不満


「つまらないわ」


エミリアはソファーに腰掛けながら呟く。

外に出たいとお父様に言いに行ったが、却下されたのだ。


(せっかく王宮の奥から出れるようになったのに…)


つい先日アルフレッドが騎士になった。そのおかげでエミリアは王宮の奥から、この王宮の主要部の棟へと移ることができた。


しかし、お父様には王宮内を自由に歩き回る事も、庭を自由に歩き回る事も駄目と言われた。ただアルフレッドがついてれば良いと言われたのだが、そのアルフレッドはあちこち歩き回ることに反対をする。


(これじゃあ王宮の奥にいた頃と何にも変わらないわ)


せっかく騎士がついたのに、以前と何も変わらない。

まずはあの過保護なアルフレッドをどうにかしなければ。一度外の世界を味わったエミリアは、外が恋しい。


(どうしたらアルフレッドが許してくれるかしら)


ずっと考えているが、正直いい案が思いつかない。もうお手上げだ。うんうん唸るしかない。


そんなエミリアの姿を見たライラが声をかけてくる。


「お嬢様、どうされましたか」

「ライラ…」


そうだ、彼女はアルフレッドの母親だ。彼女なら良い案を出してくれるかもしれない。


「アルフが、危ないからと言って王宮を歩き回ったり庭に出ることを嫌がるの。どうしたら許可してくれるかしら?」

「あらあら」


ライラは目を細め笑う。細めた目の奥はキラリと怪しく光っているので、きっと良いアイディアがあるのだろう。思わず期待した目でライラを見る。


「お嬢様、あの子は押しに弱いんです。なので、もっとグイグイ行かれるといいですよ」

「グイグイ…」

「そうです。正直な気持ち、例えばアルフとデートしたいのだと言えばいおのです」


なるほど、何と言う素敵なアドバイスだろうか。王宮内を歩けて、しかも彼とデートが出来る一石二鳥だ。


「ありがとうライラ!私、アルフの所に行ってくるわ!」


エミリアは座っていたソファーから勢い良く立ち上がると、一目散に扉へと向かう。


今まで髪飾りやドレスを選んでくれ、と用事を建前にアルフレッドの元へと行っていたが、それは辞めて直球勝負といこう。


ライラの後押しを胸に、エミリアは側近の控室へと向かった。



















「は…?」


アルフレッドはポカンとしていた。突然、自分の耳を疑うような事を言ってこられたのだ。


「だから、王宮内をデートしましょう!」

「……」


どうやら、聞き間違いではなかったようだ。

アルフレッドの目の前には目をキラキラさせたエミリアが居る。そして少し離れた後ろに、ニコニコとした顔をしているライラが居た。


(母さん、また余計な事を言ったな…)


正直なぜデートなのか分からない。王宮内を探索したいだけじゃなかったのだろうか。


「エミー、デートが何か知っているか」


彼女は箱入り娘ならぬ箱入り王女だ。デートもきっと本の中の知識で得ているだけで、何なのかよく分かっていないのだろう。


しかし、そんなアルフレッドの心配を他所に、エミリアは元気良く答える。


「知っているわ。好き合っている男女が一緒に歩くことよ」

「なら、俺らは好き合ってないからデートはしない」


即答で返答するアルフレッドに、エミリアは衝撃を受けた顔をする。彼女の中でアルフレッドはどういう立ち位置にいるのだろうか。


「そ、そんな!アルフは私のこと好きじゃないの!?」

「俺とエミーは主従関係だ。思い出してくれ」


この手のやり取りは今までに何十回もしている気がする。そろそろ頭が痛くなってきた。


「私のどこが嫌なの!」


いきなりエミリアが詰め寄ってきて、思わず一歩下がる。


「嫌とかじゃなく、俺は騎士で、お前は王女だ」

「そんなの抜きにして答えて!」


どんどんエミリアは詰め寄ってくる。アルフレッドはその気迫に押されどんどん後ろに下がる。


(な、何なんだ)


今日はいつもに増してグイグイ来る。

周囲に助けを求め視線を彷徨わせるが、ギル達はこちらを見ないふりをしていた。あいつらは後で絞めよう。


ライラに関しては楽しそうにニコニコしてこちらを見ている。あれは楽しんでいる顔だ。


そんな動揺しているアルフレッドを尻目に、エミリアは畳み掛けるかのように詰め寄ってくる。もうアルフレッドの後ろは壁だ。これは何か答えないと開放して貰えそうにない。


(なんて答えるのが正解なんだ…)


アルフレッドは一瞬考え、ある事を思い出し口を開く。


「お前、最初会ったとき二十歳と答えたな」

「…ええ」


それが何か?と言わんばかりの顔だ。


「でも、それ嘘だろ」

「アルフ年下は嫌なのかなって思って…」


エミリアが申し訳なさそうに下を向く。そう、彼女は今度の誕生日で十六歳になる。アルフレッドとは六歳差だ。


「その通りだ。俺は年下すぎるのは対象外だ。だから、お前が何か嫌という訳じゃない」


そう、この手があった。アルフレッドはなんとか切り抜けたとホッとする。


しかし、それを聞いたエミリアは目を輝かせ始めた。


「あら!それなら年齢以外は問題ないのね!大丈夫、年齢何て関係ないわよ!」


そうじゃない。


思わずそう突っ込みそうになるが、相手は一応王女様だ。一緒に旅をしていた時の癖でエミーと呼んだりお前と読んだりタメ語を使ってはしまうが、あくまで彼女は王女様なのだということを忘れずに接しなければいけない。


「王女殿下、そうではなく身分というものがあって」

「大丈夫よ。ランドルフ家は優秀な人が相手なら身分なんて気にしないもの」


(いや、俺が気にするわ)


彼女とこの手の会話はいつも噛み合わない。もうお手上げだ。この会話から早く逃げよう。


「…分かった、王宮内の散歩に付き合ってやる。だからこの話はもうおしまいだ」

「デートしてくれるの!?」

「散歩だ」


念押しをするが、もうエミリアの耳に声は届いていないようだ。嬉しそうにライラの方へと駆けていきデートが決まったと話している。


(これはもう、訂正しても無駄だろうな…)


もうデートでも散歩でも何でもいい。とりあえずエミリアが安全に王宮内を歩けるよう護衛の配置を考えなくてはいけない。


「周りをガッチリ固めるか…」

「アルフ、それじゃあデートにならないだろ」


配置について考えていたアルフレッドの横にギルがやってきた。その顔はまだニヤニヤしているので、思わず頭を叩く。


「いって!おい、何するんだよ」


大袈裟に痛がりながらギルは睨む。そんなギルに後ろからやってきたマーヴィンがあらあらと言いながら頭を撫でている。


「デートじゃない。散歩だ」

「王女殿下はデートだと言っているぞ」


ギルはライラと話が盛り上がっているエミリアを指差す。確かにデートだ、服はどれにするだと言う声が聞こえてくる。


「さ・ん・ぽだ」

「ハイハイ」


ギルはそうですか、と受け流すように返事をした。そんな彼をまた叩いてやろうかと思ったが、キリがないだろうと思い堪える。


(それより警護をどうするかだ)


エミリアに怪我をさせる訳にはいかない。ましてや危険に晒す訳にはいかない。しっかりと警護体制を組んで王宮内を歩くべきだ。


アルフレッドは自分が過保護になりつつあるということに気づかず、真剣に考え始めた。


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