第二章 呪い

側近


「それで、そこでアルフレッド先輩が跪いて!」

「くそっ何で俺らも呼ばねえんだよ」

「そもそも事故処理で王宮を不在にしてたんだ、仕方ないだろ」


ここは王女殿下の側近の控室。

決して暇人達のたまり場ではない。


「本当、素敵だったわ〜!」

「俺も良いものを見せてもらったぜ」


そう、決して暇人達のたまり場ではないはずだ。

それなのに、なぜこいつらがいるのだろうか。


「お前ら、早くここから出ていけ」


アルフレッドはいつも通りの無表情で、この部屋にたまっているギル、マーヴィン、ホレス、キャロウ、ベンに声をかける。


「俺達も王女様の側近なんだぜ?追い出すなんて酷いぞ」


ギルが不満そうに抗議する。

確かにギルの言う通り、こいつらも側近だ。


(何でこいつらも…)


アルフレッドはあの日の事を思い出す。






エミリアに忠誠を誓ったあの日、危うく婚約パーティーを開催されそうになるという大変な目に合った。

すぐに止めたので事無き得たが、誤解を説いて周ることにかなりのエネルギーを消費した。


本当はもうそのまま休みたかったが、国王には騎士の事を報告をするべきだ。

休みたがってる身体に鞭を打って国王の元へ向かった。


国王に騎士になったことを伝えると、目に喜びを浮かべていた。言いはしなかったが、本音はアルフレッドに騎士になってもらいたくてたまらなかったのだろう。


そして、国王からはある提案をされた。

エミリアが王位継承するまでの仮で良いので、エミリアを守る小隊を組んでほしい、と。


エミリアはようやく国民へのお披露目が始まる。しかし、ある問題を抱えているので、守りは固ければ固いほどいいと思っているらしい。


王位継承する頃には、正式に近衛隊のメンバーが決まっているだろうから、今は仮のメンバーでも良いとの事だ。


しかし、アルフレッドは長いこと軍を離れていた。

そのため、軍に所属するメンバーは誰がどのくらいの実力を持っているのかが分からない。


誰を引き抜くべきか、そんな事を考えているといつの間にか戻っていたカルヴァン近衛隊長が国王に進言する。


「国王陛下、腕っ節なら一番隊の者達が一番かと。今回の件も彼ら手を貸してくれました」

「なるほど、連携もとれていそうだな。それであれば彼らに頼もう」


(あいつらに…!?)


嫌な予感しかしない。

アルフレッドは止めようとしたが、話はとんとん拍子に進み現在に至る。





(やっぱり、こいつら以外にするべきだったんじゃ…)


アルフレッドは頭を抱えながら、目の前にいる者達を見る。


全員間違いなく強い。

そうじゃなきゃ一番隊になんて入れないのだから。


だが、全員揃いも揃って個性的でうるさい。


「はぁ…」


思わず溜息が出る。今後の事を考えると不安でしかない。


「アルフ溜息ばかりついたら駄目よ。幸せが逃げちゃうんですって!」


この声は、と振り向くと部屋の入口から丁度エミリアが入ってくるところだった。


「何で一人で来た。部屋から出たいときは呼べと言っただろう」

「アルフったら、お父様と同じくらい心配性なのね」


エミリアはぷうっとふくれっ面をして見せる。

自分が前回王宮内で誘拐されたことを思い出してほしいものだ。


「そうだぞアルフ、お前ちょっと過保護だ」

「お前は黙ってろギル」


茶々を入れてくるギルを睨むと、おー怖い怖いと言って黙った。


別にアルフレッドは過保護ではない。


エミリアはある問題を抱えておりずっと王宮の奥で隔離され育った。そして、お披露目さえも延期させられていた。おまけに誘拐までされている。


本来であれば、エミリアの抱える問題が解決されるまで王宮の奥での隔離は続く予定だった。


しかし、アルフレッドが騎士となった。そのため、ようやく王宮の奥の隔離を解かれることになったのだ。


だが、エミリアが抱えている問題は、まだ解決していない。その為、アルフレッドも慎重になっているのだ。


(だから、俺が側に居ないときに自由に王宮内を歩き回るのは危ない)


