、そんなベンに対して王女様は優しい顔を向けてくれる。
「ベンが謝ることじゃないわ。アルフ嫌だったのね…」
「いやっ!そ、そうじゃないっす!」
王女様が悲しそうな顔をして俯くので、慌ててフォローをする。こんな王宮の廊下で王女様泣かしたら、俺のクビが飛ぶかもしれない。
「違うの…?」
「そうっす!アルフレッド先輩、王女殿下が同年代の方と話したことないって、だから、俺、あ、僕は十九歳なんで王女殿下に年齢一番近いんで!」
普段お偉いさんと話す機会なんて無い。だから敬語も上手に使えなくて会話がしどろもどろになってしまう。
「アルフ、私の事を心配してくれてるのね!」
王女様は目をキラキラさせて元気になったので、どうやら俺のしどろもどろな説明でも伝わったようだ。
(よ、良かったぁ〜)
とりあえず第一関門突破だ。後は王宮内の散歩のつきそいを無事に行なえればミッション完了。こんなミッションよりこいつを消せというミッションの方がベンとしては楽で良いのだが、我儘は言ってられない。
「王女殿下、それでは行きましょう!」
「ええ!」
和やかな雰囲気になった二人は、ようやく歩き始めた。
「ようやく進み出したか」
ギルは物陰からコッソリと王女様とベンを見つめる。ギルの横には同じく物陰から見守っているアルフレッドがいた。
「おい、アルフレッド本当にお前じゃなくてあいつで良かったのか?」
アルフレッドの方をチラリと見ながら聞くが、彼は特に表情を変えずに答える。
「ああ。あいつには同世代との交流が必要だ」
「そうか…」
(何ポジションで語ってるんだか)
王女様の視野を広げてあげたいと思っているのは本当だろうが、きっと何か別の理由があるはずだ。
長年の友人である自分としては、王女様は今まで若い男性と接した経験が少ないから、男性慣れさせたいのだろうと予想している。箱入りすぎるとこの前ボヤいていたのを聞いた。
(誰にでも結婚したいだの言い出さないように、ってことだろうが)
実際、王女様は誰にでも求婚したりアタックしたりしていない。ちゃんと人を選んでアルフレッドにだけしている。それに気づいていないのはアルフレッド本人だけだ。
後はアルフレッドが素直になれば済む話なのだが、彼は頑なに否定する。この件に関してはもう少し時間がかかるだろう。
(本当、世話が焼ける奴だよ)
アルフレッドが頑なに自分ではなくベンを行かせるというので、今回はギルもアルフレッドの話に乗ってやる事にした。本当に感謝して欲しいものだ。
「ギル、キャロウとホレスとマーヴィンはどうした」
「キャロウとホレスはあそこだ」
「…どこだ?」
ギルが指差す方向を見ても、キャロウとホレスの姿が分からないという。それはそうだろう、何せ彼は一番隊きっての潜入のプロなのだから。
「あの下働きの少年達をよく見ろ。左から二番目と一番右」
「ん…?」
アルフレッドが目を細めながらじっと見る。そして数秒後、口を開いた。
「あれが、キャロウとホレス?どうみても下働きの少年Aと少年Bだろ」
「凄いだろ?」
キャロウとホレスはどちらも小柄で印象に残りにくい顔をしている。そして、凄いことに何にでも馴染む。パン屋に入ればパン屋の少年に見え、調理場に入れば見習いコックにみえる。そんな彼らだからこそ、潜入が上手いのだ。
「あいつら、あんな特技持ってたのか」
「ああ、間諜の訓練も受けているしな」
自分の部下が褒められ、ギルは少し誇らしくなる。目立たない奴だが、キャロウとホレスは凄いのだ。
「マーヴィンは…普段あんなに存在感を放っているのに、隠れるのが上手いな。見つけるのに時間がかかった」
「あいつは俺の副官をできるだけの実力があるよ。普段はあれだけどな…」
普段はただのオネエだ。でも戦闘で彼の存在は非常に頼もしい。冷静沈着で、的確な指示を出し全体を動かす、副官として申し分ない。
王宮内の散歩だけでこんな厳重な護衛をしているなんて、傍から見たら少々滑稽かもしれない。しかし、王女様は何やらある特別なご事情を抱えているということなので、厳重にするに超したことはないだろう。
「アルフ、後方は一旦キャロウとマーヴィンに任せよう。この先は建物が多くひそめる場所が多い。俺達が前に居るべきだ」
「分かった」
ギルの言葉にアルフレッドが頷く。
ベンと王女様は楽しそうに話しながら歩いているので、問題ないだろう。そう思いながら二人でひっそりと移動を開始したその時だった。
アルフレッドが急に立ち上がり自分の剣を王女様の方に向かって飛ばした。いや、槍のように投げたというのが正しいかもしれない。ギルはアルフレッドの動きを追うのに精一杯だった。
「うわっ!」
「きゃっ」
ベンと王女様が同時に悲鳴をあげた。その声で現実に戻ったギルは、慌てて二人の元へと向かう。
「アルフレッド先輩っ!俺、前髪ちょっと切れましたよっ!」
ベンは壁に突き刺さったアルフレッドの剣を抜きながら、文句を言っていた。普段のベンであればアルフレッドに文句なんて言えないのだが、今は動揺しているのだろう。
「煩い、そんなの後だ。……ギル」
「ああ、大丈夫だ、マーヴィンとキャロウとホレスが既に向かっている」
ギルは走りながら既に三人に指示を出していた。アルフレッドが何をしたのか、すぐに気がついたのだ。
「な、何なの?」
王女様は目を白黒させながら立っていた。彼女の目の前には真っ二つにされた矢が落ちている。アルフレッドの投げた剣が矢を切り落としたのだ。
「エミーが矢で狙われた。ベンの反応が少し遅かったから、俺が剣で落とした」
「アルフレッド先輩の反応の速さが異常すぎるんですって…」
反応が遅いと言われたベンは言い訳をするように下を向く。実際ベンも矢に気づき切り落とそうと既に剣を握っていたので、ベンの反応が遅すぎたということではないだろう。
「ベン、大丈夫分かってる」
ギルはベンの頭を叩く。部下のフォローも自分の仕事だ。
しかし、王宮内で矢を射るなんて、図太い奴も居たものだ。
「おい、俺はエミーを安全な所へ連れて行く。ここは頼んだ」
「分かった」
アルフレッドは王女様を連れてこの場を離れた。そのほうが懸命であろう。
「さて、ベン行くぞ」
「うっす!挽回します!」
何か手がかりを掴んで帰らないと、アルフレッドにドヤされそうだ。そんな事を考えながらギルは歩き出した。
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