決して、過保護な訳ではない。


「何か用があったのか」


とりあえず、要件を聞いておかねばならない。

エミリアに尋ねると、彼女はそうだった!という顔をして要件を告げる。


「アルフはこのドレスとこのドレス、どっちがいいと思う?」

「は?」


しまった、声が出た。

彼女がわざわざこの部屋にやってきた理由が、あまりにもどうでもいい理由で呆れてしまったのだ。


「コホンッ…ドレスなんてどれも一緒だろ」


慌てて取り繕うが、どうやら言葉を間違ったらしい。エミリアは憤慨し始めた。


「一緒じゃないわ!色も形も全然違うもの。私に似合う物がどれか、考えてよ!」


メイドが持っているドレスを指差し詰め寄ってくる。

それは俺じゃなくて侍女の仕事だろう、そう言いそうになるが今は黙っておく方が最善であろう。


「…お前の顔は整っているから、正直どれを着ても似合う。だが、こっちの色のほうが色白の肌に映える気がする」

「本当!?それじゃあこれは!?」


(まだあるのか…)


正直ゲンナリしているが、また怒らせるわけにはいかない。仕方ないので、真面目にドレスを見ることにした。














「…また始まったよ」


ギルは机に頬杖をつきながら、王女とアルフレッドのやり取りを見つめていた。正直、ただのカップルの痴話喧嘩とイチャイチャにしか見えない。


「俺、そろそろお腹いっぱいっす…」

「ベン、そんな事を言うんじゃない」


キャロウはベンをたしなめてはいるが、その顔は同じくお腹いっぱいですと書かれていた。


確かにこの痴話喧嘩とイチャイチャは日常茶飯になっている。ちなみ昨日はどの髪飾りが良いかで揉めていた。後、一緒にお風呂に入る入らないでも揉めていた。


「俺は…俺はあんな甘々なアルフレッド先輩の姿を見たくなかった…」

「ホレスはアルフレッド先輩のこと大好きだものねえ」


マーヴィンだけは何故か楽しそうだ。このオカマは恋愛話に目がない。


「アルフのあの行動は無意識だ。だから余計にたちが悪い」


ギルはやれやれと首を振る。


十年来の友人であるギルは知っている。彼は昔から姉に振り回されてきたので、我儘な女性に弱いと。


(まあ、あいつの面目を保つ為にも、そして周囲の為にも言わないでおいてやるか)


戦場の夜叉と呼ばれたアルフレッドが王女の騎士になりまだ日は浅い。なぜあのアルフレッドが騎士に、と疑問と不信感の声も多いのだから、これ以上周囲を混乱させない為にも黙ろう。


「無意識でこれ…それじゃあ、意識したらどうなるんっすか?」

「ベン、もうそれ以上言うな…」


ホレスはベンの口を抑える。憧れの先輩の意外な姿をこれ以上想像したくないらしい。


そんなホレスを慰めていると、アルフレッドが怖い顔をしながら近づいてきた。


「おい、お前らいつまで遊んでるんだ」

「遊んでねーよ」


ギルは反射的に反論するが、実際特にやることも無いので遊んでると言っても過言ではないかもしれない。


「あの、アルフレッド先輩がいるなら、俺達って不要なんじゃないですか…?」


キャロウがおずおずと言葉を発する。それはギルも内心思ってはいたが、国王直々にお願いをしてきたので断る訳にもいかず今に至る。


「確かにそうだ…とは言い切れない事情がある。俺もまだ詳細までは知らないが、護衛が必要なのは間違いない」


アルフレッドはいやに歯切れの悪い言い方をする。きっと国家機密レベルの何かがあるのだろう。


「ま、俺達はただ王女様を護ればいいんだよ。詳しいことはいずれ説明してもらえるさ」


ギルはいまいち納得できないという顔をしているホレスとキャロウとベンの頭を軽く叩く。


マーヴィンはニコニコとこちらを見ているので、ギルと同じくある程度予想して納得しているのだろう。


(ややこしい案件じゃなきゃいいんだけどな)


そんな事を思いながら、ギルは再び席に深く腰掛け王女の元へと戻っていくアルフレッド見送るのだった。


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